素晴らしいバレエ公演を観た時、必ず抱く感想は「そうか、これはこういうものだったんだ」という、絶対評価としての納得。そういう意味で、これは「白鳥の湖」の決定版になりました。バレエファン歴ももう短くは無いですが、恐ろしいことに初めて。

 

キャスト

ジークフリード王子:アンドレイ・ウヴァーロフ  オデット/オディール:スヴェトラーナ・ザハロワ

ロットバルト:ドミトリー・ベロゴロフツェフ  道化:岩田守弘

王妃:マリア・イスプラトフスカヤ  家庭教師:アレクセイ・ロパレーヴィチ

王子の友人:アンナ・ニクーリナ、エカテリーナ・クリサノワ

儀典長:アレクサンドル・ファジェーチェフ

ハンガリーの王女:ネリ・コバヒゼ  ロシアの王女:アンナ・レベツカヤ

スペインの王女:ナタリア・オシポワ  ナポリの王女:アナスタシア・ゴリアチェワ

ポーランドの王女:エカタリーナ・シプリナ

三羽の白鳥:ネリ・コバヒゼ、ユリア・グレベンシチコワ、ヴィクトリア・オシポワ

四羽の白鳥:チラーナ・アリザデ、スヴェトラーナ・グネドワ、スヴェトラーナ・パヴロワ、アナスタシア・スタシュケヴィッチ

ワルツ:オリガ・ステブレツォワ、ヴィクトリア・オシポワ、アレーシャ・ボイコ、アンナ・レベツカヤ、カリム・アブドゥーリン、ユーリ・バラノフ、ウラディスラフ・ラントラーノフ、エゴール・フロムシン

 

 …何と言うか、超一流のバレエ団は、見るところが多すぎて困ってしまいます。重厚感のある色使いだけど、最小限で機能的な装置。踊りやすそうだけどシックな色調の上品な衣装。ただ立っているだけの人も、揺ぎ無くその世界を生きているし、コール・ドは揃ってるなんてもんじゃないし、真ん中には世界最高峰のダンサーが居るわけだし。こんな嬉しいパニックって無い。

 それと今回、しみじみ思ったのは、バレエは音楽とともにある表現だということ。ボリショイのオーケストラは、流石というのも莫迦莫迦しいくらい素晴らしかったです。弦の繊細な響きと、管の芳醇な音。打楽器の力強さと、ハープの煌びやかな音色と。チャイコフスキーの曲だし、音楽だけ聞くのにお金を払ってもいいくらい。ああ、これが私の大好きな「白鳥」の世界だなぁ、といつまでも浸っていたい演奏でした。舞台上にきっちり合わせたメリハリや緩急も見事だったし。

 で、演奏が素晴らしければ、ダンサーは素直にその曲を踊ればいいんですよ。そうすることで、彼らは役を生きる。ある意味ではそれだけ。たったそれだけのことが、こんなに大きな化学変化を起こすものなんだ、という、一番いい見本を見たような気さえします。

 因みにグリゴローヴィチの振付は、徹底的に王子を中心にしたもので、アンドレイに言わせると、オデットは少年が抱く清らかな女性像であり、オディールは人生における困難の象徴。それらを通って、彼は大人になるんだ、と。そんなものかしら、と思って観ましたが、見事に納得させられてしまいました。今、この時点においては、それ以外の解釈なんて知らん、とさえ言ってしまえるくらいの強さで。

 それと音楽ですが、かなり大胆に順番を入れ替えていますし、フィナーレに至っては改変があります。多分序曲の旋律だけど、まったく同じ編曲ではなかったと思う。その点について、賛否はあるかと思うんですが、物語としての一貫性や調和は見事なものでした。

 王子の話なので、王子のヴァリエーションもとても多いのですが、アンドレイは今が「円熟の極みの華」という感じです。舞台が狭いので控えめな踊りではありましたが、もう、さも当たり前に完璧。うっかりその向こう側に跳んでいきそう。優雅で繊細で気品に溢れているんだけど、力強さも余裕もあって…という、要するにいつもの彼なんだけど、その境地を最高の品質で生きている感じがしました。この王子は相変わらず、決して少年には見えないけど、ダンスール・ノーブルという言葉そのもの。それと今回、音楽の力もあるとは思いますが、夢に敗れて挫折する王子の心の襞がとても納得感のある表現で踊られていて、こんなに演技力のあるダンサーだったんだなぁ、と思い直しました。

 でも、王子に目を奪われてばかりいると、豪華絢爛のワルツを見逃してしまうし、岩田さんの道化も絶好調だし、と、冒頭からとても悩ましい状態でした。因みにこのプロダクションにはトロワが無くて、代わりにコール・ドや王子のヴァリエーションが長めに取ってあります。

 因みにこの日の席は一階後方のかなり高い位置で、掛け値なしのど真ん中。多分、コール・ドの隊列が一番綺麗に見える場所です。知ってはいたけど、ボリショイのコール・ドは何度観ても凄い…縦一列に並んで同じポーズをとったら、もう一人しか見えないですし。何人居ても揃うし。ただ揃っているだけじゃなくて、華やかだし、「ああ、クラシックバレエだ!」っていう充実感が凄くあって、それだけ観ていても絶対に飽きない。

 岩田さんの道化は、プロ精神を感じる道化です。この舞台に載った中では一番派手なことをやってるんだけど、絶対に独りで会場を攫わない。おどけたところもあるけど、大人の眼差しで回りを見て、サービス精神で「道化」が出来る、大人だなーと感じる踊りでした。どんなに派手でも、締めるところをきちんと締めて抑制を効かせているので、無軌道になったり逸脱したりということが無いんですよね。流石のベテランだと思います。

 このプロダクションの特徴が最初に出るのは、宴会が終って、王子以外が去るシーン――その白い姿の後ろには、ぴったりとロットバルトの黒い影が張り付いていて、二人はしばらくシンクロの踊りを見せてくれます。ロットバルトの存在は、王子の人生につきまとう暗い影。王子の目に彼は映りませんが、ロットバルトはぴったりと彼に貼りついて、すべてを観ている。

 ベロゴロフツェフのロットバルトは、とてもシャープで力強く、冷酷。パワーのあるダンサーなのは知っていましたが、こういう表現も出来るとは知らなかった。そしてこのプロダクション、ロットバルトの出番も相当多いですが、見事な存在感と踊りで、ずっと居てくれました。

 しかし、それにしてもまぁ…よりにもよって「情景」に野郎二人のデュオを振付けるなんて、グリゴローヴィチ以外は絶対に思いつかない、素晴らしい暴挙ですよね。いいシーンでした。そしてその次、紗幕の向こうに白鳥の群れが浮かび上がるシーンは、鳥肌が立ちました。

 白鳥たちの踊りは、例えばマリインカがやるほどまでには「鳥」っぽくない。でも、クラシックバレエのラインで綺麗に揃っていて、とても味わい深い。ここで早くも登場する四羽の白鳥は「こんなもんでしょう」って感じでコロコロと可愛かったし、三羽の白鳥は揃いも揃って美人さんでした(踊りが)

 ザハロワの白鳥は、そんなに悲劇的には見えないんだけど、造形的に完璧に美しい。確かに、清らかな理想、夢の女性というだけのことはあると思いました。

 で、私にとってオデットと言えばニーナで、彼女の場合は「愛される」よりも「愛する」女性なんですよ。でもこれは、王子の物語ということもあって、ジークフリードの方から想いをぶつけていく。最初に視線が絡んだ時の空気の濃さは秀逸でした。こうやって、この二人は恋に落ちたんだ、という感じで。

アンドレイとザハロワは、この役を踊って、多分今、世界で一番美しい一対じゃないかと思います。形として完璧。グラン・アダージョは、想いの深みにはまっていく過程がどうこう、というよりもただただ美しくて、このまま永遠の中に吸い込まれてしまいそうになりました。

そう、私がバレエを観ていて至福を感じるのは、有限である筈の人間が、「普遍」の形を作ることで、「永遠」になる、という幻想を観てしまう時(それ以外でもありますが) まあもちろん、それはまったくの錯覚なんですが、この世で一番美しい錯覚だと思う。こんなに儚い存在が、移り行く動きをすることで「永遠」になれちゃう、なんてね。

二幕の最初の見所は、主役級をずらっと揃えた各国の王女たちの踊り。ハンガリーのコバヒゼは、相変わらず素晴らしい美人オーラを出していましたし、哀愁のある音楽はよく似合う。ただ、どうせならもう一回り存在感が欲しかったし、彼女の個性には、次のロシアの方が合っていたと思う。で、そのロシアを踊ったレベツカヤは、何ってことは無いんだけど、とても可愛いダンサーで、この作品の中で一番愛らしいパートを、それらしく踊っていた。スペインのオシポワは、キトリに定評があるだけのことはあり、見事なお転婆娘ぶり。切れ味の鋭い踊りは、きっとキトリもいいんだろうな、と期待させるのに十分です。一転してナポリのゴリアチェワは、大らかで明るい。最後に出てきたポーランドのシプリナは「トリは当然私よね」という高飛車なオーラが出ていて、相応の存在感と華やかさで、素晴らしい踊りでした。きっと彼女のエギナも、彼女のガムザッティも素晴らしいと思う。

そして、ロットバルトとオディールの登場ですが――この瞬間、舞台の上は王子とこの黒い二人だけになります。ロットバルトとオディールは、現実の存在というよりも、王子の人生の影のようなもの。それを一番象徴的に表しているシーンだと思う。そして、オディールは出てきた瞬間、ロットバルトとまったく同じ空気を纏っていました。

このシーンでトリオの踊りがあって、王子の葛藤はここから始まる。なので、黒鳥のパ・ド・ドゥは恐らく、通常のプロダクションよりも確信を持って踊られたんじゃないかと思います。ザハロワのオディールは、強靭で、挑戦的で、妖艶そして悪辣。真正面から挑みかかってきて、王子を見据えている。逃げるなんて男じゃないわよ、とでも言うかのように。そして王子は自らも挑みかかり、見事にその術中に落ちるんですね。

パ・ド・ドゥは神技のような呼吸で踊られていました。ザハロワも絶好調で、フェッテはすべてシングルだったけど微動だにしない。最後のリフトの美しさは、圧倒されてしまうほどでした。

最後の場面は、悲しみに暮れる白鳥たちと、力なくロットバルトの前に倒れ伏すオデット、そこに駆けつけてオデットの手を取るものの、時既に遅く、その手を振り解かれて引き離される二人、という一連のシーンが、かなりのボリュームとスピードで進んでいきます。やはりこの場面で王子を取り巻く白鳥は、鳥の形の悪夢に見える。それから、思えばバッドエンドの「白鳥」は初体験ですが、例え改変などしなくても、あの音楽はやっぱりバッドエンドのものだな、と心の底から思いました。破局と悲劇の響きですもの。

そして最後、オデットの亡骸をロットバルトに奪われ、途方に暮れた王子は、湖畔の闇に独り立ち尽くしています。「白鳥」と言えば誰しも女性の姿を思い浮かべるところなのに、野郎独りで締めようというのが、いかにもグリゴローヴィチだということも出来る。でも、これまでずっと王子の物語を追ってきた身としては、これ以外のラストなんて有り得なかった。それでも愛していたんだ、というマイムから崩れ落ちる姿は、とても美しかった。

この物語における王子は、清らかな美しい夢を見て、それを掴もうとしたんだけれど、途中で暗い影に襲われ、挑みかかって敗れた。これはそういう挫折の物語です。もしかしたら、これはすべて、彼が少年時代最後の夜に観た夢かもしれず、この先の彼の人生が、どの程度影に支配されるかは分りません。ただ彼は、夢は破れるということを知ってしまい、きっともう、あんなに無邪気に信じることは無いでしょう。

人生の光と闇。白と黒。夢と悪夢。それら二つの要素が彼を引き裂いたようにも見えた。とにかくそういう物語として、首尾一貫してブレるところが無く、見事にそれを語り切る振付でした。ダンサーたちは豊かな音楽に合わせて、心からその世界を生きていました。最高の「白鳥」、私にとっての決定版です。

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