オペラ座の全幕を観るのはこれが初めてでした。でも、この演目で良かったなと思う。何を以ってして「オペラ座らしい」と言うかはよくわかりませんが、私にとって親しいものである「ロシア・クラシック」とは明確に違う何かが、確かに存在していた演目のような気がするんです。

 凄く乱暴に言い切ってしまうなら、ロシア・クラシックというのは「歩」の駒が「歩」であることを最大限に認識して、最高の形で生きている様式だと思うんですよね。コール・ドの圧倒的な統一感の美と、対照的な主役の輝かしさはそこから生まれるんじゃないかと。逆に、この舞台でのダンサーたちの中に、一人も「歩」は居なかった。必要に応じて飛車角くらいにはなれるダンサーばかり。そして、その中に、抜きん出たエトワールである筈のルグリまでが、容易に混じって、一糸乱れぬアンサンブルを織り成すという。

 そう、何に驚いたって、単体で観ると相変わらず存在感の桁(というか、存在そのものが持つ含蓄の量)が図抜けているルグリというダンサーが、普通にアンサンブルに入っている!というのが凄い衝撃だったんです。そのアンサンブルがまた美しいし。綺麗な動きを綺麗に整えて見せるだけなら、今時凡庸な振付家でも出来ることなんだけど、雑多な動き(端的に言って椅子取りゲームとか)をわざとらしくなく、でも何故か観易く構成するのは、中々大変なこと。それが出来るプレルジョカージュって、とりあえず演出とか空間の使い方という一点だけでも、只者じゃないんだな、と。

 全体的に語り口の軽やかな作品だと思う。抵抗しながら恋に落ちていって引き返せなくなる男女というテーマは、古今東西どこにでもありそうだし。主役カップルを取り巻く群衆は、時には多角的に、時には全員で同じことを語っていたりするけど、ひとつひとつは類型的なことなんですよね。女性の方が一枚上手で、結局は男の方が捨てられちゃったりとか。女性側からかけるアプローチの巧妙さであったり、でも実は遊びってところとか、男性陣の可愛らしいドタバタ加減とか。ある意味、全部ステレオタイプなんだけど、くどいとか嫌らしい感じは無い。ところどころにクスリと笑える感覚や、どこかで見たような気がする感覚を散りばめながら、あとは主役カップルの盛り上がりに任せるという。

 もうひとつ、とても効果的だと思ったのは、庭師、ではなくて音楽が途切れること。あの瞬間の緊張感とか、そこに凝縮される空気の、異常な濃さとか。それと、この振付に、これまた以上にハマってしまう、モーツァルトの音楽のコントラストとか。

 モーツァルトの音楽って言うのは、ある意味イージーリスニング的で、どれだけ流れてきても流せるんですよ。ああ聞こえるなって。基本的にすべてメロディラインが綺麗だし、古雅な感じで安心感があって。その音楽が、ダンスに寄り添うことによって、ある瞬間にはとても艶めかしく聞こえる。あるいはひそやかに。そうでない時にはスリリングにも。でも、あくまでも流れてゆく。

 その流れをふいに断ち切られると――今まで流れていたものが、突如くっきりと浮かび上がってくる。その、ある種の残酷さというか、あざとさというか、何かが、とても快感でしたね。それが繰り返された末に、途方も無く濃い「失神」のシーンがやってくるし。つまりは舞台全体の語り口と、主役カップルの盛り上がりがどこかで一致していたという。

 音楽が止まった瞬間、高確率でそこに居るのは、4人の庭師なわけですが、こいつらの持ち味は、何とも言い難い(苦笑) 緊張感も確かにあるんだけど、思いっきりギャグなフキダシを突然書き入れても絶対に似合ってしまうし。以前に映像で観た初演のゲラン&イレール版ならいざ知らず、このキャスティングでは、彼らがすべてを操っている雰囲気も出ないしな…

 そう、主役カップル。というかルグリ。一言で言うとですね、「この極悪エロオヤジ!」っていう感じですね。いい意味で(苦笑) 何というか、イレールが恋をして少年に戻る大人の男だったなら、ルグリは徹頭徹尾、手練れでしたよ。遊びで始めた瞬間から、本気のどん底に落ちるまで、陰日向無く。いつも通りにエレガントで完璧なんだけど、それ以上にすることなすことが濃密。これに迫られて落ちなければ女じゃない、的な、完璧な色男だった。

 対するピュジョルは…この舞台のミソは彼女でした。小柄なダンサーですね。加えて、肉感的とは程遠い存在感。多分、スワニスダとかシンデレラがよく似合う。清潔で可愛らしいダンサー。なので、最初からかなり場違いな感じでした。いつまで経っても生硬で潔癖だし、この演目は「ハズレ」かなぁと、半分過ぎるまでは思っていました。どうせルグリとなら、オーレリーが凄かっただろうな、とか。

 が、このどう観ても生娘な女の子は、どうやらルグリが完璧に壊してしまったらしく、後半からが怖かったです。処女はキレると怖いというか、何するか分らないというか。本当に、「失神」のシーンが濃密でした。ドレスを剥ぎ取られて、自分の指で身体の線をなぞる動きとかは、もちろんゲランの方が凄かった。意図的にどう動けばいいかは、多分ピュジョルは全然分ってない。ただ本能のまま。身体の奥の熱さに従っているだけ。それほど怖いものって無いんですけれどもね。

 キャストが誰でも、アンサンブルだけ観ていてもそれなりに面白い演目であることは確かなのですが、まさか最後にこんなに怖いものが出てくるとは予想していなかったので、とても嬉しかった。特に、前半「ピュジョルはハズレかなぁ〜、まあいいや、『ル・パルク』だし、ルグリだし」とか言って終らせようとしていたので。

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