バレエフェスのガラを最後まで観るっていうのは、一応、地方在住バレエファンの野望だったので、満願叶った気がするな…それにしても豪華な体験でした。

 

     ルシンダ・ダン&レイチェル・ローリンズ&ロバート・カラン「白鳥の湖」より第1幕パ・ド・トロワ

そうだよなぁ、ここしか持ってきどころが無いよなぁ、と思う反面、ここだけ見せられても感が強烈なのが勿体無い。全幕通しで観たら、絶対面白い演目だと思うんですけどねぇ…

既に出来上がった男女関係に入り込もうとする第三の女。普通に考えたら、お邪魔虫は3人目の貴女。でもそれは、自由恋愛でそうなったんじゃなくて、3人目の彼女だけが、押し込まれてはならないところに押し込まれた、という悲劇。事情を知っていればそれは分るし、振付の意図も明確なんだけど、ここだけ見せられてもあまりに地味で勿体無さすぎる気がします。

 

     タマラ・ロホ&フェデリコ・ボネッリ「カルメン」より寝室のパ・ド・ドゥ

やっぱり、「カルメン」は主人公のキャラ立ちが強烈でないと、ということがよく分りました。その点でこの2人、特にロホは秀逸だった。

プティ版カルメン=語れる美脚っていうのは、ヴィヴィやフェリを観て痛感してきたことで、オスタが物足りなかった理由。その点では、ロホの脚はそこまで強くも綺麗でも無かったんですけど、自由奔放な悪女、というキャラクター作りが明確で、脚以外のところ、どこからでもそれが分った。で、それが分ると踊りに色が出てくるというか。それとこのカルメンは、奔放な悪女なんだけどカラっとして、何処か突き放したような空気も纏っていて、その感覚もとても良かったです。

一方のボネッリは、甘いところもあるけどシャープな不良青年。煙草とか香水とかあんまり高くないお酒とか、いろんなものが入り混じったいい匂いがしそうだ…ってどんな例えでしょうね。いやはや格好良かったです。カルメンよりは1枚下ではあるんですけど、相当遊んで場慣れした感じのワルが板についていた。

で、そんな2人の強烈な自我がぶつかり合い、混ざり合って欲望を貪る様は、艶めかしいというよりは、大胆で動物的な美しさがありました。いい役者だ、2人とも。

 

     ニコラ・ル・リッシュ「ダンス組曲」

ある意味、初めて真っ当なニコラを観た気がする。何しろフェスに出る彼はいつも「完全にして無欠なるプロジェクト・ギエムの最優秀部品」でしたからね。

ダンサーが音楽に融けていく過程を、じーっと観ているような、とても興味深い演目でした。最初はゆっくりと、段々とテンションをあげ、時にはユーモアを交えつつ、音楽に融けて遊ぶ…バランシンとはまったく違う音楽へのアプローチが面白く、ダンサーとしてのニコラの新しい顔がまた面白く、けっこう長い演目だったのに飽きずに観てしまいました。

 

     エレーヌ・ブシェ&ティアゴ・ボアディン「いにしえの祭り」

この2人の中では、1番観易かった作品。夜の盛り場のような雰囲気で、洗練と退廃が交互に来るような感覚のダンス。そう、祭りというよりは盛り場なんですよね。踊りも素朴さよりはずっとスタイリッシュに寄っていて、ボールルームっぽい動きもあって。それでやっと私にも、ああこの2人、上手いんだ、っていうことが分った。

結論。ノイマイヤーは難しいのです。ガラでは。

 

     アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「ジゼル」

この2人が、ガラで敢えてこの演目を持ってくるっていうところに、凄く大きな意味を感じました。何というか…「至芸」のバレエ・ブランだったなと。今回クラシックでは、Bプロの「ドン・キ」とこれが両巨頭だったと言えるでしょう。

アニェスのあの長身が描き出す、まったく重さの無い世界。ジョゼの脚の細やかな動き。そして省略された振付でも2幕を余すところ無く演じきる構成力と演技力。すべてが絶品級でした。芝居としての好き嫌いはさておいて、思わず集中させられてしまう説得力があったというか。いや、この芝居が嫌いだったというのではないんですが、私にとっての王道があるじゃないですか。それとは全然別物だったけど、いいものはやはりいい、というだけのことです。そしてこれは、もうどうしようもないくらい、いいものだったんです。

 

     ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「ジュエルズ」よりダイヤモンド

うーん、面白い。第一声はこれでした。以前、同じフェスでアニェスとジョセが魅せた完璧無敵のエレガンスの輝きではない。ここには何か、もっとロシア的な香りがしました。お国が出たと言えばそれまでなんだけど、これはこれで十分、ダイヤモンドなんですよ。その輝きを、あくまでシックに見せていたか、素直にメランコリーを滲ませたかの違いがあるだけで。

で、結論から言うとマラーホフとバランシンの相性はいいですね。「アポロ」も「バレエ・インペリアル」も良かったし。やっぱり彼は天使だから、性別は無い方がいい。

 

     エリザベット・ロス&ジル・ロマン「カンティーク」

ユダヤ衣装を纏った2人による、祭礼的な踊り。音楽もユダヤ音楽でした。こう言ってしまうと、何やら怪しげなものを連想されるかもしれませんが、テンションはローに入っていたわけではなくて、ハイな楽しいところもあったし、厳かなパートもあったし、「まつり」という言葉で括られるいろんな要素がそこにはありました。

ロスは変幻自在で、ロマンは不動だった。それが、今回フェスで感じたこの2人の特徴かな。ロスはいろんな表情をするんですよ。少女っぽかったり、年増女だったり、母親だったり。対してロマンは揺るがず、衰えず、相変わらずの説得力でそこに立っていた。どうか、なるべく長く、そうしていてください、と思わず言ってしまうような。彼はきっと…3年後もまた、この舞台の上に帰ってくるんだろうな。

 

     シルヴィ・ギエム「TWO」

前回フェスでも観た演目ですが、前回より入り込み方が一段深くなっていた。タフでパワフル。限られた空間の中で、強靭すぎる肉体が、極限までストイックに動くとこうなる。でも、多分ギエムに、3年前の爆発力はもう無いんですよ。その代りに深くなった。それを、衰えではなく表現の深化として見せられるところに、ギエムのギエムたる所以、最強の理由があるような気がする。それが好きかどうかはまた別問題だとしても。

ただ、その孤高すぎる強さには、敬意を払いたいと思います。

 

     オーレリー・デュポン&マニュエル・ルグリ「ソナチネ」

こんなに繊細な踊りがあったのか、と目を開かれる思いでした。かつてルグリがオーレリーのバランシンを絶賛していたような気がするけど、やっと分った。見せてくれてありがとう。

水晶のように透明な光が降り注ぐ、季節にするならば春の趣。でもそれは、「春」というイメージだけを純化した、現実には絶対有り得ない光景。それを2人は踊っていました。指先から光に透けていくような透明感。ピアノの音を拾いきる細やかさ。空気よりもなお軽い。音楽が形になって見えてくるような――バランシンってこうなんだ、という納得感が、後から後からこみ上げてくるような。

それにしてもこの2人は、本当に相性いいなぁ、と今回改めて思いました。そして、きっともう絶対にやらないだろうけれど、今のこの2人でクラシックの何かを踊ったらどうなるだろう、ともふと思った。そればっかりは、幻に終るでしょうねぇ…

 

     マリア・コチェトコワ&ダニール・シムキン「海賊」

相変わらず凄かったんだけど、多少は免疫が出来てきたかな、という感じもする2人。何をやっても凄いことは凄いですが、超絶技巧はそこまでなので。

ていうか、シムキン、細い、小さい!170pありますかねぇ…これだと出来る演目とそうじゃないもの、組める相手とそうじゃない相手が相当あるでしょう。天は二物を与えなかったという話ですねぇ…

あ、いや、踊りそのものは普通に綺麗で楽しかったです。ただ、鮮やかさでずっと攻めていたから、もう十分かなって。これからどんな風に成長していくか、楽しみなダンサーですね。

 

     ナタリア・オシポワ&レオニード・サラファーノフ「ラ・シルフィード」

オシポワはよくこれを選んだと思う。彼女=ハイジャンプというイメージも定着しつつありますからね。それだけじゃないと。で、妖精さんを演じるには、雰囲気の面でまだまだのところはあったけど、技術的にはなかなかのものだったと思います。こじつけだけど、前々回これを踊ってイマイチだったアレクサンドロワが、今はボリショイを代表するプリマになった。彼女にもそのくらいの躍進を期待したいですよね。

一方サラファーノフにとっては、表現や雰囲気まで合わせると、今回1番合っていた演目かもしれないですね。赤のタータンチェックが笑えるくらい似合うし、細かい足技も綺麗で。あとちょっと頑張ればフィーリンの位まで行けるぞ、とか何とか、ボリショイの過去に呪縛されまくった感想を漏らしてみるのでした。

 

     ティアゴ・ボアディン「アルミードの館」よりシャムの踊り

これは、かつてニジンスキーが踊った役のリバイバルなのかな。山猫のようにしなやかでシャープな踊りが美しくて、コンサート・ピースとしては短いけど、絶妙なアクセントになっていました。というか、A・Bとやった演目が微妙すぎて何とも言えなかった彼が、最後に一気に名誉挽回して去っていったのかなと。

 

     スヴェトラーナ・ザハロワ&アンドレイ・ウヴァーロフ「マクベス」

今回の裏MVP。いろんな意味で戦々恐々だったんですよ。本邦初公開くさい作品だし、アンドレイのモダンは、敢えて言うなら「カルメン」を観たことがあるくらいで、何をするかも分らないし。

結論から言うと、思わず全幕上演を希望したくなるような、重厚なドラマでした。私は「マクベス」はオペラの映像でいいのを幾つか観ているので、タイトルロールに関しては採点は辛いと思っていたのですが、十分、合格。犯した罪の重さに苦悩し狂気に片足を踏み入れている描写は迫力があり、安っぽいオレンジ色のガウンも気にならない。普段の貴公子ぶりをかなぐり捨て、跳びも回りもしないで美しくないものを演じきったことには、ブラボーを飛ばしたい気分でした。

そして、時に弱さを滲ませるマクベスを、甘やかしたり叱り飛ばしたりしながら追い立てる夫人役のザハロワが、対照的に美しかった。我儘で高飛車なところもあるかもしれませんが、この女は魔女だなと。魅入られたらお終いだなと。そういう美しさがあり、でも決して彼女が一方的にマクベスを使役してるだけじゃなくて愛もあるという、とっても素敵なマクベス夫妻で…ファン冥利に尽きました。ええ。

 

     マリア・アイシュヴァルト&フィリップ・バランキエヴィッチ「じゃじゃ馬馴らし」

MVPのダンサーを1人選ぶとすれば、迷わずバランキーだなと思います。これは前々回、フェリとの踊りを観たけれど、その時からすれば格段の成長ぶりだと思う。

演技面だけで言うと、フェリの愛らしさ、絶妙のコメディエンヌぶりには、アイシュヴァルトは敵わない。だけど、あの頃のフェリはもうだいぶ踊れなくなってきていた頃なので、振付自体の意図やら何やらは、今回の方がずっと明確で観易かった。そして、基本的には「受け」の芝居に徹しているバランキーが、横紙破りなだけじゃなく、余裕も温かさもある大人の男を演じていて、上演全体の微笑ましさや愛らしさが倍増していました。ラストのポーズはキュートすぎ。

 

     ヤーナ・サレンコ&ズデネク・コンヴァリーナ「パリの炎」

彼らにも意地がある、という感じかな。派手さは無い、というか本当に地味なダンサーが地味な演目ばかり踊っていたんだけど、やるべきことをきちんとやって、最後まで美しい踊りだったな、っていうことを、しみじみ思ってしまいました。超大物ばかりの中に挟まれて、彼らは随分損をしたんじゃないか、と思いますが、それでも、彼らなりにずーっとプロの仕事をしてくれたなと思うと、それなりに爽快感。

 

     マリアネラ・ヌニェス&ティアゴ・ソアレス「三人姉妹」

ヌニェスがあまりにも美しかった…何度もうっとりと溜息をついてしまいました。不倫の恋というよりは、引き離される純愛カップルのようだけど、やっぱりロイヤルのダンサーは芝居が細やか!最後、ヴィルシーニンが立ち去っていくところなんて、宝塚真っ青の臭さだけど、泣けてきますもの。

ソアレスは、足音がかなり大きいのが気になると言えば気になるんだけど、クラシックで「受け」に徹しているよりは、こういう演目で主体的に演じた方が合っているかな。力強くて素敵なヴィルシーニンでした。

この2人は今回のカップル・オブ・ザ・フェスティバルを進呈したい。演目ごとに違う色合いだけど、いつも甘くて綺麗なオーラを振りまいていて、観ているこちらはいつも幸せでした。

 

     マニュエル・ルグリ「ザ・ピクチャー・オブ」

ルグリじゃなかったら観られない演目かも…要するに、創作ノートの言葉だけ見せて貰えれば、「あ、そう」っていうテーマなんですよ。踊り手によって幾らでも深くしていけるとはいえ、ありきたり。振付は、観る人が観ればルグリの身体の特徴をよく出しているらしいけど、私には退屈…でもそれを、きちんと最後まで、ダレずに見せられるのが、ルグリの凄いところなんですけどね!

 

     オーレリー・デュポン&ローラン・イレール「ロミオとジュリエット」

おー、本当にイレールがそこに居る!と思いました。とりあえずは。

振付的に言うと「交互に死体ごっこ」なんですよ。ロミオが墓地に駆けつけるシーンなので。この場面、オーレリーの徹底した脱力ぶりが見事でした。そして、絶望しきったロミオが自ら命を絶ち、今度は目覚めたジュリエットがロミオの死を確かめ、やはり絶望して…という。

ある意味、即物的な振付。マクミランやヌレエフのロマンチシズムはそこには無くて、肉体の重みや救いの無い空気の重さが伝わってくるところが、プレルジョカージュだなぁ…と何となく思いつつ、「ロミ・ジュリ」にはもっと美しい物語で居て欲しいような、でもこの2人には合っているような…けっこう複雑な感想に浸りました。

 

     アリーナ・コジョカル&ヨハン・コボー「春の声」

明るく華やかで愛らしく、何処にも罪の無い楽しい作品。まさしくガラ向きですよ。コジョカルの個性というか、笑顔にもよく合っている。第4部冒頭からの重さをすべて取り払うお日様のような笑顔に乾杯。それしか感想は無いけど、これだけ重量級の演目&ダンサーが続いた後、一撃でお祭りムードを復活させた彼らは偉いと思う。

 

     上野水香&デヴィッド・マッカテリ「ドン・キホーテ」

で、何でこの2人が組んでいて、よりによって大トリなのかとは、言ってはいけないことなんですよね。いや実力が無いと言っているわけじゃないんだけど、必然性が無い。あらゆる意味で。まだしも男性がマチューだったら、とも思うし、この位置でドン・キを持ってくるんだったら、シムキン組のような圧倒的な鮮やかさか、ザハロワ&アンドレイのような圧倒的な華麗さ、風格が必要なんですよ。何しろお祭りの大トリですもの。この2人にはそのどちらも無いなって。

 

 

 で、この後にはお約束のファニープロが。そうそうそう、これを観るのが夢だったんですよー!!

 冒頭と同じマイヤベーアの音楽が流れて、テロップが裏返り「第13回世界バレエフェスティバル・予告編」に。そして楽屋裏風のセットの中に、ショッキングピンクのチュチュを着たメンズ(フォーゲル、マッカテリ、バランキエヴィッチ)が登場。彼らは賑わかしも兼ねていつもバタバタしていました。バランキーは盛んにフラッシュを炊いていたし。

幾つかある幕のうちひとつを取り払うと、マラーホフ扮するジゼルが登場し、ヴィシニョーワのアルブレヒト相手に、不気味に愛らしい踊りを披露。ジゼルの格好のままアルブレヒトをリフトしていたり、「ええい気持ち悪い、去れ!」とばかりに百合の花を投げつけられていたり、足元が見えないのにすーっと出てくる、まさかパ・ド・ブーレ…と思ったら台車に載っていて、台車ごと撤去されたり。

そして、あらまあ、誰かがもう、いたいけな(?!)シムキンを騙して悪の道に引きずり込んでいました。彼とコチェトコワは「海賊」から、ギュリナーラとランケンデムの踊り。しかし、ギュリナーラはヴェールを巻きすぎていて、全員で引っ張っても引っ張っても伸びる一方、最後まで顔が見えませんでした!

サラファーノフのフロリナ王女は、完璧なヴァリエーションをこなした!と思わせておいて、回ったまま止まらなくなりました。もっと酷かったのは、続いたアイシュヴァルトの青い鳥で、ポーズを決めたとたんに銃声が鳴り響き、バッタリ。そのままヒクヒクしているのを、ハンター姿の指揮者オブシャニコフ氏が引きずって撤去してました。

そして最後に出てきたのは、パリの炎の衣装を纏ったオシポワ、今回出演者の中に彼女より踊れない男性が居るのでは?と思わせる豪快なヴァリエーションで、メンズにモテモテ…という倒錯した状況に…

そして今回の見せ場は何と言っても、続いた「影の王国」。まさかこれをやるとは…という感じでしたが、間に数羽の白鳥(本物の女性)を交えつつ、お見事なアラベスク・パンシェ。総勢で10人超は居たかな…どれだ誰だかよくわかりませんが。そして、怪しいフリも交えつつ、コール・ドの踊り、パ・ド・ブーレなんかも披露してくれまして…最後はヴァリエーション。マラーホフ、カレーニョ、マルティネズという顔ぶれでしたが、今後この3人のことは「ファニープロの三悪」と呼ぼう。全員、ハジケすぎでしょう。特にマラーホフやカレーニョは、些か年齢を感じさせるプログラム構成でもあったのに。そして、ヴァリエーションまで姿を現さなかったジョゼは、ピケは回るフェッテは回る、もうポアントのテクニックは殆どマスターしてるんじゃないか?と疑われる大熱演で喝采を買っていました。

 

 これが夢だったって、自分は一体…と笑い転げながら呆然ともし、でも終演時既に11時になっていたので、慌てて駅に突っ走るという、混沌としたラストでしたが…幸せなバレエ狂騒曲週間を過ごしました!

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