「私とバレエ」の原点に、燦然と輝いているのは、間違いなくボリショイの、前回来日公演(01年)。その劇場と再会できた喜びは、やはりとても大きかったな、というのが一番の感想。そして、大きくて良かったな、と心の底から思います。アンドレイが降板した時は、かなり本気で二公演のうち片方は、知人にでも譲ろうかと思ったのですが。

 

53日・キャスト

ニキヤ:スヴェトラーナ・ザハロワ  ソロル:ニコライ・ツィスカリーゼ

ガムザッティ:マリア・アレクサンドロワ  大僧正:アンドレイ・スィトニコフ

ラジャ(ドゥグマンタ):アレクセイ・ロパレーヴィチ

マグダヴェーヤ:ヤン・ゴドフスキー  トロラグワ:ヴィタリー・ミハイロフ

奴隷:キリル・ニキーチン  アイヤ:エフゲニア・ヴォロチコワ

ジャンペ:

ペ・ジュユン、スヴェトラーナ・グニェドワ、スヴェトラーナ・パヴロワ、

アナスタシア・スタシケーヴィチ、アナスタシア・クルコワ、ユリア・ルンキナ

パ・ダクシオン:

ユリア・グレベンシュチュコワ、オリガ・ステブレツォワ、ネリ・コバヒゼ、

ヴィクトリア・オシポワ、パヴェル・ドミトリチェンコ、エゴール・クロムシン

太鼓の踊り:

アナスタシア・ヤツェンコ、ヴィタリー・ビクティミロフ、デニス・メドヴェージェフ

黄金の仏像:岩田守弘  マヌー:アンナ・レベツカヤ

第一ヴァリエーション:エカテリーナ・クリサノワ

第二ヴァリエーション:ナタリア・オシポワ

第三ヴァリエーション:アンナ・ニクリナ

 

 今回の公演の最大の発見は、ツィスカリーゼ。そう断言して間違いないでしょう。前評判はたくさん聞いていましたし、ある程度予想もしていたんですが、素晴らしく鮮烈な印象を伴なってのご登場でした。

 正直に言うと、第一幕では、私自身の集中力が今ひとつだったり、大僧正の演技を以前ビデオで観たダウエルと引き比べたりしていたので、彼が出てくるまで、なかなか目の前の舞台に没頭出来なかったんです(でもこの大僧正の演技はステレオタイプ以外のものではなかったと思うけど)。

 でも彼によって、強制的に「連れて行かれた」。ディアナ・ヴィシニョーワを初めて観た時を思い出しました。しなやかで美しく、鮮やかで、華々しい。別に女性的というわけではありませんが、ラインが柔らかくて、膝から下のラインがことのほか綺麗ですね。視線はそのまま彼に釘付けとなり、一気に集中できました。

 彼のソロルは、若くて力があるが故に、傲慢になっている部分がある。でも、その不遜さも含めて魅力的、というイメージでしょうか。自信に満ちていて、悪いこと(神殿の舞姫との密通)をしている自覚も無さそう。らしいと言えば、らしい。

 一方、ザハロワ姫のニキヤは…私にはピンとこなかった。とても嬉しそうに踊るんですよ。神聖な舞姫というよりは、恋に生きる少女のようで、私がイメージするニキヤとは違った。近寄り難さが無いなぁ、と。もちろん踊り自体に破綻はある筈も無いんですが。あ、でもやはり彼女は、アンドレイとの方が楽そうに踊ってます。

 ザハロワが美しいなと思えたのは、やはりこの後、ガムザッティの前で踊るシーンでしょうね。邪念が無い踊りというか、演技しなくていい場面だから、趣味好みに関係なく、純粋に美しい。この場面は、その前のジャンペも素晴らしかったです。そうそう、コール・ドの醍醐味はこれだよね、という一糸乱れぬ統制と迫力で。

 でも、この場面の女王は、いうまでも無く、アレクサンドロワのガムザッティ。そう、彼女は、エリザベート・プラテルのような「恋する乙女」でもなければ、ダーシー・バッセルが演じた「燦然と輝く悪女」でもない。「女王になる女」なんです。堂々として揺ぎ無く、自信に溢れている。アレクサンドロワ本人が、勢いに乗っている旬のバレリーナである、という輝きがあって、そのオーラが絶妙にガムザッティと合った。自己主張のある、強靭な踊りもいい感じでした。

 ただ、敢えて難を上げるなら、ニキヤとの対決は弱かったかな。私自身の受け止め方、という問題かもしれませんが、ザハロワのニキヤ像が浮かび上がってこなかった。彼女は何を悲しみ、苦しんで、何で刃を振り上げたのか。ガムザッティが揺ぎ無く強いからこそ、それがはっきり見えると素晴らしかったんだろうな、と思いました。

 と、一幕はぶつぶつ贅沢を言いながら観ていたんですが、二幕になったらそれも吹っ飛びました。冒頭から、ありとあらゆるものに期待して、何も裏切らなかった。

 この幕は、重厚で豪華な、いわゆる「ボリショイらしい」踊りがたくさんあって、飽きませんでした。一幕後半から登場する黒人の子役さんは、日本人の顔に見えましたが、東京バレエ学校の生徒さんでしょうか。可愛かったですね〜!踊りもよく揃っていて、楽しそうだったし、大人たちの横に置いても「ニセモノ」感は無かった。

太鼓の踊りは「来た!出た!これだ!」という感じで血が騒ぎましたし。ボリショイといえば、体格の良いお兄さんたちの、躍動感溢れる踊り。これが無いと嘘ですよね。紅一点のアンドリエンコが、二人の男性を巻き込んで鞘当をしているような雰囲気も楽しかったです。あと、この中に入っていたヴィクティミロフ君。まだ若いんですよね。良い踊りだったと思うので、頑張ってください。

黄金の仏像を踊られた岩田さんは、過不足無く、これが仏像、という踊り。ダイナミックだけど、ハメを外して暴れることは無い。押さえるとこ押さえてて渋いなぁ…と思いました。流石、ベテラン。

パ・ダクシオンはとても華やかで、真ん中にツィスカリーゼとアレクサンドロワというド派手なカップルを配置しても褪せない。女性陣は文句なし、男性は、下手側の髪の色が薄い方の子、もうちょっと頑張りましょう。

アレクサンドロワは、本当に「揺ぎ無い」という言葉がぴったり。跳んでも回っても真ん中にドンと構えていて、女王然としている。彼女はきっと、ソロルが居なくても立派にラジャの後継者になって、王国に君臨するんだろうなぁ…ニキヤさんは逆らうだけ無謀でした、というか。イタリアン・フェッテがお見事でした。

ツィスカリーゼは…以前、ダンスマガジンの「踊る男たち」で、彼とアンドレイを一緒に掲載したことがありましたよね。あの意味が、やっと分った。記事にもあった通り、アンドレイは純白、ツィスカリーゼは極彩色。二人とも、同じようにロシア・クラシックの粋を凝らした踊りをしているのに、受ける印象、色彩感がまったく違う。花ならば、アンドレイはカサブランカかな。既にそこに咲いていて、咲き続ける普遍の花。ツィスカリーゼはきっと、グルジアの薔薇です。鮮やかな真紅が、目の前で咲き乱れる感じ。「今そこで何かが起こっている」というライヴ感が素晴らしくて、背筋がゾクゾクした。強烈な個性、という言葉は安っぽいけど、目の前で見ると眩暈がするほど鮮烈でした。

それから、面目躍如とも言える踊りを見せてくれたのが、ザハロワ。やはりワガノワ育ちのラインは完璧で、出の一瞬だけで納得させてくれるんです。ただ、唯一惜しむらくは、座席の位置。上手側のサイドだったので、ツィスカリーゼとアレクサンドロワの様子がまったく見えなかったんですね。特にツィスカリーゼは、一幕で物凄く嫌々、ガムザッティをエスコートしていたのに、この幕になったら突如、元気だから。でも振付上、「嫌々」を完遂するのは難しいでしょうね。いよいよニキヤが死んでしまった時の嘆きっぷりは見事でしたが、どうしても感情の流れがクリアでない気が…

三幕。「ジゼル」も「白鳥」も観てきたけど、私は今まで、本物の「バレエ・ブラン」を観たこと無かったんだなぁ…としみじみ思いました。本題に戻りますが、32人の影がゆっくりと出てくる場面、本当に一糸の乱れも無く、素直に「霊界に流れる永遠の時間」というものを信じられた。単調な筈なのに味わい深く、もはや神々しかったです。途中、上手側最前列のお嬢さんが一人、バランスを崩してましたが、それさえ気にならない。

ヴァリエーションの三人は、まだ若いんですよね。この日、目を引いたのは、第一ヴァリエーションのクリサノワ。まだこれが個性ですよ、というところまでは踊ってないでしょうし、振付で得をしたかもしれないけど、小さいお花が咲いたようで、愛らしくも華やかでした。

でも、特筆すべきはザハロワ。冷たく神々しく、触れることさえ憚られる清浄さ。どろどろした感情のすべてを削ぎ落として、彼女が身につけた踊りの一番美しいところを、純化して形にすると、こんな踊りになるのかなぁ…という感じです。ニキヤはとっくにこの世から居なくなってしまい、もう想いを伝えることさえ出来ない。ツィスカリーゼのソロルは間違いなく、彼女を一番に愛していたでしょうから、哀切ですね…

そしてフィナーレ。幻が消え、寺院が崩壊して、ソロルが独り、滅びる。グリゴローヴィチ版の振付には、ちょっと表現が直裁すぎる部分もあり、「ちょっとなぁ」と思ってきた部分もあったんですが(特に大僧正の描写が)、この終り方は好きです。「影の王国」で完結されると、尻切れトンボになる。幕を替えて寺院崩壊まで丹念に描くと、ドラマの焦点がぼやける。誰を救済するかで、解釈も分かれますしね。ツィスカリーゼの演技の感じだと、このソロルはニキヤの魂に導かれて天に昇ったんじゃないでしょうか。

 

54日・キャスト

ニキヤ:ナジェージダ・グラチョーワ  ソロル:ウラジミール・ネポロージニー

ガムザッティ:マリア・アレクサンドロワ  大僧正:アンドレイ・スィトニコフ

ラジャ(ドゥグマンタ):アレクセイ・ロパレーヴィチ

マグダヴェーヤ:ヤン・ゴドフスキー  トロラグワ:ヴィタリー・ミハイロフ

奴隷:キリル・ニキーチン  アイヤ:エフゲニア・ヴォロチコワ

ジャンペ:

ペ・ジュユン、スヴェトラーナ・グニェドワ、スヴェトラーナ・パヴロワ、

アナスタシア・スタシケーヴィチ、アナスタシア・クルコワ、ユリア・ルンキナ

パ・ダクシオン:

ユリア・グレベンシュチュコワ、オリガ・ステブレツォワ、ネリ・コバヒゼ、

ヴィクトリア・オシポワ、パヴェル・ドミトリチェンコ、エゴール・クロムシン

太鼓の踊り:

アナスタシア・ヤツェンコ、ヴィタリー・ビクティミロフ、アンドレイ・ボロティン

黄金の仏像:岩田守弘  マヌー:アンナ・レベツカヤ

第一ヴァリエーション:エカテリーナ・クリサノワ

第二ヴァリエーション:ナタリア・オシポワ

第三ヴァリエーション:アンナ・ニクリナ

 

 今回の公演の最大の収穫は、グラチョーワ。これも間違いないですね。彼女の演技は、全幕ではアンドレイとの「ジゼル」、部分ではアンドレイとの「眠れる森の美女」パ・ド・ドゥ、ヴェトロフとの「影の王国」を観てましたので、素晴らしいダンサーなのは分っていました。当世風ではないけど、古式ゆかしい美しいラインのバレリーナだと。でも、実際生の彼女に接すると、それどころの騒ぎじゃなかった。テクニックでもない、ラインでもない、存在自体に含蓄と説得力があって、オーラも含めた全身全霊で役を語れる、「バレリーナの魂」みたいなものを持ったダンサーなんだ、と思います。

 彼女のニキヤは、たおやかで一見儚げで、最初から内側に悲劇性を秘めていたように思います。手折れないしなやかさも、もちろんあるんだけど、それよりも健気で、気高い。自分が罪を犯していることを知っているし、それでもこの愛に殉じるんだ、という覚悟があって、真っ直ぐにソロルを見つめる。決して単純ではないそれらの感情が、ゆったりと、たおやかに伸びる全身のラインの内側に、余すところ無く表現されているんですよね〜。グラチョーワは前回来日時のインタビューで「美味しく見せることが大事」という発言をしていましたが、彼女の踊りはまさしくそれ。全体的にゆったりしていて、超絶技巧で目を奪うことはしないけれど、それよりもっと大切なことを踊っている。

 ネポロージニーのソロルは、過不足無く、端正な貴公子。弱々しくも無いし、舞台マナーも丁寧で、合格、以上!という感じでしょうか。当日の昼間、冗談で「今日の公演がつまらなかったら、全部彼のせいだから〜」と言っていましたが、別にそんなことも無く、幸いでした。ここにアンドレイが居たら…とは繰り返し考え、記憶にある姿を舞台上に投影したり、無駄なことをいっぱいしましたが、本当はそんなこと必要ない、上等の踊りをしてくれていたと思います。因みに彼のソロルは、ちょっと優柔不断な感じで、状況に流されるままにニキヤを裏切り、破滅してしまう…というイメージでした。

 ところでこの日は、座席が一気に前に来て、一回三列目のほぼ真ん中。隊列を見るにはちょっと近すぎましたが、一人一人の表情を追いかけることが出来たのは幸いで、前日あまり興味を惹かれなかった大僧正の演技も、細かく注意を払うと流石だな、と感じました。私の集中力のせいなのか、それとも直前に来日したというダンサー陣の体調なのか知りませんが、全体的にこの日の方が、みんな良い動きをしていたように感じました。

 昨日と違って目を引いたのは、パ・ダクシオンのコバヒゼと、影の王国第二ヴァリエーションのオシポワ。コバヒゼは、楚々とした風情の美貌で、同郷のツィスカリーゼと同じく、膝から下のラインがとても綺麗でした。繊細な持ち味の、素敵なダンサーになるんじゃないでしょうか。一方オシポワは、既にキトリデビューを果たしているそうですが、きっと豪華で力強い踊りをする、いわゆる「ボリショイらしい」バレリーナに成長してくれるんじゃないかと思います。

 でも、私が舞台に集中できた一番の理由は、何と言ってもグラチョーワ。彼女の動きの意味を、何一つ逃すまいと必死でした。

 前述したように、彼女のニキヤは、最初からどこかに悲劇を秘めているように見えました。だから、ガムザッティから婚約の事実を告げられた時も、驚き慌てるというよりも、とうとう来てしまった日を、痛みを持って受け止めているように見えました。だけど、愛された誇り、女性としてのプライドを売り渡す気は無い。それを蔑ろにされた怒りから、刃を振り上げてしまう、という流れが、スムーズに頭と心に収まりました。

 そして圧巻だったのは、二幕の花籠の踊り。深い悲しみを秘めて、じっくり踊り始めるのは誰しも同じなんですが、彼女の真骨頂は、音楽のテンポが上がった後。現実の痛みを忘れて音楽にさらわれたい、自分は舞姫だから踊らなければならない、でも悲しみに身体を引きずられてしまう…この音楽に、こんなステップの合わせ方があったんですね。目から鱗がバラバラ落ち、思わず彼女に頭を下げたい気分になりました。

 「影の王国」は既に一度、映像では観ていますが、やはり十年以上前の収録ですので、その後の彼女の成熟が反映され、数段素晴らしいものになっていました。高貴で清浄で、既にこの世ならぬものになってしまった、冷たい影には違いありません。でも、彼女の影にはどこか、「想い」の名残を感じます。完全に冷たくなり切っているのに、心だけは死に絶えていない、というニュアンスでしょうか。またこの場面は、前日のザハロワの、近寄りがたいほど完璧なテクニックが記憶に新しいところでしたが、彼女の踊りですべて吹っ飛びました。長いバランスを披露するのは珍しいことだそうですが、一片の見せつけがましさもなく、それこそ愛に殉じたニキヤの想いがそこに凝縮されているような――あるいは、役にすべてを捧げるグラチョーワの「バレリーナの魂」がそこにあるような――そんなバランスでした。

 「古式ゆかしい」という言葉は、私も以前からこのサイトで使っていたし、今回のパンフレットにも載っていた、グラチョーワを形容するための、使いやすい言葉。確かに彼女は、決して当世風の長身でもなく、人形のような完璧な造形はしていない。これ見よがしの強靭なテクニックも無いし、踊りのテンポもゆったりしたものです。でも、今時の若いバレリーナが、テクニック以上に強く打ち出すことが出来ないもの――役柄の意味、ラインの味わいを、誰よりも丁寧に、緻密に描き出す。その踊りに込められた情報量に圧倒され、含蓄の深さに感じ入りました。でもすべてが、技と切り離された「演技」ではなく、「踊る」ことによって語られる、そのことの偉大さにも。

 今回彼女には、心の底からお礼を言いたいと思います。観られて本当に良かったし、アンドレイが居ないという、個人的に非常に痛い事実を忘れることが出来ました。何よりもバレエファンとしての至福をいただいてしまった。幸福な舞台でした。

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