「何これ。私、こんなこと言ってない。『いつも輝いていられるように』って、こんな無難な、誰にでも言える台詞を吐かせるんだったら、呼ばないでいただきたかったわ」

俗に言う「原稿チェック」を終えて、私はデスクに突っ伏した。目の前には、数日前に収録されたインタビューのゲラがある。昔、専属をしていた20代の女の子向けファッション誌のものだ。何故か今更お呼びがかかったので受けてはみたものの、長いこと専属をやっていたから、どういう雑誌かは分っている。

「なるほど、これはけっこうエグいわね。というか、いつものことながら、流石の腕前よ。どう切り張りすれば、あのインタビューがこんな記事になるかしらね」

マネージャーの遠藤女史が、苦笑交じりに言った。

 昔から、そういうところのある雑誌だったけど、私が離れてから何年かで、その傾向に拍車がかかっているような気がする。読者である女の子に、何の「気付き」も与えない雑誌。それでいて、背後にメーカーを背負った「圧力」を、実に上手くかけて、流行を作り出す。可愛い女の子はこうで、モテるためにはああして、こうして、ということを、とても上手くカムフラージュして、スタイリッシュに、さもナチュラルに押し付ける――という、超一流のえげつなさを誇る。

 というわけで、結論から言ってしまうと、インタビュー記事なんて、喋る前から内容は決まっている。アウトラインはこう、という説明も事前にあったし、その他の特集記事がどうだ、という資料も、鬱陶しいくらい送ってきた。どうにか抵抗してやろうと、色々可愛くないことを喋ったんだけど、言葉尻を捕まえて、徹底的に切り貼りした結果、やっぱりインタビューは、編集サイドの思った内容になってしまっている。

 つっかえしたい。その一言が、頭の中をぐるぐる回っている。だけど、20代向けとしては最大の発行部数を誇るこの雑誌相手に、そうそう大きな態度に出られないのが、厳然たる事実で。というか、声をかけて貰えたのが、お仕事的には相当、ありがたい話で。もちろん、喧嘩を売るなんてとんでもない話で。だから、形式通りに原稿チェックはあったけど、せいぜい微妙な言い回しを変えて貰うのが関の山で。

 早い話が、諦めなさい、ということ。

 それもこれも「コミ」の客商売で、本当に好きなことを言えるのは、選び抜かれたごく少数の「大御所」だけ。その「大御所」たちも、慎重に場所とタイミングと相手を見ている。私の仕事場は、そういう業界の中にある。

 わかってはいる…が、割り切るのに疲れを感じる時が、当然のようにあるわけだ。

 

 あー、ストレスが溜まる、と思って事務所を出たので、つい勢いのままに、凄い量の買い物をしてしまった。家に帰って冷蔵庫の前に立ってびっくりした。私は両手にスーパーの袋を、計3つも提げていた。中味は殆どが食べ物、しかも生鮮食品の類。たった2人で、何日がかりでこれを平らげろって?しかも敦司は今日は帰らない。レコーディングが大詰めなので、スタジオに泊まり込むとか言っていた。予定通りなら、戻りは明日の昼前だ。

 こうなったらヤケなので、1人で豪勢な夕飯を食べよう、と思い立った。メインは鯛の切り身の表面をカリカリに焼いて、塩味のスープ仕立てにしてたっぷりの白髪ネギと生姜を添えて。三つ葉の入っただし巻き卵。ほうれん草とニンジンの白和え。きんぴら牛蒡は辛めの味付けで。これだけの量を、すべて1人分で調理するって、何という手間だろう。しかも、ちゃんと温かいものは温かいままで食べたかったので、頭もコンロもフル回転だった。疲れた。

 出来上がった夕食は、まあそれなりに美味しかったけれど、1人の食事でしかないから、ある一定を超えた幸福はもたらさない。仕方が無いのでお皿を洗ったら、日付変更線が間近に迫っていて、何だか無駄な夜を過ごした気になってしまった。

 翌日は午後から夜遅くまでの予定だったので、朝のうちに掃除をして洗濯をしてふとんも干して、それでまた冷蔵庫の前で立ち止まった。何の連絡も無いところを見ると、多分お昼には帰ってくるんだろうけど、食事は何にしようかな、と。

 結局私は、家の中で何かしながら、憂さを晴らすというパターンが多いようだ。

 白和えもだし巻きもきんぴらも残っているので、正直あとはご飯を炊けば済んでしまう。でも、それでは収まらなかったので、昆布で出汁をとって、和風ポトフを作ることにした。

 れんこんをすりおろして、合挽き肉と混ぜてお団子にする。白菜としめじ、春菊、実家から送ってきた聖護院かぶらも、この際だからサービスしよう。肉団子のアクを取って、野菜は適宜煮込んで、お醤油で味をつけて、柚子で香りをつけて。湯気を立てる鍋を見つめていたら、玄関のインタホンが鳴った。

 「…豪勢な昼メシだね。何かあった?」

そして敦司は、もちろんのこと、私の行動パターンなんかお見通しだった。大量の食べ物がテーブルを埋め尽くしている時は、極端に機嫌がいいか、悪いか、どちらかだ、と。

「別に」

それはもう、誰が聞いても不自然な返しを、私はして、敦司はそれ以上何も突っ込まず、食卓についた。

 流石に、一緒に暮らして何年にもなるので、敦司は私の扱いをよく知っている。機嫌が悪いのか、と訊かれても、私は絶対に肯定しない。そして、精一杯機嫌が悪くないフリをする。が、気付かれないと腹が立つ…という、とても厄介な性質を。そういう時には、さりげなく気付いていることをアピールしつつ、基本的には放っておいてくれればいい。それで私は安心する。

「昨夜は俺も大変だったんだ、エンジニアの人と喧嘩になっちゃって…あ、これ柚子が入ってる」

さも何事も無かったかのように喋りながら、ポトフに木のスプーンを入れた敦司だったが、機嫌が悪い時に作る食事は、基本的に私が食べたいだけのメニューなので、彼の好き嫌いは殆ど考慮されない。そして、匂いが強いものが全般的に苦手な彼は、柚子も苦手だったりする。この後、だし巻きの中の三つ葉にも顔を顰めることになるだろう。

「…それで、ちゃんと解決したの?」

だけど私は、何も気付かなかったかのように箸を進めつつ、彼に話の先を促す。

「あ、うん、だから帰ってきた。なんだけど、そこで話し合いするのにだいぶ時間を使っちゃったから、ここから突貫工事になると思う。1週間くらい帰らないかも」

というのは、レコーディングが最終工程に入った時にはよくあることなので、そう、としか言えない。

 なんだけど、目の前の敦司は露骨に寝不足そうな顔をしていたので、多少、心配にはなった。

「相変わらず大変ね。予定通り終ったら、ちょっとは休めるの?」

「一応、そうしたら2日、オフにしてあるよ。佐恵は?その辺りの予定」

訊かれても咄嗟に答えられなかったので、テーブルの隅から手帳を取り上げる。そして開いたページには、大して思い出したくもなかったスケジュールが書き込まれていた。

「来週の水曜と木曜よね。水曜はテレビの収録入ってる。木曜は何とかするわ」

「テレビ?今度は何?」

「バラエティのゲストで、あんまり乗り気はしないんだけど、断れなくって」

「珍しいね、佐恵が仕事を嫌がるなんて」

「司会者が、けっこうエグいのよねぇ…」

その番組の司会者は、毒舌が売りのベテランお笑い芸人で、いつも際どいところで相手の傷を曝しては笑いと取っている。そういう芸もありだとは思うし、実際彼は凄腕の司会者だけど、正直、自分がネタにされるのを想像すると、ぞっとする。

「どちら様も、エグいよねぇ、色々と」

敦司はそう言って、だし巻を箸で割った。案の定、出てきた三つ葉に嫌な顔をしている。

「でも、まあ、そういうお付き合いも仕事のうち…でしょ?」

「あ、それを言う。佐恵ってホントに偉いよね。エグいのが嫌で逃げ出した人間から見ると、後光が差して見える」

「ばか。何言ってるの」

あんまり下らないことを言うので、ちょっと呆れた顔をして見せたら、敦司は意外と真顔で返した。

「ちょっと茶化したけど、俺別に、嘘は言ってないよ」

こういう時、妙に澄んだ目をするのは、クリエイターだからなのか、それとも素なのかよく分らないけれど、何年経っても澱まない瞳だ。私は時々、その光に圧倒されたりする。

「あなたみたいに、自力で立つ力が無いから、上手いこと周りに合わせてるだけだってば」

「でもそれ、大事なことなんじゃない?すくなくとも、世の中の大半が俺みたいに好き勝手やってたら、社会として成り立たないと思うよ?」

「…知らない」

でも、彼は殊更に軽い調子で、逃げ場を残してくれたので、私はさっさと、その穴に逃げ込んでしまった。

 面と向かってあんまりそう言ったことはないけど、敦司は本当は、私なんかよりずっと偉い人なんじゃないか、と思うことがある。

世間の音楽好きにとって、Devil May Careというバンドは、「アンダーグラウンドのカリスマ」で通っているらしい。時流と売り出しの上手さ(同時にあざとさ)のお蔭で売れていたヴィジュアル系バンドは、事務所やらレコード会社やらに楯突いた挙句、一度は干されて、完全に「消えた」存在になっていた。そこからもう一度前を向いて、やりたいと思った音楽をするための環境を整え、それで自分と、係わり合いになる多くの人間が生きていくだけのものを稼ぎ出し、リスナーに受け入れられて、着実に足元を固め、成長し、本当に自力だけで、前よりも高いところに辿り着いた。メジャーのレコード会社とは契約していないけれど、流通だけ委託という形で、本当にデビュー当時、「売れていた」と言われていた頃よりも高いチャート順位を取っているし、その筋には疎い私が聞いても、ちゃんと分るような会場でライヴをやっているし。

彼はその中で、バンドの顔であるヴォーカリスト、殆どの作詞作曲を手がけるソングライター、プロデューサー、更には事務所の社長とレーベルのオーナーを兼ねている。

最初から大手の事務所に拾って貰って、仕事に恵まれて、色んなところから保護され干渉されてきた私とは、揉まれ方が全然違う。もちろん私だって、他人が敷いたレールを歩いたのは「クラウディア」の専属までだと思っているし、実力をつける努力を怠った積りは無い。だけど、やっぱり、極度に恵まれていたな、とも思うし、すくなくとも事務方の雑用に煩わされずに、のうのうとしていられる環境に、いつも在ったから。

だけど、当の敦司は、この部屋に来たばかりの頃から変わらず、笑ったり愚痴ったりへこんだり、子供のように喜怒哀楽していて、落ち着いたという印象は薄い。好き嫌いの多さも相変わらずだ。

なんて、私が要らない考え事をしている横で、敦司はさっさと食事を済ませ、食器を持って立ち上がった。

「じゃ、とりあえず自分の分は洗っとく。シャワー浴びて着替えたら、またすぐ出るから。佐恵はどうする?」

1時半に遠藤さんが迎えに来てくれる予定。いいわ、お皿はまとめて洗うから」

お互いに不規則で忙しい仕事なので、こういうバタバタには、慣れるも慣れないもない。そして敦司は、動き出したらうんと早い。

 私は午後からは某婦人雑誌の撮影なんだけれど、和服という指定なので、着替え易い服装で行くことだけ考えればいい。メイクもどうせやり直しになるから、見苦しくない程度に。そう思うと、台所の片付けよりもうんと手早く、出かける準備が出来てしまった。

 「それじゃ、私はもう行くから。泊り込みはいいけど、ちゃんとご飯食べて、多少は休みなさいね」

バスルームの扉に向かって声を掛けたら、扉が開いて、上半身裸の敦司が顔を出した。長い黒髪が、まだ水を滴らせている。

「心配してくれてありがとう」

そう言って、蕩けそうに笑う――その無防備な唇に、キスをした。顔を離してから、指を差し伸べて、ついてしまったリップスティックを拭う。

「レコーディングが終わったら、食べたいもののリクエストちょうだい。何でも作ってあげる」

「楽しみにしてる!」

その語尾に、インタホンの音が重なった。遠藤女史だ。

「いってらっしゃい」

その一言で、敦司は私を送り出した。

 

 自分で言うのも何だけど、和服の撮影は得意だ。何しろ着慣れている。小学生の頃からお茶お花をやっていたうえに、高校生くらいからは家業の手伝いでも着物を着ていたので、何を付け足さなくても、和服の時の立ち居振る舞いが自然と身についた。袂や裾のさばき方、足の運びや座り方。ちょっと意識を切り替えるだけで、難なく出来る。この業界に入ってから、慌てて着物の着方を習ったほかのモデルさんたちとは、年季の入り方が違うわけだ。

 そんなわけで、この日も撮影はスムーズ以上にスムーズそのものだった。

 「いやー、毎度のことながら、あすかさんには助けて貰いっぱなしだよねぇ」

カメラマン氏が、からからと能天気な笑い声をたてる。それはまあ、予定が20分巻きで片付いたのは、私の功績だけどね。

「それにしても、似合うよねぇ、和服。キレイな人は何着てもサマになるけど、その年代で、ここまで着こなせちゃう人って、ちょっと居ないよ。最近多いじゃない?格好だけ和服になっても、動きが洋服の時のままの若い子って。あすかさんは、和服着たら歩き方から姿勢まで変わっちゃうもんねぇ。日舞か何かやってた?」

別にこの人と仕事をするのは初めてじゃない筈なんだけどな、と思うと、軽い徒労感が湧いてくる。私なら、一度ご一緒した相手の基本情報は、絶対に忘れない。すくなくとも、覚えていることは不可能だから何らかの形で纏めるし、次にご一緒する前には読み返すし。

「実家が日本料理屋で、高校の時から帯締めて、手伝いをしてたんですよ」

本当は日舞もやっていた、どころではなくて名取りを持っている。だけど、こういう人には無難な話だけを、さらっとしておくに限る。

 と、そこに雑誌の編集部から来ていたアシスタントの女の子が寄ってきた。

「お疲れ様ですー。お茶淹れますけど」

「コーヒー3つと日本茶ふたつね。コーヒーはブラック2、もうひとつは砂糖とミルクつけて」

殆ど反射で、私は返していた。この場に居るスタッフの好みは、大まかに把握している。いちいち全員に聞いて回っても五月蝿いだけだろうし、日本茶党のうち1人はコーヒーが嫌いで飲まないし、全員に砂糖とミルクを配っていても無駄になるし。そう思ったら、余計なことを言ってしまった。

 だけど、アシスタント嬢は大して何も考えなかったらしくて、はーいと返事だけは元気良く、ミュールの踵を引きずるような足取りで、奥に下がっていった。

「すごいねー、あすかさん、全部覚えてるの?」

しまった、という言葉が、喉元でつっかえる。カメラマン氏の能天気な声が、背筋を冷やした。

「…商売屋に生まれた、習性みたいなもので」

浮かべる笑顔が引きつりかける。この後に来る台詞なんか、殆ど一種類しかないんだから。

「いいなー、美人で身のこなしもキレイで気配り上手で、大和撫子―って感じがするよね」

目立たないように気をつけた積りだったのに、大失敗、という後悔の念が、どーんと押し寄せて背中にぶつかる。このテの軽口の裏には、隙が無くて可愛げが無い女、という意地悪も一定確率で混じっているし。

 というか、そんな上っ面だけのことで、いきなり理想の女性になれたりしないから、安易にそういう言葉を使わないで下さい、という、恐らく世の中の大半に対しては通じないであろう愚痴もある。そりゃ確かに、モデルというのは、有り得ない「理想」を演じる仕事かもしれないし、明らかにカメラマン氏は、そこまで深い意味があって、この台詞を吐いたわけじゃないだろうけど。

 結局私は、もしかしてお節介だったかしら、すみません、と曖昧に笑って、その場をやり過ごした。

 

 夢を売るのが仕事な以上、相手が勝手に夢を見て浮かれてくれれば、それでいいのか?

 私はそれは「否」だと思う。夢を見せた以上は、それがただ綺麗なだけのものじゃなくて、内面を伴ったものでなければいけない。そして、ただ相手を夢見心地にさせるのではなくて、何かを与える存在でなければ、と。それは、苦しい時に歯を食いしばる意地かもしれないし、張った肩肘ですっ飛ばした相手に対する思いやりかもしれない。

 夢とか、憧れなんてものは、所詮それぞれの胸のうちにある。私が与えるべきなのは、その画像が曖昧な時に、焦点を絞るための何かだったり、「ここ」から「そこ」まで辿り着く力の一助だったり――そういうものだと思う。それを、アイコンとしての責任と心得ている。

 そして――そのアイコンである私にしても、胸のうちに描いている像があって、それが見えなかったり、今居るここからその場所までどう行けばいいか分らなくて迷ったり、苛立ったりする。どこが理想の女性だか、と呆れてものも言えないことがたくさんある。

 だから私は、上っ面のことを誉めそやされても、何も感じない。ことに相手が業界人だったりすると、その言葉の軽々しさに苛立ってしまう。

 特に、軽いことを言う人に限って、私の存在も、受け取り手の存在も、かなり軽く見ていたりするから。理想の女性とは、ファッション誌の表紙のような格好をした、美人で気配り上手で男の人にとって矢鱈と都合が良くて、もちろんメーカーにとっても思う壺という――そんな女性を大量生産しよう、という空気が、この業界には確かに流れている。

 何も考えずにそのように生きることは、女の子にとって、一面では楽でもある。

 女の子本人が、そういう風に生きたいと言うなら、私は敢えて止めないし、その権利があるわけでもないけど、自力で立って、自分の目で見た世界の方が素敵だよ、と、喉元まで声が出かける。主体性と自尊心を持って生きてください、と。

 

 あー…こんなことをグダグダ考える私は、柔らかさが足りなくて意地悪い顔になってるかなぁ、と思って鏡を見たら、予想通りのきっつい顔をしていた。テレビ局に向かう車の中だった。

 

 出演するのは、世界の色々なところで起こった、有り得ないようなニュースを紹介する、夜9時から1時間のバラエティで、今週は「悪女スペシャル」ということだった。ゲストは4人、複数回の離婚と結婚を経験し、自由奔放で知られる50代のベテラン女優と、新婚の好感度系タレントさんと、天然キャラのアイドル嬢と、私――この中の私の位置取りは「真っ当そうな顔をして、実は魔性の女」ってところだろうか。

 遠藤女史は、くどいくらい繰り返して言った。

「いい?絶対に、司会者の挑発に乗っちゃ駄目よ。悪女の味方は岸田さんに任せておけばいいんだから。貴女は女の子の味方。それを忘れないでリアクションして」

岸田さんというのは、例のベテラン女優のことだ。既に自由奔放でキャラクターが固まっているし、女優としては実力も存在感もあって、キャラクターとは別にいい仕事が出来るので、余裕でこういう「副業」のオファーを受けられる。確かにこの際は、それに甘えることが大事かもしれない。

 というわけで、私の役目は、専ら私より若い2人のフォローになった。うんと優しいコメントは、好感度系の人に譲る。天然ちゃんがボケたら私がフォローする。岸田さんとも多少は呼吸を合わせつつ、自分では肝心なことは言わずに、穏当なコメントに徹して、時々、番組が取り上げた「悪女」とやらもフォローして…ソツがなさ過ぎて可愛げのない仕事ぶりかもしれないが、ここは私のフィールドではないので、「無難」で良しとする。

 とにかく、人の傷を曝してあげつらうことにかけては天下一品の、司会者にだけは気をつけて。

 次のトピックスは、ヨーロッパに実在したという、ある女優の話だった。とある貴族に愛されていた舞台女優が、より力のあるパトロンを見つけた途端に乗り換えてしまい、最初の恋人だった貴族との間の子供は、産むなり里子に出して顔も見なかった、という――

 一瞬、ずきん、とお腹が痛んだ。だけど今ここで、表情を揺るがすわけにはいかない。強いて微笑み、意識して顔を上げる。

 前の段では、2人のアイドル嬢たちが、子供を捨てるのは幾ら何でも、とか、捨てられた恋人(彼はその後、野垂れ死にしたらしい)が可哀想だとか、どうしようもないくらい常識的なコメントを発している。

「キレイごと言うて、可愛いなあ、お嬢さんがたは。岸田さんはどうよ」

当然ながら、司会者のベテラン芸人・栗本敬一は、そこでは引っ込まなかった。そして、悪女キャラの女優・岸田雅美は、嫣然と微笑んだ。

「しょうがないでしょう、女優に命懸けるんだったら、好き嫌いより、利用価値のある無しでパトロン選ぶしかないし、コブつきで渡っていけるほど甘い世界じゃなかったんじゃない?その…十なん世紀だかのヨーロッパの芸能界って」

羨ましいくらい余裕で、そして正論だ、と思った。話題になっている女優は、きっと恋なんかしていなかった。ただ、自分の芸を極めるために、すこしでも利用価値の高い相手を探していただけ。そこに、たまたま本気になってしまった男が居たのが不幸だっただけだ。

 褒められた人生ではないけれど、そういう生き方も、確かにある。そう、心の中で呟いたのが、良くなかったのだろうか。

「おー、流石、大物は言うことが違うなー。んで、さっきから黙ってるけど、河村さんはどうなの。所詮、芸の肥しやろ?男なんてものは」

来るべきものが来たな、と私は思った。

 事務所的に都合の良い、無難な結婚を半年で破局させて、次に選んだのは年下で落ち目のヴィジュアル系ミュージシャン。スキャンダル女のくせに、比較的短期間でしゃあしゃあと業界の第一線に復帰し、前よりいい仕事をしているが、男の方は落ちぶれる一方らしい…というのが、すこし前までの「定説」だった。お蔭様で一時期は、河村あすか魔性の女説だとか、若い男を食い物にして自分だけ日の目を見ているだとか、週刊誌に散々なことを書かれたものだ。

 その延長線上に、このフリはある。というか、敦司の近況は、音楽好きでなければ知らない。つまりお茶の間の視聴者の多くは、彼は消えたままの存在だと思っている。ここで乗っても、逃げても「そういうことね」という風に、お茶の間と司会の間には、意地の悪い共通認識が出来てしまう。

 一瞬にして、頭の中を色んなことが駆け巡る。そして最後に残ったのは、意地だったかもしれない。

「前々から思うてたけど、栗本さんて、凄い人やと思いますわ。適当なこと言うて逃げようとすると、すぐにバレますもん」

そして私は、完全無欠の微笑を浮かべる。

「その喋りは、素晴らしい『芸』やと思います。それに比べたら私は、『存在感』とか何とかいう、もっとようわけのわからんもんで勝負せなあかんでしょう。そしたら最後は、その人間がどれだけの経験をして、そこから何を汲み取って財産に出来たか、それが大事なんと違います?せやから私にとっては、会えて良かった人も、そうやなかった人も、全部が宝物ですわ。今日ここで逃がして貰えへんかったことも、大事にさせていただきますね」

なるたけ柔らかく心がけて、それだけ言い切った。適当な綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、混じりけ無しに本当だ。過去にあったことは、今更後悔してももう遅い。だから後悔しないで、私の中で活かすことを考えるしかない。

 そう思ったら――目頭が熱くなった。

「いやー、そこで居直れるあんたも、大概凄いと思うなー。関西出身やったん?」

「姫路ですよ、普段、猫被ってるだけで」

栗本さんは、私の涙を絶妙のタイミングでスルーしてくれた。落とすことに懸けて一流の喋り人は、実はフォローも一流だったりする。

 

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