素直に楽しむ積りで上京したのに、「バレエ団のあり方とは?」「成功するプロダクションとは?」といったことを、深く考えさせられてしまいました。あとやはり、私とバレエの関係の原点になる作品なので、こだわりが強かったり、思い出のグリゴローヴィチ版と重ねてしまったり…けっこう、観方がひねくれましたね(苦笑)

 


キャスト

オーロラ姫:スヴェトラーナ・ザハロワ  デジレ王子:アンドレイ・ウヴァーロフ

リラの精:前田新奈  カラボス:ゲンナーディ・イリイン

青い鳥:マイレン・トレウバエフ  フロリナ王女:西山裕子

 


 本当のことを言うと、最初から心配だったんですよ。このプロダクションは、東京在住時代に、新国立の映像資料で観てますから。とにかく日本人出演者の誰一人として、衣装、特にかつらが似合わない。衣装の色が安っぽくて、真っ青とか真っ赤とかショッキングピンクとか、嫌な色がたくさんある。その点、分りきってましたから。その反面、「ライモンダ」のコール・ドは素晴らしかったし、様式美などは随分、改善されているかと思ったんですが…


 まずプロローグ。やはり、「うわー」と思いました。案の定、衣装とかかつらがまったく駄目で、立ち居振る舞いが宮廷人っぽくない。気品や風格までは要求しませんが、「台本に書いてあるから立ってます」的な雰囲気があるんですよね。喋っているマイム、挨拶のマイム、みんなわざとらしい。本当のエキストラさんだけかと思えば、国王夫妻やカタラビュートも大差ない。コール・ドも、揃ってはいるけどそれ以上のものが無い。要は、舞台の上のありとあらゆることがキャストの皆さんに合ってなくて、居心地が悪かったです。


 妖精たちの踊り。事前にあまりしっかりキャストの確認をしなかったので、リラの精はてっきり、湯川さんがなさるのだと思ってました。なので、ちょっとがっかりしましたが、前田さんの踊りを久し振りに見るのも悪くなかったです。テクニック的には安定していて申し分無いし、湯川さんのような温かみは無いけど、気品があって、リラの精らしい。妖精たちの踊りは、みなさんそれなりに上手いし、妖精ごとのキャラクターの違いが元々明確なので、飽きなかったです。


 カラボスの登場――駄目だ。このキャラクター、ボリショイのヤーニンと二重写しに観てしまって、すごく見劣りした。まず、おつきのガーゴイルたちの動きが半端で観づらい。カラボス自身も、背中の屈め方が半端で、おどろおどろしさが足りないんですよ。振り付けが違うので一概には言えないでしょうが、ヤーニンがやっていた、腰を
90°に折って両手を振り回すスタイルに比べると、見栄えの点で劣る。要はプロローグは、リラの精以外、殆ど物足りなくて、観てて苛々しました。


 二幕になると、踊る側にエンジンがかかるのか、それとも私の方が慣れてくるのか、コール・ドはそれなりに観られるようになりました。小さい子供たちは、とっても可愛かったですしね。でもやはり、踊らない人たちのたたずまいやマイムは駄目。そんなわけで、オーロラの入場の瞬間は、涙が出そうに嬉しかったです。ザハロワのオーロラは、ニーナの、金色の粉を振りまくような華やぎは無い。でも、育ちの良さが、おおらかさと勝気さの両方に出ていて、天真爛漫で、本当に可愛らしい。並み居るキャストの中でも目だって背が高いのは無視するとして(苦笑)、のびのびと踊っていました。彼女の体は、背中も脚も、よく反って、「くいっ」という感じでカーブを描く。ワガノワ・スタイルのスタンダードから比べると、かなり押しが強い気がしますが、厭味にならない鷹揚さがあって、その感じがまた、オーロラのキャラクターにもよく合います。ところが、ああやっと観るべきものが来た…と思った瞬間、ローズ・アダージョで失敗。驚きました。調子が悪そうにも見えなかったし、ザハロワほどのバレリーナが、いかに難しいとはいえ、見せ場で両足をついてしまうなんて。サポートの仕方が悪かったのか?という気もしますが、技術的なことは、詳しくは分らないので…


 何事も無かったかのように踊りが続き、カラボスの再登場。オーロラが編み針に刺されるシーンが、最も強く、ボリショイと二重写しになったところかな。グリゴローヴィチ版の演出は、非常にあざといけど効果的だった。それに比べると、セルゲイエフ版はてらいが無いので、コール・ドの演技力にかかっているんですが…みなさん、形ばかり騒いでいる印象を拭えませんでした。たとえ立っているだけの役でも、台本のト書き以上のことを、やってほしいというのは贅沢でしょうか。一幕で象徴的だったのは、オーロラが放った薔薇の花を拾う手つき。それじゃごみを拾うのと同じでしょう、と思わず突っ込んでしまいましたが、全般的にそうなんですよね。魂が入っていないというか、無自覚な動きが多いというか…


 ここまででざっと二時間。分ってはいましたが、やはり待ちくたびれました、王子の登場。で、これも分ってはいましたが、やはりセルゲイエフ版のデジレは地味ですね。グリゴローヴィチ版の半分、ヌレエフ版の三分の一くらいしか出番が無さそう(苦笑)。とりあえず、登場のヴァリエーションが無い。あと、アンドレイは自前の衣装を着ていたんですが、これが周囲と合っていなくて、うーん、という感じ。元々ボリショイの茶色の衣装自体も好きではないんですが、このプロダクションで使っている茶色ともまた違っていて…しかも全然踊ってくれないし(笑)。ただ、彼のマイムは、本当に喋っているように見える。ザハロワもそうでしたが、そこでちゃんと「生きている」なぁと。


 デジレ王子の最初のヴァリエーションは、やはり緊張します。「今日のコンディションはどうかな?」と。結論から言うと普通でした。最初、ちょっと着地が硬いかなと思いましたが、二回目からはそうも見えませんでしたし。

 幻影の場面。ここはリラの精の存在感が強いですね。セルゲイエフ版の特徴とも言えるかもしれませんが、観ようによっては、彼女がすべての幻を操って、デジレをたぶらかしているようにも見える。こういうリラだと、湯川さんより前田さんの方が、キリッとしていていいかもしれませんね。


 肝心要の姫と王子はどうかと言うと、やはり相性は良いですね。ザハロワの勝気さも、自己主張の強いポーズも、アンドレイなら支えきれる。リフトが安定していて、いつもながらとても綺麗でした。ニーナやステパ姐さんと踊る時は「何があってもお守りします」といった、献身的なイメージが強い彼ですが、ザハロワとだと「いいんだよ、何があっても守ってあげるから、好きにやってご覧」といった風情で、包容力の方がクローズアップされる。ザハロワは当然、伸び伸びと踊ることが出来る。ただし、幻のような透明感や、空気のような軽さはすこし、希薄だったかもしれません。でもその反面、「恋に落ちた」感じはとても、よく出ていました。デジレがオーロラを見て、ゆっくりとそちらに引き寄せられ、目を離せなくなる感じ。それが一番、印象的でしたね。一方のオーロラは、デジレの方に手を伸ばしたいんだけど、幻の身だから出来ない、といった辛さ。


 パノラマを経て、眠れる城に辿り着いたデジレですが…このプロダクションには、王子対カラボス一党の戦いのシーンがあるんですね。やはり、こういうシーンはバレエの動きを活かして振付けた方が、圧倒的に迫力があります。「ライモンダ」の時には観られなかったものが観られて、幸せでした。


 四幕は、このバレエの大体半分くらいを占める、重要なパートだと、勝手に思っています。最初に度肝を抜かれたのは、やはりザハロワのドレス姿でしょうか。淡いシャンパンゴールドがかかった白いドレスは、メートル単位のマントを引きずった、とても豪華なもの。現実世界の王族が、本物のロイヤルウェディングで着ていそうです。アンドレイは銀色のジュストール姿ですが、これもよく似合っていました。しかし、ただ立っているためだけに、こんなに豪華な衣装を使いますか…


 あとこの二人、しばらく様々な童話の登場人物たちがやってくるのを、談笑しながら見ているんですが、それが何かに似ていたんですね。どこかで観たことがある、と一生懸命考えて、気付きました。天皇誕生日のニュース。うちの国の陛下に似ていたんですよ。あの、いかにも静かで、穏やかで、仲睦まじげな様子が。で、アンドレイもザハロワも、本当の本当に高貴な演技が出来るんだなと、改めて感動しました。


 青い鳥のパ・ド・ドゥ。フロリナ王女の西山さんは、まあこんなところでしょう。可も不可もなく、強い印象無し。青い鳥のトレウバエフは…何だか飛び立ちそうに見えない。どこが悪いのかよく分りませんが、首から胸元にかけてのラインが綺麗に見えなくて、私には駄目だった。童話系でそのほかに印象に残ったのは、赤ずきんのさいとう美帆さん。童話の赤ずきんちゃんというにはコケティッシュで、「本当は怖い〜」系のお話に出てきそうな、ちょっと危険な赤ずきんちゃんに見えました。でも綺麗なバレリーナですね。


 デジレとオーロラのパ・ド・ドゥ。今日のチケット代は、これのためにあったんだなーと実感。アダージョの部分は、セルゲイエフ版ではなくグリゴローヴィチ版の振り付けになってましたね。こちらの方が好きなので嬉しかったです。そして、ザハロワとアンドレイの、安定したパートナーシップも堪能できた。本当のことを言うと、やはりニーナで観た役なので、二重写しが怖かったんですが、ザハロワはザハロワで、素晴らしいオーロラだし、素晴らしいアンドレイのパートナー。アンドレイのサポートは相変わらず本当に上手いのですが、支える側も、支えられる側も、何だか幸せそうで、どこにも無理なく、伸び伸びと踊っているように見えました。


 デジレのソロは、やはり最初の、シングルのカブリオールが素晴らしい。空中の高い位置で、綺麗な「く」の字を取るポジション、長い静止。本当に、素晴らしい見ごたえです。トゥールの軸も細くて綺麗だったし。ことさら強い自己主張は無いんだけど、安定していて、スケールが大きくて、最高に優雅。これぞ王子、これぞアンドレイという踊りっぷりでした。ただひとつ、とても気になったのが、過去最悪に狭そうだったこと。何かのはずみでコール・ドの方を蹴ってしまうのではと、真面目にヒヤヒヤしました。


 ザハロワのソロ。やはり花嫁役を踊るバレリーナは綺麗になりますね。おっとりと鷹揚な中にも気品があって、優雅で、ちょっとコケティッシュで。色んなかたちの女性美が、繊細な結晶を作るようなヴァリエーションです。


 コーダ。ここの振付は、グリゴローヴィチとはちょっと違ってましたね。だからどう、ということは無いですが、引き続き、幸せそうに踊る二人を堪能。後はそのまま、全員でダンス、ダンス…となるわけですが、あの舞台にあの人数を押し込めるのは、明らかに無理がありますね。サイドの席だった影響もあるでしょうが、全体にごちゃごちゃしすぎで、ちっとも綺麗に見えませんでした。


 そして最後に、噴水が水を噴き上げ、リラの精が誇らしげに微笑むシーン。このプロダクションは結局、リラの精の勝利で終わるんだなと、妙に納得しながら観ていました。私の個人的な趣味では、「眠れる森の美女」とは、オーロラのための祝祭。グリゴローヴィチ版は、疑いも無く、そうだと思います。でも確かに、正義=リラの精と、悪=カラボスの対決という解釈も出来る。カラボスを実力行使で追い出す振付けも、リラの精の強烈な存在感も、納得できます。その辺りを観るのは、異なったプロダクションを見比べる楽しみですよね。


 …さて、終わってみての感想。アンドレイとザハロワは素晴らしかったけど、ほかは駄目じゃん、と。同じ組み合わせでも、「ライモンダ」の時はあんなに素晴らしかったのに、何故?――考えましたが、答えは簡単でした。「ライモンダ」は、衣装から振付から何まで、すべて新国立のために作られたプロダクション。一方この「眠り」は、すべてマリインスキーのものです。「ライモンダ」の時は、すべてが新国立に似合うように、またその「任」に合うように、きちんと作られていた。一方の「眠り」は、どこか「任」にあわない部分があるんですね。衣装が似合わないとか、この振付のためには舞台が狭いとか、小さなことがたくさんあって、積み重なった時に、すごく大きな乖離が出来る。ロシアのためのものを、どんなに上手く日本人が真似たところで、ロシア以上の輝きは出てこないだろうし、ましてそんな、めちゃくちゃは上手くない人たちがやったんだし。更に悪いことには、真ん中に、本物のロシアバレエのダンサー、中でも特にロシア的な、アンドレイとザハロワというカップルがいた。見劣って当たり前の組み合わせだなー、と…バレエを作るって難しいですね。ただ、そこにちゃんとした一本の筋を通すのが、劇場上層部の仕事だと思います。

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