ちょっとした気の迷いで、衝動買いしたチケットでした(正直言って、片道交通費の方が高かった)。いくら通いなれて、友達も大勢居る東京に行くったって、何考えてるんだ自分、などと、買う前も買った後も、相当考え込みました。でも良かった。これは疑いもなく、私が今まで観てきた中では、決定版になる「ジゼル」です。

キャスト

ジゼル:佐久間奈緒  アルブレヒト:ロバート・テューズリー  ミルタ:厚木彩

ヒラリオン:新村純一  ベルタ:周防サユル  バチルド:小山恵美

ウィルフリード:東秀昭  パ・ド・シス:白椛祐子、福島昌美、林ゆりえ、福原大介、新田知洋、橋口晋策  ドゥ・ウィリ:福島昌美、小池知子

 今回のチケットを買った最初の動機は、ロバート主演の全幕が見たかったから。もうひとつは、ピーター・ライトの演出に興味があったからです。「ジゼル」は生が二回目、映像は三本観ていますが、まだ「これ」というものにも出会っていませんでしたし。

 ライトの演出は、演劇的な辻褄を合わせるのが上手い、とは聞いていました。確かに、すべてが自然で、丹念。わざとらしいことが何も無く、お伽話の世界であるにも関わらず、ちゃんと理が通る。例えばヒラリオンがアルブレヒトを疑うには、通りがかりに彼とウィルフリードのやり取りを聞いてしまう、という前フリがあり、小屋の中から見つけた剣の紋章が、バチルドの角笛と一致している、という決定打が加わる。この過程のさりげなさには息を呑みました。そのほかにも、ジゼルの身体が弱いことや何や、アルブレヒトが余所者であることなど、ちょっとした描写方法なのに、凄く活きていて、説得力がありました。

 でも、そんな演出を最大限に活かしていたのは、ほかでもない、出演者の面々です。まずロバートは、前半ではいかにも物慣れたプレイボーイ風。ただ、フィクションに出てくるプレイボーイには大まかに分けて二種類ありまして、片方は本当にただ遊んでいるだけの、女性蔑視タイプ。もう片方は、その時、目の前の女性に対してはすべて本気な、いわば博愛主義のタイプ。ロバートは明らかに後者でした。軽い雰囲気で、物腰はいかにも遊び慣れているけれど、私が観てきたアルブレヒト(アンドレイ、マトヴィ、ヌレエフ)の中で一番、真っ直ぐな想いをジゼルに対して持っていた感じがします。それと彼は、下々の者とは出自が違うんだよ、というところを強調するのではなく、育ちは良いけど普通のお兄ちゃんなんだよ、という役作りでしたね。ウィルフリードとの関係も、お坊ちゃまとお目付け、という感じで。

 一方のジゼルを演じた佐久間奈緒さんは、とてもジゼルらしいジゼル。明るい瞳と無垢な踊り、夢見がちで恋に恋しているけれど、生身の男性への恐怖感も持っている、未発達な少女。そして、確かにこの子なら、恋に破れたら死んでしまうかもしれない、という多感で繊細な部分も持っているんです。踊り疲れて息を切らせるなど、病弱さを示す描写もごく自然でした。

 そんな二人のやり取りは、とても甘くて愛らしくて、結末を知って観ていると、胸が痛くなるようでした。ジゼルを呼び出しておいて、物陰から投げキッスを飛ばすアルブレヒト、抱きとめようとしても風のように走り抜けてしまうジゼル。二人ともに天衣無縫で、あまりにも考え無しな、愛しい恋人たちです。

 個人的に「ジゼル」の中でとても好きなのは、アルブレヒトが物陰から出てきて、初めてジゼルと向かい合うシーン。間近に感じる生身の男性の息遣い、体温、存在感に恐れを抱きながらも、恋人から目を離せないジゼル。そんな彼女に内心「やれやれ」なんて思いながらも、そんなところまで可愛くて仕方ないアルブレヒト。至近距離でつながれた眼差しの間に、物凄く濃密な空気が漂う。その空気感が大好きなんですね。このカップルの場合は、強烈に甘くて気恥ずかしくなるくらいでしたが。

 踊りに関して言いますと、二人ともイギリスのダンサーなので、ロシア・クラシック風の派手さ、華やかさはありません。地味で堅実、端正至極なロイヤル・スタイルですが、二人ともきっちり同じメソッドで育っているせいか、並んで同じ動作をした時の、調和の感覚が素晴らしくて、良いパートナーだと感じました。あと本当にびっくりしたのが、コール・ドの調和。少人数編成ながらも、これが日本のバレエ団かと思うくらい、全体の統制が取れていて、乱れが無い。そこに居る全員が、ライトの演出意図を理解し、咀嚼して血肉にし、踊っている感覚がありました。それって本当に素晴らしいことですよね!

 一幕でほかに印象的だったことと言えば、ベルタの描写でしょうか。女手ばかりの家だから、ヒラリオンをとても頼りにしている様子とか、余所者で優男のアルブレヒトへのこれ見よがしな敵意とか、踊ってばかりの娘を厳しくたしなめる労働者意識とか…この役にこんな深い演じ方があったんだな、と。それはバチルドも同じことで、高貴に生まれたから、自然な属性として高飛車で気まぐれで、農民のことなんか人とも思っていない。でも同時に悪意もこれっぽっちも無い。考えて見れば彼女はそういう女性に間違い無いんだけど、これまで観てきた中で、そうであることをはっきり演じていたダンサーは居なかったなぁ、と感じました。

 ある意味では、その分割を食ってしまったのがヒラリオン。多少粗野だけど実直で、一途な横恋慕男、というのは、お決まりの役作りでしょう。過不足無く、良く出来ていたのに、ベルタやバチルドといった、普段目立たない面々が凄いので、相対的に埋もれてしまった感がありました。

 一幕で圧巻だったのは、言うまでも無く、狂乱の場。長い黒髪が一瞬にしてほどけた時には、ジゼルの心は既に壊れ果てていて、空虚な双眸に背筋が寒くなりました。夢の残像をなぞる姿がいかにも憐れで、あまりにも儚い。あの明るい瞳の少女が、こんな病的な表情になってしまったんだ、というところと、あの繊細な少女に、こんな痛みは耐えられないだろう、というところと、凄く胸に迫るものを感じました。

 一方のアルブレヒトは、考えもしていなかった破局のうろたえ、ジゼルに何かを告げたくて彼女の隣までは行くんだけど、何を言える真実も、今は持っていない。だから言葉を失い、ただ彼女を見つめるしかない。そんな彼の腕の中で、ジゼルは悲痛な叫びを残して息絶えてしまう…その時初めて「君を愛していた」という言葉を、彼は見つけるんです。でも、か細い亡骸を掻き抱いて泣き崩れるアルブレヒトを、ベルタをはじめとする村人たちが断罪する。そこで彼は自分の罪を思い知らされ、居たたまれなくなって逃げてしまう…という一連の流れが、これまた非常に説得力がありました。

 えーと、この演出では、ジゼルは「自殺」なんですよね?どこで剣、刺しましたっけ?これがこの日、唯一の突っ込み所です。まさか五分くらい前のところか?という疑惑を持ってはいますが、奈緒さんのジゼルは、これまで観てきた誰よりも、「心壊れた痛みで息絶えた」風情に見えました。

 

 二幕。まずはウィリたちの迫力に度肝を抜かれました。正直、最初の部分だけは、彼女たちの持つ非現実感とか冷気に欠けていたのではないか、という気もしますが、あれだけ揃って踊れれば、もう何も文句は言いません。とにかく乱れない。これだけ出来れば、すくなくとも技術的には、世界中どこへ出したって恥ずかしくありません。

 衣装も綺麗ですね。ジゼルは純白のロマンチック・チュチュ、そのほかのウィリたちは緑がかった、すこし細めのスカートで、ミルタが一番、緑の分量が多い。遠目に観た時、とても分りやすくて助かります。

 あと、声を大にして言いたいこと。この演出だと、最初から生身のウィリたちがヒラリオンを脅かしてくれますよね。それが一番、大事なことだと思うんです。いつも言うけど、吊り物やハリボテを使う演出は間違ってる。舞台の上を最も美しく滑るのは、バレリーナのパ・ド・ブーレであり、最も美しく浮き上がるのも、バレリーナの身体なんですから。それはちゃんと見せないといけない。

 敢えてひとつだけ注文をつけるなら、ヒラリオンが殺されてしまうシーンですが…後でロバートがやるのと比べるとよく分りますが、踊りに無理が無いんですよね。まだ死にそうにない。後から踊るロバートと比べるとよく分りますが、踊りの中に起承転結が無かった、と言いますか。

 ジゼルとアルブレヒト――この二人に関しては、最早言うことはありません。奈緒さんにしてもロバートにしても、非常に「ジゼルらしい」「アルブレヒトらしい」役作りを丁寧にやっている、という感じがありましたが、その納得感といったらない。

奈緒さんのジゼルには、赦すも赦さないもない。確かに、生身の身体を失った以上は、あの明るい瞳はもう戻らないし、独特の軽さを感じさせる。アルブレヒトの腕からすり抜けてしまう理由も、生前とは違っている。それでも彼女は変わらぬジゼル、無垢にして繊細で、踊ることを愛し、アルブレヒトを愛した一人の少女なんです。

そしてアルブレヒトは「君を愛していた」という、ただ一言の真実だけを携えて、夜の森にやって来た。その真実を受け取れたからこそ、ジゼルはミルタに立ち向かうことが出来たんじゃないでしょうか。確かに彼女は、身体を失ってウィリになりはしたけれど、心は失っていない。この演出ではジゼルの墓標の十字架が非常に粗末なので(自殺ですから)、ミルタが慄いたのは、十字架という信仰の証ではなく、ジゼルとアルブレヒト、二人の純粋で強い愛情――ミルタはとっくの昔に失ってしまったもの――だったように見えました。

死の舞踏。個人的には、ジゼルが百合の花を散らす振付が無いのがちょっと寂しかったのですが、ここではロバートの演技の上手さに舌を巻きました。強制的に踊らされていて止まれない、だけど疲れ果てていて心臓が破れそう、ということが、黙って観ているだけでも分るんです。ハードで余裕の無い踊りぶり、崩れ落ち方も堂に入っていて、一連の流れとしてとても説得力がある。やはり彼は、一流のダンス・アクターであると分りました。振付事体もよく出来ていたと思います。特に舞台の真ん中でアントルシャを繰り返す部分。あれこそまさしく狂気の踊り、という感じで。そして、それを包み込みジゼルの、神々しいまでの存在感!ジゼルはこうでなくっちゃ、と心の底から思いました。

そして何よりも哀切で心に残ったのは、夜明けのシーン。闇に消えようとするジゼルに、アルブレヒトが腕を伸ばして、二人は固く抱き合います。この悲劇の発端ともなり、ミルタに打ち勝つ唯一の武器ともなった、強い愛、でもこれを限りに失われてしまう愛。嘘から始まった二人の間に存在した、たったひとつの真実。ごく当たり前の動作の中に、ぎゅっと凝縮されて、その愛がありました。そして、まるで引き剥がされるかのように、アルブレヒトを残して森の暗がりに消えてゆくジゼル。アルブレヒトがどれだけ必死になっても、もう彼女に触れることは出来ず、ジゼルの指先は森の出口を指している。「貴方は生きてね」というジゼルの想い――それがあるから、彼女を喪ったアルブレヒトは、残された一輪の花を手に、呆然としながらも歩き出すんでしょうね。墓前に崩れ落ちる派と、二通りの演出がありますが、私は断然、こちらの方が好きです。

今回の舞台を総括すると、「納得感があった」という一言に尽きます。演出も、振付けも、ダンサーもすべておいて。元々、私がバレエを観るのは、荒唐無稽なお伽話を、身体ひとつでどうやって納得させて貰えるのか、という興味があるから。オペラやミュージカルだったらオーケストラや演出、歌唱力、演技力といったもっと多彩な要素が絡んでくるし、ストレートプレイだったら脚本さえ良ければ最悪、観ることが出来る。でもバレエでは、どんな素晴らしい振付でも、踊る側が未熟であれば容易に死んでしまう。そこに言葉は無く、音楽も助けてはくれない。ダンサーの身体一つで語るしかないんです。そこに振付との相乗効果が生まれたら、本当に幸せ。そしてこの舞台は間違いなく、その幸せが極めて具体的に形を取っていたものだったと思います。

余談になりますが、カーテンコールの時、奈緒さんとロバートがまだ演技モードで寄り添っていたのが「二人の愛の物語はこれで完結しました」という風情で、なんとも言えず素敵でした。

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