「あなたがそこに居て、踊っていてくれれば、私は幸せ」――すこし大袈裟な言い方を許していただけるなら、これが今回の感想です。ニーナとアンドレイ、二人の踊りには、私の心の琴線と同じ波長で振れて、とても優しい音を奏でる、何かがありました。

キャスト

オデット/オディール;ニーナ・アナニアシヴィリ  ジークフリード王子:アンドレイ・ウヴァーロフ  
芸術監督/ロットバルト:イラクリ・バフターゼ  王妃:テーオナ・チャルクヴィアーニ  
パ・ド・トロワ:ニーノ・マハシヴィリ、ラーナ・ムゲブリシヴィリ、ラシャ・ホザシヴィリ  
三羽の白鳥:アンナ・ムラデーリ、ニーノ・ゴグア、ショレナ・ハインドラーワ  
四羽の白鳥:マリアム・アレクシーゼ、テオーナ・アホバーゼ、ツィシア・チョロカシヴィリ、ニーノ・マグラーゼ  
スペインの踊り:マイヤ・イリュリーゼ、タマラ・チェリーゼ、ダヴィド・アナネーリ、ワシル・アフメテリ

 素晴らしい公演ではありましたが、唯一にして最大の難はプロダクション。前回のニーナのガラで披露されたファジェーチェフによる短縮版をきちんと全幕で作ったもので、全体も二幕構成。すべてはジークフリードを踊るプリンシパル・ダンサーの夢という体裁で、一幕は練習場での出来事、という格好です。

 これの何が問題かと言いますと、まず一幕でジークフリードの内面描写がなされないので、彼のキャラクターが曖昧になってしまうこと。道化が居なかったりして全体の華やかさにも欠けますし、そもそも全員が練習着なのに踊りだけクラシックなんて…とか。そもそも夢オチにしたからこの話にどんな意味が付加されるんでしょう?見当もつかないので、ここは是非一度、ファジェーチェフの意見を聞きたいところです。

 踊り事体は素晴らしかったです。トロワはまあこんなところだろう、という及第点が出来ていたし、ニーナとの共演だと、アンドレイは気合入りますもんね。彼のジークフリード、過去二度には満足出来なかった私ですが、今回は文句無し。三十歳前後の踊り盛りに比べれば、正直、ジャンプの高さは若干落ちたかな、という気がしますが、それでも決して低くは無いし、寧ろとてもよく制御されていて、前よりじっくりラインを味わえるようになった。素晴らしい貫禄と気品。流石は王子です。演技面でも、不完全なプロダクションなりに、自然で納得感のあるものでしたし。

 湖畔の場面、バフターゼのロットバルトは三年半前にも見ていますので、予想済みそして予想通り。コール・ドは、多少足音が勇ましい気もしますが、よく揃っていたので許容範囲内。後は、この一糸乱れぬ統制にプラスアルファをつけられると強いかな。

 いただけなかったのは三羽の白鳥で、一人一人は悪くないんだけど、特に真ん中のお嬢さんが、ちょっと暴走気味?綺麗に揃って見えませんでした。

 言うまでも無いことですが、この幕の要はニーナ。ハイライトはニーナ。最大の驚きはニーナ。ある意味、彼女が居れば何も要らなかったかもしれない。

 彼女の場合は、根拠の無い絶対の安心感があって、「衰えていたら」という不安は、アンドレイの復帰の時の半分も無かったんです。でも、やはりいざそこに、三年半前と寸分違わぬ美しい白鳥が現れた時の感動は、言い難いものがありました。だって、その三年半のうち二年近く、彼女は舞台から遠ざかっていて、出産もし、バレリーナにとっては非常に重い、四十代の年齢を重ねている。

 それでも、間違いない、彼女は「白鳥」。当代一の誉れ高い、ロパートキナやザハロワにも決して劣らぬ精度で。多分、私の知らない全盛期の彼女を知っている方には「昔はもっとあれもこれも出来た」というような意見もあるかと思います。本当に技術的に、見劣りするところはあるんでしょう。でも、それでも彼女の描き出すラインは、白鳥そのもの。可憐で気高く潔癖で、悲劇を孕んだ白い羽。不思議なことですけど、私はニーナの白鳥にこそ、バッドエンドの結末が似合う気がするんです。

 前の時にも感じましたが、彼女は「飛び立つ力はあるのに、こんなに飛び立ちたいのに、呪いで羽を縫いつけられた白鳥」なんですよね。確かに、死にそうには見えない。でも、死にそうなものが飛べないより、心から生きたいと思っているものが飛び立てない方が、強烈なコントラストを描き出せるのは自明のことで。

 肝心のアダージョは、非の打ち所無く完璧で、ニーナとアンドレイのパートナーシップの凄さを痛感しました。ザハロワとも確かにいいんだけど、これは別格。技術的に云々ではなくて、雰囲気がとてもとても優しくて柔らかくて、溜め息をついて引き込まれたい勢いです。

 でも、実は私が一番好きなのは、踊りがひとしきり終わった夜明け前、オデットとジークフリードの別れのシーン。オデットの前に跪き、全身全霊の包容力を捧げて両腕を広げるジークフリードと、成就しない愛の予感に打ち震えながら、その上に翼を広げるオデットのシーン。ここに、その舞台での二人の関係性が描き出されるような気がするんです。

 この二人の場合は――決して子供ではない、誠実な想いで彼女を受け止めようとするジークフリードと、悲劇的な終りを知っていて、まるでジークフリードが近い将来に負う傷まで包み込もうとするかのような、慈愛に満ちたオデットでした。

 二幕、宮殿の舞踏会。グルジア人は日本人の目から見るとエキゾチックな容貌だからか、民族舞踊が似合いますね。出色だったのはスペイン。オディールの入場と同時に現れた彼らは、どうやら悪魔の手先という設定のよう。入場からのスリリングな勢いが続いていて、切れとハリのある、とても迫力のあるスペインでした。

 ただねぇ…極論すると、この舞台の感想はそれで終わっちゃうんですけど、ニーナとアンドレイがあまりに素晴らしすぎて、何か書こうとするとどうしてもそっちに比率が行ってしまう。私、「黒鳥」で泣きました。ただもう、そこに二人が居て、素晴らしい踊りを見せてくれることが嬉しくて、ありがたくて。アンドレイのヴァリエーションはガラを含めて今まで観てきた中で最も完璧だったし、ニーナのフェッテは、回転技以上の何かでした。軸がぶれないだけなら、もっと凄い演技が、確実に過去にありました。でも、観ていて身震いがしたし、客席の空気が高揚していくのが、皮膚感覚で分かった。それはとても、とても特別な体験です。

 それから、ニーナのオディールについて思うこと――彼女は、ジークフリードの「欲」を映す鏡なんですね。見つめる視線が一際印象的ですが、誘うんではなくて問いかける。「貴方は私をどうしたいの?」と。そうすると、それがオデットか否かに関わらず、ジークフリードは答えてしまう。彼も男だし、オデットはそういう意味では彼に何もさせてくれないわけでしょ。そこが「篭絡」のポイント。悲劇の伏線としても面白いし、物語として興味深いと思う。

 そしてラストのシーンは…やっぱりこの音楽には、そしてここまで続いてきた演技の流れでは、バッドエンドがいいですね。そしてこのプロダクションには納得いかないけれど、このシーンのコール・ドの使い方は見事でした。ジークフリードの視界を閉ざす、白鳥の姿の悪夢。とても美しかったし、バッドエンドに相応しい不吉さがありました。

 動きだけなら、ラストも綺麗です。ただ…この夢を経たことで、あのプリンシパル・ダンサーに何があるんですかね?ジークフリードを踊ろうとした男が夢の中で本当にジークフリードになって、白鳥を取り逃がしてしまう意味とは?結局、最後まで観ても分からなかった。

 でも、全体を通して勿体無いくらい幸せな公演だったことは確かです。私がかつて観てきた中で、「別格」だと思うバレエダンサーは三人。ルグリ、ギエム、そしてニーナ。その中で唯一ニーナだけが、心の中に「幸福」を呼び覚ます力を持っているんです。私にとってはね。

 ニーナとアンドレイ――色んなジャンルの色んな人に惚れこんでいる私ですが、こういうやり方、こんな幸福感で心に触れる芸術家は、ほかには居ないなぁ――なかなか終わらない、終わらせたくないカーテンコールをしながら、しみじみと思いました。

お帰りニーナ、お帰りアンドレイ、心から。そしてどうか、一日でも長く踊り続けてね。アンドレイ、ニーナより先に辞めちゃ駄目だからね(苦笑)

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