出来不出来とは別の問題で、過去最高に幸福なバレエだったと思います。いや難はたくさんありました。オケとかオケとかコール・ドとか。でもやっぱり、莫迦と詰られても痛いと言われてもブラインドだと冷たい視線をぶつけられても、幸せだったんだもの。

キャスト

キトリ:ニーナ・アナニアシヴィリ  バジル:アンドレイ・ウヴァーロフ  
ドン・キホーテ:ギオルギ・タカシヴィリ  サンチョ・パンサ:ベサリオン・シャチリシヴィリ  
ガマーシュ:エフゲニー・ゲラシメンコ  ロレンツォ:ユーリ・ソロキン  
キトリの友達:ニーノ・マハシヴィリ、ラナ・ムゲブシヴィリ  ルチア:ニーノ・オチアウーリ  エスパーダ:ワシル・アフメテリ メルセデス:マイヤ・イリュリーゼ  ボレロ:ヴェーラ・キカビーゼ、ダヴィド・ホザシヴィリ  
森の女王:ショレナ・ハインドラーワ  キューピッド:マリアム・アレクシーゼ  
グラン・パ:ショレナ・ハインドラーワ、ニーノ・ゴグア

 先に一通り突っ込んでおきますが、オケが最悪。舞台の上とタイミングが合わないことが何度もあって、観ていて気持ち悪かったです。というか管の音がよく割れていたし。あとコール・ドと主演の二人のテンションが全然違っていて、リハーサル不足かな、と思えるところが何箇所かありました。良いところもたくさんあったけど、全体的に大人しかったかも。

 ただ、プロダクションは良かったですね。ドン・キホーテの旅立ち部分は思い切って省略、レトロな感じのアニメで「こういう人が旅をしています」ということだけ知らせておく。それはそれで、いっそ潔い。それと、狂言自殺より先にジプシーの野営地や夢の場面が出るのですが、それによって物語の中からドン・キホーテが浮いてしまうことがなくなった。ちょっとした処理だけど上手いことやったなと思います。

 全体を通して言えたことは、すっかりヒロイン・バレエになっていたこと。ニーナ(とそのパートナーであるアンドレイ)がハイライトで、そこさえ輝いていれば万事OK。それに対する評価の是非はあるでしょうが、ニーナのファンである私には、嬉しいばっかりだったので問題無し。

 ニーナのキトリは、映像も含めて全幕は初めて。とっても優しいキトリですね。無駄に柔らかくは無いし、背中の反りとか、利かせるアクセントはばっちりなんですけど、全体の雰囲気が。例えば、ザハロワのキトリは、間違いなく、街一番の美人で、粋でお洒落な格好良いお姐さん。ステパネンコだったら、姉御肌の鉄火娘。ニーナの場合は、美人かどうかはともかく、気立ての良さでは町一番の、小町娘な感じがします。ガマーシュをあしらう様子にもそんなに意地の悪さが出ないし。

 そんなわけで、パートナーであるアンドレイの役作りも、一緒に優しくなりますね。きっとあの二人は、近所のお子様やお年寄りにも慕われ頼られる、世話好きなカップルなんでしょう。

 というか…今日ほど彼のダンサーとしての進化に感動したことは無い、と断言出来ます。そもそも私のバレエファン歴の最初には、01年にこの二人が踊った「眠り」の抜粋、「ドン・キ」のパ・ド・ドゥなどが、燦然とあるわけですよ。あの頃のアンドレイは、まだ多少は若くって、ニーナさんの横で尻尾を振っている大きな犬みたいに見えた(苦笑) 役を演じていても明確に「弟分」であることがわかりましたもの。でも今は、なんだか貫禄がついたというか、余裕が出たというか、バレリーナから半歩退いて「さあ何をしてもいいよ、全部受け止めるから」と言う姿の、さまになること!

 ええ、そうですとも、彼は素で(?)とっても幸せそうに踊っていました。具体的にベタベタするんじゃないけど、ここまで愛のあるキトリとバジルは初めて観るかも。ザハロワとやると、駆け引きっぽいところは本当に駆け引きで「あ、大変」と思いますが、ニーナとやると、にっこり笑いながらじゃれている感じ。目線が合うたびに笑いかけているような…なんともいえない幸せのオーラが出てましたね。何回か、バジルがキトリを抱き上げてクルクル回るシーンなんか、ハートが飛びかねない勢いだった。

 というか、この舞台には、「悪い人」が居なかったなと思います。ガマーシュの出番が多くて「憎めない」度が高かったし(もうちょっと小芝居が出来ると、いい感じに存在感が出るんでしょうけど)、ロレンツォにしても、最後はキトリたちの結婚式の準備に張り切ってくれたり、金に目がくらんだ印象が無い。娘が可愛い一心だったんだなぁ、とか、ひょっとしてキトリの両親もこんな結婚をしたのかしら、なんて思えました。

 主演の二人以外で目を引いたのは、この幕ではルチア。エスパーダが、やらしくなる寸前のマッチョな色気で、いかにも「らしい」感じな一方、ルチアは完璧に「いい女」。黒地にシックなピンクの飾りがつく衣装なんですが、基本のたたずまいが凛としてるのに、どことなく可愛くて、さりげなく色っぽくて、ナイフの踊りも軽やかで見せ付けがましくなくて。

 あ、あと、やっぱりグルジアの皆様は、スペイン風が似合いますね。ガタイのいい闘牛士のお兄さんたちは、並ぶと迫力がありました。

 ドン・キホーテも良かったですよ。立ち姿が針のように細くて、微妙な品と哀愁を感じるたたずまい。この人も、もうちょこっとだけ小芝居が出来ると面白かったかも。一方、サンチョ・パンサは今まで見てきた中では最高。コミカルな動きにもわざとらしさが無くて、本当に可愛かった。通常トランポリンでやる、空中に投げ飛ばされるシーンは、直に胴上げされていて怖そうでしたけど(苦笑)

 肝心の主役二人の踊りはといいますと、まずアンドレイは、引き続き絶好調。技術的に完璧なのはもちろん、調子に乗って色んな小芝居をかましてましたよ。キトリのお母さんと雑談してたり、ガマーシュの物まねしてたり。あ、あとこの日のタンバリンは史上最高に飛びましたね。危うく装置を飛び越すとこだった(笑)

 一方のニーナは、ハッキリ言いますが、純粋に技だけで観たら、明らかにザハロワには劣る。そしてキトリという役は、技が鋭いダンサーの方が映える。それは絶対にそうだと思います。ただ、彼女の踊りは、花が咲くように自然で、暖かくて、嫌味が無い。ふわっと広がって、舞台を明るくするんですよね。それが、そのまま演技面での特徴にもなり、舞台全体の彩りにもなった。そして、まだまだ技術的な難癖のつけ所も無いですよ!

 確かに多少コール・ドと合ってないところもありましたが、この二人は、舞台の文字通り中心として、本当に楽しそうに、幸せそうに踊って、同じものを客席にも振りまいていた。お馴染みの片手リフトのところでは、二回目で十歩以上、歩いてましたね。やり方を間違えると、演技の流れをぶった切りかねないものですが、この二人が、というかニーナがやると、客席が素直に沸きます。

 ジプシーの野営地と夢の場面は、まあこんなところかな。キューピッドが、今まで見た中で一番子供っぽさが無くて、妙に楚々としていたのは、きっとそういうダンサーなんでしょう。森の女王は長身で、ちょっと硬質な感じの踊り。ニーナ@ドゥルシネアは、気品と温かみのある、素敵なお姫様でした。この人に会えたから、ドン・キホーテはキトリとバジルを素直に応援してくれるんだなー、と。

 酒場のシーンでは、メルセデスが大人気。よくあそこまでやって倒れないな、という勢いで背中を反らして、妖艶に踊ってくれました。で、バジルはお酒は控えめにして、専らキトリと談笑したり、手拍子を打ったり。

で、この場面と言えば楽しみなのが狂言自殺での演出なんですが、この日は音を立てないようにナイフを置いてゆっくりと寝転がるパターン。その後は、手始めに泣いて縋ってくれたサンチョ・パンサを殴り飛ばし、キトリにキスして貰い、さり気なく「おさわり」。これ、彼がやるのは初めて観ましたね〜。

因みに、このヴァージョンでは結婚式は、とってつけたように貴族の館に行くのではなくて、バリシニコフ版と同じように、町の中。だからキューピッドとかも出ません。キトリとバジルは前の場面の最後でロレンツォとも和解するので、彼が張り切って準備をしてくれます。

肝心のパ・ド・ドゥはといいますと…すいません、また泣きました。舞台全体の完成度を言ったら、私の中では既に伝説と化している、03年フェスの全幕プロが、文句なしに優れていると思う。でも、主演の二人に対する満足度は、あの時に匹敵しました。幸福度だけで言ったら過去最高。だって、キトリとバジルがあんなに幸せそうだったんですもん。

あとは…ニーナのフェッテでダブルは初めて観ました。そのせいで(?)軸がすこしずれたのは残念でしたが、相変わらずあれは、回転と同時に光を振りまく、何か特別なものでした。バランスの部分も揺るがず綺麗だったし、ことさらゆっくり踊ったヴァリエーションのエシャペが、実に見ごたえがありました。

バジルですか?先月末の新国と寸分違わぬ、見事な出来栄えで、相変わらず惚れ惚れしてしまいます。よっ、いい男!

因みにこの日は、カーテンコールのサービスも凄くて、リフトで出てくることが二回(一回目がいわゆるドン・キ風の片手リフト、二回目が「春の水」とかでやる、脚を持って支えるタイプ)、最後から二回目は、真ん中にニーナの愛娘ヘレーネちゃんを挟んで、エセ「川の字」で。

後になってから気がつきましたが、ニーナの「ドン・キ」全幕なんて、日本ではもう、これで最後かもしれませんね。いや、多分、そうなんじゃないかな。全幕自体は来年のABTがありますが、アンドレイと全幕で踊る機会はあるだろうか、とか、つい色々と考えてしまいましたね〜。

それは確かに寂しいこと。でも、同時に仕方の無いこと。それよりも、最後になってもならなくても、今回の二演目を観られて、本当に本当に幸せだったなぁ…と思う気持ちの方が強いです。こうやって思えるのも、ニーナの人徳ですよね。

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