やはりドン・キは面白い。あと、日本のバレエ団の「任」に合い易い作品ですね。気品は要求されないし、多少コール・ドがずれてもテンションでカバー出来るし。舞台になる「下町」という世界は、宮廷と違って、日本人でも知っている。キトリとバジルって、「床屋」を「髪結い」に置き換えたら、江戸の町にも居そうじゃありません?


キャスト

キトリ/ドゥルシネア:スヴェトラーナ・ザハロワ  バジル:アンドレイ・ウヴァーロフ

エスパーダ:イルギス・ガリムーリン  ドン・キホーテ:長瀬信夫

サンチョ・パンサ:奥田慎也  ロレンツォ:田名部正治  

ガマーシュ:ゲンナーディ・イリイン  街の踊り子:真忠久美子

ジュニアッタ:遠藤睦子  ピッキリア:西山裕子  ギターの踊り:大森結城

メルセデス:湯川麻美子  森の女王:川村真樹  キューピッド:さいとう美帆

第一ヴァリエーション:寺島ひろみ  第二ヴァリエーション:本島美和

 


 因みにこの版は、アンドレイ自身と都さんが
99年に新国立初演した時の映像を観てまして、「やっぱりワシーリエフ版の方が好きかも」という感想を持っていました。やっぱり、エスパーダとメルセデスをストーリーにちゃんと絡ませている辺りの納得感が凄いなって。あと、世界バレエフェスティバルの同演目が、今のところ私が観た、一番凄い舞台なんですよ。だから、見劣りするんじゃないかと不安でした。でも結論から言うと、もちろんあれ以上のものは出てこなかったけど、これはこれでとても楽しかったです。


 プロローグ、ドン・キホーテの旅立ち。ドン・キホーテとサンチョ・パンサの二人は、まあこんな感じでしょう。ドン・キホーテの奥田さんは、それなりに品位のある老人なんだけど、よく見ると目がどことなく虚ろで狂気を感じさせる、素敵なたたずまい。でも、この役ではまだ、「これ!」というものを見せてもらったことは無いです。今回もそうでした。


 一幕、バルセロナの下町。ここの群舞はとてもパワーがあって楽しかったです。そして彼らが元気だと、血が騒ぎだす。今日のキトリ&バジルはどんな具合かしら、といい具合に期待が膨らんだところで、ザハロワ登場。彼女を生で観るのはこれが三回目ですが、今回が一番、良かったです。ザハロワのキトリは、溌剌とした下町娘というよりも、シャープで格好良い。でも、フランスのキトリのような大人の色気じゃなくて、お転婆娘風の可愛さが勝るんですね。ああ、なんだか彼女らしいキトリだなぁと納得。お馴染みの高く上がりすぎる脚も、この日に限ってとても綺麗で、私は彼女の膝から下のラインに惚れ惚れとしていました。


 続いて登場したバジル、衣装が黒いせいか、引き締まって、これまたシャープに見えます。雰囲気も、動きも何もかも、それと同じに鋭かった。動きのキレは、まだこの時点では判断がつきませんでしたが、以前、東バとステパ姐さんと踊った時は、もっと純朴でお茶目で、彼らしいおっとりした雰囲気が残っていた。ところが今日のキトリ
&バジルは、いかにも街一番の粋な二人、という風情で、決めポーズのひとつひとつが異常なくらい様になり、ビシバシに格好良い。驚きつつも、とても嬉しかったです。バジルが何度かキトリにキスをせがんで、扇子で遮られてしまうシーンがありましたが、フランスのキトリがこれをやると、本当に大人のカップルになっちゃうんですよ。でもこの二人だと、若者同士のじゃれあい的なムードも残っていて、可愛いですね。


 ロレンツォとガマーシュ。このヴァージョンでは、ロレンツォの方が扱いが大きいみたいですね。ガマーシュの演技も決して悪くなかったのに、ロレンツォの方がオーバーアクションで前に出てくるので、どうしても影が薄くなってしまうんですね。出番もここしか無いですし。対するザハロワ&アンドレイですが、ザハロワはガマーシュをあしらう様子が、いかにも楽しそう。扇子の使い方とか、いかにも様になるんですが、いつもの「天真爛漫で我儘も罪にならない」的な雰囲気が活きてました。アンドレイは、いなせで腕白なにーちゃんになりきって、キザな振る舞いもちょっと荒っぽい動作も板についたもの。そして二人とも、本当に表情豊かで楽しそうでした!リフトなんかも、いつも以上に軽々という感じで。


 唯一気になったといえば、ザハロワ&アンドレイが「決める」タイミングと、新国立勢が「決める」タイミング、あとオーケストラの「決める」タイミングが、微妙に揃わないこと。やはりリハーサル不足でしょうね。ただ、ザハロワ
&アンドレイは、普段踊りなれているヴァージョンということもあり、前回のようなやり難そうな感じは無かったです。ある意味、二人は二人で勝手にやっていた、とも言えますが…


 ドン・キホーテの登場を挟んで、エスパーダ&町の踊り子の場面。踊り子役の真忠さんは、綺麗なんだけど、この役をものにするには、やや繊細で硬質な感じ。この作品だったら、例えば森の女王なんかは、より彼女にあった役だったんじゃないかと思います。でも、ナイフの踊りなんかは一分の乱れも無く決まっていて、見ごたえがありました。で、見ごたえと言えばガリムーリン!こんなにいいダンサーとはつゆ知らずでした。ていうか前回観た時は「マノン」の看守で、踊ってなかったので(苦笑)。筋肉質の柔らかさ、とでも言うべきでしょうか。とても柔軟なんだけど、物凄いパワーに裏打ちされていて、ひとつひとつの動きがとてもダイナミック!すこし野性味のある雰囲気もいい感じです。きっと彼のバジルも素晴らしいんでしょうね。あとマキューシオなんかも。


 キトリとバジルが再登場し、踊りもいよいよ本番突入。ここでようやく、アンドレイがシャープに、締まって見えていたのは外見だけではないと確認しました。体も凄く良く動いて、大見得切って、踊る踊る!タンバリンを打つ仕草がとても粋で素敵でした。そして、密かな見せ場(?)タンバリン投げ。前回は横回転で恐ろしい勢いをつけていましたが、今回は縦回転で、天井近くまで上がってました。肩、強いですね…肩つながりで言えば片手のリフト。本当に真っ直ぐ、軽々と上げたところで長い静止。ザハロワ、頂点でタンバリンをひらひら振ってました。そこで踊りの流れを止めるのもどうかという気はしますが、見ごたえだけは十分。あとザハロワは、カスタネットの使い方もとても格好良かったですね。今まで観てきたキトリの中で、一番「江戸の下町に居そう」。鉄火肌で、素朴じゃなく、流行に敏感な下町娘。扇子が様になるキトリは大勢観ましたが、カスタネットは彼女が一番、似合ってました。


 それとここのシーン、どこから落ちたかよく分りませんが、いつのまにか床に、ピンク色の薔薇の花が落ちてたんですよ。アンドレイ、それを目ざとく見つけて、キスをして、ザハロワに。どこまでキザになっても、今日の彼にははまりすぎてました。でもあれ、うっかり踏むと危ないですもんね。


 続く酒場のシーンでは、予想に違わず豪快なダイビング・キャッチに惚れ惚れ。二人とも長身なので、素晴らしい見ごたえです。というか、ザハロワ、4メートルくらい手前から飛び込んでいたような…あと、この二人、ギターの踊りの横で、ひたすら飲み続けるんですが、微妙にテンションが変わっていくのが(ていうか酔いが回るのが)ちゃんと分りました。芸が細かい!


 エスパーダとメルセデスは、楽しみにした甲斐があった、という感じですね。ガリムーリンは相変わらずパワフル。そしてメルセデスは、あたり役の湯川さん。背中がとても綺麗です。炎のようなスカートの使い方も様になっていて、強烈に色っぽく、華やかだけど、同時に潔さもあって、厭味が無い。やっぱり私、湯川さんの踊り、大好きです。


 狂言自殺の場面。やっぱりアンドレイは、間の取り方が上手いな、という点を再確認。彼、ぶっ倒れる前に、かなりゆっくり時間を使いますよね。あたりを見回して、服が汚れないように(?)丁寧にマントを敷いて、絶対に痛くないように寝転がる。そこを冗長にしないあたりは流石だと思います。


 このヴァージョンでは、この次がジプシーの野営地なんですが、やっぱりちょっと、キトリとバジルの物語が途切れてしまうようで、納得がいかないですね。ドン・キホーテだけ物語から浮いてしまう、というか。でも、ジプシーの踊りが観られたのは嬉しかった。中でも二人のジプシーのうち一人、吉本泰久さん。かねがね良いダンサーだということは聞いていましたが、やっと実感。小柄な方ですが、歯切れが良くて、小気味良くて、とても楽しかったです。この場面は、まあそれくらいでしょうか…


 ドン・キホーテの夢。森の女王・川村さんも、ゆったりと伸びやかで綺麗だったんですが、いかんせん、横に居たザハロワ・ドゥルシネアが完璧すぎました。一点の欠けるものも無い、見事な優雅さと品格で、まさしくドン・キホーテが追い求める、永遠の理想像という感じ。キューピッドのさいとうさんは、すこし硬さが感じられて、キューピッドらしい愛らしさに欠ける印象でしたが、場面全体の雰囲気が暖かくて、救われた気分になりました。


 終幕、キトリとバジルの結婚式。ここはもう、グラン・パ・ド・ドゥがすべてです。第一ヴァリエーションの寺島さんは、可憐で可愛らしかったし、第二ヴァリエーションの本島さんは、ゆったりと鷹揚な感じで、これまた素敵でした。でも、ザハロワ&アンドレイの自信に満ち溢れた踊りに比べれば、吹き飛んでしまいます。ていうかアンドレイって、こんなに大見得切って、ビシバシ踊るダンサーだったっけ?と嬉しい驚きに襲われっぱなし。ザハロワとともに、この日とうとう、一秒たりとも期待を裏切りませんでした。アダージョのスケール感は圧倒的。バジルのソロは、今までに観たことの無いヴァリエーションで、とても華やかなもの。すべてが鋭く引き締まって、鞭のようにしなる。あるいは鋼のような強靭さ。キトリのソロはお馴染みのヴァリエーションですが、流れるようにすべてをこなす様子が、いかにも「粋」。でも、その粋さが不思議と可愛い。そしてコーダでは、上がったテンションそのままに、二人とも楽しそうに暴れる暴れる。アンドレイの跳躍が綺麗なのは言うまでも無いことなんですが、この日はグランド・ピルエットもとても華麗でした。ザハロワは1+1+2の組み合わせで超高速のフェッテを見せてくれた後、ニーナ顔負けのパワフルなシェネも披露。やはりドン・キの至福は、メインキャストが良い意味で暴走してくれるところにある。翌日も全幕があるということで、特に序盤は、意図的に抑えた印象もあった二人ですが、最後の盛り上がりはやはり、最高でした。


 という具合に、ドン・キの醍醐味を味わった後は、恐ろしいことに日帰りだったので、泣く泣くカーテンコール途中で席を立ち、東京駅に走りました。アンドレイとザハロワは、多分、この後は万博関係のガラもあるし、しばらく日本に居るんですよね。その後は多分、ボリショイの
MET公演に合流。ドン・キの衣装を持って世界一周。お疲れ様です。どうか二人とも、怪我など無くモスクワに帰れますように。

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