てんやわんやの一日は、朝まだ暗いうちから始まっていた。カール王国の女王フローラと、先代勇者アバンの婚礼の日である。城に務める者たちは宴の準備に忙しかったし、城下に住む者たちも起きた時から何だかわくわくしていた。城にはパプニカの女王レオナを始め各国要人が滞在していて、それぞれに何か用意をしていたし、そのほかにも女王の個人的な招待客たちが集まっていた。そしてポップは、捕まらない最後の数人を呼び寄せるのに、国中で一番てんやわんやしていたのだった。

 フローラの希望で、半年前のあの戦いに参加した者は皆集めることになった。レオナは最初から出席が決まっていたし、エイミはそのお供。彼自身やマァム、メルルといった面々は呼ばれれば喜んで出かけてゆく。ロン・ベルクとノヴァは思ったより簡単に来てくれたし、ニセ勇者一味まで何故かちゃっかり居るのだが、てこでも動かなさそうな面子が、当日まで来ていない。ブロキーナ、ラーハルト、そしてヒュンケル。クロコダインとヒムもだいぶ渋っていたのだが、マァムやチウにも手伝って貰って、どうにかこの日までに説得している。しかし、ガルーダでこの二人が移動するのは無理だから、迎えに行ってやらなければならない。ブロキーナのところには昨日からマァムとチウが説得に行っている。その首尾を確認し次第、ポップは最大の難関ヒュンケルの説得に行かなければならないのだ。一番厄介な男を今日まで放っておいたのは、ほかでもなく、いざとなったら無理矢理腕を引っ掴んでルーラを使うためだが、それにしても何と手のかかることだろう。

「ったく、おれってお人好しだよなぁ…」

一日の予定を確認しながら、ポップは独りごちた。幾ら世界を救った勇者の仲間でも、これだけのルーラの連発は流石に堪えるし、第一あの偏屈者のヒュンケルを説得するのだ。所在も正確にはわからないし、人格から素直さが絶対的に欠落していて、こうと決めたらてこでも動かない。過去その説得に成功した者といえば、マァムくらいのものである。今回も本当は彼女に行って貰うのが一番早いのだろうが、一応ブロキーナは弟子であるマァムとチウが説得するのが筋だろうし、ポップの個人的な事情もある。そもそも今日予定通りのメンバーが揃うとしたら、ポップ、マァム、ヒュンケル、エイミ、メルルという多角関係の当事者全員が久し振りに顔を合わせることになるのだ。ひと悶着起こらなければ良いのだが…考えるだけでげっそりしてきた。

「ええい、出たとこ勝負はいつものこった!行ってやる!」

しかし、ことはすべて尊敬する先生のためである。覚悟を決めて動き出さなければならない。

 

 ポップが最初に訪れたのは、クロコダインとヒムを連れてこればいいだけのデルムリン島だ。二人が平生どこで寝起きしているか知らないので、とりあえずブラス爺さんの家に行ってみた。

「おお、ポップ君、久し振りじゃな。クロコダインとヒムなら、そろそろ来る頃じゃよ。普段は山向こうに住んどるんじゃが、そこじゃポップ君にわからんじゃろう。朝のうちに来ると言っとったよ」

「ありがてえ。この後こんな具合にあっちこっち飛び回る予定なんだ。すこしでも動く距離が短いと助かるぜ」

とりあえず、ここでほっと一息ついてみる。まだまだここで疲れている場合では無いのだが、朝のうちに気疲れしてしまったので、ひとつでも良いことがあると、思わず安心してしまう。

 が、しかし。それじゃあと腰掛けて一服しようとしたところで、外からドタドタと足音が聞こえてきた。クロコダインとヒムは体重が重い。というわけで、どんなに丁寧に歩いてもそこそこ足音が立ってしまうのだ。結局休む間も無しか、と苦笑して、ポップは立ち上がり、家の外に出た。

「おっさん!ヒム!久し振りだな」

「おお、ポップ、わざわざすまんな。元気そうで何よりだ」

豪快に笑うクロコダインの、分厚い皮膚に覆われた掌を勢い良く叩く。ヒムでこれをやると手の骨が無事では済まないのだが。

「よう、元気そうだなポップ」

「お互い様だ。今度こういう機会があったら、オメーのルーラで来てくれよ。おれはこの後もあっちこっち回らなきゃならねえんだから」

と、今度はヒムと挨拶を交わす。

「そりゃご苦労だな。ま、頑張ってくれ」

所詮他人事だとばかり、しゃあしゃあとした顔で冷やかすヒムの鉄仮面が、何だか憎らしく見える。ヒュンケルの説得をするならば、こいつを連れて行くのは効果的じゃないだろうか。いや、それは無いかななどと下らないことを考えていると、再びクロコダインに話し掛けられた。

「ヒュンケルの奴は、まだ来ていないのか」

流石はクロコダイン、話がわかっている。何より彼が言うと不思議に安心感があるのだ。何だか嬉しくなってきた。

「来てないも何も、まだ行方も掴んでねぇよ。後でメルルに占ってもらって、無理矢理引きずってくるつもりだ。前から教えておいたら、絶対雲隠れするに決まってやがるからな」

ポップの愚痴に、クロコダインとヒムが顔を見合わせる。そんなことだろうと思った、と言いたげな表情だ。

「…ポップ、すまんがあの偏屈者に会ったら、オレたちが会いたがっていると伝えてくれ」

「来なかったら許さねえ、ってな」

クロコダインの、やれやれ仕方ないと諦めた中に、すこしだけ寂しさを加えたような調子。気遣うようなヒムの明るさ。ヒュンケルはこのことを、どれだけわかっているのだろう。

「わかった、約束するよ。じゃ、お二人さんはさっさとカールに行ってくれ。ブラス爺さん、またな!」

すこしだけ、力を貰った気がした。早々に挨拶を済ませると、招待客二人の手を掴み、ルーラを使う。

 本当は城内に着地すると一番いいのだが、今日そんなことをすると、誰とぶつかるかわからない。とにかく正午の祝宴開始まで、城に関わるありとあらゆる人間が忙しく動き回っているのだから。しかし、人間が城に集中していれば逆に空いている所もあるわけで、例えば城に隣接する騎士団の詰め所などいい例だ。騎士たちも皆、警備や式典の打ち合わせなどで朝から城である。それでも念のためここの屋上に着地すると、メルルが待っていた。

「お久し振りです、クロコダインさん、ヒムさん。ご案内しますから、ついて来て下さい。レオナ姫がお待ちですよ」

相変わらずだが、本当に気立ての良い少女だ。あの戦いを経て、すこしだが明るく積極的になった感じもする。恋愛感情は別としても、誰にでも好かれる、すくなくとも積極的に嫌われるということのない性格だろう。だからこそ、こういう役には適している。例えばここにエイミを配置しておいたら、それはヒュンケルが来た時に何かありそうだし、バダックをこういった雑用に使うのは憚られる。適役というものがあるのだ。

 というわけでひとまず二名様ご案内なのだが、ポップの仕事はまだまったく片付いていない。

「じゃあメルル、後は頼むな。おれは老師たちを迎えに行ってくるから」

「気をつけて行って来て下さいね」

本音を言うと「マァムたちを」なのだが、用件は確かにブロキーナの迎えだし、一応メルル相手の気兼ねなどというものもあるのだ。

 ブロキーナの住むロモスの山奥には、つい昨日、マァムとチウを送っていったばかりだ。ルーラで行ける一番近い所まで移動して、あとはトベルーラで飛んでいった。今度は一発で目的地である。

 「老師、お願いですから起きてください!もうとっくに夜は明けてます!」

着地するなりマァムの声が響いた。どうやら行きたくないブロキーナが未だに蒲団に潜ったまま出て来ないらしい。続いてチウの声もした。

「みんなが老師のことを待ってるんですよ!行ったっていいじゃないですか」

「お前たちも知っとるじゃろう。ワシは持病の『こめかみひやひや病』で遠出はきつい体なんじゃよ」

語尾にお決まりの咳が入る。だから何でこめかみで咳なのかとか、持病の名前はそんなものだったかとか、つっこみたいことは色々あるのだが、今はそんな瑣末なことにかかずらっている場合ではない。

 ブロキーナが寝起きしている小屋の扉は開け放たれたままだった。

「おはようございます老師、迎えに来ましたよ」

「ポップ。いい所に来てくれたわ、貴方からも老師を説得して頂戴。私たちも昨日から色々言ってるんだけど、全然聞いて下さらなくて」

どうせそんなことだろうと思った。ブロキーナは出不精なのだ。いや、出かけるのは好きなのだが、ブロキーナとして面を晒すのが嫌いで、だから今まではあんな布袋を被って出てきたのである。しかし今回は、流石にカール王国主催の宴だから、布袋はまずいのでは、という話になり、そこからが堂々巡りなのだ。どうせ正体が割れているのに何を今更、とポップは思うのだが、そこはそれ、ブロキーナの考えることはポップには図りかねる。

「老師、いい加減にして下さいよ、みんな老師のことを待ってるんですからね。もう布袋でも何でもいいですから」

マァムとチウはえっという顔をしたが、ポップは居直ってしまっている。

「構わねえよ、どうせ獣王遊撃隊の奴らも出るんだろ。だったら全員集合のほうがいいだろ」

そういえば、とマァムが手を叩き、チウが飛び上がる。

「そういえばその通りだ、老師、じゃなかったビーストくん。獣王遊撃隊隊長として命じる。今すぐあの布袋を被って来なさい。フローラ女王の結婚式に出席するのだっ!」

乗せるとここまで言い切る度胸は、流石に未完の大器。それを見たブロキーナも、ほっほっほと笑って蒲団から這いずり出す。

「そこまで言うなら、仕方ないのぉ、隊長の命令じゃしな」

と、小屋の奥をガサガサやり始めた。もしかして今まで引っ張るだけ引っ張って遊んでいたんじゃあ…という疑念が湧かないでもなかったが、終わり良ければすべて良し、とにかくブロキーナをカールに連れて行ければ問題無いのだ。

「ポップ、助かったわ。ありがとう」

「こちとら忙しいんでね、あんまり一人に時間をかけたくねえだけだよ」

苦笑して肩を竦めるマァムに、空元気交じりの明るさで応対する。何しろこれでブロキーナを連れて帰ったら、残るは最大の難関であるヒュンケルとラーハルトだ。今までまだ先だと言い聞かせていたが、目の前に迫ってくると、やはり少々「逃げの虫」が動き出す。そんなことはもう出来ないと、自分が一番わかっているのだけれど。

 「ねえポップ」

などとぐちゃぐちゃ考えていたら、横合いからマァムが声をかけてきた。内容の見当はつく。

「クロコダインとヒムはもうカールに行ったの?」

「ああ」

「ヒュンケルは?」

ラーハルトの存在が抜けているが、それはやはり、マァムにとってのヒュンケルの存在感の大きさなのだろう。どう大きいのかは今はポップ自身も測りかねているところだが、やはりあまり嬉しいものではない。

「ヒュンケルとラーハルトはこの後だ。素直に来てくれると嬉しいんだけどな」

「大丈夫よ。ヒュンケルだって、本当は先生やみんなに会いたい筈だわ」

それを素直に言えて行動に移せる男ではないが。喉の奥で呟きを殺して、ポップはひとつ、軽い溜め息をついた。ヒュンケルが会いたい以上に、マァムも、アバンも、クロコダインも、それにポップ自身も、ヒュンケルに会いたい。正面切って伝えるのは照れるが、向こうはそんなことを考えていないかもしれない、と思うと、矢鱈と癪なのだった。

 そんなわけで、案外あっさりブロキーナを連れて行けるかと思ったら、布袋が行方不明になっていて、なかなか見つからなかった。四人がかりで狭い小屋を虱潰しに探しまくり、足の踏み場も無くなった頃に、やっと見つかった。ここで一時間はスッている。時計を見ると、午前十時すこし前だった。

やばい、とばかりにブロキーナをせかし、小屋を出た所でルーラを使う。慌てていたせいで、久し振りに着地でずっこけ、何の役得も無くチウの上に乗ってしまった。せめてこれがマァムだったら、痛い思いをした甲斐もあるだろうに。

「わ、わりい、ちょっと焦ってて。メルル、こいつら案内する前に、ヒュンケルの居所、頼む」

ドタバタと立ち上がり、水晶球を持って待っていてくれたメルルに歩み寄る。

「ちょっと待ってくださいね、今探します」

瞼を伏せ、精神を集中しているメルルの手元で、水晶球が淡い光を放ち始める。やがてその光の中に小さな影が生まれ、影はやがて映像を結んだ。

 なんだか見覚えのある風景だ。静まり返った、深い森である。木立の向こうに、湖が見える。どうやらテランのようだ。バランと戦った時に使った小屋にほど近い。

「よっしゃ、ここならルーラ一発で行けるぜ。じゃ、ちょっと行ってくる!」

傍から見てやや不自然なほどにせわしなく、ポップは飛び立っていった。

 「相変わらず、騒々しい奴ぅ」

呆れたように空を見上げるチウを、マァムが窘める。

「ポップなりに必死なのよ。アバン先生を喜ばせたいし、それに……」

マァムはその後を言い澱み、曖昧にぼかしてしまったが、幾ら鈍感な彼女でも、ポップがヒュンケルに対して無心で居られないくらいは察している。自分が行きたい気持ちもあったが、敢えて遠慮したのはそんな配慮からだ。

「大丈夫ですよ、ポップさん、すぐにヒュンケルさんを連れて戻って来ますから」

別にその感情を汲んだわけではないだろうが、メルルが柔らかく微笑んで、階下へと続く扉を示す。

「…そうね、安心して待たせて貰いましょう」

こればかりは、もう他人にはどうにも出来ないことである。自分たちがあれこれ余計なことを考えても仕方ないのだから、とマァムは思いを断ち切り、頷いてメルルに随った。



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