撃墜された影は、火炎呪文によって醜く焼け爛れはしていたが、そこからは確かに、二つのことが読み取れる。ひとつは、これが未知のモンスターであること。もうひとつは、束の間の平和は破られたらしい、ということ。

「何だってんだ、一体…」

そして、撃墜の張本人であるポップは、偽らざる本音を吐き出して、その場を後にした。

 

 初めに「それ」が確認されたのは、勇者ダイが大魔王バーンを倒したあの日から、もうじき二年という頃だった。大魔王の邪悪な意思から解放されたとはいえ、モンスターが人里に近づいただの、飢えたり気が立ったりしたモンスターが不幸にして人を襲っただのという話は、時々出る。しかし、どのような場合においても、魔王の影響下に無いモンスターが、徒党を組んで村を襲うなど、かつて無かった話だ。

最初の被害は、リンガイアの外れにある、小さな村だったという。報告を聞いた戦士団が駆けつけて、モンスターを討伐したものの、その戦闘能力の高さに、かなり手を焼いたという話だった。

続いてその災厄に見舞われたのはカールで、この時討伐隊が、見たことの無いモンスターを不審に思い、その屍を城に持ち帰った。それを、カールの女王フローラの夫であり、知恵と知識において世界屈指と言われるアバンが分析した結果、それらは正真正銘、今まで確認されたことのないモンスターであることが判明した。

各国が警戒し警備を固めた。そして世界各地で次々と、モンスターの襲来は起こった。ロモス、パプニカ、ベンガーナ、未だ復興の途上にあるオーザムや、かつては侵略価値が無いとされ、魔王軍からも無視されていたテランでさえ、無差別の脅威に晒された。

モンスターは何処から来るのか?皆が最初に疑問に思ったのはそれだった。そして疑問は、テランへの襲撃で解決される。高い建物が存在せず、広大なテランの空に、無数の影が降ってきた、との証言が得られたのだ。モンスターの軍団は空から襲ってきた。一見何の規則性も無く、考えようによっては気紛れのように、地上を見舞う怪物の軍団は、やっとのことで平和に慣れてきた世界の人々を、再び恐怖のどん底に突き落としたのだった。

いや、ある意味では、以前のものより格段にタチが悪いとも言える。魔王が世界征服の野望を抱いた時は、その魔王を倒してしまえば、すべては終ったのだ。相手の考えも読むことが出来た。国を滅ぼすという目的故に、狙われ得る場所に目星をつけて、守りを固めておくことが出来たのである。

しかし今度は、誰が、何のためにこんなことをしているのか、まったく分っていないのだ。宣戦布告に類することも無く、城や都市が狙われるとばかりも限らない。実際に一度など、ギルドメイン山脈の街道を行く隊商が、飢えたモンスターの軍団に襲われて全滅したことがあった。彼らに指揮系統は存在せず、従って降下した地点に襲うべきものが存在しなければ、途端に迷走を始める。実際、報せを聞いた討伐隊が山を登った時も、そのモンスターたちは、既に飢えから仲間割れと共食いを始めていたというのだから。

 

 そんな状況下でやってきた、大魔王討伐の二周年記念日は、やはり、盛大に祝うというわけにはいかなくなった。世界共通の祝日と定められてはいるので、各地で何某かの催しは企画されたのだが、時節柄という問題もあるし、それで警戒を緩めるわけにもいかないのだから。

 そういうわけで、予定であれば最も盛大にこの日を祝う予定であったパプニカの王宮も、ひっそりと、どこか人目を憚るようにして、祝宴の準備をしている。一年前と同じく、勇者ダイの仲間たちは、多くがここに集ったが、アバンとフローラは、今回は流石に国を離れることが出来なかった。

 「ったく、冗談じゃねえよな。祝いごとはそれらしく、きちんと祝いたいもんだぜ」

そう呟いたのはポップで、彼にとってはこの日は、失恋の一周年記念日にも当たる。

「考えてみたら、去年のこの日も、ピラァのことで夜中に一騒動あって、慌しかったからな」

と返すクロコダインは、その辺りの事情をどの程度汲んでいるのだか。

「いずれにしても今日のところは、憂さ晴らしも兼ねて楽しんで頂戴。半端に怯えて、萎縮してしまうのは、油断するのと同じくらい、良くないことだから」

そんな二人のやり取りを横で見ていたパプニカ女王レオナが、きっぱりと言い放つ。この辺りの強さと安定感は、流石に一国の主と言うべきだろう。

「それよりも、ヒュンケルはもう来たのかしら」

だが、ここで堅い話だけをして終れないのが、この若き女王の欠点であり美点でもある。

「ああ、あいつならつい先程、ラーハルトと一緒に到着しましたよ」

と、クロコダインが報告すると、理知的な光をたたえていた茶色の瞳に、高貴な身分には不似合いの、やや胡散臭い色がよぎる。

「あらそう、じゃあ、マァムにはもう会ったのかしら。ポップ君、知らない?」

「会ったも何も、マァムの方でずっと待ってたらしいぜ」

「そう、それであの二人、今どこまで行ってるのよ?!」

それをおれに訊くのか、と、多少思わないでもないポップだが、この話題になるとレオナが暴走するのは重々承知で、もう諦めている。というか、我が身の未練たらしさが、いい加減情けなく思えてくる、今日この頃でもある。

「どこまでも何も、見た感じ、ぜーんぜん進展なし!相変わらず、おままごとみてえ」

と、地味に細かく観察してしまっているのも、また情けない、と言うことも出来る。

「えぇえ〜、そうなの?!予想はしてたけど、奥手同士だとやっぱりそうなっちゃうのかしら」

神聖なるパプニカの女王にあるまじき、下世話な台詞を大声で発しながら、レオナは頭を抱える。ポップとクロコダインは、それ以上の反応に窮して、苦笑を浮かべた顔を、見合わせた。

 

 二年という歳月は、言葉にしてしまえばたったの一言だが、決してその言葉面ほどには軽くない。それから流れた時間の中で、あの戦いに携わった者たちも、齢を重ね、あるいは互いを結ぶ関係の名を変えた。何もかもが、弛むことなく、動き続けた。

 それは、あの頃僅か十二歳の少年だったダイも同様の筈だ。小柄で、まだ甲高い声で喋り、澱みの無い光を双眸に宿していた少年は、どうなっただろう。誰もが言葉に出さないまでも、酒と一緒にそんな想いを飲み下して、やや夜が更けた頃のこと。

 何か、異質なものの気配が、肌を叩いた。何かが来る、と感じたのは、殆ど本能。身構えて、窓を跳ね開けると、見慣れぬモンスターが飛び込んできた。咄嗟にマァムが拳の一撃を加え、叩き落す。それは、魔王の邪悪な意思から解放され、平和に暮らすデルムリン島のモンスターたちとは違う、血に飢えた、凶暴な目をしていた。そして、この地上のものでもなく、また魔界のモンスターとも違う姿をしている――このところ、地上を脅威に晒している、あの同じモンスターたちだった。

「まだ来るわ!」

レオナの声が、皆を叱咤する。確かに、開け放たれた窓からは、次のモンスターが侵入してきた。外に目をやれば、同様のモンスターが数え切れないほど降ってきている。

 そうだ、その光景を最も正しく言い当てるのが「降っている」という表現だろう。飛んできたのではない。彼らは真上から、この地上目掛けて落ちてきた。まるで雲の上からでも、モンスターを撒いたかのように。

 ポップは咄嗟に、開け放たれた窓から外へ飛び出し、上空を見上げた。満月を背景に、夥しい数の黒い点が、夜空に浮かび上がっている。あれがすべて、先ほど見たモンスターだとしたら、大惨事が起こってしまう。

「あれだけの数を、いちいち相手してられねぇよな」

迷いは無かった。最大限の魔法力を込めて、消滅の力を持つ、光の矢を引き絞る。解き放たれたメドローアの閃光は、満月に吸い込まれるように虚空を裂いて、モンスターたちを飲み込んだ。後には塵ひとつ浮かばない、綺麗な空が残る。見下ろせば、マァムやクロコダインといった顔ぶれが、既に駆け出していた。あの一撃を逃れたモンスターも、彼らが間違いなく、撃破してくれるだろう。

 一安心すると同時に、不吉な予感が背筋を駆け上る。これほど大規模な襲来は、かつて無かった。果たしてパプニカだけが災厄に晒されたのか。世界のほかの場所は?アバンやフローラが居る、カールはまだいい。ロモスやリンガイア、ベンガーナやオーザムは?デルムリン島は?自分たちのような、防ぐべき力を持たない国は、一体どうだったのだ?

 案じるまでもなく、ルーラの閃光が幾筋か、夜空に吸い込まれていった。リンガイア方面へ向かったのは恐らくノヴァ、ほかはラーハルトとヒムだろう。もしかしたらアポロも混じっていたかもしれない。レオナの判断の正しさに、ポップは心の底から礼を言った。

 その時だった。地震に似た衝撃が大地を遅い、何か巨大な音が響いた。皆が、咄嗟に身構える。新たな敵の来襲を予想したからだ。ただ一人、ポップを除いては。

「岬の方角からだった。ひとっ飛びして、見てくらぁ!」

返事を待たずに、ポップは飛び出していた。

 岬――そこには、いつかダイが帰ってくる日の目印にと、勇者ダイの剣が安置されている。希望的観測かもしれない、とは思った。けれどもポップは、居ても立ってもいられなかったのだ。あの瞬間に響き渡った音は、ルーラの着地音に、とてもよく似ていたから。

 彼の魔法力を以ってすれば、岬までの時間など、ほんの一瞬に過ぎない。けれども今回だけは、その時間が奇妙に長く、もどかしく思えた。

 岬には、いつもと変わらぬ姿で、剣が置かれている。そして、その傍らには人影があった。それはちょうど、二年前のポップと、同じくらいの背格好だ。

「ポップ?!ポップかい?!」

振り向くと同時に、発せられた声。それは変声期の掠れたもので、聞き覚えは無かった。けれども分る。真っ黒なクセッ毛と、太い眉。左頬の傷跡。何よりも、真っ直ぐにこちらを見る、黒い瞳――それは、紛れも無く、二年前に地上を救った、勇者の姿だった。

「ダイっ!この野郎、散々待たせやがって!」

そこから先はもう、涙に押し流されて、言葉にならない。ポップはただ、両手を広げてダイを抱きしめた。二年前のあの日、死闘を終えて、天空から戻ってきた時のように。今が平時で無いことは分っていたし、一瞬、レオナに悪いな、とも思ったけれど――やはり、この役だけは、誰にも譲りたくなかった。

 そうして勇者ダイは、パプニカの王宮に迎えられた。たくさんの手が、たくさんの笑顔が、彼を迎えた。それもまた、二年前の、あの時と同じに。

 勇者の帰還と、昨夜の異変は、恐らくひとつに繋がっている――それほど深く考えなくても、誰もがそのことに気付いていた。けれども、誰も自分からはそれを言い出さなかった。語るべきことがあれば、ダイは逃げない、という信頼がひとつ。そして何よりも、誰もが今は、待ちに待った勇者の帰還を、喜びたかったのだ。

 

 結局、話があるから、とダイが皆を呼び集めたのは、昨晩眠れなかった顔ぶれが仮眠から覚めた、昼過ぎのことだった。一段高いところに立ったダイは、ゆっくりと深呼吸をしてから、皆を見回した。

「みんな…ただいま。心配させて、ごめん。それと、せっかく平和になったところに悪いんだけど、これから話すことを、聞いて欲しい――」

そこで、ダイは一度、言葉を切った。もう一度ゆっくりと息をついてから、再び喋り始める。

「あの時…あの戦いの後、おれは、黒の核晶の爆発に巻き込まれた。そこまでは、みんなが見ていた通りだ。あそこで死んでも、おかしくなかった。でもおれは、天界の精霊に、助けられたんだ。精霊の名前は、セフィラ。セフィラは、竜の騎士のことを、ずっと見守っていた精霊だって言ってた。おれは今まで、セフィラのところで、修行をしていたんだ。おれの持つ力は、あまりにも強力すぎるから…完全に制御出来るようになるまでは、地上に帰っちゃいけないって。そのお蔭で、今は、紋章の力を、自由に使えるようになったよ。右手だけでも、両手でも、額でも、どこでも発動させることが出来る…」

一言一言、噛み締めるように喋る。そしてダイは、皆を見渡し、次のようなことを語った。

 それは、セフィラが語った、この世界と、竜の騎士との物語だった。原初の時代、神々はこの世界を、三つの大陸に分けて創造しようとした。即ち、人、魔族、竜のための大陸を。そして、それぞれの大陸を、力では破れない壁で隔てる積りであった。それは、それぞれの種族が、互いに傷つけあわぬため。そして、いずれ心を伴った者によって、その壁は取り払われる予定だったという。

 しかし、神々の予想もしなかったものが、この世界を引き裂いた。それは、神々と同じ原初の混沌から生まれ、この世界より先に存在していた、「大いなる悪意」とも言うべきものだという。その力によって、世界は地上と魔界に分割され、竜と魔族は、暗く過酷な、魔界に押し込められたという。そして神々は、自分たちより強い力を持つ「悪意」の前に、沈黙するよりほかに、成す術が無かった。

 「バーンは、魔界に太陽が欲しいって言ってた…もちろん、あいつがしたことを、許すことは出来ない。自分たちの幸せのために、地上の幸せはどうでもいいなんて、絶対に間違ってる。だけど、思ったんだ。魔界が、そんなにも生きていくのに辛い場所なら、ああいう考え方になってしまっても、仕方ないんじゃないか…って。魔界の大地は、この地上と違って、作物を育てることも出来ないんだ。だったら、ひょっとしたら、力ずくで奪ってしまうかもしれない…おれ、ずっと、そう思ってたんだ。セフィラは、その答えをくれた」

淡々と、ダイは言った。

 当然の如く、明るく豊かな地上の世界は、魔族と竜の野心の対象となった。そこで神々は、世界のバランスを崩さぬために、竜の騎士を作った。魔族の魔力、竜の力、人の心――かつて神々が、同じ太陽を浴びて生きることを願った、三つの種族の力を備えた戦士。神々は、その額の紋章に、分かたれた世界をひとつに纏める、祈りを込めたという。

 「大いなる悪意」はと言えば、血で血を洗う魔界の惨状を嘲笑うと、満足したとでも言うかのように、長い眠りに就いた。放っておいても、彼らは互いに傷つけあい、やがては地上にその野心を向けるだろう、と。その悪意が、今、目覚めつつあるのだという。その真意は分らない。だが、大いなる悪意――天界では魔神バルトロスと呼ばれるものが、遠からず、その姿を現すのだという。

その魔力が、例えば昨夜のモンスター大量落下を起こし、聖母竜の命を終わらせた。この二十年足らずの間に、大魔王バーン、冥竜王ヴェルザーという二大勢力が地上に魔手を伸ばしたのも、すべてはバルトロスの放つ邪気のオーラに影響を受けてのことだという。

「セフィラは、修行が終わった後で、おれにこの話をしてくれた…それからおれが、多分、最後の竜の騎士になるだろうって。聖母竜が居ない今、おれの左手の紋章は、誰にも受け継いで貰えない。それに、おれが大人になって、いつか子供が生まれても、血が薄くなるから、その子はきっともう、竜の騎士じゃないだろうって…」

それはつまり、バーン級、あるいはそれ以上の力を持つ侵略者から地上を守れるのは、ダイで最後だ、という意味になる。

「おれは…引き裂かれた大地を、あるべき姿に戻したいんだ。そのためには、魔界に打ち込まれた『楔』を破壊して、バルトロスを倒さなきゃいけない。このまま放っておけば、何十年か、ひょっとしたら何百年かは、まだ眠り続けるかもしれない魔神を、目覚めさせて…おれにそんなことをする権利があるかどうか、分らない。でも…」

「手伝うぜ」

ダイの言葉に熱がこもり、思いつめたように早口になっていったところを、軽やかに、ポップが制した。

「確かに、放っておけばまだ眠り続けるかもしれない魔神を起こすなんざ、やりたくねぇよな。だけど、いつかは奴だって目覚めるんだ。その時、この世界がどうなっちまうのか、考えるだけでも怖いよな。それに、世界をこのままにしておいたら、いつかまた、バーンみたいな奴が現れるかもしれねえ。でも、その時、ダイみたいな力で、それを防ぐことは出来ない。だから、今、やらなきゃいけねえと思う。これは、未来のための戦いなんじゃねえかな」

それは、ポップだけではない、その場に居た皆の思いでもあった。やっと取り戻した平和をかき乱すのは、決して本意ではない。けれどもそれは、誰かが耐えて、やらなければいけないことだ。

「……みんな、ありがとう――」

掠れた声で、ダイは言った。その黒い瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。

 

つぎへ

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