至福の二週間の、最後の日でした。本当に、もうこんなに贅沢なバレエの観方をすることも無いでしょう。毎日、帰ってから余韻に浸りきったまま、ばーっとレポートを書いて反芻して、興奮が冷めないまま明け方まで起きていました。次の日に何も無い、夏休みの学生だから出来る時間の使い方ですね。本当に、この二週間、幸せでした。まあ、本音を言うと、千秋楽にサプライズが用意されていると知っていたら、間違いなくそっちのチケットを取ったんですけど(苦笑)。それに、前日になってカルラ・フラッチの出演が取りやめになったり、ルテステュが熱のためプログラムのアダージョしか踊れなかったり、細々と残念なことはあったんですけど、それでも。


◆マルセロ・ゴメス「フー・ケアーズ」

フラッチの代役として、Bプロのみ出演予定だった彼が急遽踊ってくれました。何でもフラッチは、現在ヨーロッパを襲っている酷暑の折から、クーラー風邪をひいてしまったらしいです。そういえば彼女の相手役としてキャスティングされていたマリオ・マロッツィも直前に怪我をしていますよね。ワリを食ったのは、急な代役を頼まれていたイーゴリ・イェブラでしょう。結局無しになっちゃったんだから…ええと、ゴメスのことを話しましょう。彼はブラジル出身なんですよね。ラテン系のダンサーはみんな、程よく気持ち良く男くさいスタイルの持ち主ですが、彼もそんな一人。その上に、南米らしい大らかさ、柔らかさがあります。ガーシュウィンのナンバーに乗せて、これといった派手な見せ場は無い演目ですが、ピルエットが本当に正確で気持ちよかったなぁ。それに、曲も程ほどに気楽で大らかだから、彼にはとてもよく合っていたと思います。


◆アリーナ・コジョカル&アンヘル・コレーラ「マノン」より寝室のパ・ド・ドゥ

ここまで大活躍の二人ですが、この演目はちょっと合ってなかったんじゃないかなぁ…マクミランを、しかも「マノン」を、こんなに健全に爽やかに踊ってしまって良いものか…マノンとデ・グリューというよりロミオとジュリエットの風情でしたね。甘くて可愛くて、マノンでなければ彼ららしい、素敵な踊りなんですけど、いかにガラとはいえ、そういう演目ではまったく無いので、どうかなぁ。個人的に、ちょっとふざけて言わせてもらえば、回転技無しのコレーラというのも寂しいですし(笑)。でもこのカップル、本当に可愛らしくて大好きになりました。機会があればまた観たい一組です。


◆マニュエル・ルグリ「エンジェル」

……息を飲みました。それが可能であるとは必ずしも信じられませんが(クリスチャンなので)、もしも神を演じることが可能であるなら、それはこの演目の、ルグリの姿以外にありえないでしょう。スモークに浮かぶ光に向かってすっくと立ち、ゆっくりと手を伸ばす彼の姿が「光あれ」と言っていました。スモークが晴れて、ゆっくりと、ほんの僅かに明るくなる舞台。端の方には闇。その中で踊るルグリの姿は、最早神々しいほど。両手が、時にはその背で羽ばたく、アークエンジェルの翼になっていたり。流れるように組み込まれる大技は、素晴らしく見事に決まっているのに、流れの中のひとつでしかなくて。その流れとは、踊り手の体が持ちうる「意味」を駆使して、闇の中から新たな「意味」を見つけること。それを語ること。すべてが終わり、細い光の中で両腕を広げ、横たわったルグリの姿は、至高の犠牲――イエス・キリストのようにも観えました。すべてが完璧に調和し結合した、神聖な世界。本当に、何と言う踊り手でしょう。この演目は、今はルグリにしか踊れないし、彼がやめたら、当分の間――ひょっとしたら永遠に――誰も踊れないでしょう。そんな演目でした。


◆シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ「マーラーの交響曲第三番」

難解と評判な(そして本当にそう思う)ノイマイヤーの振付けで御座います。今回踊られたのは第六楽章「愛が私に語るもの」。言われてみれば、そんな気もするでしょうか…マーラーの音楽の雰囲気を活かした、官能的で美しい作品。最初、愛を演じたと思われるアッツォーニの方からリアブコに語りかけ、ずっと二人で対話をしているような…そんな振付けでしょうか。でも本当に、ノイマイヤーは難しいなと痛感しました。


◆ジル・ロマン「バレエ・フォー・ライフ」

出たーっ!これ、ずっと昔に最後の「Show must go on」のパートだけテレビで観たことがあったんです。その頃は、バレエもベジャールも何も知らなかったけれど、心に突き刺さった映像でした。まあ、そこでベジャールバレエに流れはしなかったんですけど、何故か(苦笑)。ノイマイヤーに比べると、ベジャールの言おうとしていることも、その伝え方も、随分単純ですね。ある意味、その「分りやすさ」がベジャールの魅力なのかなとも思う今日この頃。ロマンの立っていた場所は、天国と地獄の間でしょうか。時に上を、時に下を指す腕。上を指す光は、決して天国への階段ではなくて、このあとも続いて行く「道」に見えました。その中で、生のために死ぬのでもなく、死のために生きるのでもなく、すべてを受け入れて踊る男の姿が、そこにはありました。それが、ベジャールが祝福しようとした者の姿なんでしょうか。QUEENのファンとしては、いつか全幕を観てみたい演目です。それと、余談をひとつ。ジル・ロマンって、不思議な人ですよね。何かに憑かれたように踊ったかと思うと、カーテンコールでは既に精魂尽き果てたように細い。この日は、グランドフィナーレではカーテンから申し訳程度にちょっと姿を現して、笑えるほど呆気なく中に戻っていきましたしね…


<後日追記>
そういえば、ベジャールの作品って、舞台を隅々まで使ったりしないんでしょうか?それとも今回はソロだから?いずれにしても、狭い場所に立ったまま、作品世界の深淵まで潜ってゆく…という、今回ロマンが見せてくれた動きは、能に通じるものがあります。ベジャールの和風好みの正体、すこしだけ見たり。


◆アレッサンドラ・フェリ&フィリップ・バランキエヴィッチ「じゃじゃ馬馴らし」

観たい、というか予定されていたんですね、バランキエヴィッチの「じゃじゃ馬」。いやー、面白かった。バランキエヴィッチはBプロの時のやけくそな踊りではなく、同じ男くさくて崩した感じでも、不思議とユーモアがあって明るい。かなりハードな踊りをしますが、本気をそれよりずっと大きなからかい気分に包み込んで、懲りずにケイトに話し掛ける。一方フェリは、ダンス・アクトレスの本領発揮。最初はちょっと、ケイトには可愛らしすぎるかな、とも思いましたが、本当にきついばかりのハイ・ミスが調教される話じゃ面白くないなと。意地っ張りで気は強いけど初心なところのある女の強情を、ほどよくドタバタと、ほどよく愛らしく踊ってくれました。正直、回転や跳躍に特別な力のある人には見えませんが、それでもまったく飽きないのは、女優性の功徳ですね。しかし、この振付け、足音もドタバタと、ひっぱたくし、足は踏むし、投げ飛ばすし(男性が飛ぶんですけど)、ハードだなぁ。この二人は、グランドフィナーレのカーテンコールでも、片方が片方を引きずりながら出てきたり、楽しませてくれました。


◆アリシア・アマトリアン&フリーデマン・フォーゲル「太陽に降り注ぐ雪のように」

当初は「白鳥」のアダージョの予定だったんですが、どうもこの二人、コンテンポラリーの方が向いているようですし、この位置だとボリショイカップルの前座になりかねないので、変更して良かったのでは?これも不思議な振付けでした。ピンクのよく伸びる素材のシャツを着た二人。どうもなにやらコミニュケーションと呼べそうなものをしているんですが、なかなか一筋縄ではいかなくて。ユーモラスな動作も多く組み込まれているけれど、素直に笑ってはいけない気もする。現代性――という、使うと自滅しそうな言葉は浮かんできましたよ。それにしても、よく体の動く二人ですねぇ。見事な踊りこなしでした。ところで、今日知りましたが、フォーゲルはつい先日まで、骨折のため入院し、七ヶ月も休んだ後で、この世界バレエフェスティバルが復帰公演だったんだそうです。デュポンもそうですが、よく来てくれました。本当に。


◆ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ「白鳥の湖」より黒鳥のパ・ド・ドゥ

今回も、前半のトリはこの二人(重量級の二部でしたね)。昔、ウヴァーロフがどこかのインタビューで言っていましたが、ジークフリードって、彼のレパートリーの中では一番彼の性格に近いキャラクターらしいですよ。怒っていいかなぁ…というのは置いておいて。ともあれ、この二人の十八番です。相変わらず、アダージョの雰囲気の優雅なこと。ウヴァーロフ、本当にいつ観てもサポートが最高です。アダージョの時は、サポートとリフト以外大した仕事も無いのに。

一方ステパネンコ。この女王然と自信に満ちた踊りぶりは、絶対オディールには合うだろうと思っていましたが、果たしてその通り。このオディールは、敢えて誘惑したりしません。オデットかオディールかも、きっと問題ではなくて、ただ圧倒的な美しさで君臨している。その美しさにこそ、王子は跪く。その輝き証明するかのように、鮮やかで正確無比な回転が満載。ピルエットが速くて、ボリショイのお姫様たちは、みんなあんな風に、サポートなんか要らないと思わせる回り方をするんでしょうか…そして、黒鳥の代名詞ともいえるグラン・フェッテ。00年の時は、グラン・フェッテ×3という超離れ技もしでかしたらしいんですが、今回はあからさまな大技で攻めるより、もっと見せるフェッテでした。前半は回転も緩やかに、上半身に大きな振りをつけて。後半は、トリプルが入ったりはしないけど、速くて正確な回転で。キチッと決まると格好良いんですよね!グラン・フェッテにも色々な見せ方があると教えてくれた、本当に綺麗な三十二回転でした。

今回はガラなので、ウヴァーロフ、王子役の時は封印するダブルの足技、見せてくれるんですよね。流石にバジルの時ほど派手ではありませんけど。でも、私、彼の跳躍も足技も大好きなので、嬉しかったです。相変わらず、高くて静止が長くて、目を奪われます。ジュデの時に、余すところ無く気持ち良く伸びる筋肉も素敵(凄い言葉遣いだ)。それと、トゥール・アン・レール即アラベスクという動きが何回もありますが、正確無比な着地のあとに、彼の一番綺麗なポーズが来て、もう嬉しいったら。この日のソロの後が、一番素直に、反射的にブラボーの声が出ました。男性でこんなに優雅で伸びやかなアラベスクが出来る人も居ないでしょう。といって決して女々しくなく、強さと優しさが最高レベルで同居しているのが、彼の一番好きなところなんです。あとは最後のリフトの美しさが絶品。それは当然、上も下も、ですよ(笑)。


◆グレタ・ホジキンソン&ロベルト・ボッレ「エクセルシオール」

 このバレエのテーマは人類の発展の旅だそうで。ホジキンソンが光、ボッレは人類代表といったところでしょうか。気持ち良いほどパワーのある二人ですよね。そのパワーが、力強く、そして華やかに弾けていました。歴史絵巻なので、音楽が面白いんですが(重厚というのではなくて、ちょっとオリエンタルな感じもしましたし)、それに負けずに次々と技を繰り出す様子が爽快(特にボッレ)。ホジキンソンの所属するナショナル・バレエ・オブ・カナダに関しては、良きにせよ悪きにせよ日本ではあまり話題を聞かないカンパニーですが、観られて良かったと思います。


◆オーレリー・デュポン&マニュエル・ルグリ「マノン」より沼地のパ・ド・ドゥ

 本来はここ、ルテステュ&マルティネズ夫妻の筈だったんですが、前述の通りルテステュが熱を出してしまい、ルグリたちと入れ替えになりました。きっとこの時、楽屋で点滴を打っていたんでしょうね。休憩中に放送が入った時、場内が騒然としました。本当に、バレエはこういうことがあるから怖いし、会場に着くまでが不安なんですよ…

さて、この演目はBプロで、ギエム&ル・リッシュの鬼気迫る名演を観ましたが、解釈が違って面白いですね。あちらにあったのは、ひたすら強烈な絶望の叫びでした。正直、この二人には、あれほどの超絶技巧、あの超弩級の存在感は望めないんですが、もっと味のある踊り。マノンは最初、殆ど死体のようなんです。ぐったりと力なく、デ・グリューに抱かれても腕を垂れたまま。でも、ルグリの演じるデ・グリューの優しいことといったら!そしてリフトを繰り返すうちに、マノンの様子にも変化が現れます。真っ直ぐに腕を掲げるリフトがあるんですが、その瞬間、確かにデュポンのマノンは叫んだんです。「やっとここに辿り着けた」と。彼女のマノンは、愛する人の腕の中で、最後の悦びを迸らせて死んでいった。そしてデ・グリューは絶望と悲しみの中ですべてを受け入れ、マノンを抱きしめた。そんな風に観えました。

ところで、Aプロの時も思いましたが、ルグリってデュポンが可愛いんですねぇ。エスコートしてくる様子が本当に丁寧で、愛娘を慈しむ父親のようです。デュポンもルグリを信頼しきっている感じで、微笑ましい限りです。


◆シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュ「アパルトマン」

 今日は比較的、静かなギエムで。いやー、これは…正直、このフェスティバルの中で一番分らなくて、何と言えばいいか分らない演目でした。なので、ここはギエムに対する印象などを。今日はそうでもありませんでしたが、Aプロ・Bプロの時、思ったんですよ。ギエムの肉体は叫ぶ。その叫びが、空間とか、観る者の心とかを、容赦無く斬りつけ抉って、闇のように深い創(きず)を穿つんです。そこからとめどなく溢れる血を浴びて、バリバリと傷口を引き裂き、ギエムが現れる。その容赦の無さ、恐ろしいほどの徹底が、彼女の芸術なんでしょう。本当に、深い深い創を造りながらものをクリエイトする人だなと、思いました。だから彼女は、決して最初から人から感謝され、ありがたがられる踊り手ではない。でも、そうして感謝されるもの(例えば私の好きな純クラシックとか)は、決して新しくは無いんですよ。そんなことを考えていました。


◆バルボラ・コホウトコヴァ&イニャキ・ウルレザーガ「タリスマン」

 この二人、今日は本当に良かったですね!コホウトコヴァはやはり、お姫様バレリーナ。鮮やかで鋭い回転技ではなく、一見地味でも柔らかな足さばきと腕使いで見せて欲しいものです。そう、この演目のように。ウルレザーガはこの日の回転が一番鋭くて、突然格好良かったですよ。最初に観た時は本当に、どうしようかと思ったんですが、最後の最後で素晴らしい踊りを見せてくれて、本当に嬉しかった。


◆マリア・アレクサンドローワ&セルゲイ・フィーリン「ライモンダ」

 今日とても良かったのは、この二人も。アレクサンドローワは、参加者の中では一人だけ格の劣るダンサーで、ある程度は仕方なかったとは思いますが、今日は本当に美人な踊りをしていました。細かい足さばきが正確で、見ごたえ充分。ボリショイのお姫様は、ライモンダを踊ると綺麗になるんですかね?そしてフィーリン。ウヴァーロフとは、ボリショイの王子様系代表ですが、彼の演じる貴公子の方が、動きが溌剌としていて、表現がすこし、あっさりしているでしょうか。いずれにしても、きちんとダンスール・ノーブルのマナーを守る、雰囲気を崩さない貴公子ぶりは見事でした。


◆アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「ドリーブ組曲」

 この作品、マルティネズ本人の振付けで、今年に入ってから初演され、今回のために新たに手を加えられて、新版としては今日が世界初演だったんですよね。衣装もルテステュのデザイン…というか、タイミング的に、ルテステュがデザインした衣装を使えるようにマルティネズが振付けた作品って、これですかね?でも、残念ながらルテステュが38度の熱があるということで、アダージョのみの上演となりました。奇をてらった動きは特に無いんですが、シンプルで美しいクラシック。一番最後、初見の時に私を魅了した緩やかなピルエットを持ってきたところで「これだ!」と手を叩きました。二人とも、最初から華やかなダンサーではないんです。ただ、クールにエレガントに完璧に、すべてをこなしてゆく、その象徴のように見えたのが、あのピルエットだったんですもの。今日は流石に前二公演ほどの迫力はありませんでしたが、ルテステュは立っているのも辛い筈。よく頑張ってくれました。どうぞもう、無理をしないで下さい。


◆ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「ロミオとジュリエット」

 定番のマクミラン版、バルコニーのシーンですね。フェリの映像を見慣れているために、他人が踊るとけっこう辛い…今回この二人だから大丈夫ですけどね。でもマラーホフ、何だか今日もちょっと、元気が無かったようですが?体の切れ自体は悪くないんですが、彼ならもっと強烈なオーラを発しても良さそうなものなのに。感情表現が押さえ気味に見えましたが?でも、それでも健在なのがヴィシニョーワ。マリインスキーのお姫様だけあって、柔らかい、本当に美しいラインの持ち主です。だからこのシーンのめくるめくリフトの連続が、本当に綺麗。彼女も今回、とても好きになった一人です。


◆タマラ・ローホ&ホセ・カレーニョ「ドン・キホーテ」

 そして最後はガラの華!いやー、盛り上がりました。ローホは絶対、これは似合うだろうと思っていましたが、気風の良いちゃきちゃきの下町娘風、バランスも無難にこなしますし、身のこなしが情熱的で、鮮やかで、流石はスペインのバレリーナという感じでした。因みに本日のグラン・フェッテはトリプル五回、ダブルはもうちょっと入っていたでしょうか。ガラ向きのバレリーナですねぇ。一方カレーニョは、大人の男の色気を漂わせるバジル。彼のグランド・ピルエットは本当に綺麗なんですよね。今回、四日間で四人のバジルを観ることが出来ましたが、回転系は間違いなく、彼が一番美しかった。回転が凄いと一番盛り上がるんです、この演目は。

◆グランドフィナーレ

サプライズド・アタックはありませんでしたが、サイン入りのシューズが当たる抽選がありまして、各ダンサーが半券を引くんですよね。あれ、性格が出るなぁ…「これでも、これでもなくてこれね」とやっていたギエム。矢鱈奥の方をごそごそやっていたフィーリン。なーんにも考えてなさそうに、ぱっと手を突っ込んでぱっと取り出したウヴァーロフ。そして徐に箱をひっくり返したマラーホフ(爆)。どうせ私は何も当たりませんので、気楽にダンサーたちの振る舞いを見て楽しんでいました。

 カーテンコールも楽しかったな。立っている時間が長いせいで、カレーニョがいつのまにかローホと肩を組んでいたり、ウヴァーロフはステパネンコと指揮者のソトニコフ氏と、なにやら大量に無駄口を叩いていましたが、一度だけ、かなり派手なリアクションで、何か言っていたんですよね。抗議の意に見えましたが、帰りの荷物でも持たされるんだろうか(笑)。そして足は普通にアンドゥオールだし。女性ならともかく、男性でそれやるの、貴方くらいですよ。そういえば彼、いつも一列に並んだ真ん中に配置されて、指揮者を迎え入れる担当者にされちゃうんですよね。今回もそう。それと今日は、隣りのローホ&カレーニョと手を繋ぐ時、男女互い違いになっていなかったので、左右をキョロキョロ見回して入れ替わって貰ったり、何故かカレーニョのお株を奪ってステパネンコとローホを纏めてエスコートしたり…色々やってました。そうそう、指揮者のソトニコフ氏!お茶目さんですねえ。何も貴方が踊りながら出て来なくても!

 最後のカーテンコールは、それこそジル・ロマンみたいに顔しか出さない人も居れば、ローホ&カレーニョは踊りながら出てきたり、リフトしながら出てきたり、色々で面白かったです。流石はガラですね。ああ、サプライズも観たかった…




《総括》

作品を味わうぶんには、やはり全幕が面白いなというのが、一応の結論なんですが、一度こうやって、纏めていろいろなダンサー、色々な演目を観られて良かったと思います。放っておいたら絶対観ないであろう、フォーサイスやエックの作品を観られて良い勉強になりましたし、同じ演目を違うダンサーが演じるのを見ていると、色々な差が出て面白い。国ごとの違い、カンパニーごとの違い、色々観られましたし、なによりも世評に聞く有名ダンサーの殆どを一気に観られて幸せでした。では、脈絡も無く、今回のベスト演目なんぞを。

一位:ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ「バヤデルカ」
ウヴァーロフのファンだから、じゃないんですよ。ここには、私の観たかったバレエそのものの姿がありました。静かで物悲しく、ひたすら優雅で美しかった。そういうバレエを踊れるダンサーだから、私は彼が好きなんです。

二位:アリーナ・コジョカル&アンヘル・コレーラ「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
今回一番ラブラブだった二人。もう本当に可愛らしくて、微笑ましくて、目が離せませんでした。

三位:アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「パキータ」
今回、一気に好きになった二人です。フランス・バレエの精髄を見せられた感じかな。冴え渡った優雅さを、徹底してくれた一幕でした。

四位:シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュ「マノン」より沼地のパ・ド・ドゥ
ギエムの絶叫を、一番大きく轟かせていた演目。マジで逃げ出そうかと思いました。

五位:アリシア・アマトリアン&フリーデマン・フォーゲル「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」
ギエムの次に怖かったのはこれですよ〜。そうか、フォーサイスってこんなものなのか、と奇妙に納得した一幕。

…とまあそんなところで。以下、ルグリの演じたすべての舞台、ローホ&カレーニョの「海賊」、ヴィシニョーワ&マラーホフの「マノン」も印象深かったものです。因みに、モノが違うので省きましたが、本当のベストは全幕「ドン・キ」です。

《そして、何故か人生哲学をぶっちゃける》

冒頭に、こんな贅沢なバレエの観方はもう出来ないだろうと書きました。それ以上に、こんな贅沢な時間はもう無いかもしれない、というか無いだろうなと、思っています。傍若無人にバレエだけに捧げ尽くした二週間でした。それは、明日の仕事も、一緒に暮らす家族も居ないから出来た芸当なんですよね。あと半年で、そうはいかなくなりますから。

バレエに限らず、何かのパフォーマンスを生で観るというのは、物凄い贅沢なんです。花火を、打ち上げの側まで行って観るようなもの(実は前日に、鎌倉の花火大会を観ながら考えていたんです。その時一緒に居た後輩も、秋からの留学が決まっていて、それで最後になるかもしれなくて、つい)。えーと、現場で見ている花火って「今、上がったぞ」と上ってゆく火の玉を見つめて、それが大きく花開くのと、音を一緒に味わって、余韻が闇に消えるまで、じーっと見つめていられるでしょう?人生には美しいことも楽しいこともたくさんあるけれど、それを最初から最後まで味わい尽くすなんて、大概不可能なこと。ちょっと遅れてしまったり、音に気付いて振り向いても、もう遅かったり…それを、最初から最後までじーっと見つめていられるのは、私にとって究極の贅沢なんです。で、そのひとつがバレエ。

そんな感じで抱えていた「最後の予感」ですが、実はもうひとつ、あるんですよね。今回参加してくれたダンサーたちのうち、きっと過半数は、もう観ることもないでしょう。あるいは全幕ではもう無理な人も居るかもしれない(ルグリとか)。フラッチのように、出会い損ねたらそれですべてがお終い。次に会える保証なんか、どこにも無いんですよ。舞台上の誰とも。私、バレエのチケットを買うとき、いつも凄く怖い思いをします。というか、申し込んでから幕が開くまで、ずっと怖い。誰か体調を崩しでもしたら、と。この贅沢すぎる時間を過ぎてしまったら、バレエにはもっと来にくくなりますし、ひょっとしたらこれで本当に最後になるかもしれない、なんて。前の日辺りから、そんな気持ちを抱えていました。

何かが最後かもしれないのは、いつでもそうなんですよ。ひょっとしたら、これを書いている私が朝までに死んでるかもしれないし。万事がそう。だから、せめてバレエの舞台のように特別に許された時間と空間だけは、色濃く、贅沢に味わいたい。だって、ほかでは無理ですもの。どんなにそれが最後かもしれなくても、人生のすべてに心を配って、丁寧に味わってゆくのは。だからって人生に手抜きをしていいものでもありませんが、必然的に、力を抜く場所、漫然と流す場所は出てきます。いつも通る近所の道を歩く時とかね。

そうして、丁寧に大切に味わった時間ですけれど、終わるのの何と早いこと。以前、フィギュアスケートのNHK杯に行ったとき、この場で見聞きしたこと記憶したことは、何もかも持ったまま死にたいと、本気で思いました。でも、今思えばそれもまた不可能なこと。会場に充満していた気迫も、私の中の感動も、その瞬間を過ぎたら消えてしまいます。残せるのはせいぜい、ダンサーたちから受け取ったものを素に、私の中に築かれた豊かさと、瞬間に焼きついた映像、そして、その映像を頭の中で再生した時に湧いてくる温かさ。でも、それは決して、最初の息詰まるような感動ではないんですよ。本当に、だからこそ、こうして与えられた時間は貴重で、贅沢過ぎるくらいで、たまらなく愛しかった。私にこの至上の幸福を許してくれたすべてに、お礼を言いたいですね。今、本当に。

勿論、叶うならまた会いたいですよ。散々こんなこと考えておいて、カーテンコールで手を振るアンドリューシャの姿を見ていたら「また貴方に会いたい」って反射的に呟きましたもの。でもね、今、凄まじいほど切実に、思うのです。

――世の中を思へばなべて散る花の我が身をさてもいづちかもせむ――

西行法師の歌なんですけれど、本当に、すべてが流れ去り、取り返しのつかない過去の中に吸い込まれていってしまいます。本当にどうしよう、とその残酷さに思いをいたしながら、心に蓄積された豊かなものを、抱きしめている気分です。

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