「ジゼルが観たい!」とぶつぶつ言っていたバレエ初心者は、念願叶って新国立劇場へ足を運び、それなりに満足しつつも、アルブレヒトに向かってはちゃぶ台をひっくり返しました(笑)。いくら「甘ったるい」と言われようとも、メロドラマ好きの人間としては、彼には純愛青年でいて欲しかったんです。で、そんな欲求不満を解消してくれたのがこの映像。それでなくても、貴重なアンドレイの映像ですし。因みにこれは、知人に無理言ってクラシカ・ジャパンで放送されたのを録画して貰いました。

キャスト

ジゼル:ナジェジダ・グラチョーワ  アルブレヒト:アンドレイ・ウヴァーロフ

 この映像観て「ああ、バレエって美しいわ」という結論に至りました。生で観た時飽きちゃったペザントを楽しめたし、ウィリたちの迫力も桁が違った。何より主演カップルの上手さと、役の解釈が本当に心に響きました。あとヒラリオン。彼は多分、この作品の中で一番お約束な動き方をしましたが、それが本当に物語の中で活きてて、とても良かったです。純朴で粗野で、一途だけど考えなし。そんなところが露骨に出てます。だから、ジゼルのことを凄く好きなのは分るけど、応援してあげられない。ジゼルのためになってない。そんな感じです。

 ミルタのこと。欲を言えば、ミルタにはもう一押し、怖さが欲しいんですけど…でも、ジゼルを踊ったグラチョーワとの対比を考えると、いい踊り方をしていました。このミルタ、非常に硬質な印象を残すんですよ。凍てついたような冷たさ、揺るがなさ。冷厳と言ってもいいかもしれません。その持ち味は、とても良かったです。

 ジゼルとアルブレヒト。まずグラチョーワ。軽やかで、柔らかくて、愛らしいジゼルでした。一幕も二幕も本当に軽い踊り方をしてるんですけど、一幕はちゃんと存在感があって、二幕は透き通る、軽さの質がちゃんと違っています。それと、彼女は多分、非常に柔らかい雰囲気のバレリーナなんだろうと思いますが、一部だけ、その柔らかさを封印した個所があります。それは、ミルタに導かれてウィリとして踊り始める部分。ここのところ、踊りがミルタばりに高質で、完全にウィリ化してるんですよ。それが、アルブレヒトとの再会で徐々に柔らかくなり、花を降らせる辺りで完全に柔らかさを取り戻す。この解釈は見事だなと思いました。

一幕での彼女は、真っ直ぐ無邪気にアルブレヒトを見つめてはいるものの、恋に恋する雰囲気もありますし、二人一緒に居ても、友達や母親に目がいってしまったり、「ここより一歩先」へ行くことへの恐れも感じられます。そして、現実を受け入れられないままに狂乱。そして二幕、ウィリからジゼルに戻った彼女は、ひたすら柔らかく、優しく、真心だけを捧げ尽くす。零れんばかりに百合の花を抱きかかえて、それを散らせながら踊る様子に、すべてが表れていました。それと、ここの表現が一番柔らかいですね。あと、二幕のシソンヌのリフト、絶品の美しさです。

 続いてアンドレイ。彼のアルブレヒトは、貴族を隠しきれてないというか、純愛に迷った貴族です、完全に。ウィルフリードを追っ払う時もそうですが、ヒラリオンと喧嘩をして追い払う時も、無意識のうちに威厳を出してしまって、それで向こうが怖くなるんですよね。「そんな怖い顔をしないで」とジゼルも言ってます。それと、一幕では時折、高貴な人特有のけだるさも匂わせます。途中で掌に染み付くジゼルのぬくもりに愕然として「何やってるんだ私は」とも言ってますし。これは彼が二十四歳の時の映像なんですが、当時から本当にマナーが良くて、いたれりつくせり、素晴らしく優しい。花占いをするジゼルを見つめる瞳、眩暈を起こしたジゼルを抱きかかえる腕、本当に、あれだけ優しくされたら参るよな、と素直に思います。あと、バチルド相手になると本当に「義理」だなぁと。恭しいけど冷たくて遠い。ジゼルとは距離感がまるで違うんですよね。まあ、甘チャンで未熟者という言い方もできるんですけど(苦笑)。唯一の難は、踊りに破綻が無さ過ぎて、二幕でしこたま踊らされても死にそうに無いこと。アップで観ると本人は汗だくになってるんですが、踊りはどこまでいっても端正そのもので…

 因みにこの二人、役作りは基本をしっかり抑えて自分の味も出して、という感じですが、二幕の踊り方がけっこう凄いかも。あくまで私にそう見えたというだけですけど、ミルタに踊らされるパ・ド・ドゥが。アルブレヒトは、命乞いなど思い浮かぶべくもなく、気品さえ感じさせる足取りでミルタの前に進み出て、当然のようにその怒りを受ける。一方ジゼルは、ここの彼女が一番大胆かも。二幕のジゼルは、あくまでもこの世ならぬ者であり、実際に触れることは叶わないのが鉄則。実際に、このパートに入るまではすいすいとアルブレヒトの腕をすり抜け続けます。更に一幕でも、それは多分幼さと恐れから、本気でアルブレヒトの腕に抱かれようとはしない。それが、このパ・ド・ドゥに入る前に、お互いを見つめあいながら抱き合うシーンがあるんです。そこからはもう、完全に二人だけの世界。アルブレヒトが死ぬか生きるかより、二人に残された最後の一夜を大切に、丁寧に味わい尽くそうとするかのようです。このアルブレヒト、舞台のある一線を越えたら、もうミルタの方も向きません。大切なのはジゼルだけ。グラチョーワのジゼルが生み出す類稀な柔らかさ、アンドレイのアルブレヒトが持つ優しさが合わさって、清浄で濃密な世界が出来上がります。本当に、溜め息もの。

 そして、夜明け。この振付け、けっこう阿漕ですよね。流石グリゴローヴィチというべきか、アルブレヒトにあれだけ踊らせた後で、まだリフト(というかお姫様抱っこ)があるんですよ。墓標に近付くジゼルを抱き上げて、じっと見つめるその眼差しは「行かないでくれ」というよりも、愛を語らう感じでしょうか。豊かに満たされた、二人だけの世界の最後の時間。そんな感じに見えましたね。そしてジゼルは再び、触れることの叶わないものに戻り、残された闇の中に消えてゆく、だからこそ別れは哀切です。でもバッドエンドという感じはしない。ジゼルの残した百合の花を愛おしみながら、ゆっくりと歩き始めるアルブレヒトは、多分これからも生きてゆくんだろうなと、ごく自然に思いました。

 そんな具合で、本当に私好みの演出に役作りで、観ていて非常に幸せな舞台でした。それと、アンドレイ、この年ギリギリセーフで独身なんですよね。彼は舞台に上がる時も指輪は外さない人で、映像で観るとはっきりわかってしまい、何気に世界観が崩れるので、ちょっと安心(笑)。

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