東京撤退前、最後のバレエ観劇でした。初日で「世の中そう上手い話は無いわ」と思い知り、二日目に急遽当日券を入手するという、なかなかドラマティックな(笑)経験が出来ましたよ。

キャスト(1030日)

マノン:酒井はな  デ・グリュー:ドミニク・ウォルシュ  

レスコー:ロバート・テューズリー  ムッシューGM:ゲンナーディ・イリイン

レスコーの恋人:湯川麻美子  娼家のマダム:大塚礼子  物乞いのリーダー:吉本泰久

看守:山本隆之

 そう、世の中上手い話ばっかりじゃないんですよね!この日のチケットはローラン・イレールのために買ったんですが、やむをえない家庭の事情で、急遽帰国したんだとか。チケット購入した時は、「3000円+消費税でエトワールが観られるなんて嘘みたいな話だ」と思ってたんですけど、やっぱり嘘でした。きっとこれで、彼には二度と会えないだろうな、と思うと切なく、放心状態で観始めたから序盤は集中力ゼロ。いまひとつ魅力に欠ける舞台だったのも、そのせいかな?いや、違う……

 なんというか…この日、観ていて嬉しかったダンサーって、ほんの片手の指の数ほどで。酒井さんは、とても期待していたのですが、初役ということもあり、振付けは綺麗にこなしていましたが、いまひとつプラスアルファが無い。しかも、マクミランは流れるラインが命なのに(多分)、ところどころ、流れが途絶えるんですよね(涙)。対するデ・グリューも、何だかあまりマノンと対話が出来ていないし。急造ペア、片方は初役ですから、仕方ないと言えば仕方ないのでしょうけど、ラインが切れるのはサポートのタイミングなどに問題があったんじゃないかと思います。いや、技術的なことはよく分らないのですが、何となく。


それ以上に酷かったのがコール・ドで、みんなそれなりに上手いんですが、それをただ組み合わせているだけ、という感じ。生きている感じがしない、というか。三階から観た限りでは、何だか立ち位置が定まっていないような(そんな筈無いんですが)、雑然とした印象を受けました。物乞いのリーダーをやった吉本さんなんか、かなり上手かったんですけどねぇ…

 酒井さんのマノンは、意志薄弱なお人形のようでした。デ・グリューに「おや、可愛い人だ」と見られれば、可愛い笑顔で返す。兄の言いつけも大人しく聞くし、まあとにかく求められれば応えてしまう。そのせいか、今ひとつ生気に乏しく、愛らしさが足りない印象を受けました。ウォルシュのデ・グリューはアラベスクの脚が綺麗に上がらないし…実はこの日は、事前に忙しくて予習をしっかりしていかなかったので、最初の頃、人物関係を把握するのに手間取ったのも確かなんですけど。

 で、もう本当に泣いてやろうか、と思っていた私を救済してくれたのが、テューズリーのレスコーとその恋人、湯川麻美子さんのカップル。レスコー、なんか、えらい格好良いにーちゃんですね。邪道もいいところ。主役カップルが普通にしていれば、絶対映えない役作りです。テューズリー自身「レスコーは美しい妹が自慢なんです」と言っていましたが、本当にラブラブ。いや、ちゃんと兄妹愛に見えますけど。レスコーはマノンが可愛くて仕方が無い。ただ、彼は世俗的で金銭欲も強い人間。退廃した時代の論理に従って生きています。だから妹をムッシューGMに売ってしまう。でも、もし仮にこれが女郎屋のマダムだったら、売らないと思う。何故ならムッシューGMは、ある意味マノンを幸せにしてくれる相手だから。彼の愛人になることで、マノンはその美貌に相応しく着飾ることが出来るし、贅沢も出来る。自分もその余慶を蒙って裕福になれる。つまり、無茶苦茶な論理だけど、兄妹一緒に幸せになれるわけです。


実際、彼がデ・グリューのアパルトマンにマノンを連れ戻しに行くシーンにしても「大事な妹に何をした!」という勢いでしたし、ムッシューGMの愛人として着飾った姿で現れるマノンを迎える時は、本当に嬉しそうでした。デ・グリューの部屋でムッシューGMがマノンを押し倒すところ、あれは本当なら「まあまあ、そう焦らなくても」という振り付けなんでしょうが、テューズリーにやらせると「分ってるけど、俺の前でだけはやらないでくれ」というような、屈折したシスコン根性が窺えました。因みに一番の見せ場はやはり、酔っ払いのソロ。ほどほどに崩しつつ、英国紳士らしく決めるところは決める。レスコーの踊りじゃないけど綺麗でした。

 湯川さんは、いなせで婀娜っぽくて、新国立で一番好きなダンサー。素敵な大人の女性です。レスコーとは、世俗の恋人同士という感じ。現実離れしたロマンティックさはありませんが、愛がある。二人が抱き合って、レスコーが彼女の首筋に唇を寄せる場面が何度かありますよね。あれがもう、本当に素敵で。湯川さんのソロ自体も、濃くは無いけど色気があって、歯切れも良いから重過ぎない。本当に、この二人には助けられました。

 二幕辺りからは、やっと主役二人にエンジンがかかってきます。酒井さんは、きっと普通にお姫様を演じれば、とても綺麗なバレリーナなんでしょうね。ムッシューGMの愛人として、着飾って現れた姿は、品格があって美しかった。また、何度かある、パ・ド・ブーレで後ろ歩きをしながら、両腕を波打たせる振付け。あれは本当に綺麗でした。そして、ここで娼館の客たちがマノンを「持ち運ぶ」部分、お人形さんのようなマノンだけに、怖かったですね。「モノ化された女性への、暴力的な視線」。マクミランを語る時によく言われるフレーズですが、身に染みて分りました。

 ところで、イカサマカードの一件は、レスコー兄妹とデ・グリューの共謀ですか?なんだかこのレスコー、「まあ、お前もかわいそうだから、ちょっと妹と会わせてやるよ」とか言ってそうだし、シスコンな上に能天気。でも紳士。素敵なお兄様ですわ(苦笑 ) それにしても、チャンバラのしょぼいこと。ところでこの場面では「それなりに上手いけど生きていない、この世界に存在していない」コール・ドが、鮮やかに際立っていました。それは、マダム一人がすっかり「あの世界の住人」だったから。その辺りの演技力は、流石ベテランですね。

 で、どうにかエンジンがかかってきたマノン&デ・グリュー、ラインが切れることも無くなり、そうそう、ここまではやってくれなくちゃ、という感じ。でも、何かが硬い。翌日観たフェリのラインと、そんなに違わないんですけどね。うーん。。。何でだろう??やはりこの二人、まだ「息が合う」「対話ができる」領域まで踊りこんでいなかったのかなぁ。。。レスコーの死。テューズリーが「死ぬ時に惜しんで貰えるように」と言ってましたが、本当に惜しかったですよ。貴方も湯川さんも居ないこの舞台で、誰を観ればいいの?と。まあ、ドラマティック・バレエですし、(本当は)悪役なので、普通にお亡くなりになりますが。

 三幕。看守の山本隆之さんは、本当に気持ち良く横柄で傲慢で、この役はかくあるべし!と思わせます。わりと際どい振付けでしたが、濃くしすぎないでこなしていましたしね。マノンとデ・グリューは。。。すみません、八月に観たギエム&ル・リッシュとルグリ&オーレリーの印象がまだ残ってて。。。

 



…というわけで、家に帰ってから寝ずに悩んで、当日券の購入決定。三時間並びました。学園祭の準備の合間を縫ってチケットぴあに走り、駄目だったのでキャンセル待ち。我ながら愚かだと思いますね(苦笑)。でも、苦労した甲斐あって、この日は過去最高にいい席が取れました。しかも、当日券割引&学割でほぼ半値。幸せでした。

キャスト(1031日)

マノン:アレッサンドラ・フェリ  デ・グリュー:ロバート・テューズリー

レスコー:ドミニク・ウォルシュ  ムッシューGM:ゲンナーディ・イリイン

レスコーの恋人:湯川麻美子  娼家のマダム:豊川美恵子  物乞いのリーダー:吉本泰久

看守:イルギス・ガリムーリン

 まず、最初の教訓。予習は可能な限りやっていきましょう。何が何だか分っていると、最初からちゃんとノッていける。あと、どこを観ればいいか分っているので、見落としが無い。

 この日は素晴らしい舞台でした。最初は、「でも昨日、コール・ドは泣けるほどショボかったし…」と思っていたんですが、どうしてどうして!綺麗に整って、迫力がありました。突然、全員に命が宿った感じ。フェリ、テューズリー、ウォルシュの三人にとっては最終日ということもあり、気合が入っていたんでしょう。あるいは前日は、イレール休演のため払い戻しが出て、客席がガラ空きだったため、気合が入らなかったとか。吉本さん率いる物乞いの踊り、とても迫力がありました。

 期待に期待を重ねたテューズリーのデ・グリューは、上品な舞台マナーが、まさしく英国紳士の風格。といって過剰に優雅にならないのが、ロシアなどとは違うところですね。生真面目で融通の利かない神学生らしく、享楽的で退廃的な町の雰囲気に翻弄されます。本を読み始めても、集中できないのか、帽子で扇ぎ始めたところへ、マノン到着。最初は気にも留めていなかったのが、ふと目があった瞬間から、二度と視線を離せなくなる。その不器用さが、可愛かった。

 フェリのマノンは、魔性の女というより、ただひたすらに可憐な少女。色っぽさはありませんが、あまりの愛らしさに、誰もが魅了されずにはいられない。そして、移り気とか快楽に弱いと言うよりも、夢に生きたい少女のようでした(「私は夢に生きたい」っていうのは、オペラ「ロミオとジュリエット」の、ジュリエットのアリアですね。変なところがフェリらしいわ)。目を開けて、退廃した、お金が無いとどうにもならない世界を見る勇気が無い。だから彼女は、現実と対決しないで、夢に生きることを望んだ。夢――幸せになりたい。でも幸せって何だろう?みんなからちやほやされること?綺麗に着飾って、安楽に暮らすこと?それとも、素敵な人と恋をすること?それがはっきり分らないまま、流れに身を任せた少女、それがフェリのマノンだったのではないでしょうか。

 ところで、ウォルシュのレスコーですが、悪い奴ですねー!品性が無くてあくどく、時に暴力的で、打算丸出し。そうそう、これはこういう役なんですよ。前日の、心の無いデ・グリューを観たせいで、不安だったんですけれど。このレスコーは最高です。相手役の湯川さんも、前日よりますます素敵で、悪党の愛人らしく、色気を振りまいていました。

 マノンとデ・グリュー、二人が恋に落ちたのは、ふとぶつかって、二度目に視線が合った刹那。デ・グリューが本を取り落とすのが象徴的ですね。この瞬間に、彼は勤勉な神学生から、不器用で一途な恋に身を任せる、一人の青年になってしまった。マノンに向かってアラベスクを繰り返す振付けは、自分のすべてを彼女に向かって捧げ尽くそうという、彼の純情を示しているようでした。二人の流れるようなラインは、マクミランの真骨頂(多分)。うっとりと寄り添う二人の様子は、幸福そのものでした。

 続く寝室のパ・ド・ドゥは、新婚初夜の夫婦のようで、可愛かった。最初、かなりの筆圧で手紙を書くデ・グリューが、いかにもそれらしい。生真面目で融通の利かない性格だけに、あの状況で父親にどんな手紙を書いたものか、悩んだんでしょうね。でもマノンには、今の幸せしか無い。一方デ・グリューも、そんなマノンが愛しくて仕方ない。でも、そこは誠実な彼のこと、愛していればいるほど、彼女を鄭重に扱いたくて、感情に身を任せきれない。深い想いをこめて、丁寧に丁寧に、彼女に触れる。フェリの可憐さも、ここぞとばかりに輝いていました。この場面は、彼女の夢そのものの幸福。ロマンティックでうっとりしました。で、マノンがデ・グリューに上着を着せ掛けるのが下手なんですけど(ていうかフェリが手間取ったのか?)、そんなところまでマノンらしくて可愛い。

 でも、そんな愛しい幸福も、所詮は現実の前に崩れ落ちるしかない、砂の城。現実問題(例えば、この先の生活など)を突きつけられた時、マノンはあっさりムッシューGMの愛人として、何の不安も無く暮らすことを選んでしまいます。何故なら彼女は、過酷な現実が怖いのだから。いつでもそれを見なくて済む方向へ行きたがる。また、ムッシューGMが提示した贅沢も、ひとつの幸せに見えたのでしょうし。そんなわけで、デ・グリューとは入れ違いに、彼女は出て行ってしまいます。そして帰ってきたデ・グリューとレスコーの対決。レスコー、迫力満点で素晴らしかった!こいつが悪くて怖い男だから、対するデ・グリューの無力と悲しみが際立つんです。

 二幕、娼館での宴では、昨日とはまったく違うレスコーの酔っ払いソロに目を奪われました。今思えば、テューズリーのレスコーがやったのは、例えばロミオとか、貴公子系のキャラが崩れる時の踊り。一方ウォルシュのレスコーは、完全に酩酊し、欲望のままに踊る悪党。その徹底ぶりが気持ち良い。恋人役の湯川さんも、前日より色っぽく、格好良い。スカートをたくしあげて脚を見せる振付けも、いやらしさが無く綺麗でした。


 一方デ・グリューは、他人の愛人になったマノンを見るに耐えない気持ち、それでも美しく着飾った彼女を見たい思い、捨てきれない愛と、複雑な心境で顔を背けたり、また上げたり…一幕一場であれほど困惑していた猥雑な雰囲気も、もう何ほどのものでもありません。一方マノンは、デ・グリューへの愛はあるけれど、今見ている新しい夢から覚めたくないと、視線を逸らし続けます。それと、ここの彼女はとてもコケティッシュ。デ・グリューとはただの恋する青年と少女で、大した色気も無かったんですが、ムッシューGMに教え込まれたのか、目覚めさせられたのか、時折ハッとするような色っぽさで迫ってきます。そうなったら、デ・グリューに耐えられる筈が無い。気がつけばまた、身も心も捧げ尽くして、彼女に愛を訴えていたデ・グリュー。そして、いかさま賭博に手を出してしまうのです。

 三つ目のパ・ド・ドゥには、二人のすれ違う心情が、とても良く出ていました。マノンは結局、愛する人のところへ戻ってきたけれど、彼女の中で「幸せ」の定義が曖昧なので、愛を貫き通す覚悟も無く、贅沢への未練が強い。デ・グリューにも「さっきまで着ていたあのドレスは綺麗だったよ」なんて言って欲しいんですね。そんな心情は、可愛いと言えば可愛い。でも潔癖なデ・グリューは、マノンが自分以外の男から与えられたものを身に着けているのが耐えられない。何故ならそれは、マノンが仮にもほかの男に抱かれていたこと、自分から去っていってしまったことを思い出させるから。テューズリー、とても真面目に苦しむデ・グリューでした。一方フェリ、考え無しに無邪気なマノンでした。そう、彼女がもっと冷静なら、レスコーの死骸に取りすがることも無かったかもしれない。最後まで強烈な存在感を残し、「悪いヤツ」として死んでくれたウォルシュのレスコーですが、こいつに気を取られたお陰で、マノンとデ・グリューは逃げ損ねたんですもの。

 三幕、ルイジアナの港。髪を切られて流刑にされてきた娼婦たちの、絶望の踊りが綺麗でした。次々と倒れてゆく動きが、本当にもうお終い、という感じ。ガリムーリンの看守は、妙に雰囲気のいい看守ですね。動きに品があるし。さて、この場面では、マノンはとても儚げです。というのも、とうとう彼女の見たくなかった現実の姿を見せ付けられ、その中にどっぷりと浸かってしまったから。彼女には、一人で厳しい現実に立ち向かう力はありません。今にも折れそうにか細い彼女を、デ・グリューだけが守ろうとしていました。本当は彼にだって、大した力は無いんです。でも、それでも必死にマノンを支え、可能な限りすべての過酷な現実から守ろうとする姿は、その誠実と純情が余すところ無く表れて、とても素敵でした。あの融通が利かない性格も、影を潜めていましたし。

 看守の部屋。そう、この看守こそ、マノンに突きつけられた最も恐ろしい現実でした。贅沢というまやかしを外してしまえば、彼女はこんなものに囲まれていたのです。その恐ろしさ。マノンには、もう抵抗する気力もありません。そんなマノンのために、デ・グリューは看守を殺すという罪を犯したのでしょう。

 最後の、沼地のパ・ド・ドゥ――不思議な味わいでした。ギエムとル・リッシュが見せてくれた、あの凄絶な絶望の叫び。ルグリの優しさと、オーレリーの悔悛。そのどちらでもない。この場面でこそ本当に、マノンは夢の中の幸せな少女だったのですから。幸せになりたい――それはマノンが抱いた、ささやかな夢でした。でも、幸せって何だろう?彼女は一通り、幸せだと思ったことをしてみたのです。激しい恋に身を任せ、着飾り、贅沢もした。多くの人からちやほやされた。でも、最後に残ったもの。最後に、彼女を恐ろしく過酷な現実から守ってくれたもの。それはデ・グリューの愛だった。「幸せって、こんなことだったのね」。マノンの呟きが、聞こえたようでした。それはもしかしたら、現実に打ちのめされて命を削られ、最後の朦朧とした意識の中で呟いたのかもしれない。でもデ・グリューは、その夢を覚まそうとは思わなかった。マノンが最期の眠りにつくまで、その夢を大切に、彼女をあやし続けたように見えました。あれほど凄絶な振付けなのに、心に響いたのはむしろ、マスネの美しい音楽。一瞬、物足りないような気もしました。でも、こういう演じ方もあるんだなと、今は思います。いずれにしても、フェリ、テューズリー、ウォルシュ、この三人で「マノン」を観られて幸せでした。

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