テッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア(カナダ)

【主な成績】

10バンクーバー五輪金メダル、101217世界チャンピオン、081217四大陸チャンピオン

 

 アイスダンスの理想って、こういうこと。彼らの演技を観ていると、趣味とか好みを超越して、つい、そう思ってしまいます。確かに、これ見よがしなほどの超絶技巧を誇るカップルではあります。でも、ここまで突き抜けて上手いと、感服するしか無い。それ以上に、洗練を極めているから、何処にも嫌味が無い。ただ、2人が一緒に氷の上に居て、ホールドを組んで、ステップを踏む。それだけのシンプルな動作を極めたカップルだと思います。言葉を尽くすことは出来るんですよ。リズムやテンポを掴むのが抜群に上手いとか。ただ踊らせても素晴らしいとか。思わず妄想が膨らむくらい、氷の上で向かい合うと雰囲気が出るとか。幾らでも語れる。でも、ただ一言、至高と言って終わらせたい。それ以上は何を言っても野暮に思えてしまうんです。

 

0607シーズン

OD「アサシネーション・タンゴ」、FD「悲しきワルツ」

 ニクイ。まずは、そのひとことを贈りましょう。この当時、まだ二人とも十代ですよね。シニアデビューのこの段階で、既に完成されたアイスダンサーになっている。ODの、脚と脚を絡めながら物凄く近い位置で刻んでいくステップが、ものの見事にタンゴ。FDは何のてらいも無いけれど、清潔感があってラインが綺麗で、とても素直だけど上質な、アイスダンスの良心のような作品。後の彼らのポイントになる部分が、既にして全部、詰まっています。この文章を書くために映像を観直してそう思い、深々と溜息をつきました。

ODhttps://www.youtube.com/watch?v=BxwTvBseZb8

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=Ca8PAZjxin4

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

0708シーズン

OD「黒い瞳」、FD「シェルブールの雨傘」

 彼らはODが得意種目だと思いますが、それはやはり、リズムとテンポを刻む抜群の上手さがあるからだと思います。このシーズンの作品で言えば、ゆっくりと力強く踏み出すステップがそう。私は本物のジプシーダンスは観たことがありませんが、アイスダンスのカテゴリの中で演じられてきた、優れたジプシーダンスの作品には必ずあるもの。そして、あそこをあの強さで踏み込むだけで、全体が違って見えるもの。そこを、ただの一歩も外していない。FDはフィギュアの世界では定番のど真ん中にある音楽。彼らの滑りは若々しくて新鮮で、抒情的ではあるけれど、ちょっとだけ陰影には欠けているかもしれません。ただ、物凄く丁寧に滑りましたよね。いや、通常こういう表現を使う時って、ここまでの技巧は凝らしていないんでしょうけど。でも、曲の殆どをステップで奏でたやり方は、やはり「丁寧」という言葉が相応しいと思う。掴みのところで大きなリフトを持ってきたりはしていましたが、良い意味で、殆ど印象に残りませんもん。演出も音楽も、もっと幾らでも派手に出来るし、そのための技術も持っていたけど、地味に滑り切った。その地味さが美しかった。飛び道具無しの名作だったと思います。

ODhttps://www.youtube.com/watch?v=UFTqP0VstNM

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=onsN7NQx9IY

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

0809シーズン

ODWon’t you Charleston with me?」、FD「虚空のスキャット/マネー」

 このシーズン、彼らは初めて「衒った」ことをします。FDがそう。キャッチーさを排したモダンな音楽、無いシンプルな黒一色のコスチュームに、観るものをはっとさせる動きの数々。驚き、目を奪われるけれど、すべてが息を呑むほど美しいんです。潔いほど何の飾りも無い衣装だから、特にテッサの美しさが際立つ。冒頭にある、テッサがくるっと一回転するムーヴメントとか、終盤に入るところの氷すれすれのリフトとか、エレメントにもそうじゃないものにも、目を奪う動きが散りばめられているけれど、どれも本当に端正で、これまた美しい。こういう独創的なプログラムは、良くも悪くもこんなに短く見えないものなんですが、これは一息。溜息をついている間に終わります。圧巻。

ODhttps://www.youtube.com/watch?v=rJ7pWkemN-M

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=h5RDpbfZxn8

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

0910シーズン

OD「ファルカス」、FD「アダージェット」

 ODのフラメンコは、かつて観たことが無いほどシャープなんだけど、果たしてフラメンコなんだろうか…と思っていると、度肝を抜かれます。まず、たった240秒の間に見事なまでの急‐緩‐急のリズムがあって、その切り替えが鮮やかすぎる。そして、艶やかなスローパートが終わってから、ほぼビートのみのパートが強烈。情熱的という言葉では足りない。地の底と通じているような、ちょっと異様な迫力。火柱が噴くような攻撃的なオーラ。それを、見事にステップで表現している。それも、ただサパテアードを模したトゥステップで畳み掛けるだけではない。スペインで観た本物のフラメンコの、フィニッシュの部分を生々しく思い出しました。

 FD。まずはこれが、マリナ・ズエワにとってアンタッチャブルな音楽ではなかったことに驚いた。或いは、そこまでの思い入れを、この2人に持っていたことに。この曲をフィギュアで聴いたのは過去に1回だけ。競技ではなくて、セルゲイ・グリンコフの追悼公演で、妻ゴルデーワが初めて1人で滑ったのがこの曲でしたよね。振付はもちろん、幼い頃から彼らのプログラムを手掛けてきたズエワだった。

 それでなくても、この曲、色々と印象的過ぎるものを背負っていますよね。映画の「ヴェニスに死す」とか、ベジャールのバレエとか。若い彼らが滑ったのは、それらの重苦しい背景や、この曲が持つ神秘的で官能的な世界観とは別物かもしれません。ただ流麗で、清新で、超絶技巧だけど素晴らしく美しい流れを持っている。天上を滑っているようです。

ODhttps://youtu.be/c6mge7uZbLo

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=JiHKNVQWis4

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

1011シーズン

SDSchenkst du beim Tango mir dein HerzNight and DayFDHip Hip Tin TinTemptationMujer Latina

 このシーズンから、新種目としてSDが採用されました。割とどのカップルも試行錯誤していた感がありますが、彼らは案外あっさり馴染んでいたと思います。タンゴとワルツって、絶対に融合しないダンスだと個人的には思っているんですが、SDになったら、元のダンスの再現性だけでなく、独自性も重んじられるようになりました。だから彼らは、ワルツもタンゴも、ブルーグレーの衣装に相応しく、クール&シャープに滑り切ります。

 彼らはピンク・フロイド以外のプログラムでは、ずーっと良い意味で優等生的な、ステップ第一のプログラムを組んできましたよね。上半身の動きは、ホールドを組んでいる時間が長いこともあって、比較的シンプル。それが、このシーズンのFDで初めて、上半身をド派手に動かします。それがまた憎らしいくらい上手い。そしてもちろん、足元も抜群。踊って、ステップを踏む。極論するとそれだけだけど、それが極限まで詰まっている、極上のダンス・エンタテイメントです。

SDhttps://www.youtube.com/watch?v=c2e-W9I08Cc

FDhttps://youtu.be/nIIM6FowjPQ

(振付:マリナ・ズエワ)

 

1112シーズン

SDHip Hip Tin TinTemptationMujer Latina」、FD「パリの恋人」

 前シーズンのFDと同じ曲を、SDに使う。そう聞いた時点で「ああ、前の作品のダイジェストになるんだね」と思って一気に期待が萎むものですが、そうならないのが彼らのクオリティ。同じ曲だけど、パターンダンスから入る。二度目のシークエンスはルンバに合わせる。そうやって変化をつけたものが、何もかも、ぴたっとはまる。同じ曲を使ったふたつのダンスが、それぞれ凄く楽しい。

 FDは、彼らの最大の得意種目ですよね。明るく華やかで上品で、ダンスホールドを組んだ状態でステップを踏む、その楽しさと難しさを、ぎゅっと凝縮したような作品です。私は時々、シンプルにホールドを組んで、ステップ主体で組まれたプログラムを「良心的なアイスダンス」と呼びますが、これはその粋を極めたような作品だなと思いました。

SDhttps://www.youtube.com/watch?v=FPBOWNw3iMs

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=BGAq4OZndY8

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

1213シーズン

SDAnd the Waltz goes on」、FD「カルメン」

 彼らの滑りは、ワルツにはシャープすぎるんじゃないかなぁ…などと余計な試案をしていると、いつのまにか攫っていかれて、彼らの滑りが持っているスケール感こそがワルツだよね、と思ってしまう。SDには、そんな素敵な罠がかかっています。

 FD…彼らの「カルメン」って、予想も出来なかった。決してドラマチックでシアトリカルな演技をしてきたカップルではないし、カルメンをカルメンらしく演じるには、ある程度の放埓さ、極論すると「少々の下品さ」が必要さと思うのですが、テッサは品格のある美しいダンサーだし。でも、観てみて納得。ピンク・フロイド以来の独創的な動きで演じられたのは、カルメンとホセの間にある「危険な関係」とでも言うべきもの。血の香りがするようなスリリングさに痺れて、震えました。リンクを突っ切る三連のトゥイズルまでが、とにかく圧巻。スローパートになっても、緊張感が緩まない。そして、テッサは相変わらず何処をどう切り取っても美しかったけれど、瞬間的にぞっとするような色気を感じたところがありました。

SDhttps://www.youtube.com/watch?v=rF9sityjQow

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=o1Oa39Uojj0

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

1314シーズン

SD「わたしを夢見て/マスクット・スクランブル/頬寄せて」、FD「プチ・アダージョ/ワルツ/アレグロ・モデラート」

 明るく上品で洒脱なステップで組まれたSDは、彼らの得意種目。それにしても、いちいちニクイ。序盤から何をしてもそう思わされてしまう。向かい合った時の位置関係とか、そこに滲み出る関係性とか、ちょっとした手の処理とか。

 それから、FD。これは私の理想のアイスダンスです。私の好きなアイスダンスというものは、他にもたくさんあるけれど、理想を挙げろと言われたら、即答でこれ。天上を滑っているような、極限の軽やかさ。何処にも弛むところが無く、一息に観られる流れ、流麗さ。優雅で華やかな雰囲気。それらの殆どが、ダンスホールドを組んだ状態のステップで表現されていること。そして何より、手を繋いだ二人の間に、さりげなくてもちゃんとドラマを感じられること。何のこと無い動きなんだけど、序盤でスコットがテッサの手の甲にキスをするシーンとか、それだけでドキッとする何かがあります。だから、この2人は氷の上に一緒に居る。その意味を、ちゃんと感じられること。アイスダンスにはこうあって欲しいと思うすべてが、この上なく端正で美しい結晶を結んで、氷の上に描かれています。

SDhttps://www.youtube.com/watch?v=CQ_jc2oYLnk

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=yqM6-Fh-o-0

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

1617シーズン

SDKISS/ファイブ・ウーマン/パープル・レイン」、FDPilgrims on a Long JourneyLatch

 彼らが居なかった2年の間に、アイスダンスの潮目は大きく変わりました。彼らとメリル&チャーリーが競い合いながら築いてきた超絶技巧の流れに対する、かなり大きな反動が起こった。キーワードは「エフォートレス」。でも、大きな波が来ている最中は、えてして右も左も同じようなことをする。そこに戻って来た彼らは、ただただ鮮やかでした。SDは彼らの超絶ステップが存分に楽しめる作品。FDは、音楽の使い方とか、振付の一部に「エフォートレス」を踏まえた形跡はあります。無視してるわけじゃない。彼らなりに、その流れに一度身を浸して、咀嚼して、その上でもう一度、自分たちの超絶技巧でそれを演じてみる。そこには確かに、唯一無二の美しさがありました。私が彼らのファンになったのは、かなり遅ればせだけど、このFD。随分長い時間をかけて、彼らの演技に何度でも敬服して、押し切られたなぁ…と思います。

SDhttps://www.youtube.com/watch?v=71K-SQelHA0

FDhttps://www.youtube.com/watch?v=cSQofAkprrs

(振付:デヴィッド・ウィルソン、マリー=フランス・デュブレイユ、ソフィー・シュイナール)

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