結論から言うと、どうも私はセルゲイエフの演出とは相性が悪そうです。上演的にも色々突っ込み所はありましたが、何よりも振付に突っ込みたかったから。実は「白鳥の湖」は映像も含めて全幕では初見。アンドレイの舞台の中では、一応今までで一番、演劇性の高いものでもあったし、チケット代相応くらいの価値はありましたが…

キャスト

オデット/オディール:スヴェトラーナ・ザハロワ 

ジークフリード王子:アンドレイ・ウヴァーロフ  ロットバルト:市川透

王妃:鳥海清子  道化:八幡顕光  家庭教師:ゲンナーディ・イリイン

 日本でバレエを観る時、何気なく一番心配なのは、オーケストラの質。正直言って、この日のオケは最悪でした。私は手元にスタジオ録音の「白鳥」のCDを持っていて、よく聴くので、普通に上演しても、音楽的な豊かさとか旋律の膨らみなどは、聴き劣りしてもやむをえないと思うんです。でもこれはそういう問題じゃなく、序曲の時から金管が嫌な音をたてていたし、踊りと音が微妙にずれている。黒鳥のパ・ド・ドゥのジークフリードのヴァリエーションでは、見事にワンカウント、踊りの終りと音の終りがずれました。はっきり言ってプロのお仕事ではない。もうちょっと何とかならないんですか?

 という愚痴はさておき、王宮の中庭のシーン。ここで目に付くのは、新国立勢では家庭教師役のイリインと道化の八幡さん。イリインは、やはり立ち居振る舞いに説得力がある。重苦しくは無いんですが、温厚で、ちょこっとお調子者の気があり、王子には甘い家庭教師の雰囲気がよく出ていました。あと、新国立勢にしては貴重なことに、喋っているマイムをすると、本当に会話が聞こえてくる。道化の八幡さんは、吉本泰久さんの怪我のため、急遽出演されたそうですが、まあ道化らしい踊りというか。バタバタしている部分も可愛らしく、独楽のようによく動き、犬コロのようにみんなに懐く。その一方、コール・ドはばらつきが目だって、元気が無かったと思います。

 肝心のアンドレイはといえば、調子はまあ普通というか…(この時はそう見えました)。相変わらず、ただ立っているだけでも見事に王子様そのもの。ヴァリエーションは地味なものですが、伸びやかでとても綺麗でした。そして、一番興味があった、ジークフリードの役作りについてですが、まず彼の王子は、「明日成人式」なんて若者には見えません。既に大人。鷹揚で穏和で、誰からも愛されている。でも、すべてのものに恵まれて育ったから、幸福も不幸も、リアルなものとして信じていない。欲しいものはすべて手に入ったから、本気で欲しいものなんか何も無い。当然の如く、本気で恋をしたこともない。そんな、高貴な人特有の気だるさを漂わせつつ、間近に迫った「結婚」という事実を、頭で考えているんです。結婚とは、愛する女性とするものだ、と聞いている。でも愛とは何だろうね?そんな風に小首を傾げながら、恋した娘を追いかける道化を、微笑ましく見つめている。そんな、アンドレイらしい王子様でした。

 続いて湖のほとりの場面。ここでホリゾントに白鳥が湖面を滑る、セルゲイエフの好きそうな演出が、正直興ざめでした。バレエの舞台で最も美しく空間を滑るのは、バレリーナのパ・ド・ブーレ。それ以外のものは必要ないと思うのですが、どうでしょう?この方が分りやすいと言えばそれまでですが。

 本題に戻りましょう。まずザハロワのオデットですが、やはり彼女はマリインスキーの姫だったんだな、と思い知りました。繊細で儚げで、柔らかで透明な、完璧な白鳥のライン。息を呑むほど美しかった。敢えて言うなら、最初のピケ・アラベスクの時に、何か息を呑むほどのものが欲しかったかも。以前エリザベート・プラテルが「あれが一番、難しい」と言っていたのを覚えていて、不必要なほど期待していたので。でも、あの瞬間に「ただの綺麗なアラベスク」以上のことが出来たら、存在感が輝き渡ったら、その人はバレリーナとして本物だと思う。

一方のジークフリード、彼がオデットに興味を抱いたのは、最初は彼女が、今まで彼が手を伸ばして簡単に手に入れてきたものの、何にも似ていなかったから。だから気にかかり、追いかけるうちにその美しさに魅せられた。だから彼女を抱きとめたくて腕を差し出すけれども、オデットは決して彼に身を預けようとはしない。それはジークフリードにとって、生まれて初めての「望んでも手に入らないもの」。それゆえに「心から欲しいもの」へと変わった。その一途な想いを訴えて、最後にはとうとう、彼女を抱きとめる――グラン・アダージョはそんな、私にとっては正統派の演技でした。

 けれどもこのオデットは、最初から決してハッピーエンドを信じていないと思うんです。ジークフリードの愛を信じてはいるけれど、それ以上に強く、悪魔を恐れている。その悪魔はと言えば…まあこんなところでしょうかね。衣装のこれ見よがしな派手さには目を瞑るとして。市川さんは、実は今まであまり良くないイメージを持っていたダンサーなんですが、今回はきちんと役をこなしていたと思います。

 そして、この場面で一番、印象的だったのは、オデットとジークフリードの別れ。跪いて両手を広げたジークフリードに、オデットがアラベスクで身を傾ける、あのシーンです。この時広げられる、アンドレイの腕のラインが、もうどうしようもないくらい優しくて、大好きです。一方のオデットは、これが今生の別れと言わんばかりに、渾身の想いを込めて彼を見つめる。一枚の絵としてもとても美しいのですが、そこにこもった感情まで含めて、素晴らしいシーンでした。

 舞踏会。ものの本にはこのシーン「オデットは昼間は白鳥でいなければならないから、舞踏会にはいけない」なんて書いてありますが、それっておかしいと思いませんか?その後に続くシーンは明らかに夜だし、舞踏会とはそもそも、夜やるものでしょうし。だから、オデットは来る可能性があったんだけれど、ロットバルトに邪魔されてしまった、というのが正しいのでは、と思うんですが。

 さてジークフリードは、オデットを待っています。舞踏会に現れる女性の一人一人の顔を「もしやオデットでは」と必死になって覗き込み、そのたびに落胆している。そんな中で、同じ顔をしたオディールが現れたら、それはもう、騙されてしまいますよね。心の中に描いていた輪郭と、目の前の顔がぴったり一致するのだから。

 しかも、ザハロワのオディールは、オデットとはまったく違う動きをする。妖艶で華やか、燦々と輝くオーラを放つことはもちろんですが、ジークフリードと向き合う方法が正反対なんです。オデットは、彼を愛しながらもその先の幸福を信じられないから、彼から離れようとした。ジークフリードはそれを追い求め、ただ一度抱きしめたことに恍惚となった。一方オディールは、王子が求めて、なかなか与えられなかったもの――身体に触れること、体温を感じること、身を任せてくれること――を、まず与えてくれる。けれどもジークフリードが調子に乗りかけると、サッと身を引いて牽制する。だからジークフリードはよけいに追いかける。最初は彼も「顔はオデット。でも印象があまりに違う」などと迷い、考えていましたが、理性よりも感覚で、酔わされた。オデットか否かではない、もっと感覚的な次元で、篭絡されたんだと思います。

 ザハロワのオディールは本当に申し分ない美しさで、キトリの時はだいぶ気になったグラン・フェッテも見事なもの。今回はダブルを外して一回転だけ。その代わり、一直線上を揺ぎ無く、真っ直ぐに前へ向かって進んでくる様子は圧巻でした。

 それに引き換え、元気が無かったのはアンドレイのジークフリード。それは、ジャンプはそれなりに高いし、リフトは安定していますし、二人で踊る時のサポートは、神業と思えるほどぴったり合う。だから、根本的に調子が悪いわけではないのかもしれませんが、キリッとしたところが足りない。締まるところが締まってないというか、良く言えば余力を残した踊り、悪く言えば手抜きくさい感じでした。

 書くのを失念していましたが、新国立の皆様の名誉のために申し上げると、コール・ドがおかしかったのは王宮の中庭だけで、白鳥たちの踊りは一糸乱れぬ見事なもの、舞踏会の民俗舞踊もそれなりに楽しかったです。欲を言えば、この版には含まれない「ルーシェンカ」が観たかった思いはありますが、それは演出のせいなので。

 コール・ドで気になっていたことを一点。私の大好きな湯川麻美子さんなんですが…一幕でワルツに入り、二幕でスペイン、三幕で大きな白鳥を踊ってらっしゃいましたよね?新国立、人材不足ですか?普通に考えて、ひとつの作品で三つもソリストの役をこなすことは考え難いし、ましてキャラクターを踊って一時間と立たないうちに白バレエ。いいのかなぁ?

 終幕は…ここが一番、振付に突っ込みたかった。そりゃ、白鳥の群舞は文句なしに美しかったし、ジークフリードの真心もそれなりに伝わった。でも、何故この展開でハッピーエンドになるのか、まったく納得がいきませんでした。ジークフリードが即物的にロットバルトの羽根をちぎってしまう演出もなんだかしょぼいし、あまり戦っているように見えない。というか、それこそジークフリードの勝利はとってつけたもので、あなた一秒前まで負けそうだったじゃない、とか。あくまで私にとってですが、振付に説得力が無かった。音楽的に本来はバッドエンドだというのも確かですが、例えばこれがブルメイステル版だったらどうだったんだ?とか、グリゴローヴィチのスーパー・バッドエンドヴァージョンだったら?とか、つい考えてしまいました。それに頭が行くというのは、やはりこの演出が弱いということです。

 フィナーレの音楽は、根本的には無残なバッドエンドを照らす朝日だと思います。今回、それでもどうにか見ていられたのは、舞台の真ん中で固く抱き合ったオデットとジークフリードが、とても幸せそうで、綺麗な一枚絵になっていたから。そのことには満足しつつ、ほかの「白鳥」が気になりだしました。

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