どうせ女子教育に力を入れると言うならば、新設の大学だけではなく、既存のものにも女性の教授を配置し、大陸各地から有為の人材を集めるように。教授を志す者は、これは自薦他薦を問わず、また、この際だから男子で名乗り出る者があっても可とする。だから、皇帝自らの面接を受けるように。

 予算も土地や建物も、そんなことはファルトマンに任せておけば無事に進む。それよりも、そこで教鞭を執る者たちを、この目で見て選びたい。そう思ったアラベラ・アデライドはこのように触れを出した。

 結果的にこの布告は、アラベラ・アデライドの首を絞めることにはなる。有意義な時間だったことは否定しない。だが、何しろ時間と手間を大量に食った。元々少ない睡眠時間を削られ、何よりも貴重な我が子との時間を召し上げられて、次々と見知らぬ者がやって来る。基本的には会って良かったと思える者たちであり、貴重な意見を聞くことも出来た。大学の教授ではなくとも、他の役職を与えた者も居る。しかし、それにしても費やしたものが膨大であったから、流石に後悔したのではないだろうか。あの出会いが無ければ。

 すらりと伸びた背と、それに相応しいしなやかな手足。顔だとか髪よりも、まずはその肢体が描き出す線が印象的だった。その名はジュリエット・ドワノー。英雄帝が設立した法科大学の教授候補として名乗りを上げた、旧ローラン出身の女学者だった。

 「お会い出来て嬉しゅうございます、皇帝陛下」

開口一番、あでやかな笑顔で、ジュリエットは言った。表情に劣らず、その声も艶やかだが、不思議とどこにも男好きがするという感じは無い。背が高く、痩せ気味であるのが理由のひとつかとも思われたが、ふっくらとした口元や、吸い付きそうな白い肌は、同性の目から見ても肉感的に映る。よくよく見ればジュリエットは、態度に一切の媚を含んでいない女性と思われた。

 面接を受ける者は、事前に各々の専門分野に関する論文を提出しており、当然アラベラ・アデライドはそれを読んでいる。通常、面接の話題はその内容に関することだった。ジュリエット自身も、貴族に対して課している、財産相続の際に発生する税について、なかなかよく書けた論文を用意してきていた。

 ところが、アラベラ・アデライドがそれではとその話をしようとすると、ジュリエットは微笑んで、逆に訪ねてきた。

「お疲れでいらっしゃいますね?」

一瞬、虚を突かれて、アラベラ・アデライドは言葉を失う。するとジュリエットは、微笑みの色を一段と濃くして、軽やかな声を上げた。

「やはり、お疲れでいらっしゃいます。お察し致しますよ。ただでもご多忙な政務の合間に、このような得体の知れない者にもお会いになり、加えて皇太子殿下の養育も。大陸広しと言えども、これだけのことをお独りでこなされるのは、陛下をおいてほかにいらっしゃいますまい」

正直に言えばアラベラ・アデライドは最初、からかわれているのか、と思った。しかし、その語り口は滑らかで耳に快く、かといって過剰に滑るとも感じない。要するに、嘘をつかれているという印象を受けない。こういう時、アラベラ・アデライドは、理由は無くても直感を信じることにしている。

 「…確かに、気が遠くなるほど忙しいが、それがどうした?」

予想外の対応をされて、軽く浮き足立っているなという思いがある。敢えて大袈裟に返すことで、アラベラ・アデライドは調子を取り戻そうとした。

「現状を肯定すること…その上で、あるがままに受け入れること…どちらも難しい」

半ば以上独語の響きで、ジュリエットは返す。それはまるで謎かけのようにも聞こえ、快さと不快さが綯い交ぜになってアラベラ・アデライドに訪れる。

「芸の無い対応で申し訳ないが、ジュリエット・ドワノー殿。私は気が遠くなるほど忙しい。要件があるなら、手短に済ませて頂こう」

出来るならもうしばらく、この相反する感覚の中に浸っていたいと思った。だが、ここで無駄な時を費やすわけにはいかない。

 するとジュリエットは、その褐色の瞳を真っ直ぐにアラベラ・アデライドに据えて、言い放った。

「ご自身が特別であらせられることを、ご自覚なさいませ、陛下。男子と言わず女子に問わず、陛下と同じだけのことが出来る者は、この大陸にはおりますまい。そもそもの資質も、授けられた教育も、すべて違うのです。女子にも有為の人材はある筈、それは確かにそうですが、この時代において誰も彼女らに、それを要求致しませんでした。持っているだけで、使ったことも鍛えたことも無いもの、それはもう殆ど、無いのと変わらない…そうは思われませんか?」

それは確かに、アラベラ・アデライドの痛いところを一刺しにする内容ではあった。自分がそうなのだし、かつて英雄帝の御世にもあったことなのだから、女子を登用する効果はあるだろう。そう思ってはきたものの、では何故、今宮廷を見回しても、責任ある地位に就く女性は居ないのか。わざわざ登用せねばならぬのか。その疑問はアラベラ・アデライドも持っていた。そして、理由を考えようとする時、自分自身があまりに世間のそれ以外の女性とかけ離れていて、推し量ろうにも想像がつかないことがあった。

「英雄帝の御世には、確かに、大陸統一の一翼を担った女性が、何人かは存在しました。ですが、お考えください、うちお二人は――ゴットハルト総督ジークリンデ様と、六将軍のクロイツェル閣下は、英雄帝の御身内でいらっしゃいます。それでなくとも、有史以来の乱世でございました。六将軍のシュナイダー閣下は、言葉は悪うございますが、食い詰めて軍に職を求められた。それ以降三百年の平和を享受している私どもには、想像もつかない事情もございましょう」

そしてジュリエットは、そんなアラベラ・アデライドの困惑を見て取りながら、変わらず滑らかに喋り続ける。

「先駆者とは孤独なものです、陛下。そしてまた、支配者とも孤独なもの…そのお寂しさは、無理からぬことと存じます。ですが陛下、お寂しさのあまり、急いて道を誤ることの無きように。今、なさるべきなのは、いきなり有為の人材を求めることではございません。広く、大陸のすべての女子に、意欲があれば学ぶ機会を与えることです。実際には、財源に問題があろうかと存じますから、いきなりは不可能ですが」

 そこでジュリエットは、軽く一息つく。

「まずはこの帝都に、女子のための学校を設立なさるよう、進言致します。内容は、それほど高度でなくても構いません。最初に必要なのは、女子も学ぶ、ということを、皆に知らしめることです。そうして学んだ者たちが、いずれは国へ帰って、故郷の女子たちに教育を授けることもありましょう。或いは賢い母となって、我が子を導くこともありましょう。そうして調えられた土壌から、やっと芽吹くものがあるのです。いずれは、その学校で与えられる内容に飽き足らない者が現れる。何故、男子と机を並べてはいけないのか。学んだことを、どうやって活かせば良いのか…考えるようになります」

その案は、アラベラ・アデライド自身も考えないではなかったが、そんなものを作っても所詮は花嫁学校のようなものに成り下がってしまうと思い、却下したものであった。けれどもジュリエットは、アラベラ・アデライドに切り返しを許さない。

「いきなり大学の門戸を女子に開いても、最初は怖気づいて、誰も入ってこようとしないでしょう。本人はもちろん、嫁入り前の娘を男ばかりの場所に入れるなど、以ての外と考える親も多い筈。また、そこまでの素養を持つ女子の数も多くはございますまい。ですから最初は、花嫁学校でよろしいのです。僅か数人の優秀な人材より、ほんのすこしだけ素養を持つ数百人の方が、長い目で見れば価値はある。私は、そのように考えます」

そのように言うジュリエット本人は、紛れも無く、僅か数人の優秀な人材の方に入るのだろう。澱みなく続けられる言葉を吟味しながら、アラベラ・アデライドは思った。

 自分の意見と、ジュリエットの意見、どちらがより有益かは、慎重に考えるべきであるし、ある程度実績を重ねて、検証もせずばなるまい。だが、そもそも自分は、最初に大学のことを思いついた時、こういう女性に一人でも会えれば良い、と思っていたのだ。それを思えば、既に目的は果たされたと言えるだろう。そして、引き続き彼女を手元に置いておくためには、その要望の十や二十、叶えてやっても吝かではない。

 アラベラ・アデライドのその僅かな表情の変化を、どうやらジュリエットは見逃さなかった。艶やかな口元に、意を得たりと言わんばかりの笑みが浮かぶ。

「そう、露骨に喜ぶな、ジュリエット・ドワノー。その直截さを、憎む者もあろうから。かく言う私も、流石に多少、苛立ったぞ」

苦笑するアラベラ・アデライドに、ジュリエットはしゃあしゃあと言ってのける。

「左様でございましょうとも。私も女でございますから…殿方にはことのほか、鼻につくのでしょうね」

明らかに冗談と分かる軽やかさであったが、皇帝に向けるには、些か不敬とも思われる。無論アラベラ・アデライドは、そのようなことを意に介すわけではないが。

「これまで、さぞ色々な相手に煙たがられてきたのであろうな。それ故に、それほどの聡明さを持ちながら、役職ひとつ、肩書ひとつ、あるわけではない。このままでは誰が名乗り出ても、自分の二の舞になる、と言いたいのだな」

「ご明察痛み入ります。貴女様も、皇帝などで無かったら、さぞ生意気な女と言われたことでしょうね」

ジュリエットにつられて、アラベラ・アデライドも声を上げて笑った。客観的には無礼と思われるそれらの言葉が、ただ可笑しかったのだ。そして笑いながら、ああ自分はこういう声を上げるのだと、今更ながらに気付かされた。ジークムント相手ではなく、他人を相手に思わず笑ってしまうのは、いつ以来だか思い出せないほど、久し振りのことだった。

 これでいい。アラベラ・アデライドはそう思い、唇は笑みの形のままに、ひとつ頷く。そして真っ直ぐに、ジュリエットを見返した。

「それではひとつ、ささやかな花嫁学校を作ろうか。最初はそれでいいな?どうせ、ものの初めからそう多くが集まるとは思ぬ故。校長はそなたに任す。何人を集めて、何を教えるか、まずは教えて貰おうか。それを見てから予算をつけよう。まあ、すべての希望を叶えられるとは限らぬが、望む限りを見せてみよ」

先走るなと言われたばかりだ。恐らくジュリエットが望んでいるであろうことを推し量り、言葉にする。ジュリエットはそれを、満足そうに聞いていた。

「ありがたき幸せに存じます、陛下。それでは数日中には、企画書を上げさせて頂きます」

と言うよりも、恐らくは企画書の、最低でも原型は出来ているに違いない。この女は、最初からそれだけが狙いで、ここに来たのだから。

 

 果たして数日後、ジュリエットは、大陸全土から百人程度を集めて、歴史や文学などの基礎教養のほか、家政に関することを教える、「花嫁学校」の企画書を提出してきた。家庭の主婦に収まるのに、邪魔になるほどの学問ではない。だが、確かに我が子や身内に、あるいは郷里の子供たちに、初等教育を授けるには十分だ。

「まずは、この学校で学ぶことが女子の誉れであるように、人材を育てなければなりません。それでこそ、後に続く者が現れます。ですので、最初はどうしても、生徒は名流の娘たちになるでしょう。いずれはその下にも門戸を広げる予定でございますから、まあ十年はご辛抱下さいませ」

さも当たり前のように、ジュリエットはそう言い、アラベラ・アデライドはその時間の長さに、正直言って気が遠くなった。が、ジュリエットはその表情の揺らぎを見逃さない。

「私が申し上げることでは無いでしょうが…陛下はまだ、お若くていらっしゃいます。失礼ながら、長い時間を扱うことに、慣れておいでではありません。そして、人材を育てるとは、鬱陶しいほど時間のかかることなのです。そのことを、ご自覚なさいませ」

しゃあしゃあとそう言うジュリエット自身、まだ三十歳にはなっていない。たまたま学者の家系に生まれて、好き勝手に学問をした結果このようになった、お蔭様で嫁の貰い手も無いだろうとは、本人の弁だ。

 

 このような経緯で設立されたゴットハルト女学院は、初代校長たるジュリエット・ドワノーが言った通り、ゆっくりと時間をかけてその内容を充実させ、ほぼ三十年をかけて、男子と並ぶ大学部門をも備えることになる。実際に地方の女子教育に人材を送り出すようになったのは、やはり十年ほど後のことだった。そして、これが恐らくアラベラ・アデライドの大願成就であったと言えるが、ファーレンハイト王朝に初めて女性の大臣職が現れるのが、息子であるジークムントの御世、大学設立から実に半世紀後のことである。

 ゴットハルト女学院は、ただ政治や学問を志す女子に開いた最初の門戸であったのみならず、師範学校としても、花嫁学校としても、帝国の歴史に輝かしい名を残すものとなったのである。

inserted by FC2 system