雪華

 

 急に冷え込んだ北からの風は、その年最初の雪を運んできた。

「寒い筈よね…」

白い息でかじかんだ掌を温めながら、マァムは呟いた。降り始めた雪はやむ気配も無く、うっすらと積もり始めている。このぶんでは、明日の朝はネイル村も、魔の森も、銀世界に変わるだろう。その前にと、村はずれの薪置き場に足を運んで、木切れを集めていた最中だった。

 見上げる空は、一面の灰色。絶え間なく零れる雪は、掌に受けると、ほんの一瞬だけ、結晶の形を見せて、見る間に溶けてゆく。その儚い花たちは、どれひとつとして同じ形をとらないが、どれも端正に澄み渡って、脆いけれど美しい。

 子供の頃、マァムは両親を問い詰めて、困らせたものだ。どうして雪は、こんな不思議な形をしているの、どうしてこんなに綺麗なのに、すぐに消えてしまうの、と。

 今は、もうそんなことを気にはしない。だが、寒々とした灰色の向こうに、思うものがある。

 この空と同じ灰色の髪と、底冷えがしそうな、深い悲しみを宿した紫色の瞳――この雪の花と同じに、透明で繊細で、脆くも澄んだ心の持ち主――

「ヒュンケル――」

今は、旅の空の下に居る、大切なその名前を、恐る恐る、マァムは呟いた。

 信じている人だから、何の心配もしていない、と、口で言うことは出来る。だが、一度考え出せば、溢れて止まらない思いがあるのも事実だ。

 どうか、彼が今、抱えた罪に、苦しんでいませんように。誰かが彼の過去を暴いて、責め立てていませんように。どうか彼の上には、こんなに寒くて悲しい空が、広がっていませんように。どうかあの優しい魂が、こんな風に儚く、消えていきませんように――

 感傷的になるのは何故だろう。熱い涙が溢れて、視界をぼやけさせた。思わず心が痛くなるほどに、その空は、初めて会った彼を思い出させた。そして、零れては消える美しい花は、傷つきやすいその心を。

 どうかしている。そう、思ったけれど、心を制御出来なくなった。

 

 その時だった。雪を踏みしだく、軽い音。慌てて涙を拭い、振り返る――そこには、誰よりも恋しくて懐かしい顔が、すこし驚いた表情を浮かべていた。

「ヒュンケル……」

呟いた声が、呆然と響く。一方のヒュンケルは、いつもの癖で、切れ長の目を軽く見開き、こちらを見つめている。

 やがてゆっくりと、その目が細められて、不器用な笑みをかたどった。

「久し振りだ、マァム」

冷え切っていた風景が、急に澄んで、光を帯び始める。また、涙が溢れそうになった。

 「…何かあったのか?」

双眸に浮かんだ澱みは、一目瞭然、見抜かれてしまった。

「寒さが目にしみたの」

その下手な嘘を、彼は分っていただろうか。

「そうか」

返ってきたのは、限りない想いを込めた、素っ気無い言葉。

 何か言おうとしたが、どうしても上手く言葉が出ない。今日は、急にどうしたの?ちょうど今、貴方のことを考えていたのよ?何と言えばいいだろう。

「近くを、通りかかったんだ」

結局、先を越されてしまった。

「ラーハルトはどうしたの?」

「ロモスの城下に居る。オレも明日には戻る」

口で言うほど、近くから来たわけでも無さそうだ。

 ヒュンケルは、冬用の分厚いマントを羽織って、前を合わせていた。その下で、ごそごそと手が動く。

「どうしたの?」

「いや、これを…」

ぶっきらぼうに差し出された手の上を見て――マァムは思わず、溜め息をついた。

 そこにあったのは、掌にすっぽり埋まるような、小さな鉢植えで、雪のように白く雪よりも優しい、小さな花が咲いていた。

「こんな季節に、どうしたの?」

「城下で見つけたんだ。道中凍えないかと心配だったが、大丈夫のようだな」

掌に受けた鉢植えには、彼の体温が移っていて、とても温かい。

 優しいぬくもりを噛み締めながら、マァムは感謝した。彼がここに来てくれたことに。その瞳が、最早荒んだ、寂しい光を宿さないことに。今ここにある、ささやかで愛しい光景に。

 

 

 

 

 

あとがき

 タイトルは「せっか」と読みます。意味は字面の通り。

 二次創作の世界では、銀髪という設定が多いヒュンケルですが、私の個人的なイメージでは、寒々しい灰色の髪なのではないか、思っています。瞳は深くて暗い紫色。地下で育っているので、顔色もそんなに良くはないだろう、と推察します。

そんな彼のイメージは、「厳しさ」も含めて「冬」。お蔭様で、イメージはとても掴みやすかった。ほぼ一発書きですが、わりかたコンパクトに収まって、やれやれ、という感じです。

企画の性質上(?)優しい話が書きたくて、珍しく格好良いヒュンケルさんと、(私の中では)珍しくも無く、気弱になっているマァムのお話でした。

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