今夜9時、北西の空に、流星群が見えるんだって――教えてくれたのは、父だった。だから、一緒に見ようね、と約束した筈だ。しかし、859分現在、父はまだ帰らない。

「パパの、ばか」

ベランダに座り込んで、真琴は頬を膨らませた。

そもそも、星が好きなのは、真琴ではなくて父だった。いい大人のくせに、子供のように無邪気な目をして、星の話をしてくれた。女の子の好きな、星座の神話とかではない。あれは何という何等星で、距離は何光年、キロに直すとどれだけで、地球何周分だね、とか、子供には分り難い話だ。

「真琴は牡牛座だよね。牡牛座の一番明るい星は、あっちの屋根の向こうに見える、一等星のアルデバランだ。赤っぽく見えるだろう?あれは表面の温度があまり高くない証拠だよ。って言っても四万度くらいはあるんだけど。距離は65光年だから、今見ている光は、パパが生まれるよりも随分前に、あの星から発信されたんだ」

好きなことを喋り出したら、なかなか止まらないタチで、娘の真琴でさえ、呆れてしまうことがある。ともかくも、そんな具合に11年間、星の話を繰り返して、とうとう娘に、夜空を見上げる楽しみを教え込んだ。だから、真琴は今夜、宿題を終らせて早めにお風呂に入って歯を磨いて、なるべく遅くまで流れ星を見ていられる、万全の態勢を整えたのだ。それで待っているのに…一緒に星を見て、話がしたかったのに――父は帰ってこない。このままでは、じきに始まってしまう。大人には大人の事情があるとしても、遅くなるけど待っていてとか、ごめんねとか、何か一言、メッセージをくれてもいいと思う。

 見上げた夜空はさっぱりと晴れ渡っている。今夜は新月で、地上はともかく天空には、星の光を妨げるものは何も無い。星を見たいなら、これ以上のコンディションは無い。

 その時だった。

『急いで』

それは、苛立ち始めた少女の、心の呟き、ではない。確かに聞こえた、声。

「パパ?」

振り向いて、家の中の様子を伺うが、父が戻ったのなら、玄関のチャイムが鳴る筈だ。

『今なら、間に合うから』

もう一度。今度は、さっきよりもはっきりと聞こえた。大人の声ではない。真琴とそんなには違わない、少年の声だ。

「だれ?」

『早く、早く、早く!』

答えるものは無く、代わりに急かす声が聞こえる。何処から――よく分らない。家の中からでないことは確かだ。

「だれなの?ねえ、お願い!わたし、何を急いだらいいの?!」

そして、思い切り声を出して、そう言った時。

 夜空から、光が降り注いだ。銀色に、金色に透き通り、きらきらとちいさな輝きを零す、星の光だ。最初は、花が花粉を零すように、ぱらぱらと。けれども、やがてそれは色濃く、絶え間なく降り注ぎ、お終いには雨のようになって、ベランダを照らした。

『お願い、急いで、まだ間に合うから…早くしないと、手遅れになってしまう!』

その光の中で、声ははっきりと響いた。光が降り注ぐ、その源の位置から。

 「あなたはだれなの?わたしは何をすればいいの?!」

その呼びかけに戸惑いながら、真琴が伸ばした手に――何かが触れた。夢中になって手繰り寄せると、細い蜘蛛の糸を縒ったような、縄梯子が降りてきた。

「この上に、行けばいいの?」

見上げたその先には、けれども、何も見えない。濃い光の中に、すべてが溶けていき、先端も無ければ入り口も無いようだった。何処まで行けばいいのかも分らないし、そもそも縄梯子が切れないという保証さえ無かった。

 けれども、その光に導かれ、声に招かれるようにして、真琴は縄梯子に足をかけた。

「ごめんね、パパ、行くよ」

振り向いて、残したのは、その言葉。縄梯子を掴んだ気持ちの中には、帰ってこない父へのあてつけが、確かにほんの僅か、含まれていた。

 そして真琴は、きっぱりと上を見上げると、縄梯子を握り締めて、一歩を踏み出した。

 不思議なことに、真琴の体重をかけても縄は曲がらず、微かな風も吹いていたけれど、真っ直ぐに伸びた梯子は揺るがなかった。一歩ごとに、上がったことも無い高みへ進んでいるにも関わらず、真琴は何故か恐れることを知らなくて、寧ろ一途に、真っ直ぐに、疲れることなど思いもよらないままに、視線の向こうの、光が集まる場所を目指した。

 手と足を交互に動かし、下を見ないで、ゆっくりと確実に――教えられもしないのに、真琴はどんどんと上っていった。そうすることに夢中だったので、どれくらいの高さまで来たのか、とか、あとどれくらいで辿り着けるのか、といった当たり前のことに、何故か無頓着だった。当然のように、どのくらいの時間、上り続けたのかも分らない。

 ただ、気がつけば、見渡す限りが光で溢れ、ふと下を見ても、もう家も、街も、何処にも見えなかった。

 ここは、一体何処なんだろう――その時、真琴は初めて、そう思った。自分は一体、勢いに任せて、何処まで来てしまったんだろう。

 そして、もう一度上を見上げると、今まで一度として見えることの無かった、梯子の先端があった。光に揺らめきながら見えているのは、確かに、梯子のお終いと、ステップのようなもの。あそこから、また何処かに行ける。もう、家の二階へ行くくらいの距離しか無さそうだ。

 最後の短い距離を、一気に上り詰めてしまうと、真琴は軽々とステップに飛び移った。本当は、それほど体育が得意な方ではない。何故、こんなに動けるのかよく分らなかったが、大して気にすることもなく、足の向くままにすこしだけ歩いて――とうとう、見つけた。

 「ああ、やっと来てくれたんだ!待ってたよ」

そう言ったのは、確かに、ベランダで聞こえた声。声変わりするには、まだすこし間がある、少年の声だ。言葉の響きは、随分大人びて聞こえるけれど。

「いいところに来てくれた!ちょっと手伝って!」

振り向いたその面は、確かに真琴と同じくらいの年に見えた。その年齢にありがちな、やや中性的な面差し――鳶色の瞳。一瞬、どこかで見たことがあるような、不思議な錯覚が襲った。

「…何を、すればいいの?」

胸に生まれた軽い戸惑いを封じ込めるように、問いかける。すると少年は、斜め上を指差した。

「あっちの天辺にある、ゼンマイを巻いてくれないかな?僕はここで、これを押さえていないと」

今更といえば今更だが、真琴は少年の周りを、見回した。

 少年は、何とも奇妙な、白い機械を相手に、一人で悪戦苦闘している様子だった。その大きさは、真琴の住んでいた家ほどもあるのだが、精密機械というよりは、御伽話風のアニメに出てくる、どこかレトロな機械のようだ。すこし離れたところから見ているのに、ネジとかナットの類がはっきり分る。材質も、薄いセラミックなどでは決してなくて、一見したところ、分厚い鉄、と言った方がしっくり来る。何に似ているかと言われたら――真琴が知っている範囲で言えば、プラネタリウムの映写機に似ていたかもしれない。でも、唸るような駆動音が聞こえて、かすかに震えている。とにかく、矢鱈と大きくて、何に使うかよく分らない機械だった。

 少年は、その機械の下の方で、片手で蒸気を噴く蓋を押さえつけ、もう片方の手でボルトを締め直している。先程指差されたのは、機械の横腹についている梯子を上った先。確かに、わざとらしい格好の、基本に忠実なゼンマイが差さっていた。

「早く!もう、どれだけももたないから!」

悲鳴に近い、少年の叫びが、真琴の躊躇いを吹き飛ばす。

 ここまで上ってきたのと同じように、一心不乱に、真琴は走った。機械に取り付き、梯子を上って、近くで見たゼンマイは、真琴の両手でやっと持てるくらいの大きさだった。一瞬、これを回せるんだろうか、と不安に思ったけれど、来てしまったものは仕方ない。ゼンマイに手をかける。どっちに回したらいいのかも、考えてみれば知らなかったけれど、とりあえず、時計回りに全体重をかけたら、ぎぎ、と錆付いた音をたてて、ゼンマイが動いた。それは、11歳の少女にとってはかなり重いものだったし、本気で回そうとしたら、手も随分痛くなったけれど――ゆっくりと、確かに、ゼンマイは回った。

 そして、やっとのことで、ゼンマイがぐるりと一周した時だった。

 まるで溜息でもつくように、機械は一度、まとまった量の蒸気を吐いて、静かになった。駆動音は静まり、震えが止まって、どうやら一度、動きを止めたらしい。

「ありがとう、助かったよ」

下から、少年の声が聞こえた。

 「名前を、教えてくれる?」

梯子を降りて行くと、少年は、見ているこっちがどきりとするような、透き通った笑顔を浮かべて、尋ねてきた。

「…真琴」

「僕の名前はセイ。手伝ってくれてありがとう、真琴。助かったよ」

そう言った瞬間の、妙に大人びて、不思議とすこしだけ寂しそうな色は――やっぱり、懐かしい感じがした。

 けれども真琴には、それよりももっと、尋ねておきたいことがある。

「ねえ、わたしを呼んだのは、あなた?それと、これは何をする機械なの?」

質問はひとつずつしなさい、と――真琴はよく、父に言われる。と言っても、父もよく喋るたちなので、人のことを言えたものではない。だから、たしなめるとか叱るよりは、苦笑するに近い調子で、父はよく、真琴に言った。次の質問が待ってるかと思うと、ゆっくり答えられないだろう、そう慌てずに、まずひとつ聞きなさい、と。

 「君も、よく喋る子だね」

まるで、何かを知っているような調子で、セイは軽く、肩を竦めて見せた。そして、真琴が何かを言うよりも先に、説明を始めてしまった。

「まず、この機械のことから話した方が、早いかな。これは『アポロン機関』。流れ星を作る機械なんだけど…見ての通り、あんまり調子が良くない。このままの状態だと、今夜の流星群に、とても間に合わないんだ」

それはもう、今時幼稚園児でもひっかからないような、実に他愛の無い御伽話に聞こえた。もちろん、今、真琴が居る場所からして、あまりに非現実的な、在り得ない場所なのだけれど。

「今日のって、もう始まっちゃうじゃない。直らないの?」

「そうそう、それなんだけど!」

答える表情が、鮮やかに変わる。どうやらこの瞬間、真琴はセイの術中にはまったようだった。

 セイが言うには、アポロン機関の動力は、並大抵のものではないのだ、という。今居るここ――琴座の一番下にあるγ星から、光の橋を渡ってα星のベガまで行って、そこに咲いている、星華香という花を摘んでこなければいけないのだ、という。

「せいかこう。星の華の香りって書くんだ。覚え難い名前だよね。まあそれはともかくとして、この花を元に、アポロン機関は流れ星を作るんだ。動力も同じ、この花。流れ星にならないものは全部、アポロン機関の燃料になるんだ。具体的に言うとね、流れ星になるのは、実は花の露と香りなんだよ。だから、形が無くて、すぐ消えちゃうんだよね、流れ星は。残りはアポロン機関が吸収するんだ。完全に分解するから、ゴミは出ないの。溜息みたいに、空気が出るだけ」

切羽詰っている割には、セイはよく喋り、時々喋りすぎに気付いては、説明を軌道に戻した。

「それでね、光の橋を渡りたいんだけど、一人じゃ渡れない場所があるもんだからさ…誰か助けてくれないかと思って、一生懸命探していたら、君が空を見てたからさ」

その話の途方も無さと、作りの稚拙さに、真琴は眩暈がしてきた。星座などというものは、所詮、地球から見て光がどういう配置になっているか、に過ぎない。だから、同じ星座の星と言えども一線上に並んでいるなどと考えるのはナンセンスで、それぞれ遥かに遠い位置から、地球に向けて光を投げかけている。人がそれを受け取って、その光に名前をつけ、意味を与えているのだ。そういう話を、幼い頃から何度も、父に聞かされてきた。

「で、何で『アポロン機関』の具合が悪いかっていうと、十分な動力が無いのに無理に起動したせいでさ、ちょっと焼け付いちゃったんだよね。不調自体は、ベガまで行って、帰ってくる間くらい冷やしておけば、回復すると思う。多分、それで大丈夫」

けれどもセイは、真琴の困惑を徹底的に無視して、けっこうな早口でまくしたてた。

「だから、僕、ベガまで行きたいんだけど。ついてきてくれるよね、真琴?」

そして、初対面の相手に対して、嫌に無防備に、まるで裏切られることを想定していないようなストレートさで、ぶつかってくる。くだらないと思ったのに。もう、どうしようもないくらい、くだらない話の中に居る、と思えて仕方ないのに――真琴は、つい頷いてしまった。この少年を裏切ったら、自分の何かが終ってしまうような、妙な確信だけがあった。

「…わかった、いっしょに行けばいいんだよね。でも、何をすればいいかよくわからないから、ちゃんと教えてね」

言葉の終りには、自然とその初対面の少年に向けて、手を差し伸べていた。少年は、一瞬ちょっと驚いた表情を浮かべてその手を握り返してくれた。その掌は、見かけよりもずっと大きくて温かかった。

 「ねえねえ、その花は、どうしてベガにしか咲かないの?どんな花?いつでも必要なものなら、どうしてちゃんと用意しておかなかったの?一人で行けないなら、今までどうしてたの?何にしても、今日、流星雨の日なのは、ずっと前から決まってたことでしょ?何でこんなギリギリになって、バタバタ慌ててるの?」

手を繋いだままの二人が、歩き始めてすぐに、真琴はもう一度、質問を始めた。この、出来の悪い物語の中には、まだまだ不可解なことが、たくさんある。

「ホントに、よく喋るなぁ…何で飽きないのさ。せめて、質問はひとつずつにしてよね〜」

一歩分だけ先を進んでいたセイが振り向き、肩を竦めて、笑う。あなたもよくしゃべるじゃない、と真琴が頬を膨らませると、そりゃそうだ、とセイはまた笑った。よく笑う少年だ。

「まず最初に、星華香って、昔はどこの星にでも咲いてたんだけど、今は一等星じゃないと駄目みたい。理由は知らないよ。まあ多分、環境汚染か温暖化の影響でしょう。でね、形は鈴蘭に似てる。ああいう、ランプみたいな形なんだけど、あれよりもっと大きくて、一本につく花の数も少ないかな。どのくらいの大きさかっていうと、けっこう大きくて、チューリップくらい。そういう花が、一本にひとつとかふたつとか、多いとみっつくらいかな…ついてるんだ。色も、チューリップと同じで、色々あるよ。白とかピンクとか、赤いのもあるし」

そして、喋り出すとまた、一気にまくしたてる。ふざけた表情ではないが、口調は軽くて、どこまで真面目に喋っているのかは、よく分らない。それと、喋りながらでも歩みを緩めることは無くて、どんどん進んでゆく。

 セイに手を引かれるままに歩いてゆくと、いつの間にか、アポロン機関があった、雲の上のような場所からは離れて、その切れ間から、遥かに下を見下ろせる場所に来ていた。暗い夜空のずっとずっと下に、数え切れない明かりが瞬いている。真琴が、ついさっきまで居た場所だ。

「実は、星空を見上げるよりも、ここから見下ろすほうが明るいしゴージャスなんだよね」

明らかに皮肉と分る調子で、セイが言った。

「きっと半分は、なくたっていいような明かりよ。パパがよく言うわ」

つられて、真琴の口調まで尖ってしまった。

 そう、今日の流星雨だって、本当はもっと、遅い時間に降ればいいと、父と二人で話した。その方が、町の明かりが落ちていて、地上の明かりに邪魔されずに見られるのにね、と。

「それはそれ、これはこれだけど…お蔭様で、こっちも商売あがったりなんだよね」

前半と後半で矛盾することを言いながら、セイはもう一度、歩き始めた。

行く先には雲の切れ間があって、ここへ来るときに上ったような、光の梯子がかかっている。

「それで、さっきの話の続きなんだけど、今までは、雨の日とか曇りの日とか、サボってもばれないような日に、こっそりベガまで行ってたんだよね。だけどさ、今年はカラ梅雨で、ずーっと晴れだったじゃない。お蔭様で、アポロン機関を離れられなくってさぁ。気がついたら今日になってて、ホントに焦ってたんだ」

梯子を上る前には、流石に手を離す。そして、同じように一歩先を進みながら、澱み無い調子で、セイは喋り続けた。

 会話の合間にふと見上げると、淡い金色の光が輪になって、梯子を囲んでいる。

「これ、環状星雲のM57ね。星の亡骸だ」

星の図鑑に載っている数字を言えば、2300光年の彼方にある星雲だそうだ。環の姿をしているのは、その中心にあった星が命を終えて、爆発したからだという。

「意外と小さいのね。それで、下から見るのが大変なんだ」

込められる限り精一杯、幼い皮肉を込めて、真琴は言ったが、どうやらセイは聞いていないらしかった。

 もうしばらく進むと、梯子が終り、また新しい雲が見えてくる。その雲の向こうには、なるほど確かに、「星の王子様」に出てくるような、絵本チックな星が見えた。

「あれ、β星ね。ここまではけっこう近いんだ。上り坂だけど、傾斜も緩やかだし」

セイのその言葉が、真琴の脳裏に、嫌な予感を呼び起こす。琴座の形は――忘れるわけがない。理科の時間に図形を描いて、夏の大三角を覚えた。

 最初に居たγ星を基点に考えると、琴座は縦に伸びた平行四辺形だ。上に向かう二辺が長くて、γ星の対角線上にあるζ星の斜め上あたりに、夏の大三角を形作る、1等星ベガがある。確かに、平行四辺形の一番下の辺である、γ星からβ星への道のりは、緩やかな上り道で、決して厳しくはなかった。だが――このまま琴座の形をなぞっていくとすれば、β星からζ星までは、垂直の上りということになる。

 「それで、君の手伝いが必要になった訳なんだけど」

雲の上を歩いていたセイが、急に振り向いて、真顔で真っ直ぐに、真琴の瞳を覗き込んだ。

「あのさ、この間までは、別に一人でも、全然難しくない道だったんだよ。だけど、実は昨日、時間を見て、ベガまで行こうとしたらさ、道が壊れてて…どうしようもなくて、一度戻ってきたんだ」

予想通りの答えをどうもありがとう――そんな、こましゃくれた台詞を飲み込んで、真琴は説明の続きを引き寄せる。

「道って、やっぱりああいう梯子なの?今度はまっすぐ上に上る」

「流石、話が早いじゃない」

きつく研ぎ澄まされていたセイの瞳が、すこしだけ明るく、和らぐ。

「その梯子がさ、ぶっ壊れちゃったんだよね。多分、流れ星か何か、当たっちゃったんじゃないかな。放っときゃそのうち、勝手に直るものなんだけど、今日明日ってわけにはいかなくってさ。仕方ないから、ちょっと危ない、ほかの道を通ろうとしたわけ」

その言葉を聞いた瞬間、背筋がざわついた。「またまた、雑な作りの童話みたいな設定で」と言うのではなくて。

 何故ならその「危ない道」は、これから真琴が通る道だからだ。わざとらしい設定で出来ている世界も、自分の足で歩いているうちに、リアルな現実へと、踏み固められてゆく。

「何で、その道は危ないの」

現実であれば知りたい。知っていないと、不用意に歩けない。だから知りたい。

「色々と、出るからさ。ちょっと化け物っぽいやつとか」

「一人では、ぬけられない道なんだよね?」

「仕掛けがあるんだ。一人がスイッチを押してる間に、もう一人が抜けなきゃいけないようなの」

物語じみた世界では、嘘くさい装置が真琴を待ち受けている。でも、どんな嘘でも、我が身で体験すると、すべてが一気に、現実になってしまう。実際にそうやって、真琴は光の梯子を上ってきたし、セイに出会って、ここまで歩いてきた。ここは琴座ではないかもしれないし、アポロン機関は流れ星を作る機械では無いかもしれないが――この目で見たもの、この手でしたことは、絶対に消えない。

「だから、真琴、ちゃんと見て。知らないっていうのは、怖いことだから――」

同じ声で呟いてから、二人は顔を見合わせた。一言半句どころか、息をつくタイミングまで、ぴったりと重なった。真琴は目を見開き、セイは目を細める。

「どこで聞いたの」

先に、セイが言った。

「パパが、時々言うの。だから真琴は、自分の生きてる世界のことを見て、知っていなきゃダメだよ、って。見たいものも、見たくないものも、いろいろあるけどさ、って――」

けれども真琴には、その言葉は、娘と一緒に父自身にも、向けられているように聞こえた。同じ言葉の筈なのに――半分は厳しくて、半分は優しく聞こえた。

「それじゃあ、早く流れ星を作って、家に帰ろう。流星雨なら、二人とも見たいよね」

もう一度目を細めたセイの笑顔には、一瞬、深い悲しみが、宿っているように見えた。

 前を見て、もう一度歩き出そうとした少年の手を、思わず引き止める。

「セイ。あなたは、さっきの言葉を、どこで聞いたの?」

振り向いた少年は、無限の悲しみの上に限り無い優しさを被せて、微笑んだ。

「さあ、どこだろう――多分、君のパパと同じところじゃないかな」

同じ年くらいの筈なのに――答えたその声の、あまりの深さに、真琴はその先を聞けなかった。

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