よくもまぁ、二十一世紀になってから、こんな大時代がかったバレエを制作したものですね。と言っても、プティパの失われた作品をロシアで復刻するのは、意味のあることだと思うし、何よりこの作品、素晴らしくボリショイに似合います。人数にものを言わせる部分も含め、重厚で豪華で、ダンス・クラシックの楽しみがぎっしり詰まっている感じで。クラシック・バレエ、ロマンティック・バレエ、キャラクター・ダンスと、出てくる踊りも多彩で豪華。これでもかというほど数が出る、色鮮やかな衣装もとても綺麗でした。

キャスト

タオール/ウィルソン卿:セルゲイ・フィーリン  アスピチア:スヴェトラーナ・ザハロワ

ラムゼヤ:マリア・アレクサンドロワ  ジョン・ブル/パッシフォント:ゲンナジー・ヤーニン  漁師:ドミトリー・グダーノフ  漁師の妻:インナ・ペトロワ  ナイルの王:ウラジミール・モイセーエフ  川:アナスタシア・ヤツェンコ、エカテリーナ・シプリナ、エレーナ・アンドリエンコ  パ・ダクシオン:アンナ・ツィガンコワ、アナスタシア・ゴリアチェーワ、デニス・メドヴェージェフ、ヤン・ゴドフスキー

 冒頭、ウィルソンとアラブの隊商が砂嵐に巻き込まれ、ピラミッドに逃げるシーン。ここは、しょぼいと言えばしょぼいですよね。あれで状況を「砂嵐」と理解するのは、ちょっと難しいかも。そして、阿片でラリッて夢を見るというのが、もう考えられないくらいレトロで素敵(苦笑)。もうすこしロマンチックに解釈するなら、彼らはきっと、若くして亡くなった王女アスピチアの、見果てぬ夢に巻き込まれたんだと思います。実際問そこは王女の墓で、彼女は若く、美しい姿のままミイラになっていたんだから。

 で、美しいと言えばザハロワ。出の一瞬だけでも、思わず溜め息をつきたくなるような風格があります。とにかく姿が美しくて、姿勢が綺麗。あとやはり、背が高い。フィーリンとじゃ普通に立ってても殆ど変わらないし…フィーリン、お疲れ様です。

 場面はウィルソンとジョン・ブルの夢の中へ。このシーンの冒頭は、やはりコール・ドの迫力に打たれました。放射状に整然と広がる、隊列の見事さ。一人一人の持つ迫力と、集団になった時に生まれる別の迫力。男性美と女性美。どれが組み合わさっても最高です。ビデオでたくさん観たパリ・オペラ座に比べると、若干垢抜けない部分はありますが、それも含めて、骨太で豪華なボリショイの魅力をどうぞ!という感じ。

 もうひとつ、全体を通してとても可愛らしかったのが、黒人奴隷を演じる子供たち。もちろん技術的には甘いんだけど、その甘さと、甘いがゆえの一生懸命さが愛しい。

 あと目を惹いたのはアレクサンドロワ。ザハロワは、とっても綺麗で上手いんだけど、「これ」というキャラクターが希薄な気がするんですね。一方アレクサンドロワは、パワーのあるダンサーですね。ちょっとエキゾチックな感じの衣装も素敵。

 逆に、ちょっと肩透かしを食らったのが、岩田さん演じる猿。岩田さんがどんなに踊れるダンサーかは、生を観たから知っている。ダンスマガジンでニーナも褒めてたし…と思ったんですが、出番、これだけ?もっとあってもいいじゃないですか、と。

 肩透かしと言えば、ヤーニンもそうかもしれない。きっと何か面白いソロでも見せてくれるんだろうと思っていましたが、この場面では一人でバタバタするばっかりで、踊りらしいことは何もしないし…

 因みにフィーリンとザハロワの踊りは、期待通りというか、予想通りというか。相変わらず、フィーリンは細かい技が綺麗で、雰囲気も颯爽としてますよね。これ見よがしの派手さは無いんだけど、好感度はとても高い。一方ザハロワは、確かに強烈なパーソナリティは無いんだけど、それが妙にフィーリンの「地味さ」(良い意味)とも合うし、典型的なお姫様キャラである、このアスピチアにも似合ってました。

 でも、それよりも度肝を抜かれたのは、続く宮殿のシーン。舞台の奥行きを思う存分使った大きなセット、「一体何人出てくるんだ?!」と叫びたくなる数のコール・ド、すべてが物凄い迫力。コール・ドは目いっぱい踊るわけじゃなく、ただ行進してくるだけの人も多いです。でも、その歩く姿がいかにも堂々としていて、雰囲気があって、集団になるとまたエネルギーがある。ボリショイ版のデフィレでも観ているような錯覚に襲われました。この大仰さ、豪華さは絶対、ボリショイじゃないと出せない。「これが天下のボリショイだ!」って、無言のうちに言い放ってる感じでしょうか。

 逆に、ちょっと物足りなかったのがパ・ダクシオン。ツィガンコワとゴリアチェーワの女性二人は、地味めだけどおっとりした感じで、それなりに良かったんです。でも、男性二人、メドヴェージェフとゴドフスキーが、何となく動きが固くて、バタバタ見えてしまいました。

 アレクサンドロワ。第一ヴァリエーションはジャンプもあったり、派手めの振付でしたが、今度はコール・ドや子供たちを従えて、細かいステップ。動きが精密だし、回転の軸が物凄く細い。

 フィーリンとザハロワ。ザハロワは本当に揺ぎ無く、いつも通り完璧!という具合でしょうか。そして目を惹くのが、それを支えるフィーリンの安定感。ボリショイの男性陣が偉いのは、相手が誰であっても、リフトやサポートがしっかりしていて、綺麗に支えきれるところですよね。あとこの人は、本当に細かいところが上手い人です。アントルシャのような細かいステップもそうですが、アスピチアに触れる指先の表情とか、何気ないところに感情が滲む。一方のアスピチアは、苦労知らずのお姫様で、つい無意識に、タオールをじらしてしまう。それが、厭味にならずとても可愛いのですが。

 父ファラオから意にそわない結婚を強いられ、駆け落ちを決行するアスピチア。ここでの彼女の衣装は、ちょうど「ロミ・ジュリ」のジュリエットのような、細いロングスカート。これまで赤、ラピスラズリとクラシック・チュチュを着ていましたが、ひとつのバレエの中で、同じ人物が違う種類のチュチュを着るって珍しいですよね。

 難なく駆け落ちを成功させ、猟師の家に辿り着くウィルソンとタオール。猟師の妻を演じているのはペトロワ。技術的にはザハロワほど凄くは無いけど、味のあるダンサーです。素朴で温かみのある、可愛らしい雰囲気が何よりの魅力。

 猟師役のグダーノフは、何となく顔立ちがフィーリンに似ている…と思ったら、踊りも似てません?軽やかでキチッとしたところが、特に。それからここで、待ってました、のパッシフォントのソロ。ただ、期待したにしては、短いなぁと。この人、よくバタバタしながら舞台を突っ切るんですが、半分でも踊ってくれれば面白いのに。

 そこにファラオの追っ手が迫ってきて、アスピチアはナイル川に身を投げます。その川底には、ナイルの王と川の精たちの世界が。ここでは女性のコール・ドたちが、淡い水色のロマンティック・チュチュを着て踊っています。この場面では、アスピチアも同じチュチュに着替えて、一転ロマンティック・バレエの装い。でも、コール・ドの質は変わってもずっと綺麗です。

 この場面は、ソリスト陣も健闘してました。最初のヤツェンコは、スパニッシュ風の音楽に乗って、挑みかかるような眼差しと、キリッとはっきりした踊り。続くシプリナは、三人の中でも抜群。しなやかで柔らかい、品のあるラインで、雰囲気も優雅。この人、オーロラを踊ったらきっと素敵でしょうね。三人目のアンドリエンコは、前二人に比べるとちょっと地味ですが(振付的にも)、それでもキチンと踊りこなしてました。

 それからザハロワのソロ。彼女のソロはたくさんあるんですが、演技に起伏が無いので、どうしても似たようになりがちです(フィーリンも)。でも、ここで一転、ロマンティック・バレエのふわりと柔らかい踊りになるので、メリハリがついて良いですね。彼女もくっきり、はっきり、明るく踊るバレリーナのイメージがあったので、ああ、こういう踊りも出来るんだなと思い、ちょっと嬉しかったです。

 アスピチアが地上に戻ると、タオールは姫君誘拐のかどで処刑寸前。「この人をどうにかするなら死んでやる!」とばかり、親を脅しにかかるアスピチア。これで話が片付いちゃう辺りとか、この時出てくる蛇が、いかにもな感じのぬいぐるみだったりとか、突っ込みどころは色々あるんですが、まあいいや。めでたくアスピチアとタオールは結婚できることになり、豪華なコール・ドを従えてのアダージョ。欲を言えば、一度きちんとしたパ・ド・ドゥが観たかった気もしますが、流れるように美しいアダージョでしたし、最後、舞台全員を使った隊形が、本当に綺麗。舞台中央にタオールとアスピチアを揃え、コール・ドがそれに従って、舞台奥には太陽へと続く階段。もうこれだけで、完璧な一枚の絵です。

 舞台は暗くなり、再びピラミッドの中。タオールの夢を見るウィルソンを残し、棺へと帰るアスピチア。多分、彼女は本当は、ナイル川で溺れ死んでしまったんでしょう。そしてタオールの面影を宿すウィルソンを見て、彷徨い出てきたんでしょう。そう考えるのが、一番しっくりきます。

 だけど、オチのつけにくいバレエです。アダージョの部分がとても幸せだったので、そのあとが、余計なおまけに見えてしまって。いっそ「ウィルソンの夢」じゃなく、本物のオリエンタル・バレエにしてしまう方法もあったと思うんですけど…まあそこは、プティパに文句を言うしか無いし、ボリショイとラコットに罪は無いですよね。それに、その辺りも許せてしまうくらい、ボリショイによく似合う、素敵な作品でした。願わくばこれが、長く上演され続ける演目として、モスクワに残りますように。

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