楽しかった!感想を一言で述べると、こういうひねりの無い結果になりますが、正しくその通り。ダンサー全員が、一秒たりともじっとしないで、楽しそうに、嬉しそうにガンガン踊っていた、という感じです。

 ドン・キホーテは一番最初にバリシニコフ版の映像を観て以来、何てハッピーで楽しそうなバレエなんだろうと、ずっと観たいと思っていました。最初はジゼル、次はドン・キだと思っていたところにボリショイの衝動買いが挟まっていますが、当初の予定では、これが生観劇二本目になる筈でした。まあ、それはどうでもいいとして。


キャストは以下の通りです。

キトリ;斎藤友佳里  バジル;高岸直樹  ドン・キホーテ;芝岡紀斗

サンチョ・パンサ;飯田宗孝  エスパーダ;首藤康之  メルセデス;井脇幸江

ガマーシュ;吉田和人  ロレンツォ;窪田央  キューピッド;高村順子

ドリアアードの女王;遠藤千春  若いジプシーの娘;吉岡美佳

 一幕一場のドン・キホーテの家のシーンは、本当にイントロダクション程度のものだと思うんですが、キトリとバジルの性格や関係がよく出ていたと思います。年の頃なら二十歳前後、明るく小粋で前向きで、毎日をエンジン全開で生きている若い二人、ちょっとしたいざこざも楽しくて、毎日仲良く喧嘩しています、みたいな。

 でもやっぱり、見せ場は二場以降、舞台に大勢人が上がるようになってからでしょう。決して不規則な配置や放埓な動きをしているわけではなく、むしろきちんと計算し尽くされて配置され、振付けられた動きなんですが(当たり前だ)、コール・ドの人たちにもみんな人格があって、同じ振りでもキャラが違う。彼らの息吹が聞こえてきそうでした。それこそ街のざわめきとか、会話の一言一言まで。それはキトリとバジルも同じこと。他愛の無い会話ばかりですが、私、ずっと二人に台詞をつけながら観ていました。そのくらい、キャラクターが活き活きしているんです。あと、デフォルメされてた分り易いキャラクターが多かったのも一因でしょう。デフォルメされているといえば、ガマーシュやドン・キホーテ、サンチョ・パンサ。彼らの動きのコミカルな様子は言うまでもありませんが、やることが本当に派手!サンチョ・パンサをトランポリンの上に載せちゃったりとか。でもそれは、舞台の隅々、ダンサー一人一人にエネルギーが満ち溢れている結果であり、あの街の人々の、持て余すほどの活気とバイタリティのなせる技なのだと思います。

 でも二場の見所はやはり、何と言ってもエスパーダと闘牛士たち、そしてメルセデス。踊りの見せ場は、絶対にこちらのカップルの方が多い筈です。キトリとバジルは、フィナーレ以外殆どテンポに差が無いんですよね。前述の通り、いつも全力、手抜き無し、陰りも無い。それに対してエスパーダとメルセデスは、酸いも甘いも多少は噛み分け、恋の駆け引きも出来るような大人。締めるところと緩めるところを心得ています。陰影もあるし、色っぽい。キトリもコケティッシュなんですが、それは無意識の健康なお色気であって、メルセデスの婀娜、艶やかさとは一線を画しています。エスパーダは、伊達男という言葉がよく似合う、男の色気の持ち主。一方バジルは、元気で気のいい、「下町のお兄ちゃん」なんですよね。闘牛士の踊りは、フラメンコ風の振り付けがたくさん取り入れてあって、鋭角的なラインが綺麗。魔法のように鮮やかに舞うケープも魅力的です。出のシーンでは、メルセデスの動きも華やか。短剣の踊りなどで、キトリと違ってプロの踊り子であることを、びしっとアピールしてくれました。

 三場では、仮面劇の場面も好きなのですが、ジプシーの男性群舞の力強さ、哀愁漂う若いジプシー娘のソロなどが、やはり魅力的でした。私はどうしても男性舞踏の方が好きらしく、前者ははーっと口を開けて見惚れていました。豪快で、スカッと抜ける感じです後者は、役作り如何によっては、恋に破れ、気がつけば年を取ってしまった、年増女の踊りにもなりそうな、妖艶さと激しさと悲しさがありました。闘牛士のケープも綺麗だったけど、この娘のスカートも綺麗。このバレエは、衣装のスカートなんかも含めて、小道具が多彩で楽しいです(ダンサーの方々は、それで随分ご苦労なさっているようですが)。エスパーダとメルセデスの、フラメンコ風のデュエットも素敵でした。迫力があって、色っぽくて。

 ドン・キホーテの夢の場面で一番印象的だったのは、ドゥルシネア姫でもドリアードの女王でもなく、キューピッドたち。小さなキューピッドを踊っていた子供たちも、当然体のキレとか脚の伸びではプロのダンサーの方々に叶う筈も無いんですが、溌剌としていて可愛かったです。そしてキューピッド役の高村順子さんは、天真爛漫、軽やかでユニセックスな、性別未分化の可愛らしさ。キューピッドという役にぴったりでした。

 狂言自殺の場面――これは、期待ほどでも無かったかな〜という感じもするんですが、まあ無難に納まってはいたでしょう。何だか私、折角のドン・キホーテなのに、コメディ系のキャラクターたちへの印象が薄くって。ここは彼らの見せ場でもあると思うんですけどね…

 察するに、原因はその直後に一番豪華な踊りが来るからです。演出としては、以前ビデオで観たバリシニコフ版の方が好きですが、別にワシーリエフ版が悪いということではありません。ガマーシュやサンチョ・パンサのコミカルな踊り、キューピッドの元気一杯な踊り、相変わらず色っぽくてかっこいいエスパーダとメルセデス…とにかく見所のつるべ打ちですが、とどめに来るのがキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥ。キトリの斎藤友佳里さんは、最初に観た時、その妖精そのもののような軽さに驚いて「こんなに軽くてキトリが出来るのか?!」と思ったんですが、心配する事も無く、その軽やかさには、しっかりした生命力が宿って輝いていました。安定感があって、このバレエの中では一番安心して観ていられたダンサーです。バジルの高岸直樹さんは、それまでの「お兄ちゃん」ではなく、花婿の落ち着きと余裕を醸し出していました。そして、とにかく踊る踊る!技術の見せ付けあいという感じですね。二人とも、止めようったって止まらないくらいの勢いがあって、次々繰り出される技が豪快、「もっとやれー!」なんて無責任な掛け声をかけたくなるくらい小気味良くて爽快。回転、ジャンプ、リフト、これでもかと見せ場がおてんこ盛りになっている、息をつく暇も無い振り付けで、多分物凄くハードなことをしているんだろうに、誰もがとても楽しそうで、幸せそうで、生きる力に溢れている――それは全幕通してそうなんですが、このパ・ド・ドゥが最高潮、このバレエの精髄なのかなと思います。

 が、しかし。すべてが終わって、私は改めて、ボリショイの凄まじさを思い知りました。素晴らしかったです東京バレエ団。あのボリショイの「眠れる森の美女」で、斎藤さんにリラの精を踊っていただいても、高岸さんや首藤さんに青い鳥を踊っていただいても、絶対に見劣りはしないと思う。でも、あの中には誰も、ニーナさんやウヴァーロフのように、出の一瞬だけで劇場全体を支配できるダンサーは居なかったんです。高岸さん首藤さんでは、パートナーを格別綺麗にすることは出来ない。ほかのことはともかく、サポートの技術と全体の安定感(リフトの足元、回転軸、あとは、何百回やっても狂わないんだろうな、という端正さ。でも端正さに関しては、バジルと王子では要求されるレベルがまったく違うだろうな、ということはありますが)。斎藤さん井脇さんとニーナさんでは、輝きの大きさ、強靭さの桁が違う。誰もが、決して悪くは無い、日本人として嬉しくなる位のレベルで踊ってくださったんですが、一度贅沢の味を覚えると、なかなかランクを落とせないものですね(苦笑)。ちょっと観る順番を間違えたかなぁ、と思わなくも無いです。

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