「よう、戻ってきたぞ!」と、思わず座席に声をかけました。Aプロと同じ、最果ての座席でございます。正直言って、三階でも五階でも特に問題は無いんですが、この隅っこ具合は大問題。相変わらず、舞台は下手五分の一くらいが見えませんでした(;_;)それでも幸せですけどね〜(って言ってりゃ世話無いな)。

◆バルボラ・コホウトコヴァ&イニャキ・ウルレザーガ「海賊」

Aプロはトリ、Bプロは一番手…ご苦労様です。この二人には、「ドン・キ」よりはこっちの方が合ってましたね。コホウトコヴァは、やっぱり鉄火娘よりはお姫様を踊るバレリーナ。トゥが柔らかくて綺麗に歩きます。全体の雰囲気も柔らかい。ウルレザーガの回転も、不思議とこの日の方が鋭くて元気がありましたし。しかし、グラン・フェッテが少々お粗末ではありませんかい?特にこれは、Aプロでローホが超絶回転を見せてくれているので。特別派手にやらなくても、キチッと決まれば格好良い技ですが、トゥがぶれてました。

<後日追記>
コホウトコヴァのグラン・フェッテは、あれは回りながら移動する技なんですか?どちらにしても、私には上記のようにしか見えず、綺麗ではありませんでした。


◆オーレリー・デュポン&マニュエル・ルグリ「小さな死」

もう出しちゃっていいの?と正直思いましたが、出ましたいきなりの大御所。絶対零地点、という言葉が浮かびましたね。すべてが無に帰した瞬間の、闇の中、あるいは死に近いような果てしなく深い眠りの中。タイトルの意味はオルガスムスなんですが、私には「そのまた後」に思えました。確かにそうと見える振付けもあるんですけど、あまりにも静かで、深く沈んでいるので。最もこれも、劇的に演じてはいけないテーマでしょうから(劇的にやると、嘘になるか下品になるかどちらかだと思う)、この振りが生まれるのでしょうけれど。それとデュポン、今日は良かったですね!彼女自身、身体的にはコンテンポラリーに向いていると言っていましたが、「シルヴィア」よりもずっと動きが良かったし、硬さも感じさせません。一方ルグリは、相変わらず完璧の一言。私、この演目は初見ですが、多分こうやって踊るバレエなんでしょう。テーマを考えれば、あとすこしだけ、優しさを捨てた方が良かったかもしれませんが。


◆タマラ・ローホ&ホセ・カレーニョ「白鳥の湖」から黒鳥のパ・ド・ドゥ

このカップル、大好きです。カレーニョは、今度こそ私のイメージだったジェントルマン風。回転の鋭さは全く殺さないのに、不思議と雰囲気を崩さない踊りぶりが素晴らしい。一方ローホは、これぞオディール!黒鳥の代名詞でもあるグラン・フェッテは流石に前ほど凄まじくは無く、トリプルは四回に抑えていましたが、問題は超絶技巧ではなくて、キチンと決まることなんです。でも、何よりも印象的なのはその「誘惑者」の姿。最初から挑みかかるような眼差しで王子を見つめ、なかなか触れさせないで、艶姿だけを見せつける。王子が「このまま行ってもいいんだろうか?」と悩んでいると、すかさず、でも決して焦らずに手を伸ばす。面白いほど徹底し、計算し尽くされた誘惑者ぶりにうっとりしました。そして最後、跪く王子に伸ばしていた手を片方、鮮やかに翻す姿からは、「勝った!」という高らかな哄笑が響き渡るようでした。


◆マリア・アレクサンドローワ&セルゲイ・フィーリン「ラ・シルフィード」

フィーリンの十八番ですね。相変わらず、きびきびした脚さばきが見事です。ひたすら元気。私、彼には貴公子よりもう一歩腕白坊主寄りの役、例えばロミオなどが似合うイメージを持っています。それにしてもキルトが凄い赤(笑)。アレクサンドローワは、今日の方がAプロよりも良かったです。まだ非現実っぽさが足りてないんですが、そこそこ綺麗でした。あとは、最初の方、けっこう長いことマイムで喋り続けるんですが、案外飽きませんね。その辺りの、言わば古臭いものを当たり前に、見事に出来てしまうのは、やはりボリショイならではということでしょうか?


◆グレタ・ホジキンソン&ロベルト・ボッレ「夏」

ヴィヴァルディの音楽に合わせて、テーマは情熱だそうですが、時節柄か、私には何故かまったく別のもの、長崎の廃墟が思い浮かんでしまったんです。最初に現れたのは、夏の西日の中に座り込む男。そこに、いわくありげな女が出てきて、彼を踊りに誘う。その踊りはとても激しく、狂気の香りさえ漂うもの。でも女は、いつまでも静かで、何かを語ろうとしているようにも見える。そうしたら、西日だと思っていた緋色のホリゾンが、廃墟に落ちる夕陽に見えてきたんです。「お前、ここが何故こうなったか、知っているかい?」女が、そう語っているように見えたんです。大いなる見間違いなんですけど、それでも見終わった時、酷く胸が痛くて、苦しかった。それもまあ、踊りの力と思ってください。


◆フィリップ・バランキエヴィッチ「レ・ブルジョワ」

面白かった!Aプロでは、心の準備もできないままに消えてしまいましたが、この人の踊りで「じゃじゃ馬馴らし」が観たくなりました。動きは、ユーモラスというより間抜け。色々と難しい技を繰り出すんだけど、荒々しく見える一点で、見事に崩してあります。かなり情けない男の、やけくそ気味の踊りだったんですが、非常に楽しく観ることが出来ました。流石はシュツットガルドのダンサーと言うべきでしょうか。役者の資質があると思います。

◆ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ「ライモンダ」

出ました、アンドリューシャの王子様!しかも結婚式ですからね。彼の「女性を綺麗に見せる魔法」、いきなり炸裂。何もせずに普通に歩いているだけで、溜め息が出てきました。雰囲気がさぁーっと変わって優しくなるんですよね。ステパネンコは全幕の「ドン・キホーテ」がちょっと強すぎたので(特に夢の場面が)、今日のお姫様役は心配だったんですが、登場の瞬間からすごく柔らかくて気品に溢れていて、安心して観ることが出来ました。それでいて、相変わらず技も正確至極。最初のアダージョは地味めの振付けで、ウヴァーロフはリフトのほかはサポートくらいしかしてないんですけど、それでも何故か観ていられるから不思議。完全なる「世界は二人のために」。包容力と眼差しの暖かさには陶然とさせられます。それと彼、今日は最初、すごくキザな白いマントを着ていましたが、あれで様になるから凄いなぁ(苦笑)。


 ただ、やっぱりこの舞台は彼には狭すぎるのでは?もっと思う存分脚を伸ばせる場所が必要じゃないでしょうか。最初は「ちょっと跳躍を抑えすぎじゃないか」と思っていたんです。「いくら王子様だからって、これはガラなんだし、そんなにお姫様に譲らなくても」と思ったんですけど、やっぱりちょっと無理に跳んでますね。それでもラインは本当に綺麗で、それなりの高さは出てるんですけど、ジュデがちょっと低かったかな?跳躍と跳躍の間が変に狭かったりとか。まぁ最も、日本中どこを探しても、身長196cmの男性が好き勝手に振舞えるスペースはそうそう無いと思いますが(苦笑)。それにこの日は、ドン・キの疲れもあったんでしょう。でも、それだけ苦労しても雰囲気は崩さないのがウヴァーロフですよね。何よりステパネンコが素晴らしかったから、ちょっと不満は残るけど、まあいいでしょう。

◆アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「パキータ」

この日の出色はこれ!ルテステュは、ポスターにある通り「クール・ビューティ」という印象ですね。凛と引き締まって美しい。決して最初から「華」という資質を持ったダンサーではないと思うんですが、すべきことをすべて完璧に決めたところで、鮮やかな華が咲きました。マルティネズは、足技が逐一見事で、特にアントルシャは、あんなに美しいものだとは思ってもみませんでした。あとはやはりパートナーシップ。息が合っている、という次元ではない。まるで最初から決まっていたかのように、すべてがぴったり合うんです。いやー、凄かった。


◆アレッサンドラ・フェリ&マルセロ・ゴメス「葉は色あせて」

この演目、けっこう好きなんですが、この日は何故かここで集中力が切れてしまい、不完全燃焼(涙)。でもフェリの可憐さは堪能しました。Aプロが殆ど跳ばない、回らない振付けだったので、やっと踊るところを観られた気分。筋無しのバレエでも物語を浮かび上がらせるのは、流石に当代一のダンス・アクトレス。一方ゴメスは、系統的にはカレーニョとか、そっちの方面ですかね?柔らかくて、程よくパワーもあって…ああ、何でもっとしっかり観ておかなかったんだろう(涙)。


◆シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ「ロミオとジュリエット」より寝室のパ・ド・ドゥ(ノイマイヤー版)

はい、白状します。この演目、聞き覚えのある音楽が出てくるまで、何のことやら分らずに観ていました。因みにこれでロミ・ジュリ四つ目の演出。装置が現代風なのは、ノイマイヤーだからですね。でも、先入観無く観たのが却って面白かったかも。死んだようなジュリエット。逃げ出そうとして引き止められるロミオ。濃密な愛の時間、でも出口の無い関係――浮かび上がったものは、そんなところです。ちょっとマノンとも似ていたかも。人間存在の悲しみと滑稽さまで滲んだような踊りでした。


◆ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」

マラーホフ、ちょっと元気がありませんでしたか?彼もジゼル疲れでしょうか。些細なものとはいえサポートのミスがありましたし、跳躍が地を這うように低かった。相変わらず軽やかで柔らかで、永遠の少年というイメージはついて回るんですけれど、変に大人しかった。そうそう、今日のこれを観ていて何故か、ウヴァーロフはマラーホフの後輩なんだよな、ってことをしみじみ思いました。いや、二人とも手足の動きがが素晴らしく柔らかいから…とまあ具合の悪そうだったマラーホフに対して、それを補って余りある活躍を見せたのがヴィシニョーワ。正直、彼女には性格のついた役の方が似合いますが、それでも素晴らしかった。決して遅くは無いけどラインをじっくり見せて綺麗に開く脚、ムードがあって、しなやか、軽やか、鮮やかで華やか、とにかくお見事!


◆アリシア・アマトリアン&フリーデマン・フォーゲル「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」

驚愕。Aプロで踊られたのなんて、序の口だったんだということを痛感しました。結合するなんて甘っちょろいものは、ここには無かった。剥き出しの攻撃性と暴力性、野獣性。残虐で情け容赦無く、体の動きの自由自在さも比べ物にならないほど。余りの怖さに目が離せないという、けっこう矛盾した状況に陥り、息を詰めて見守ることになりました。


◆シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュ「マノン」より沼地のパ・ド・ドゥ

で、その後にはもっとうんと怖いものがありました。絶望の叫びが耳を劈くんですよ。ギエムとル・リッシュ、二人の肉体が叫ぶ。死にたくないのに、目をそらすことも出来ないほど圧倒的に迫ってくる死を前に、もはや救いを祈ることさえ出来なくなった、究極の絶望です。自由自在に動きすぎるギエムの脚、その圧倒的な高さは、かつて常識を捩じ伏せ切り裂いてきたといいますが、それがそのまま空気を引き裂く悲愴な声になって、心に突き刺さる。その圧倒的な存在感。押し潰されそうになりながら観ました。時代を変えた女。現役のダンサーの中で、唯一ビフォア・アフターで語り得る存在。その一端を、確かに観た気がします。


◆ジル・ロマン「ヨカナーン」

これが世界初演なんですよね…何とも凄い場所に居合わせてしまった。舞台手前には断頭台、後ろにはビアズリーの「お前に口づけするよ、ヨカナーン」。十字型の照明が落ちる真ん中に、ロマンの姿はありました。場所は井戸の底なのか――死の夢に魅入られた男のようでした。どれだけそれを恐れ、逃れようとしても、結局最後は狂ったように、絵の中に飛び込んでゆく――舞台の構成上、どっちへ行っても首を斬られるしかないのは分っています。問題は、いかに過程を見せるか。ロマンの妖しさ、狂気といった部分は本当に凄まじいのですが、些かオチが俗すぎやしませんか?断頭台から逃れようとして、かえって絵の中、狂気の中に吸い込まれていくって、オチが見え見えなんですけど。


◆アリーナ・コジョカル&アンヘル・コレーラ「ドン・キホーテ」

コレーラ、爆発!元気ですね。大見得切って回る回る、跳ぶ!しかしまさか、ボリショイ名物片手リフトをやるなんて…よく決まりましたね。パートナーが、身長の合うコジョカルだという点も大きいかと思いますが。それにしてもよく動いていた。スペイン人である彼は、この演目には思い入れが深いとのこと。エネルギーと喜びが一緒になって迸ってましたね。相変わらずピルエットは気合入れて回しすぎだけど(苦笑)。コジョカルも、お転婆娘風のところがキトリのイメージぴったりで、本当に可愛らしい。普段から一緒に踊っているわけでもないのに、コレーラとの息もぴったりでしたね。やはりガラのトリはこうでなくては。本当に良く踊ってくれました!

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