思い起こせばボリショイの「眠り」は、私がバレエ鑑賞二本目にして巡り合った、運命的な一本でした。あの日のあの舞台を以て、私はバレエというものの美しさを知り、アンドレイ・ウヴァーロフとニーナ・アナニアシヴィリという素晴らしいダンサーを知り、今日に至るわけです。

そんな彼らがこよなく愛した劇場のリニューアル公演。思い入れない筈は無い。そしてまた、あの日の記憶を追体験しながら観ていくのは、なかなか面白いものでした。

記憶の中の「眠り」は、幸福感に溢れてキラキラと輝く空間で、その華やかさの象徴として、真ん中にニーナとアンドレイが居た。すべてが活き活きとお伽話を生きていた空間でした。

そして、10年経った今も、ボリショイはそれを体現出来るカンパニーでした。ただ立っているだけの貴族たちにも風格があって美しいし、小姓役のバレエ学校の生徒たちも、背景に溶け込むかのような衛兵たちも、誰もが祝祭の空間を生きるものでした。

中央に居るザハロワの存在感が、また格別でしたしね。相変わらず凄い技術だけど、以前ほど鼻につかなくなり、成熟したバレリーナになったなと感じました。

一方ホールバーグは…良いダンサーであることは認めます。でも、何で彼がここに居るのか全然分からなかった。全体的に薄口な印象で、欠点が見受けられない代わりに、彼ならではの何かであったり、圧倒的なものが感じられないんですよね。技術、雰囲気、ザハロワとの相性や周囲との連続性、すべての意味において。もちろん、徒な純血主義はただの悪弊かもしれませんけど、でも敢えて彼を迎え入れることに何かメリットがあったんだろうか、とは考えました。彼が良くて、ヴォルチコフやスクヴォルツォフじゃ駄目な理由は何なんだろうか、とか。

アラシュは…思えば彼女は、個人的に記念すべきである10年前の来日の時も、リラを踊ったんですね。とても感慨深く観ました。圧倒的なものは無いけれど、観ていて落ち着きを感じる、素晴らしいベテランです。

それからロパレーヴィチ。彼のカラボスも素敵です。100年経って衰えてしまったところとか、何となく憎めない感じまで含めてね。

あとは何といっても、カプツォーワが可愛かったです!彼女もまた、圧倒的に華やかなダンサーとかではないんだけど、可憐という言葉がこれほど似合ってしまうダンサーもまた珍しいでしょう。アームスから指先までが格別ですが、表情から雰囲気から、見入ってしまいました。相方のオフチャレンコはちょっと細かいところが雑かなと思いましたが。

全体的には、これこそ正統派のクラシックバレエだ、という充実感に溢れて、とても輝かしい舞台だったと思います。バレエの世界を代表する劇場の再生を寿ぐのに、これほど相応しい演目も無いだろうと言うくらいの。

ただ、そこに外国人のプリンシパルを取ってつけた意味は全然分かりませんでした。芸術監督フィーリンの行く先には、やや不安を感じるのも確かです。

ボリショイ劇場のリニューアル公演です。</p>

<p>キャストは以下の通り。

<p>オーロラ姫:スヴェトラーナ・ザハロワ  デジレ王子:デヴィッド・ホールバーグ<br />リラの精:マリア・アラシュ  カラボス:アレクセイ・ロパレーヴィチ<br />フロリナ王女:ニーナ・カプツォーワ  青い鳥:アルチョム・オフチャレンコ</p>
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