当初、プログラムを見て思ったのは「こんなに豪華な面子を集めて、ササチューは死ぬんじゃなかろうか」ということ。そして「あー、まさしく『世界バレエフェスティバル』なラインナップだ」っていうこと。実際に観た公演は、確かに、その名に恥じないクオリティであり、ラインナップであり…本当に久しぶりで、食傷するほど豪華なものを観ました。

 

     マリア・コチェトコワ&ダニール・シムキン「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」

驚きました。シムキンのことは、10代半ばの頃からダンスマガジン誌上で知っていて、コンクール受けする、もっと派手なタイプを予想していたので、まさかこれほどきちんと踊れるとは。コチェトコワとの相性も良くて、2人が合わさった時の色合いが綺麗に重なる。

軽やかで清潔感があって、若々しい可愛いカップルなんだけど、勢いに任せた粗いところがなくて、とても丁寧に、細やかに踊っている感じに、とても好感を持ちました。まさしくフェスのトップバッターに相応しい鮮やかさというか。2人ともバックボーンはロシアですが、それほどクラシックすぎなくて、音楽との調和も良かったし。過去に観てきた「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の中でも指折りの出来栄えだったと思います。

 

     ルシンダ・ダン&ロバート・カラン「くるみ割り人形」から「ピクニック・パ・ド・ドゥ」

立ち位置の関係であまりにも損をした感のある2人。この演目はオーストラリア・バレエ団のマーフィ版で、ロシアから亡命してきた老バレリーナの回想だとか。という説明は無くても何となく状況は分るというものですが、やはり「くるみ割り人形」の音楽はノスタルジーを誘うっていうのが、誰もが思うことなんでしょうね。

流れるようなデュエットが美しかったのですが、コチェトコワ&シムキンの印象が強すぎて霞んでしまった感があるのと、演目としてやや地味なのが災いして印象が薄い気が。それと、これを言うのは申し訳ないのですが、ダンは全体的にシルエットが男性っぽい。首の辺りとか、肩回りとか。なので、敢えて暴言を吐くなら、女性ではなくて女性そのもののテクニックを持った男性が踊っているようにも見えるんですよ。遠目には。こんなことを言われても彼女は困るしかないだろうけど。

 

     マリアネラ・ヌニェス&ティアゴ・ソアレス「海賊」

実生活でもご夫婦なこの2人も、とっても相性の良いカップルでした。何よりあくまでも「姫君と奴隷」な関係性が貫かれていて、見事だった。

ヌニェスのメドーラは、清楚で匂い立つような美しさ。グラン・フェッテのところで何と6回転も披露していましたが(流石に多少よろめきつつ)、派手さよりも落ち着いてきちんと、折り目正しく踊る、という意味で、とてもロイヤルらしいダンサーだと思いました。

一方ソアレスは、体躯もいかめしく、力強く、南米ダンサーらしい雄々しさも持ちつつ、ぎらついたところが無い。終始奥ゆかしくメドーラを立てて、甲斐甲斐しく仕えるアリでした。若干キレは悪かったかもしれないけど、それよりもたくましくて頼りがいがある感じが強かったですね。

因みにカーテンコール時、ヌニェスが手を広げて「彼のことも見て見て!」ってやっていたのが可愛かった。

 

     タマラ・ロホ「エラ・エス・アグア―She is Water」

彼女がソロでコンテンポラリーを持ってくるっていうのは、ちょっと意外でびっくりしたんですけど、いささか長かったかな…彼女には合っている演目だと思いましたが。

水の精のストーリーだということですが、ある種、日本の妖怪「濡れ女」や「船幽霊」に近いドロドロした情念を感じました。そして、その辺りがまた、彼女に合っていたんですが。最初は舞台下手側のスポットライトの中で仰向けに寝ていて、殆ど立ち上がりません。うごめく水棲動物のような、あるいは胎児のような動きは、決して綺麗ではないけれど、上記の印象にはとても忠実で、その感じが、立ち上がってからもずーっと続くんですよね。

 ただ、露骨にドロドロしてカタルシスもないままけっこう長いので、疲れると言えば疲れます。嫌な疲れ方ではないにしても。

 

     ヤーナ・サレンコ&ズデネク・コンヴァリーナ「くるみ割り人形」

今回、いろんな意味で1番地味な2人組。何もさっき「くるみ」を聞いたばっかりで、また同じものを持ってこなくても、と思う反面、何気に私、このパ・ド・ドゥは初めてなんですよ。でも好きなパ・ド・ドゥでもあって、生で観られたのは嬉しかった。

…だけど、彼らはやっぱり損してると思います。今回の出演者の中では1番何のプレミアもついてなくって、演目も無難だし。故に、どっ外すことはないのかもしれないけど、地味だなぁ、と。

 

     アリーナ・コジョカル&ヨハン・コボー「コッペリア」

私の中ではこのカップルは「可憐な美少女とヤバめの男」なのですが、見事に2人とも可愛いパ・ド・ドゥでした。素晴らしいまでの健全さというか、これぞライト版の「コッペリア」だ、というか。とにかくコボーにこんなに爽やかで健康的な踊りが出来るのが、失礼ながら驚きで、一方のコジョカルは6年前の初見から変わることの無い愛らしさで。期待通り+予想外の効果は大でした。

思えば今回は、Aプロだけでもいろんな定番クラシックが網羅されていて、バランスのいいプログラムだなーと思います。その分、初めて観るようなものは多くないのかもしれませんが。

 

     上野水香&マチュー・ガニオ「ジゼル」

マチューの成長にも驚いたけど、水香さんのジゼルがこれほどだとは、正直思っていませんでした。そしてこの2人が、まさかこれほど相性が良いとは。いろんな意味で散々驚きました。

基本的には、これはマチュー=アルブレヒトの夢なんだと思います。耽美でナルシスティックな王子様の存在感に、すべてが収斂されてゆく。それほどの美しさでした。特に脚。スケール感があって踊りが大きいのに、細かいところが綺麗に決まるのは、やっぱりカルフーニの遺伝なのかしら…

で、そのナルシス美青年の夢の中で、水香さんのジゼルは、儚く幽玄な幻のように踊っていました。触れたところから溶けてしまいそうな存在感の淡さと、ただ美しくて感情も意志も無い感じは、斎藤友佳里さんのジゼルに通じるものがあるかも。そして、その感情無き幻が、マチューの美しさとも絶妙にハマったんですよね。

 

     シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュ「クリティカル・マス」

記憶にある限り、ギエムの踊りで過剰なほどのブラボーが飛ばなかった唯一の上演。印象としては、前回フェスでやった「TWO」を2人でやっている感じです。照明で四角く切り取られた狭い空間で、2人の人間が殆ど場所を変えることなく、時に闘うように、時には融合し、また離れていくように、柔軟な動きを繰り返し、ある時フッとそれが途切れる…という。

正直、リアクションに困る演目ではあるのかな。何か凄いんだけど、口でどう言えるものでもない、楽しいかと言われれば否、気持ち良いかと言われれば否で、正直なんかよくわからん、という。

でも、それでも一瞬たりとも飽きさせなかったのは、流石ギエム様だと思いますけどね。

 

     マリア・アイシュヴァルト&フィリップ・バランキエヴィッチ「ライモンダ」

私に限らず「何故この2人、わざわざシュツットガルドから来てクラシックを」と思った方もいらしたかもしれないですが、東欧出身のバランキーと中央アジアの血を引くアイシュヴァルトには、この演目が持つ何とはないエキゾチックさが、絶妙にハマってました。力強さと哀愁と、若干の土臭さを併せ持つこの味わいは、ボリショイにも、オペラ座にも無いもの、多分シュツットガルドだからじゃなくて、この2人だから持っているもの、じゃないかと思うんですけど。

とにかくアイシュヴァルトのライモンダはとてもキチンとした綺麗な踊りだったし、ハンガリーのポーズがとっても可愛らしく、嫌味なく決まっていてナチュラルだった。バランキーは凛々しくて力強いジャンで、やっぱり彼にも何故か、ハンガリーのポーズがよく似合っていました。

 

     アニェス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネズ「天井桟敷の人々」よりスカルラッティ・パ・ド・ドゥ

今回、最も完成度が高いと思わせたのが、この2人のこの演目。彼らの舞台の上での相性とか呼吸は、ベタだけど奇跡のようだと思います。別人なのに、個々で踊っていれば確かに別の持ち味のダンサーなのに、何故こんなに綺麗に一色に溶けてしまうんだろう、と。

最初は無音で暗い照明。まるでトーキー映画の中からフェードインしてくるように、薄闇に2人の姿が浮かび上がり、やがて静かなピアノの音が聞こえて流れてゆき、最後はまた闇にフェードアウトしていく――その一連の流れが、シックとしか言いようが無い、しっとりとしたエレガンスに包まれていました。何というか、もう、洗練の極み。彼らの踊りからは、フランスのバレエが持っている「粋」のようなものを、とても美しい形で感じられます。いつ、何を踊っていても。

因みにアニェスのデザインになる衣装は、濃い紫と緑のグラデーションで、こう書くと凄い色のようですが、やっぱりシックなデザインでした。

 

     シオマラ・レジェス&ホセ・カレーニョ「ディアナとアクティオン」

ある意味、微笑ましく見えてしまった「ディアナ」。レジェスは決してとても若いダンサーというわけでもないんだけど、何処と無くあどけない、愛らしい感じが残っていて、同じキューバの先輩であるカレーニョには、保護者的な包容力が感じられて。

 それにしてもカレーニョは衰えませんね!相変わらず、回転の描く軌跡が鮮やかなこと!久しぶりに堪能しました。私にとってはラテンのダンサーといえばイメージは彼なんですけど、セクシーだけど嫌味の無い陽性のオーラが、これも相変わらず、とてもいいですね。

 

     エレーヌ・ブシェ&ティアゴ・ボアディン「オテロ」

これは、オペラで言うと「もう夜も更けた」のところなのかな。静かな静かな、そして濃密で官能的な夜の底。振り付け的にはそういう感じなんですが、ここだけを抜粋されても分り難いのも事実かも。正直、意味が取れなければ面白くないバレエだけに、今回1番微妙だった、と言うことも出来ます。

 あと、敢えて言ってしまえばこの演目はまだボアディンには早いような気がします。もうすこし経験を積んで、存在感に説得力がある男性ダンサーの方がいい。ブシェはともかく彼の方は、オペラを観慣れた私には到底オテロには見えなかった。

 

     オーレリー・デュポン&マニュエル・ルグリ「椿姫」より第一幕のパ・ド・ドゥ

何というか…オーレリーが美しく咲いてました。彼女ってこんなに綺麗な人だったんだなぁ、としみじみ思った。今までの彼女のイメージって、何年経っても閉ざされた硬質なものだったんですよ。それが、迷い多き年上の女をしっとりと演じていたのに、ある意味驚いた。

私はこの演目は最初にハイデとリスカの映像を観ているので、採点は基本的に激辛なのですが、彼らはあの2人に匹敵する全幕を踊れると思う。ルグリは、リスカよりも随分性急に踊っていた感じがしましたが、段々とそれが正当なように見えてくるのがいつもの彼で、そして彼の本当に凄いところ。見事な青年・アルマンでした。

でもやっぱり、この演目はオーレリーのために存在していたと思う。壊れそうに繊細なピアノの音に乗せて、脆い心を豪奢に装い、揺れる心を包み隠す美しい女性――すべてが彼女のために存在しているみたいだった。

この2人でこの演目の全幕が観たかった、と切に思いますね。きっとオーレリーは言葉も無いくらい美しかっただろうし、ルグリはそんな彼女の美しさを最大限に引き出せたと思うから。

 

     ベルニス・コピエテルス&ジル・ロマン「フォーヴ」

コピエテルスは不思議なダンサーです。「ラ・ベル」でも「夢」でも異なった顔を見せていましたが、この日の彼女はユニコーンだった。人間ではなくて獣。無自覚で無垢で、時に凶暴なもの。そのイメージは、私にとってはユニコーンなんですよ。

クローゼットのような箱から出てくるコピエテルスとロマン。共通のコミニュケーション手段も無いままに、何かを交わそうと触れあい、ぶつかり合い、時にじゃれるように動く2人。ロマンは一瞬、ユニコーンを導く古老に見える瞬間もあるのですが、ユニコーンに共鳴する人間の少年に見えている時間の方が長かった。彼は「アダージェット」を踊る時の感じに似ていましたよ。無垢だけど決して透明でも真っ白でもない感じ、というか。

 

     スヴェトラーナ・ザハロワ&アンドレイ・ウヴァーロフ「白鳥の湖」より黒鳥のパ・ド・ドゥ

イケイケの姫と省エネの貴公子。アンドレイは、ザハロワに盛り上げのすべてを任せて、自分は最低限やることだけをきちんとやって、まだまだ温存していたように見えました。手を抜かれたことを悲しめばいいのか、それでも憎らしいくらい綺麗なのを喜べばいいのか…ファン心理として微妙すぎ(苦笑)

 元々この演目は、去年のボリショイが決定版になったので、全幕は当分の間、封印することを決めています。だから、よりによって同じキャストで見ることに、決して乗り気ではなかったんですよ。で、アンドレイがあまりに省エネに走っている上に、照明の関係なのか、白髪の増えた髪が随分淡い色に見えてきて…年食ったなぁ…と無駄に寂しくなってしまいました。でも、着地の脚とか、ロン・ド・ジャンプのラインとか、サポートとか、決めるとことは憎たらしいくらい綺麗なんですよね〜…溜息が出てくる(いろんな意味で)

 一方ザハロワは、パートナーのそんな様子などお構い無しに、飛ばす飛ばす!フェッテは見事なまでに綺麗な一直線を描いて、かなり前まで出てきていました。華やかで、実にオディールの似合うダンサーです。

 …で、温存した分はBプロの「ドン・キ」で暴れてくれないと怒るぞ(苦笑)

 

     ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「カジミールの色彩」

何度も言うように、私は何故だかマラーホフとは相性が良くないのですが、この演目は普通に見られた。というのは、何も考えずにラインの美しさだけを観ていたので、そう思えば男性でこれほど綺麗な人はそうそう居るもんじゃない。

 それと、何だか彼がディアナをいたくお気に入りな理由が、ちょこっと分った気がします。柔らかさの質が、よく似ている。同じような衣装を着てデュエットで踊っていると、まるで双子のように見える瞬間もありますし。そういう意味で、面白いものを観たと思う。

 

     ポリーナ・セミオノワ&フリーデマン・フォーゲル「マノン」より寝室のパ・ド・ドゥ

多分、ポリーナ嬢は健全すぎるんじゃないかな。これは「シェヘラザード」の時にも思ったけど、翳りとか危うさが無い。マノンじゃなくてジュリエットの感じになってました。芝居が下手とかじゃなくて、多分、個性の問題のような気がします。何となくだけど。

フォーゲルとは相性は良さそうですし、形の上ではよく踊れていたし、音楽とも合っていたんだけど…私の好みから言うと、何かが足りない感じが強烈にしました。

 

     ナタリア・オシポワ&レオニード・サラファーノフ「ドン・キホーテ」

(いろんな意味で)トリには軽量級すぎるのでは?と観る前は思っていましたが、それは大いなる過ちでした。とても華やかな「ドン・キ」だった。

 サラファーノフのバジルは、流石にチャプキアーニの弟子、と思わせる、決めるところをビシッと決めた凛々しいバジル。一方のオシポワは、サポートがいいせいか、多分、ワシーリエフとの時よりも踊れていました。ただ、やっぱり彼女は細かいところが綺麗じゃないので、精進して欲しいとは思いますが…でも、2人してザハロワを軽く上回るイケイケぶりで、フィナーレにふさわしく弾けてくれました。

 

敢えてざっくり切るならば、Aプロは「クラシックの回」でもあったのかなぁ…と思います。定番殆ど揃ってますもんね。とにかくダンサーのレベルが高かった反面、高値安定していて、突き抜けたものはあんまり無かったかな、というのは贅沢でしょうが…ともかく払った金額相応のものは観られて、Bプロにも大いに期待が持てそうです。

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