敢えてざっくり切るならば、Bプロは「コンテンポラリーの回」。なので、難しいものも分らないものもあったけど、全体としての充実度はAプロを上回っていたと思います。出演者全員のエンジンが温まりきっていたというか。

 

     マリアネラ・ヌニェス&ティアゴ・ソアレス「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」

何だか今回、すっかりこのカップルのファンになってしまいました。清楚で伸びやかなヌニェスの踊りは、もともと好みのタイプなのですが、それ以上に、ソアレスと組んだ時の雰囲気の良さがツボ。季節で言えば春、穏やかな幸福感に満ちた踊りで、観ていて羨ましくなるように、空気が柔らかい。ソアレスに若干シャープさが無いところを除けば、2人ともロイヤルらしい丁寧な踊り方で好感が持てるし、ソアレスの方も気になるほどではない。寧ろ、頼もしそうだからヌニェスをよろしく、とさえ言いたくなってきます。

Aプロのトップバッターがシムキン組で、圧倒的な鮮やかさだったので、同じ演目で露払いをするのもどうかしら、とも思ったのですが、彼らは彼らなりの丁寧さと清潔感で、過不足なく踊ってくれたと思います。これはこれで幸せなバレエでした。

 

     ヤーナ・サレンコ&ズデネク・コンヴァリーナ「コッペリア」

申し訳ないけど、地味。いかんせん地味。どう転んでも地味。元々彼らは出演者全員の中でも最も「薄い」存在なんですよ。スターでなし、超一流カンパニーの人間でなし、超絶技巧があるわけでなし。しかもこの演目は、Aプロで彼らより格上のダンサーが踊っている。対比上、見劣りするのは仕方ないことだと思います。せめて衣装だけでもベルリン特有のものがある演目(例えば「ラ・バヤデール」)にしてみるとか、ちょっとは珍しい演目を持ってくるとかした方が良かったんじゃないかと…決して彼らに何か出来ていないことがあるわけではないんですけど、それだけに、余計に気の毒かなと。

 

     ポリーナ・セミオノワ&フリーデマン・フォーゲル「アレクサンダー大王」

目から鱗の、妖艶なポリーナ嬢でした。そういえばAプロでも「彼女に色気はない」って書いたばかりでしたよね。確かにこれも、魔性の女ではないんですよ。深い愛情の末に身を投げ出したら、こんな濃密な夜もある、的なもの。だから「シェヘラザード」や「マノン」とは違った官能美が纏えるのかな、とも思いますが。とにかくポリーナ嬢を見直しました。

フォーゲルは…そういえば居たな(苦笑) いや、ポリーナ嬢に目を奪われていて。彼は彼で、これだけ印象に残らないということは、それなりにやっていたんだと思います。ポリーナ嬢との相性は文句無しにいいわけだし。

ただ、知らない作品の一部分だけを見せられるっていうのは微妙なものであって、作品の全体像を知っていればまた、別の感想もあったでしょうね。ただ、振付的には凡庸だと感じたので、通して観た時に面白いかどうかは、また別問題かと。

 

     シオマラ・レジェス&ホセ・カレーニョ「海賊」より寝室のパ・ド・ドゥ

ガラの中では地味になりがちなこの演目を、きちんと、押さえた華やかさで演じきって、見事なコンサート・ピースにしていた。もうそれだけで拍手したくなっちゃいます。偉大です、このカップルは。ここに、ラテン向きの派手な演目を何か持ってくるのは決して難しいことではないんだけど、それだと何気に観ている方も疲れるし、演じる方はジリ貧になってくるし。そういう意味でも、彼らが担ってくれたものは、何気にとても貴重です。特にカレーニョ、トレードマークのあの鮮やか過ぎる回転を一切封印して、大人の存在感で魅せてくれたのは嬉しかった。

 

     上野水香&デヴィッド・マッカテリ「白鳥の湖」より黒鳥のパ・ド・ドゥ

何故、この2人が組んでるんですかね?いや都合なんでしょうけど、それにしても、他のカップルの相性がそれぞれいいだけに、そしてAプロでの水香さんとマチューの組み合わせがとても良かっただけに、マジックの無さ、ちぐはぐまではいかないけれど微妙な距離感の遠さが際立ってしまったかな。

色々都合があるとは思うんですが、ここで敢えて舶来のスターを使わなくても、高岸さんでいいんですよ、極端なことを言っちゃえば。それで見劣りするとは、私は思わないし、東バの人間が出てるのはササチュー効果で、1人が2人に増えたところで、それも何とも思わない。それよりも、息の合った素晴らしい踊りが観たかった。そういうことです。

 

     マリア・コチェトコワ&ダニール・シムキン「パリの炎」

シムキン、大人気。今回のフェスは、タイムテーブルの押しを出さないためか、カーテンコールはきっちり3回と決めているフシがあるのですが、ここで早々に4回目が出ました。

 何と言うか、もう…技のひとつごとに、会場がどよめいていました。跳んだら熊川哲也みたいだし、回ったらアンヘル以上だし、何をとっても破綻無く綺麗だし。最近で言うなら、イワン・ワシーリエフの技をそのままに、3倍増しで美しくした感じ。これはもう、逸材と言うよりほかは無いでしょう。もちろん、まだ21歳と若いし、全幕を通したらどうなるかは分らない。身長が低くてパートナーをかなり選びそうなのも、惜しいといえば惜しい。でも、彼がこれからどんな風に成長し、誰と何を踊るのか、とても興味があります。

 一方コチェトコワは、相当シムキンに食われた感が。彼女は彼女で、足技の凄いのとか、色々やっていて、それぞれ綺麗だったんですけど。

 

     エレーヌ・ブシェ&ティアゴ・ボアティン「ナイト・アンド・エコー」

ノイマイヤー作品をガラでやるのはかなり難しい。前々回の時にもそういえば思いましたが、今回も同じことを痛感した。彼らが何をやっているのか、私にはまったくわかりませんでした。この後出てくるフォーサイスやエックよりは、恐らく平易な舞踊言語を使っていると思うんですけど、それだけに余計に、「分らない」感がいや増すんだろうなと。

 

     アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「スリンガーランド・パ・ド・ドゥ」

フォーサイスの面白いところは、分らなければ動きだけ観ていてもかなり楽しいし、その気になれば深読みする行間もたっぷりあるところ。今回はそれだけの体力は無いなと思ったので、肉体鑑賞に徹してみましたが。

男性は肌色のボディタイツ、女性は一応、飾りの無いチュチュ状のスカートがついていますが、やはり肌色。動きはクラシックのようでクラシックからは微妙に外れていく、「精密の不安定なスリル」系。

動きだけ素直に観ていて面白かったです。正直、第2部のラインナップを観た時はどうしようかと焦り、初発の「ナイト・アンド・エコー」で思いっきり困惑しただけに、余計に。

 

     ルシンダ・ダン&レイチェル・ローリンズ&ロバート・カラン「白鳥の湖」

オーストラリア・バレエのマーフィー版ですが…恐らく、優れて物語的な振付であろうとは思われます。それが却って「だからこの部分だけ見せられても」という歯痒さを助長するとう、痛い罠に陥っていました。それと、コンサートピースとしては長すぎ。

これだけだと、王子が何故、こんなに2人の女性の間を右往左往するのかわからない、優柔不断か?ということになるし、かぼそくて美しいオデットが何故、こんな王子に執着し、心を病むまで傷ついていくのかが分らないですから。

唯一の収穫は、やっとダンの真骨頂と呼べる踊りを観たこと。迫力と同時に女の情念が凄い密度で詰まっていて、凄みがありました。「源氏物語」の六条御息所が生身で出てきたような。

これはきっと、全幕通しで観たら、そこそこ見物なんだろうなと思います。

 

     アリーナ・コジョカル&ヨハン・コボー「マノン」より第1幕のパ・ド・ドゥ

2部のオアシス。最初、椅子がぽつんとあったのを観た時は「これから一体何を」と思いましたし、コンサートピースとしては地味すぎるきらいもありますが、何よりもコジョカルが愛らしい。フェリもそうでしたが、魔性の女っぽさが全然無くて、だからこそデ・グリューは、真っ直ぐな心のまま、素直に一途に彼女についていってしまうんですよ。で、コボーはといえば、その「ついていってしまう」感を濃厚に出せるダンサーで。だから、これはここで清涼剤としてよく機能していたし、この2人にもとても合っていたと思います。

 

     シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュ「アパルトマン」よりドア・パ・ド・ドゥ

前々回、頭痛を起こした懐かしい演目です(苦笑) とりあえず、エック作品に肉体鑑賞の楽しみは無く、ギエム様は猫背ベタ足でバタバタと歩いていらっしゃいました。

上手奥にドアがあって、それを叩くと裏からにゅっと伸びてくる腕。ニコラとのデュエットは、「酔っ払いか?」っていう感じの、脱力したユーモアがあって、どこも美しくはないけれど、それなりに面白い。どうやら6年かけて私にもギエム抗体が出来たらしくて、今回は随分、冷静に彼女を観ています。初見の時なんて、観ているだけで殺されそうで、椅子に背中が張り付いてましたからねー。

でも、本当はこれ、その気になって感性を研ぎ澄ましたら、生皮を引き剥がされて直接神経に触るような、物凄い痛みが走るような気もします。

 

     オーレリー・デュポン&マニュエル・ルグリ「ベラ・フィギュラ」

肉体鑑賞という意味では、もっとも美しかった2人。根拠は無いけど、彼らにはキリアンの動きが合っているんじゃないかと。まったく違った体と個性の2人なのに、並行線上に配置されたシンクロの動きが、見事に融けてひとつに見える。虚飾を廃したシンプル極まりない衣装も、とてもいい感じでした。意味は何一つ分らなくても、ただずっと味わっていたいような動き、雰囲気。ルグリの踊りを観て「いいもの観た」と思わなかったことはかつて無いですが、今回もやっぱりいいものを観ました。

 

     ナタリア・オシポワ&レオニード・サラファーノフ「海賊」

随分盛り上がった第3部冒頭ではありますが、サラファーノフは、シムキンと被ってしまったのが最大の不幸かも。やってる技が殆ど同じなんですよ。常の回であれば、彼が最高のテクニシャンとして絶賛を浴びたかもしれないのに、今回は何をやってもシムキンと被ってしまう。颯爽としてて、ステキなアリなんですけどねー。

でも、この演目の主役は、男性顔負けの高いジャンプで会場をどよめかせたオシポワ。Aプロの時よりも更にきちんと踊れている感じがしまして、やはりパートナーは大事ですね。ちゃんと役作りが出来る、という前提があれば、これほどの強靭さで踊られるエギナは、さぞ迫力があるでしょうね。

 

     ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「ル・パルク」

何というか…物凄く美しい猫が2匹してじゃれあっているような、不思議な感覚に襲われました。ディアナ1人だと、濃密なセクシュアリティがまだそこに合ったんですけれども、それは天使のマラーホフと絡んだ瞬間にすべて溶解してしまい、その瞬間に演目自体が意味を失うという、凄い罠。

結論から言うと、私はやはりマラーホフとは相性が悪いのです(苦笑)

 

     エリザベット・ロス&ジル・ロマン「ブレルとバルバラ」

ロスのソロ、ロマンのソロ、デュエット×2。ロスのソロは、乱暴に言ってしまうと「バレエ・フォー・ライフ」の「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」に似ています。どん底まで落ちてもまだ息づいているもの、というか。ロマンは、今回の印象は一貫していて、既に仙人になってしまった感あり。

ベジャール作品は、概して短い方が面白いと思っていて、これも作品としていいかどうかは、正直微妙です。ただ、命の御親たるベジャール亡きあと、遺産を預かる母ロス、父ロマン…という風に見ると、何やら感慨深いものが。

まあ、ベジャールだし、そういう邪道な見方もあってもいいですよね。

 

     タマラ・ロホ&フェデリコ・ボネッリ「エスメラルダ」

フェスと言えばフェッテ合戦、に何時なったのかは知りませんが、「超絶技巧と言えば私でしょう」の人・ロホ登場。相変わらず余裕で、長いバランスを連続で決めたり、フェッテは4回転を織り交ぜつつ、ぐるっと小さな円を描いて回っていました。喋ることを聞いていると、決してそれだけのダンサーではないと思うのですが、やっぱり、これだけのテクニックを披露されると、圧巻です。

一方のボネッリは、ソアレスに要所のシャープさを加えた感じかな…ロイヤルらしい丁寧さと、決めるところの鋭さが印象的で、とても「格好良い」感じでした。ロホに華を持たせつつ、押さえるところは押さえた落ち着きぶりが、イタリア人ながらに英国紳士の趣で、かといって決して地味でもなくって。

 

     マリア・アイシュヴァルト&フィリップ・バランキエヴィッチ「オネーギン」

ある意味、初めてこの演目を観た気がします。以前ルグリで観た全幕は、彼が凄すぎて、タイトルそのままの、ルグリのバレエになっていた。でも、彼らが見せたものは、恐らくクランコが意図した通りの、素晴らしいヒロイン・バレエであり、葛藤を巡る心理劇だった。

 動きのひとつひとつが持つ意味が、鮮やかに立ち上がって見えました。例えば、タチアナが後ろにオネーギンを引きずる動き。影のようにまとわり着く思い出の重さ、振り払おうとする力、でも、本当にそれを切り離したら、彼女は倒れてしまう…その葛藤の強烈さ。それを敢えて振り払う悲壮感。ワンシーンだけの抜粋なのに、引き込まれて、凄い集中力で観てしまった。そしてそれは、同じアイシュヴァルトが踊っていたのに、ルグリとでは見えてこなかった部分なんですよね。

 もう1度、この作品の全幕が観たい、と今は思います。出来ればこの2人の主演で。そのくらいの気の迷いは起こさせる、濃密なパ・ド・ドゥでした。

 

     スヴェトラーナ・ザハロワ&アンドレイ・ウヴァーロフ「ドン・キホーテ」

風格と迫力、存在感と威風。すべてがトリに相応しかった。アンドレイのファンをやっていて良かった、と思ったことは過去にも多々ありますが、今回もかなり大きかった。正直言って怖かったですよ。シムキンを筆頭にサラファーノフ、ボネッリと凄いことをやっていたから、あれに匹敵する派手やかさは、どう頑張っても今の彼には無いわけだし。

ただ、蓋を開けてみれば、彼にはそんなこれ見よがしの派手さは要りませんでした。片手リフトで客席をどよめかせたりはしたけど、基本的には、いつもと同じ。同じように完璧で、同じように美しくて、輝かしい。どこを切り取っても優雅そのもので、スケール感があって、ロシア・バレエの粋がある。

ザハロワはやや疲れているかな、という感じでしたが、大きな乱れは無かったし、やっぱり組んでいると圧倒的に華やかな2人です。アダージョの存在感は圧巻でした。観ていてこれ以上の眼福は無い、とさえ思えた。素晴らしいトリでした。

ただ…ザハロワはともかくアンドレイは、何をどう間違っても、3年後には舞台の上に居ないな、っていうことも痛感した。彼が今、居る場所は、20年くらいかけて余計な色を落としながら、丁寧に丁寧に塗り上げた、「芸」という真っ白な場所なんですよ。もうそこには、若さとか勢いとか小手先の技術とか、余計なものは何も無い。細い細い限界点。だからこそあんなに美しくて――多分、私は泣けるんだな、と思った。ああ…バレエファンって辛い。

 

 A・Bプロ観て思ったことは「いいものばっかりたくさん観てるなー、流石『世界バレエフェスティバル』を名乗るだけのことはあるなー」って感じ。お祭りとしてこの上なく豪華だし、バレエ公演としてこの上なく贅沢。前回がやや地味だっただけに、溜飲を下げてます。

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