凄いものを観てしまった。それも様々な意味で。こういうのがあるから、バレエファンはやめられないですね。新国立、というか日本のバレエ団でここまで出来るっていうのも見せて貰えたし、アンドレイ・ウヴァーロフはここまで踊れるダンサーだっていうのも分ったし。つまり私にとっては、美味しいづくめの舞台でした。


キャスト

ライモンダ:スヴェトラーナ・ザハロワ ジャン・ド・ブリエンヌ:アンドレイ・ウヴァーロフ

アブデラクマン:ロバート・テューズリー  ドリ伯爵夫人:豊川美恵子

アンドリュー二世:長瀬信夫  クレメンス:湯川麻美子  ヘンリエット:西川貴子

ベランジェ:マイレン・トレウバエフ  ベルナール:富川祐樹


 社会人になって以降、
PC起動するのが億劫で、情報収集も疎かになってます。というわけで知りませんでした、アブデラクマンのキャスト交代。ゼレンスキーがやってたら、ザハロワの新旧パートナー対決になって、面白かったと思うんですけどね。もちろん、ファンとして、思いもかけずロバートに会えて嬉しかったですけど。因みにこの役については色々と思うところアリ。あとでゆっくり書きます。

 まずは衣装と装置について。書割が綺麗ですね。いかにもイタリアの方が作ったなっていう、曇りの無い色彩で、照明も鮮やか。衣装は…個々のデザインはみんな素敵なんですけど、全体として観た時に、必ずしも上品には決まらないこともあるな〜…という感じ。ドリ伯爵夫人のドレスは、豊川さんにもよく似合ってましたし、デザインも素敵だったんですけど、傍らのアンドリュー二世は何だか安っぽく見える。単体で見ると綺麗な女官のドレスが、たくさん集まると何となく五月蝿い、という具合です。


 主役三人の衣装は、まあ、あんなところじゃないでしょうか。特にライモンダは。ジャンは、ボリショイより更に丈の長い、ボリュームのあるマントを用意。少女漫画ですね〜。風を孕んで、帆のように広がります(あんまり長すぎて、ザハロワに踏まれてしまいましたが)。正直、アンドレイにイタリア製衣装が似合うのか?という疑問を抱いてはいたので、似合ってて良かったです。今まで観たことの無い、颯爽とした感じで。アブデラクマンは、ながーいマントがついてて驚きました。でも、あの色(黒に近い緑、ラメ入り)を下品に見せないのは流石ですね。パンフが言う「サラセンの端正な騎士」、しかしてライモンダとジャンの間に入るお邪魔虫、という微妙な役どころに相応しく、キツイ色で、品良くまとめてありました。


 肝心の舞台の話に移ります。プロローグ、ライモンダに思いを寄せるアブデラクマン、見向きもしないライモンダと、彼女にヴェールを渡して去ってゆくジャン。三人三様に、姿が美しいですね。こうやって、貴公子タイプかつ主役級の男性ダンサーが二人、同じ舞台に並ぶこと自体、かなり珍しいですし。…しかし、ザハロワ、大きいですね。トゥで立つとロバートより大きくて、何と何と、アンドレイとちょうどいい感じの身長差。最近、グラチョーワを差し置いてアンドレイのメイン・パートナーと化した感のあるザハロワですが、なるほど、と妙に納得。目の保養です〜。


 第一幕、ドリ伯爵夫人の館。この時点では、私、まだ「?」という心境でした。新国立のコール・ドは、回数をこなしてますし、みんな上手くて、よく揃う。でも出だしのところでは、なんとなーく、迫力に欠けた感じがあったんですね。あと、男性陣の動きにハリが無い。特に肩から背中にかけてのラインがいまひとつ、定まって無い感じで、動きがハンパに見える。更に言うと、伯爵夫人が登場するまでの間、舞台に「重し」あるいは「要」が無い状態で、何となく軽かった。で、それを一瞬で軽く「押さえて」みせた、伯爵夫人の豊川さん。やっぱりこの方、存在感がありますね。お蔭様で、ザハロワが出る前に、ちゃんと舞台は落ち着いていた。

 
 ザハロワのライモンダは、一言で言うと「お嬢様気質」。甘ったるくはないけれど、ほのかに甘い雰囲気、おっとりと可愛らしい性格なんだけど、生まれてこのかた、我儘を拒絶されたことが無いせいか、さも当たり前に強気。でも、根本的に悪意は無くて、むしろ善良。そういう気質のお嬢様。貴婦人というにはまだすこし若いし、出の一瞬で舞台を明るくするだけのオーラも無い。でも、ワガノワ育ちの姫らしく、プロポーションもラインもテクニックも非の打ち所が無い。上記の気質も、ライモンダらしいものですし、見事な初役デビューだと思います(この日で二回目だけど)。

 


 クレメンスの湯川麻美子さんも、私の大好きな一人。これまでは、テクニックより「味」、粋な色気や暖かみで勝負するダンサーという印象でしたが、この日はヘンリエットの西川さんと二人、個性を抑えて、見事な脇役クラシックダンサーでした。時に軽やかに、時にきびきびと、実に気持ちよく動く。この二人が活躍していたお蔭で、ベランジェとベルナールがすこし見劣ってしまったのが、少々イタイのですが。


 それから、アブデラクマンのロバート。一幕では、まだ殆ど踊りの見せ場がありません。ただ通り過ぎてゆく感じ。しかし、彼をこの役に配したのは、ミスキャストではないかなぁ…と思うんです。彼は基本的に、ダウエルの系譜に連なる英国紳士で、ダンス・アクターだと思うんです。だから、ライモンダへの切ない気持ちは十分に伝わってくるんだけど、純クラシックの技で迫力を出したい時に、派手さが無い。いっそ「悪役」なら演じられたかもしれませんが、「キャラクテール」という素養も無い。なのに「純クラシック」ということでは他の追随を許さないロシアの、最もロシアらしいダンサーと決闘しなきゃいけない。それは踊りの「質」の違いで、もうどうしようもないことだと思うんです。きっとこれ、ゼレンスキーが踊っていたら、ダイナミックなジャンプの応酬になったと思うんですよ。


 「まあ、こんなもんかな」で出だしの部分が終わってゆき、ライモンダの夢の場面。ここでいきなり、目から鱗がバラバラ落ちました。コール・ドの女性陣が、本当に素晴らしくて!それは、ボリショイやオペラ座で見慣れた、あの一糸乱れぬ感じには一歩及びませんけれども、「統制の取れた集団が生み出す迫力」というものを、見事に備えていた。一人一人の動きも綺麗だし、日本人ダンサーが踊るクラシックのコール・ドで常に感じていた、「純クラシックの動きで美を生み出すことの難しさ」を、今回は感じなかった。要するに、予想も期待もしていなかった、高いレベルのコール・ドだったってことです。


 湯川さんと西川さんのヴァリエーションも、引き続き素晴らしかった。軽やかに、流れるようだった湯川さん、きびきびと小気味良かった西川さん。主役の二人に掻き消されないで、存在感を主張してくださり、嬉しい限りです。


 でもって、主役の二人も素晴らしかった。ザハロワは、以前サンクトペテルブルグの建都
300周年記念ガラで「海賊」のパ・ド・ドゥを見ていますが、マリインスキーの姫にしては、くっきり、はっきりしたラインの持ち主。もうちょっと勝気な印象かなと思っていましたが、時折気の強さが滲む程度で、基本的には可愛らしく、ほの甘い雰囲気。踊りは一分の隙も無くマリインスキー仕込、という具合でした。


 でも、今回特筆したいのはアンドレイ。ファンの贔屓目を差し引いても、この日の彼は素晴らしかった。今年に入ってラトマンスキーの「夢の中の日本」「レア」、ポソポフの「マグリットマニア」、バランシンの「シンフォニー・イン・C」「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」など、様々なスタイルのバレエに取り組んでいる、ダンサーとしての充実が現れてました。正直、彼が「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」を踊ると知った時には、「重過ぎるだろう」と思ったんです。でも、この場面での彼は、ライモンダの夢に相応しく、軽やかで柔らかで、これなら十分、任せられると感じました。いつもの「ドーン」と重い足音も聞こえませんでしたし、幻想の雰囲気があった。それでも、触れれば消えてしまうかもしれなくても、何となく暖かいのが、また彼の良いところなんですが。「お嬢様」ライモンダの勝気や我儘、ある種の「幼さ」を許容し、支える、包容力のあるジャンです。


 うーん、それにしても、この世にはアンドレイと絵的に釣り合うパートナーが、本当に存在するんだなぁ、と感動。いや、身長的にはルテステュやジローでも
OKでしょうけど、彼女たちは純フランスだし、アンドレイは純ロシアだし、並べたら酷いことになるでしょうから。その点ザハロワは、同じく純ロシアな感じで素敵です。

 二人とも、本当にラインが綺麗ですね。優雅で柔らかくて、隅々までよく伸びる。高く上がる脚が決して下品にならず、高いジャンプが決してアクロバットにならない。すべてに品格があって、骨太で、ダイナミックで豪華。要するに、ロシアバレエの粋。それを支えるコール・ドも、健闘という言葉では申し訳ないくらい、素晴らしい出来栄え。ザハロワが良いのは、ある程度想像してましたが、アンドレイがここまで踊れると思ってなかったし(ファンなのに)、新国立のコール・ドで感動出来るなんて、それこそ考えもしてなくて…皆さん本当に失礼しました。素直に感動して、血が騒ぎました。


 二幕、再びドリ伯爵夫人の館。今度こそアブデラクマンの出番なんですが…そもそも振付自体に見せ場が少ないのですね。唯一のソロも、ゆっくり丁寧に踊る感じの振付ですし。ラインの伸びやかさではロバートも負けていませんから、派手な大技を要求されるよりも、彼に似合っていたかもしれませんが。あとは、そうですねぇ…彼が連れてきたサラセン人やスペイン人は、夢の場面のコール・ドが素晴らしかっただけに、ちょっとばらつきが目立ってしまったかも。というか、やっぱり、男性陣にもっと奮起して貰う必要があると思われます。最後まで観て痛感しましたが、女性のみのコール・ドと、男性も混じっている時とでは、明らかに質が違いますから。


 で、二幕を観ていて心底感じた、この版の問題点。結論から言うと、アブデラクマンは悪役にしとけってコトです。悪役らしく、踊りの見せ場も派手に作って、ジャンとも踊りで対決させた方がいい。アンドレイとロバートでは、慣れないこともあって、迫力のあるチャンバラシーンは無理。ここが一番「おいおい…」と思ったシーンでしたしね。あと、剣がぶつかった時に、「カーン」という木の音がするのが、かなり興ざめ。ええと、本題に戻りましょう。ロバートのアブデラクマンは、牧阿佐美女史の演出に忠実に、とても純で格好良いサラセンの騎士。彼にはよく似合ってました。でも、それがまずいんです。結果的にジャンとの対比上の面白みが失われますし、最も大きな問題として、死なれると悲しい。後味が悪い。その後、無邪気にハッピーなライモンダとジャンの様子に、違和感があるんです。牧女史が言うには、「普遍的な男女の恋愛模様」を描きたかったとのことですが、この筋でそれをやろうと思うのは無理です。よほど大胆な改定を施して、換骨奪胎してしまわない限りは。真面目な三角関係には、必ず痛みが伴うし、後腐れも生じる。でも、この筋にはそれが無くて、アブデラクマンさえ排除されればすべてはハッピー。それは悪役の位置づけです。そもそも、どさくさに紛れてライモンダを強奪しようって辺りの発想も悪役っぽいし。つまり、これはお伽話の筋立てであり、お伽話である以上は、単純なエンタテイメントとして表現すれば良かったと思うんです。


 …遠路はるばる来てくれたのに、こんな評価でごめんねロバート。貴方自体は、とっても素敵だったんだけど…ていうか、可哀想だから、そろそろいい加減、酒井はなさんと踊らせてあげてくださいね。「くるみ」でも「ジゼル」でも「マノン」でもいいから(笑)。

 因みに二幕でさりげなく感動したのは、アンドレイの「手」。アブデラクマンと対峙した時の、鋭い「否」のポーズ、死体を片付けさせる時の、あまりにも慣れた命令調子。ダンサーの「高貴さ」を計れるポイントだとも言いますが、本当に、彼はノーブルですよね。それも、お公家様ではなくて、ノーブレス・オブリージを背負った人。アンドレイ曰く、高貴さを出す極意は「自然体」とのことですが、実に板についていて見事です。


 三幕。天球儀を思わせる、ブルーの背景に金色の星が輝く背景が、とても綺麗でした。踊りの方は、チャルダッシュ、マズルカと民俗舞踊が続いてゆきます。我が最愛の「眠れる森の美女」とはまた違った趣ですが、これもまた祝祭。華やかで、歯切れの良い動きが楽しかったです。それから、主役二人のパ・ド・ドゥ。正直、夢の場面があまりに素晴らしくて、きっとあそこが最高だろうと思っていたんですが、嬉しいことにその予想は外れてくれました。ここの方が良かった。


 まずはアダージョ。アンドレイの、こういう場面での上手さに関しては、もう言うだけ野暮ですよね。ザハロワも本当に綺麗。相変わらずリフトは高いし、姿勢に揺るぎが無くて、見事。でも、本当に凄かったのは、続くアンドレイのヴァリエーションでした。高さ、強さ、鋭さ、速さ、柔らかさ、軽やかさ、優しさ、暖かさ――彼が表現しうる美質のすべてを兼ね備えた出来栄えでした。相変わらず美しいというほかは無いジャンプ(恐ろしいばかりに高かった!)、回転も綺麗だったし(たまに軸が取れてないことがありますよね)、ラインの伸びやかで優雅なこと!風格、貫禄を感じるジャンでした。本当に、彼のファンをやっていて良かったなと、心の底から思いました。バレエフェスの「ドン・キ」に続いて二回目ですかね、こんなにエキサイトするのは。でも、この日のアンドレイは、アンドレイなのにこの日一番の拍手を貰っちゃうし、本当に凄かったです。願わくば、この調子を維持して、どんどん新しい役にも挑戦して、ダンサーとしてより高いところに行って欲しいものです。


 花嫁の役というのは不思議なもので、オーロラも、キトリもパキータも、みんな花嫁になると、急に綺麗になります。この日のザハロワもそうでした。幼さの残る「お嬢様」だったものが、突然に「貴婦人」の品格を身に着け、少ない動きで威厳も出してみせる。非常に地味なヴァリエーションですが、見ごたえがありました。


 コーダから続く、フィニッシュのチャルダッシュ。主役とコール・ドを含めた、乱れの無い集団の動きが、本当に迫力満点。決まるべき一線を心得ていて、ビシッとそのラインが決まる。クラシックバレエの美しさっていうのは、やっぱりそういうところから出てくるものですよね。気がつけば、再びテンションは上がりきり、ぽーっとなっていました。ご馳走様!


 カーテンコール…ちょっと気になったのですが、緞帳のタイミングが悪いですよね。ダンサーが前に出てこようとしている段階で降りてきてしまったことが、二度ほどありました。でもまあ、みんなご機嫌そうだったし、良しとしましょうか。アンドレイ、ザハロワに跪いて、手の甲にキスをしてました。バジルの時はバジルらしくキザだったし、ニーナとの時は「お姉ちゃんと弟」の雰囲気だったし、今度は完璧なナイトぶり。毎回見比べるのが楽しいです。


 因みにこのあと、イヤリングを片方落としたり、しばらくドタバタが続くのですが、それを差し引いても、本当に幸せな公演でした。ボリショイの「眠り」以来、本当に久しぶりに、生でクラシックバレエの至福を味わえましたし。この調子で、来年
GWの「眠れる森の美女」も期待しています。

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