ヴァルトラウトの胸元に、真紅の星が輝いている。血よりもなお紅く、不吉さを通り超して赫く。それは、ナヴォーナの旧オルシーニ邸を出る際に、バスティアニーニが託した品だった。刃を象る、紅玉のブローチ。あの肖像画の中で、ヴァルトラウトの父アスカーニオ・オルシーニのマントを留めていた、その同じものに相違なかった。

「閣下の、ご愛用の品で――最後の瞬間まで、ともに在った品にございます。どこぞの戦での、戦利品と聞いておりました。同じ石を、二つ手に入れられたそうで――もうひとつは、バルトロメア様がお持ちでした」

過ぎ去りし時を見遥かしながら、バスティアニーニは呟いていた。

「或いは、閣下とともに埋葬するのが、相応しい品とも思いました。ですが、そのような感傷を、嫌われる方でもあった…何よりも、稀有な宝であることに間違いは無い。今となっては、ヴァルトラウト様、貴女が引き継がれるのが、よろしいかと存じます」

 一瞬、ヴァルトラウトの顔に、逡巡の影が過ぎったのを、マリーチは見逃さなかった。バルトロメアのことを、思ったのだろう。父と、その最愛の女性が持っていたものを、自分が手にしていいのだろうか、と。

 けれども結局、それは数秒で終り、気がつけばその光は、ヴァルトラウトの胸を飾ることになった。ブローチを着けるような服装をしていなかったので、元々首にかけていたネックレスの飾りを外して、代わりに紅玉を通したようだった。

 そして、その濃い色の輝きは、ヴァルトラウトの華やかな容貌に、嘘のように似合った。彼女の父オルシーニも、身に着けるもののことでは中々五月蝿かったと伝え聞くが、一人娘のこの姿には、賞賛を惜しまないだろう。まるで、咲き誇る大輪の薔薇だ。あまりに使い古された表現ではあるが、そうとしか言いようが無い。そのあでやかさに、マリーチもまた、賞賛を惜しまなかった。

 そして二人は帰路に就き、日は過ぎて、いつしか旧アースガルド国境に近付きつつある。ウェスタでは強靭な光で照りつけた、真夏の太陽も、心なしか和らいだ気配がする。北の地では、夏はもう、最後の余光を放っているに過ぎない。

 半馬身先を行くヴァルトラウトが、ふと歩みを緩めて、振り返る。マリーチは慌てて、視線を逸らした。

「何か、用だった?」

すこし不機嫌な様子で、問いかけられる。白々しいのを承知で、いいや、とマリーチは返した。

「そう…」

睨むような、強い目線をぶつけられるが、敢えて何も知らないふりをした。

 ナヴォーナを出てから、ずっと同じことの繰り返しだ。彼女が何を求めているかは、自惚れではなくて、分っている積りだ。けれども、素直にそれに応じていいものか――マリーチには、判断がつかなかった。

 所詮は、特異な状況に置かれた二人なのだから。艶やかな姿をしていても、ヴァルトラウトは十八の小娘だ。人生の分岐に、たまたま居合わせた男相手に、心が動くこともあるだろう。だが、そもそも彼女は、自分を嫌っていた。そういう相性なのかもしれない。帝都に戻れば、またあの、気まずい関係に戻るのかもしれない。そう思うと、これ以上、彼女に深入りする気にはなれなかった。

 …というのが、表向きの事情である。もうひとつ、些か情けない本音を言ってしまえば、マリーチにとって、この少女を重荷に感じる日が来るような気がしたのだ。元来、彼は煩わしいことの一切を好まないのだから。それに引き換え、ヴァルトラウトはどうなのか――感情を隠しておくのが苦手で、こうと思ったら、それに忠実に動く。心を尽くして、諦めることが無い。だからこそ、二人はこうして旅をしたわけだが、これはマリーチにとっては、十二分以上に、不可思議な状態だった。よくもまあ、自分がここまで他人の懐に入り込んで、まだ疲れていないものだ、と、我ながら呆れることが、道中にも何度かあった。いつまで続くか、保証の限りでは無いのだ。

 にも関わらず――こここそが本当に、マリーチが呆れるところなのだが――彼は未だに、気がつけば目で、ヴァルトラウトを追っていた。心惹かれるのとは、すこし違う。と、マリーチはその都度、自分で自分に言い訳をする。ヴァルトラウトは彼にとって、鮮やか過ぎて、どうしても目を引く。それと同時に、眩すぎて、目を背けたくなる。そういう、二律背反の存在なのだ、と。

 そう思い、この道中何度目になったかも分らない、軽い溜め息をついた時。風が流れて、ヴァルトラウトの香水の、濃い残り香が、頬をはたく。翻った栗色の巻き髪が、残像を描いて広がった。

「意気地なし」

ふっくらとした紅唇が、きっぱりと言い放つ。年齢の割には、強い色を使って身を飾る娘だが、くどい、とは思えない。存在自体が、自己主張のような娘だから――強い色と、強い個性が、互いを引き立てあう。ちょうど、今の一言のように。

 振り向いた時よりも勢い良く、ヴァルトラウトはもう一度、頭を返して、前を向いた。それはまるで、行き場の無い怒りを、ぶちまけるように。そうでなければ、未練がましい想いを、指し当たってこの場だけでも、断ち切るように。

 けれども、そのせいで、彼女は見損ねてしまった。その一瞬だけ後、マリーチの面にたゆたった、蕩けるような笑みを。単純に優しいのではない、軽い羨望と、薄い自嘲と、届かぬ夢への尽きせぬ憧れを交えた、複雑で甘い笑顔だった。

 

 それを境に、ヴァルトラウトは口を噤んだ。当たり障りの無い世間話、必要最最低限の連絡事項――ただそれだけで、日々マリーチを戸惑わせた、率直過ぎる感情を、封印してしまったのだ。

 願ったり叶ったりで、寂しい筈などあるものか、とマリーチは何度か自分に言い聞かせ、そして本当に、ヴァルトラウトの方を見ることを、止めてしまった。あの鮮やかさを纏わない彼女など、彼にとっては何の意味も成さない。だから、それが自然な成り行きだった。

 こうして、事態は沈静化したかに見えた。国境を越えて街道を辿り、あと二日もすれば帝都に辿り着くというところまでは。

 

 その晩、二人が宿にしたのは、ベーレンス家の狩猟館だった。当家の所領は決して広くは無いから、往路の時は、昼間のうちに通りかかって、通り過ぎ、それでお終いだった場所である。今回はたまたま、そこに差し掛かった辺りで日が暮れたので、ヴァルトラウトの案内で、館の門を叩いた。

 「こうして見ると、君はやっぱり、お姫様なんだな」

マリーチが、感心したように呟いたのは、夕食の席でだった。向かいに座って、黙々と目の前のものを平らげていたヴァルトラウトは、不機嫌そうに顔を上げると同じくらい愛想の無い調子で返した。

「どういう意味?」

「ああ、失礼、失礼。無作法だとか気品が無いとか、そういう意味じゃないよ」

苦笑しながら、余計なことを言った、とマリーチは思った。万事に対して深入りを嫌う癖に、時折思い立ったように藪をつつく。それは彼の、治し難い習性だった。

「お姫様というのは、そもそもが受動的な存在だろう?どう贔屓目に見ても、君はそうじゃない――黙って傅かれるのを待ってはいないし、運命も、白馬の騎士も必要としない…ただ、自ら選んで、切り拓くのみ、だ」

それは、混じりけなしの賞賛の思いで、マリーチにとっては久し振りの、素直な本音だった。

 ヴァルトラウトは、面白くも無い、といった風情で軽く頷くと、また目線を落として、食事を再開した。紛うこと無き、お姫様の作法で。

 殆ど当てつけがましいくらいの速さと手際で、ヴァルトラウトは目の前を片付けると、マリーチの前がどうなっているか、など気にすることなく、ずい、と上半身を乗り出して、その闇色の双眸を覗き込んだ。

「自分で放り出したくせに、都合のいいちょっかいは出してくるの?莫迦にしないで頂戴」

「そういう反応が聞きたくて、さ。僕は根が悪趣味に出来ているんだ」

飛び切りの笑顔を添えて、マリーチは返した。怒りたいだけ、怒ればいい。感情を曝け出した姿こそ、彼女は美しい。

 一瞬、ヴァルトラウトは何か、大声で言おうとした。怒鳴ろうとして、口元で声を止める。恐らく、自分がマリーチの掌の上で踊っている、という事実に気付いたのだ。小麦色の頬に朱が上り、青灰色の瞳が、淡く潤んだ。

「どうしたの?」

これほど意地悪な問いもない、と思いつつも、止めることは出来なくて、マリーチは言ってしまった。平手の一発でも飛んでくるかと思ったが、逆に、鼻先で笑われた。

「そうやって、好きなだけ厭味を言って、勝った積りになればいい。乗ってあげる義理なんか無いわ」

零れ落ちかけた涙を飲み込んで、真紅の薔薇は、勝利の笑みを浮かべた。恐らく、彼女のこういう辺りに、皇帝やバスティアニーニは、オルシーニの血を感じるのだろう。

「期待以上の反応をありがとう。だから君は…お姫様じゃなく、その、野望の輝きが似合う人なんだよ」

無上の満足感を込めて、マリーチはヴァルトラウトを見上げつつ、楽器を操り慣れた美しい指先で、その胸の、紅い輝きを指した。

 ヴァルトラウトは、もう一度絶句した様子だったが、これ以上会話を続けるのを、不利だと判断したのだろう。姿勢を真っ直ぐに正すと、勢い良く踵を返した。

「ああ、暑いったら無いわ!」

そんな、捨て台詞だけを残して。

 けれど、ヴァルトラウトはこれでは引き下がらなかったのである。

 それから、二時間ほどもした後だろうか。あてがわれた寝室で、楽器の手入れをしていたマリーチは、扉を叩く音に気付いた。

「どうぞ」

誰が来たかなど、分りきっている。そして、それを止めるのが、まったく意味の無いことだとも。

 入ってきたのは、見るまでもなく、ヴァルトラウトだった。

「お邪魔してもいいかしら?」

性懲りも無く、挑むものの目で、マリーチを見据える。その強さには、率直に言って、愛おしさを感じた。

「拒否したところで、君は来るんだろう?」

「貴方に、拒むだけの理由が無いのは分っているもの」

傲慢とも取れる台詞だが、彼女が言うと厭味が無い。

 勧められるよりも先に、ヴァルトラウトは椅子に腰掛けて、正面に座るようにと、マリーチを促した。逆らうことなど思いもよらないままに、マリーチはその場所に向かい――自分を貫く視線の強さと清冽さに、一瞬、酔った。

「それで、用向きは?」

とはいえ、巻き込まれるにはまだ早い。ただ、敬意だけは込めて、同じ真っ直ぐな視線を返す。

「この旅の、感想を聞かせて」

その反応には、ヴァルトラウトも満足したようだった。そして差し出されたのは、こんな率直な問いかけ。

「貴方にとっては、予定された仕事のための旅だった。でも、そこに後から、訳有りの、妙な同行者が現れて、散々貴方の時間を侵害した…そうでしょう?その感想は?」

「率直に言って、光栄だったよ」

その視線に晒された瞬間に、韜晦は意味を無くし、逃げ道は閉ざされた。あとに残るのは、誇らしい気もすれば不覚とも思える、本音の部分。

「信じて貰えないかもしれないけど、僕は、『想い』のためにすべてを投げ出し立ち向かえる女性には、敬意は惜しまない積りだ。その成就をすぐ近くで見させて貰って、感謝しているよ」

「それは――貴方の、お母様のこと?『想いのためにすべてを投げ出す人』、というのは」

間髪入れずに、ヴァルトラウトは問い返す。

「原点がそこにあるのは否定しない。だけど、あの二人だけじゃないよ。君を宮廷に入れたザビーネ殿だってそうだし、その石の片割れを持っている人――ドンナ・バルトロメアという人だって、そうだったんじゃないかな」

再び、細い指先が刃を象る紅玉を指す。ヴァルトラウトは、弾かれたように片手を上げて、その石を握り締めた。

「そういう人にしか、似合わない石だよ、それは――だから、君にもよく似合うよ」

我ながら甘ったるい言葉だと、言いながらマリーチは思った。

 けれどもヴァルトラウトは、そのやり取りに、ある程度は満足したようだった。食って掛かってはこない。

「敬意、ね――」

ただ、艶やかな口元には、未だ満ち足りないものが、色濃く残っている。

「私の感想を言うと…そうね、まあ、満足しているの。子供の頃からの願いは叶ったわけで、これで迷い無く、自分の信じた通りに進んでいけるわ」

「それは…どっち方面になるのかな?」

危険を承知で、マリーチは問いかけた。刃の上を渡るような感覚が、妙に心地良い。我ながら、悪趣味だと思う。

「ひとつはね、それこそザビーネ殿のように、騎士として栄達することよ。貴方の言う『お姫様』として生きるなんて、真っ平。自分で自分を養いたいし、守りたい」

生まれも育ちも、紛れも無い「お姫様」であるにも関わらず――こうも不遜に育ってしまった理由を、血で片付けては申し訳ない。だが、そう言った時、その星のような双眸に宿った光は、やはり暁の輝きで、堕天使の片鱗を覗かせる。

「それから、もうひとつ――」

ヴァルトラウトが身を乗り出す。その拍子に、肩から栗色の髪が零れて、さらさらと音をたてた。

 そんな、僅かな音さえ聞こえてしまう、密度の高い空気が、二人の間に張り詰める。

「貴方は言ったわよね――ウェスタ歌劇の女たちは、喜びも悲しみも、心のままに愛を尽くす、って。そうやって、生きるわ」

すこし潤んだような星の瞳に、一際艶めかしい光が揺らめいた。

「相手が何かはともかく…何かに、誰かに恋焦がれていないと、生きていけないみたいね、私」

十八の小娘が放つには、大胆な台詞だ、ともとれる。逆に、十八の小娘らしい、直截な物言いだと思っても良いだろう。ともかくも、それは彼女が、この時この場の、すべてを懸けた言葉には違いなかった。

「とっくに知っているでしょう?私は、貴方が好きなのよ」

まだ彼女は、マリーチから何の言質を得たわけでもない。それでも、女王のように堂々としているのは、彼がどうしても与えようとしないその「答え」を、もう知っているからだ。

 はぐらかすのは、得意な筈だった。こういう場面に遭遇したことが、過去に無かったわけではない。切り抜ける方法は、幾つか知っている――筈なのに、マリーチはただ、苦笑して、片手で顔を覆うしか無い。

「本当に、怖いもの知らずだな、君は――」

「虚妄よね。知らないから、強いの。だけど、例え始まりは嘘だとしても、手繰り寄せてこの手に掴めば、それは本物。これも、今回の旅で学んだことだわ」

あでやかな笑みに見蕩れて、落ちそうになる。そこを必死に踏みとどまって、マリーチはもう一度、顔を上げた。けれども返す言葉が出ない。

 ヴァルトラウトはそこで、軽く溜め息をついた。

「貴方は、多分、女性と付き合った経験は、それなりにあるのよね。知りたくも無いけど、年の割には多いのかもしれない。でも恋したことは無い。どろどろの深みにはまって、足掻いたことは無いんでしょう。そうね?」

その表情は、正真正銘、勝ち誇ったもののそれだった。

「否定したいなら、何か言いなさい」

そしてゆっくりと、とどめの一撃が下される。

「その先を…言わせるのか」

「当然よ」

「素面だよ?」

「酔った勢いで言われちゃ困るわ。貴方の酒癖はよく知らないけど、普段言えないことが、弾みで口をついたりするでしょう?そんなのは嫌」

我儘なお姫様だ。敢えて何度でも、その呼称を使いたい。この上なく能動的であるにせよ、美しくて誇り高くて、不遜で怖いもの知らずで、危険極まりない。それが「お姫様」以外の何だと言うのだ。

 目も眩むような甘美さに浸されながら、マリーチは悟った。これが、陥落というものの味だ。今となってはもう、この、二度と帰れない深みに身を投じるしか、道は残されていなかった。

「正確に言うと」

せめて、背でも向けられたらと思う。だが、そんなことをしたが最後、ヴァルトラウトは食ってかかって、自分の目を見られるまで、何度でも言い直しを要求するだろう。

「今、落ちたところ、かな――」

そのひねくれた言い回しが、彼にとっては最後の抵抗だった。

 無上の喜びに輝く星の瞳を間近に捉えて、上気した頬に掌を添える。

「君の勝ちだ」

能う限りの、賞賛の思いを込めて――囁きと同時に、唇を重ねる。ヴァルトラウトはとても素直だった。

 何時の間にか、物理的に二人を隔てていた筈の机が何処かへいってしまい、マリーチはその腕に、燦爛と咲き誇る、真紅の華を抱いていた。いや、そう言い切るには、血が灼いだろうか。

「ヴァルト、ラウト」

熱のこもり始めた息の下で、どうにかマリーチは、その名を呼んだ。

「素敵」

すると返ってくるのは、そんな脈絡の繋がらない言葉で。

「何が?」

「貴方が、そうやって私の名前を呼んでくれるの。初めてだわ」

胸元で、やはり熱を帯びた笑い声が聞こえた。

「ふざけてないで…一応、年長者として言うけど」

言う側から、言葉が意味を失っていくのは分っている。けれども言わずには居られない。

「ここが、退き際だと思うよ。子供じゃないんだから、この後の展開は予想がつくだろう?」

「あら、それも素敵――」

蕩けそうな表情で、ヴァルトラウトはマリーチを見上げる。

「君に言っても意味を成さないかもしれないけどね…普通は、不安がるとか虞れるとか、するものだよ。初めて…だろう?」

「それは、無くはないけど…いつかは通る道だもの。それで死ぬわけじゃない」

まったく、本当に困ったお姫様だ。

「もうひとつ言うけど。結果はすべて、君が背負わなきゃいけないんだよ。何が起こっても、ね。僕は逃げることだって出来るんだから」

「大丈夫よ」

輝くような笑みを添えて、ヴァルトラウトはきっぱりと言った。

「絶対に、逃がしやしないから」

そうして咲き誇った華は、爛漫の輝きを放ちながら、ゆっくりと散り落ちた。けれどもそれは、終りではない。繰り返し繰り返し、命の限り咲いては散る、それが、その華の選んだ形なのだから。

 

 訪れた眠りは、深く満ち足りていた。まどろむ瞼の向こう側には、夜明けの光が明滅している。そこに何時までも沈み込んで居たいような、生温く居心地の良い世界に、マリーチは溺れていた。

 けれども、彼は知ってしまった。その心地良さよりも、ずっと危険で刺激的で、得難く貴いものの存在を。

「マリーチ、起きなさい!」

歌うような、よく通る声の響きに、目を開く。一瞬、差し込んだ陽光に目が眩んだが、やがてその光を背に、立っている姿を見止める。

 暁の星に似て鮮やかで、夏の終りの薔薇よりもなお、華やかで艶やかな――倦み疲れることを知らない、生命の華。その咲き誇る姿に、マリーチは目を細めた。

「そんなに急いで、どこに行くんだい?」

「急いでなんかないわ。ただ、何も無駄にしたくないだけ」

ヴァルトラウトはそう、きっぱりと言い放った。

「だから、さあ、行きましょう」

結局、どこへとは、彼女は言わなかった。

 青灰色の瞳が見据える先は光で溢れ、それよりもなお、眩い輝きを放つ華を、待っているのだろう。心のままに愛を尽くし、命の限りに咲き誇り、散り落ちては再生を繰り返す、不壊の華を――マリーチには、そう思えてならなかった。

 

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