休日の昼下がり、CD屋の脇で槍に声を掛けられる。自らをロートレアモンと名乗り、禍々しくも威厳と神性を宿す佇まいに相応しく、多少時代がかった喋り方だが意外と若いものとの印象を受ける。この街の感想や今まで見聞して来た諸々についてとうとうと話す。如何なる由来があるのかと、意を決して柄を握ってみる。その瞬間、腕の付け根まで罅割れるような凄まじい衝撃が走り、堪らず悲鳴を上げて指を引き剥がす。まるで重度の凍傷を負った遭難者だ。我に触れることが出来るのは我が主のみである、とこちらの有様にも頓着せず、槍は答える。

 それから彼(だと思うのだ。理由ははっきりしないが)の主についての物語が始まる。出会いから芽吹いた穏やかな暮らしはある日一変し、彼らは復讐の旅に出る。主を所有していた一族の滅亡は正直どうでも良い、唯ある字の友を手に掛けた連中は地の底まででも追いかけて一人残らず殺すとロートレアモンは変わらぬ口調で事の顛末を紡いでいく。屍山血河を越えてきた彼らはやがて目的を達成し、今は特別当ても無く各所を渡り歩いているのだという。そろそろ此処を離れるかもしれん、なかなか面白かったなと愉快そうに付け加える。主との日々の生活、永いときの中で築き上げた信念、そして究極に近いその強さを誇る彼の言動に、これまでもこれからも共に居るという深い愛情と信頼を、惜しみない賛辞と仄かな哀愁を、いくばくかの後ろめたさと微かな恐れを感じ取る。そんな主人の名は何と言うのかと尋ねたところで、手に入ったか、何よりだLAYLA――と、思わず店の自動扉を振り返る。緩やかに、扉が開いてゆく。

 

 藍色の柔らかな帽子が揺れ、焦茶色の長い艶やかな髪が呉れる雑踏の中へ融けて行く。或る歌の題名(タイトル)を拝借したのだと槍が胸を張るのは良いのだが、歌い始めたのには参った。けれど主の方がもっと可哀想なモノを見る眼差しで、聡明な白磁の貌を曇らせ、碧瑠璃の瞳を己が従僕に向けていた。割とすぐ静かになった。

 夜のドレスを纏い、軽々と槍を携えた童女の後姿を見送りながら私はその日の体験をつらつら思い返そうとし、上手く出来ず、巷で悪名高い某企業の本社が爆発炎上したのは三日前だった。

inserted by FC2 system