これはもう、ルディエールとルグリのためのバレエですね。正直、この作品は「ロミオとジュリエット」としてはかなり邪道だと思います。リン・シーモアは「宇宙叙事詩みたいなもの」と言っていたし、血腥い悲劇に焦点が当てられて、肝心の主人公二人の影が薄い、という評も聞きました。確かに振付けだけを観れば(その面白さは別としても)、そう言わざるを得ません。モンタギュー、キャピュレット両家の憎しみを強調した重苦しいスタートが、すべてを物語っているでしょう。それを、ここまで心を打つ愛の悲劇として完成させたのは、ルディエールとルグリ、二人の力量に間違いないと思います。

キャスト

ジュリエット:モニク・ルディエール  ロミオ:マニュエル・ルグリ

ティボルト:シャルル・ジュド  マキューシオ:リオネル・ドラノエ

ベンヴォーリオ:ウィルフリード・ロモリ  パリス:ジョゼ・マルティネズ

 全体を通して感じたことは、これは渦の中の物語だ、ということです。舞踏会のシーンで、全員が円を描いて踊るうち、ロミオとジュリエットが、ティボルトとマキューシオがぶつかってしまう場面に象徴的ですね。これは、運命の渦の中にある物語なんです。渦の中に、幾つもの「瞬間」がある。弾みと言ってもいいかもしれません。それこそロミオとジュリエットがぶつかったように。知らず知らずに渦に飲み込まれた登場人物たちが、避けられないままに次々と決定的な「瞬間」を迎え、戻れない領域へと突き進んでしまう。そんな印象を受けました。

 最初に目を奪われるのは、やはりロミオのソロ。ルグリは本当に、完璧としか言いようがありません。技の大きさ、高さ、鋭さ、ラインに至るまで、「ここしかない」という一点で見事に決まっています。技巧と情感、どちらにも傾きすぎず、極めて高い位置で拮抗した見事なソロでした。

 この場面でロミオたちがやっているのは、「遊び」ではなく「享楽」。このバレエ、装置や衣装も非常に美しいのですが、色調は全体的に暗いもの。道端で昼間から酒を飲んでいる女が居たり、博徒がいたり、死人を乗せた荷車が通ったりもする。モンタギュー家とキャピュレット家の対立から来る暴力沙汰も、日常茶飯事なのでしょう。その中で、刹那的に快楽に身を委ねている、未熟な若者たちに見えました。中でもロミオは、すべての出来事に打ち込むことが出来ず、かったるい様子を隠そうともしません。

 続いてジュリエット登場。実はこの演目、全幕通しで観る前に「ダンサーズ・イン・ドリーム」で触りは知っていたんです。ロミオは同じルグリ、ジュリエットはエリザベート・モーラン。モーランはヌレエフから、ジュリエットを男の子のように演じるよう言われたそうですが、なるほど、冒頭のジュリエットは、確かに性別未分化の子供ですね。まだ転げまわって遊ぶのが楽しいお年頃。でも、他人の秘め事を覗き見て、好奇心を抱く位のお年頃でもあります。好奇心の赴くままに、罪悪感も無く覗いてしまえるのが、彼女の幼さでもあるんでしょうけど。

 そんな、何事にも真剣になれない少年ロミオと、子供の領域を抜け出す気も無い少女ジュリエットが、舞踏会の会場でぶつかることで、運命の渦は回り始めます。最初は子犬がじゃれるようだった二人ですが、「瞬間」を重ねるごとに、もう戻れない領域へと、凄まじい勢いで進んでいきます。まだ、自分の中に生まれた幼い気持ちの名前さえ知らない二人ですが、その想いに身を任せて、抱き合い、仮面を外し、やがて唇を重ねる――そうすることで、想いと、お互いとを放せなくなってしまう。そんな決定的な(あるいは致命的な)瞬間が、畳み掛けるように出てきます。

 しかし、その幸福がいかに脆く、儚いものであるかを示しているのが、ジュド演じるティボルト。冒頭から圧倒的な存在感を放つ彼ですが、その眼差しは、冷ややかな憎悪をたたえ、威圧感さえ漂わせています。そして彼は、ロミオとジュリエットの関係に気付いてしまった。その瞬間の、冷酷に燃え上がる怒りの、恐ろしさといったら。彼の存在自体が、まるでこの物語が悲劇的な結末を迎えることを、暗示しているようです。

 そして、その雰囲気を掻き回そうと奮闘努力するのが、ドラノエ演じるマキューシオ。彼は、確かにふざけた若者ですが、敢えて道化を演じるような、人間的な温かみも感じます。自分が道化になることで、すべてを、悲劇さえも茶化してうやむやにして、未発のままに済ませようというような。だから彼の動きは、ロミオとジュリエットの二人にとっても、ティボルトにとっても邪魔です。何故なら彼らが結びつくことで、悲劇は起こってしまうから。でも彼は、それを阻止したくて、ベンヴォーリオと二人、暴れ続けるのです。自分が既に、道化として悲劇の中に組み込まれているとも知らずに……

 ヌレエフ版では、この後に来るシーンは、バルコニーではなく庭園。そして、闇に紛れてしまったロミオを、マキューシオとベンヴォーリオが探している。モンタギュー家の三人を、ティボルトが探している。そんな、切羽詰った状況なのです。

このパ・ド・ドゥは、甘く切なく、限りないほど愛おしくて、悲しくなるくらい美しいものでした。最初に書いた通り、これは死の物語。でも、ルディエールとルグリは、それを逆手に取って、このパ・ド・ドゥを仕上げました。そこここに終わりの予感があるから、死へ向かう運命の渦は止まらないと分っているから、一瞬の幸福は、どこまでも貴い。一瞬だからこそ、爆発する幸福感がある。そんなところでしょうか。いずれにしてもこれは、私が今まで観てきた中で、最も甘く幸せで、切ないロミオとジュリエットのパ・ド・ドゥでした。

 ところでこのバレエ、まず名作を言っていい仕上がりではありますが、時々その振付けのあざとさが鼻についたり、博徒や乞食の動きが邪魔だったりします。特に、二幕冒頭は、五月蝿いかな。それと結婚式の場面も!教会でその振付けはちょっと品性を欠くんじゃないかな、と思わないでもなかったです。

 ティボルトとマキューシオの決闘……これもまた、この物語の、致命的な瞬間です(運命的という意味もあわせて、英語のFatalを使うとしっくりくるかもしれません)。普通、バレエで剣を扱うような時は、踊りも交えて、いかにも作り事っぽくやるもの。でもこの作品では、本当に死人が出るんじゃないかと思うほど、凄まじい勢いで打ち合います。ティボルトの気迫には、圧倒されるばかりでした。そしてマキューシオ…道化の死です。彼は、自分の死という悲劇から皆の目を逸らそうと、冗談を言って明るくすべてを笑い飛ばし、とうとう死の瞬間を隠しおおせました。それを、悲劇と呼ぶべきなのか、喜劇と呼ぶべきなのか…そして逆上したロミオは、ティボルトを刺し殺してしまいます。再び大きく渦巻く運命の輪。呆然と立ち尽くすロミオは、自分が、今度こそは誰の目にも明らかな形で踏み込んでしまった、二度と戻れない領域に愕然としていました。ジュリエットは、最愛の恋人が可愛がってくれた従兄を殺したという事実に、身を引きちぎりそうなほど悲しみ、混乱して叫びを上げました。つい一場前の慎ましやかな幸福は、こんなにも無残に壊れるのだと、まざまざと見せ付けるのです。

 追放を命じられたロミオは、ジュリエットの寝室を訪れます。ほんのすこし前まで、あれほど幸福に満たされていた二人が、この時は何と憔悴し、かぼそく儚げであることか。でも、そんな二人の姿からは、お互いを失ったら生きてゆけないという、強い愛が迸っています。何があっても、この愛だけは手放さずに守り抜こうという、もはや少年少女ではない二人の、強い決意が。だからこそ、この痛ましく美しいパ・ド・ドゥもまた、強く心に響くものでした。

 それでも、残酷な運命の輪はとどまることを知りません。ジュリエットに無理矢理花嫁衣裳を着せ、パリスに引き合わせる乳母とキャピュレット夫妻。パリスはきっと、何も知らないままに結婚する相手としては、合格点の男性なんでしょう。マルティネズ演じる彼は、ノーブルで身のこなしにも優しさがあります。でも、ロミオを知ってしまったジュリエットには、それが誰であっても問題ではない。追い詰められた彼女は、短剣と毒薬を手に、恐れ慄きながらも、決断を下そうとする。すべては、ロミオとの愛のために。そんな彼女の傍らに、死せるティボルトとマキューシオが現れ、彼女を死へと導こうとします。悲劇的な運命の渦の中で、お互いの手だけは離すまいと必死な、若い二人――でも、死が常に傍らで冷笑している。すべては取り返しのつかない方向へ進んでいる。この部分が、それを最も忠実に表しているように思えます。

 マンチュアへの道中、道端で眠るロミオの夢に、ジュリエットが現れて語りかけます。でも、ロミオは深い眠りの中に居て、その言葉は届きません。そこにベンヴォーリオが現れ、ジュリエットの死を知らせます。慌てて駆け戻るロミオの背を呆然と見詰め、崩れ落ちるベンヴォーリオの姿は、とても印象的でした。今までマキューシオの影に隠れて目立たなかった彼ですが、この場面では、まるで自分がたった一人現世に取り残されることを予期しているようにも見えました。

 ジュリエットの墓所――手向けの花の中で、パリスではなくロミオのために花嫁衣裳を纏い、仮死の眠りの中にあるジュリエット。傍らにはパリスが居ます。そこへ駆け込み、激情に任せてパリスを殺すロミオ――そして彼は、ジュリエットを抱き起こし、頬を寄せます。そこにあるのは、ただただ、愛。悲しみよりも、二度と離さないという想いをこめて、ロミオはジュリエットに寄り添うのです。前二つのパ・ド・ドゥよりも、ここの愛情表現は、何倍も深く細やかで、心に染みるものでした。

毒薬を呷り、倒れ付すロミオ。そしてジュリエットが目覚めます。最初はそこがどこだか分らずに、飛び起き、走り回り、見つけてしまったパリスの死骸に恐れ慄き――そしてロミオを見つけます。最初はまだ、彼が死んでいることに気付かない。とうとう迎えることの出来なかった、恋人同士の幸せな朝のように、ジュリエットはロミオを抱き起こし、目を覚まさせようと唇を寄せて……気付いてしまいます。ロミオの唇に残っていた、彼の命を奪った毒薬に。すべてを悟ったジュリエットの、慟哭――慟哭という言葉の意味そのものを突きつけられるような、悲痛な叫び。ジュリエットの悲しみは深く、鋭く、魂まで抉るかのようでした。流れていた音楽は、ジュリエットのメインテーマ。プロコフィエフの音楽の、最も美しい旋律です。それさえも、あまりに美しすぎて悲しかった。不覚にも涙が出ました。

 短剣の上に身を投げ、命を絶つジュリエット――それは、子供から少女、一人の女性への道を恋の一念で駆け抜けた、彼女の決断でした。ロミオの死もまた、何事にも価値の見出せなかった世界から、最も貴いものを見出した、一人の若者の決断だったのでしょう。運命の渦は、この悲劇的な二つの決断をもって終わります。

 ヌレエフの振付けが一番余計なのは、よりによって最後。渦が止まった後に、もう何者が出る必要も無い。ロミオとジュリエットの死によって、愛の物語も、死の物語も完結した方がいいと思うのですが…わらわらと出てくるモンタギュー、キャピュレット両家の人々、そしてよりによって博徒が、あまりにも興ざめでした。

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