ガラをきちんと見ごたえのあるプログラムに仕上げるのが、いかに難しいことか。それを、思い知ったような気がします。四人もキャンセルが出たのでは仕方ありませんが、通して観て、一番強く思ったのがこのことでした。もちろん、個々のダンサーやプログラムは、とても魅力的でしたけれど。でも何だか、通しで観た時、しみじみとラカッラ夫妻の不在を感じてしまいました。


ポリーナ・セミオノワ&アンドレイ・メルクーリエフ「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」


 さて、噂のお姫様はどれほどのものか…と、パンダを観るような気分で観始めたのですが…うん、まあ、こんなところじゃないですか?ポリーナ嬢、ソロの序盤で滑ったりとか、細かいミスはありましたが、上手いものです。ラインは綺麗で、脚もそこそこ強そうだし、十九の身空でこれだけ出来れば十分でしょう。清潔で可愛らしくて、ガラのオープニングにも似つかわしいし。ただ、流石にこの若さで、「全身で音楽を奏でる」ような表現力や、圧倒的な流れの美しさとは縁が無かった。それはメルクーリエフも同じことで、総括すると「今後に大いに期待」ってなるんじゃないかな。


ライナー・クライシュテッター「ラクリモーサ」


 この彼も若手ですよね?さっきの感想が顔色を失うくらい、衝撃的な小品でした。音楽性といい、全身のラインといい、さっきのは一体何だったんだろう、と思うくらいのインパクト。短い中に、ぎゅーっと凝縮された、見ごたえのある踊りでした。コンクール用に作られたものだそうですが、それをここまで「見せる」内容に仕上げるとは、大したものです。音楽は荘厳なレクイエムで、テーマは最後の審判に恐れおののく罪人だそうですが、殉教者にも見えました。「神よ、何故、私を見捨て給う」という感じで。


サンドラ・ブラウン&デズモンド・リチャードソン「アヴェ・マリア」


 ラカッラ&ピエールの代役として登場のこの二人。アダムとイヴのデュエットだそうですから、キリスト教ネタという点で、「ラクリモーサ」と繋がるのですね。テーマの割に、露骨に官能的で、ちょっと首をかしげてしまうのですが…あと、この曲にした意味は?とか。まあ、カッチーニのメロディも、カウンターテナーの歌声も、ある意味背徳的で、繋がらなくも無いんですが。踊り自体は素晴らしかったですよ。柔らかく滑らかに動きながら、時々、引きつったように強張るラインが、とても美しかった。ただ…この二人、特にリチャードソンは、バレエダンサーではなくて、コンテンポラリーの専門家ですよね?しかも、ほかの出演者は皆、クラシックがメイン(あるいは専業)のダンサーばかり。上手いだけに、余計に浮いていませんでしたか?



ディアナ・ヴィシニョーワ&ウラジミール・マラーホフ「マノン」より寝室のパ・ド・ドゥ


 この二人を、最初に観た時の演目ですね。相変わらず、ディアナはふわっと柔らかくて、甘くて、可愛らしい。そして無意識に、強烈に色っぽい。このマノンにしなだれかかられたら、抵抗する術は無いでしょう。一方マラーホフ…いかん、私、どうしても彼からはオーラを感じない。もちろん、ラインの美しさ、動きの滑らかさは群を抜いていて、マクミランの動きを堪能させてくれる二人なんですけど。その柔らかな動きから、ドラマが伝わってこない。どうしてだろう??



ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ「バヤデルカ」より影の王国


 「ひょっとして今日はハズレか?」と思っていた気分を、一気に取り払ってくれたのが、この二人。この日初めて(そして、トータルで観て最も)期待にこたえてくれた二人です。


ウヴァーロフのソロルは、相変わらずしなやかでヒロイック。大鳥の翼が広がるような大きな跳躍は、全身が余すところ無く、美しく広げられて、とても見ごたえがあります。強さと繊細さが絶妙に溶け合ったジュデは、全体のハイライトでした。でも、同時にとても静か。憂愁のロマンチック・ヒーローですね。ニキヤの指先と、彼の指先が触れ合う、ほんの僅かな瞬間の眼差しが、どうしようもないくらい切なくて、胸に響きました。それは、彼が放したくなかった手であり、放してしまった手。だから彼は、愛しているのと同じだけ、悔いている。二人の居る場所が離れてしまって、もうどうしようもないことを、知っているんですね。このソロル、ぜひいつか、全幕で観たいものです。


 一方ステパ姐さんは、相変わらず、ちょっと強すぎて、雑だったかも…でも、一瞬、腕に滲んだ悲しみが、忘れ難いのです。これがソロルの観た一方的な幻ではなく、ニキヤとの世界なんだと、分らせてくれました。ただ、彼女は既に、肉体も命も失ってしまって、ソロルに対して何も出来ない。そういう状態にあるんだ、と…そして最後の、嵐のようなピケ・ターン…今までガラというより全幕のノリでやってきたので、最後でこれはどーかと思うんですが(苦笑)、貴女だから許しましょう。ていうか、血が騒いだ(苦笑その2)。そうそう、貴女はこういう人なんだ、って。



ウラジミール・マラーホフ、ディアナ・ヴィシニョーワ、ポリーナ・セミオノワ、コリーヌ・ヴェルデイユ「アポロ」


 今回、とても楽しみにしていた演目です。ストーリーがハッキリしているので、大体、予想通りの出来だな、というのが素直な感想。でもマラーホフは、デ・グリューの時よりずっとよく踊っていたような気がします。輝くばかりに均整の取れたプロポーションと破綻の無い踊りが、それこそ「アポロン的調和」という言葉に相応しかった。ポリュヒュムニアのポリーナ嬢も同じく。ここでの彼女は、溌剌として可愛らしく、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」での大人しい踊りが嘘のようでした。ディアナとヴェルデイユもそれぞれに美しく、マラーホフと併せて四人で作るポーズが決まってました。


 というか、マラーホフにこの役がとても似合うというのは、意外な発見で、得した感じ。最初はけっこう、疑問だったんですよ。アポロンって、もうちょっと男性的なイメージがあって。でも、実際に踊っているところを観ると、マラーホフの柔らかなラインは、三人のミューズの中に、違和感無く溶け込んで、調和の形を作ることが出来る。目から鱗が落ちました。



ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ「黄金時代」よりタンゴ


 正直、踊りなれていない感は見て取れました。それも、かなりハッキリと。でも、それでも嬉しかったです。この二人が今まで見せたことの無い路線の作品だったし、あとちょっと慣れてきたら、申し分なく、格好良い踊りになるでしょうから。ステパ姐さんの、妖艶で貫禄たっぷりのリタは、予想出来ていたんです。ただ、それに挑みかかるように踊るウヴァーロフが、本当に、嬉しい予想外でした。ビシッとタンゴ調のポーズを決めて、セクシーで、格好良くて!ブラインドと言うなら、言ってください。これが観られて私は幸せだ!



アンドレイ・メルクーリエフ「アダージョ」


 今度はメルクーリエフが本領を発揮する番です。彼のために振付けられたというだけあって、本当に踊りやすそうに、軽々と踊っていたのが印象的。この人、青い鳥とかやったら素敵なんだろうな、と思いましたが…ひょっとして、レパートリーに無い?おかしいなあ(苦笑)。因みにテーマは「調和を求める芸術家のモノローグ」とのことでしたが、そんな深遠なテーマよりも、「メルクーリエフのすべて」とでもした方が、ピンと来る。というか、そこまで深いものは感じなかったです。ただ、気持ち良さそうに、存分に踊るメルクーリエフが居ただけで。



サンドラ・ブラウン&デズモンド・リチャードソン「レイトリー」


 うーむ…本当は、最初に「パリの炎」をやって、この後「黄金時代」が来る筈だったんです。でも、タンゴはささやかな作品だし、盛り上がりを考えて、この順番に直したのは分る。でも、そうすると今度は、ここでスティービー・ワンダーの曲が浮いてしまうんですよ。この後ろに急に、二部唯一のクラシック作品が来るのも変だし。だから、プログラムの組み方って難しいと思う。そして、ラカッラが居たら、クラシックとコンテンポラリーを綺麗に繋いでくれたんじゃないかな、と思うわけです。


 踊り自体は、「アヴェ・マリア」に似た印象ですが、もっと陽性で、熱っぽい感じの官能表現。南の海の夕焼けが浮かんできました。ただ、動き自体は「アヴェ・マリア」に通じるものがありすぎて…ステパ姐さんとウヴァーロフが新しいものを持ってきた横で、この二人が二つ、似たようなものを演じるのには、違和感がありました。どっちか選べ、というなら、私は「レイトリー」を選ぶだろうけれど、ここに何か別の路線のものが来ても良かったと思う。



コリーヌ・ヴェルデイユ&ライナー・クライシュテッター「パリの炎」


 あ、御免なさい、これは私、おままごとにしか見えなかった。それなりに踊っていたし、クライシュテッターのジャンプは確かに凄いと思うけれど、所詮あの「バヤデルカ」に比べたら…ウヴァーロフの絶好調なジャンプを観てしまったら…何も言えません。「レイトリー」と「コート」、このプログラムの中で最も前衛的な二つの作品に挟まれて、この純クラシックが浮いていましたし。というか、この作品って、いつもこんな、間に合わせのような衣装で踊るのですか?



ウラジミール・マラーホフ「コート」


 ストロボで目が痛い、というのが、一番素直な感想ですが…確かに「衝撃のパフォーマンス」だ。暗闇の中で小刻みにストロボを焚くことによって、一瞬の動きだけを浮かび上がらせ、観る者の目に焼き付ける…その意図は完璧に成功していますし、焼きついた残像も強烈。ただ、これってダンスなのか?という疑問が湧かなくもない。照明のマジックなんじゃないか、って。考えた人は偉いと思いますが。


 うーむ、私、どうもマラーホフにはご縁が無いようですね。今回の公演を通して観て、実感してしまいました。ファンの方には石投げられるかもしれないけど、このプログラムには突っ込みたいし、彼の踊りは響いてこないし…とりあえず「アポロ」は凄かったのに、どうしたものか、最後はこう思ってしまうんです。あ、そもそもウヴァーロフを目当てにこの公演に行くっていう根性が、大幅に間違ってるのか(苦笑)。

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