村主章枝(日本)

【主な成績】

06トリノ五輪4位、06世界選手権2位、010305四大陸チャンピオン

 

 彼女の滑りは、真摯そのものだと思う。お世辞にも才能があるとは言い難いけど、努力ひとつで身につけたシャープな滑りと、そこから生み出される細やかなステップと、叙情的で繊細な表現力と――地味でもあると思う。でも、アスリートとして、表現者としての、凛とした強さを感じさせるスケーター。女子のスケーターで最も好きなのは誰、と訊かれたら、その答えは彼女です。良い時も悪い時も、ずっと観続けてきてそう思う。そういうスケーターに出会えたのは、とても幸せなことですよね。

 

 

0001シーズン

SP「春のささやき」、FS「木星」、EX「アヴェ・マリア」

 伸び伸びとしなやかで、晴れやかな雰囲気に満ちたSPと、力強く雄大な音楽に乗せてのFS。大抵はSPの方が力一杯滑れていましたが、未熟なりに広がっていこうという心意気が見え隠れしたFSも素敵だった。いずれにしても、幸福感のある演技が、上り坂のとっかかりという年齢と位置取りに、実によくハマっていたと思います。カッチーニの曲によるEXは、取り立ててどうこうというわけじゃないけど、若い女の子らしい作品ではあったかな。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttps://www.youtube.com/watch?v=RHaEuDij6zQ

FShttps://www.youtube.com/watch?v=dj_4mBIqgfs

 

 

0102シーズン

SP「アヴェ・マリア」、FS「月光」、EX「アルゼンチンよ、泣かないで」

 SPはシューベルトの音楽で、柔らかいけれどか弱さは無いプログラム。シンプルですが、調子の良い時の演技からは、滑る喜びと、彼女がスケートに傾ける深い愛情が溢れてくるようにも思えました。FSはとても静かな作品で、その中から、滑りの美しさとスピンの速さが際立つような構成です。緩やかなところも、激しいところも、すべてが弛まず流れてゆく。地味な衣装に、振付も地味めですが、その中にもしっかりと華のある作品だったと思います。そしてEXでは、ぱっと明るいムードを纏い、一気にスピードアップ。明るく、ノリよく、テンポよく、駆け抜けて行く終盤の構成は爽快でした。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SP: http://www.youtube.com/watch?v=VfIMDI7doWI&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=5BaA_cziEaY&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=hG6A99OCmWU&feature=player_detailpage

 

 

0203シーズン

SP「ラルゲット」、FS「白鳥の湖」、EX「サンクトゥス」

 このシーズンはステップの進歩が目覚しかった。SP冒頭の飾りのステップも綺麗でしたが、圧巻はFS最後のサーキュラー。スピードを上げながら、終盤をあれだけ盛り上げられるステップというものは、当時女子の世界には存在しませんでした。この年流行っていたヤグディン風はカケラもありませんでしたしね。

 そして何とFSでは、スパイラルを敢えて繋ぎに留め、ステップシークエンスをふたつ入れています。こういうプログラムも、女子ではほかに観たことがありません。「スケート本来の美しさを」という意気込みが十二分に伝わってくる構成です。振付に関して言うと「バレエにしない」「踊り過ぎない」という二点を押さえたことが功を奏していると思う。それよりも、指先や腕などの細かい表情に気を配って、繊細な情感を醸しだすことで、彼女ならではの表現に成功している。レイバックスピンの時の、羽根のように舞い降りる掌だったり、イナバウアーから差し伸べられる腕だったり…動きの肝はそういうところにあるのかな、と。選曲の系統は、2年続けて同じですが、表現の方法論がまるで違う。「月光」は、静けさ故に滑りの美しさが際立つ構成、でも「ラルゲット」や「白鳥」は、もっと強くて、明るい。何を押し出すか、武器は何なのか、ということを見極めて、前面に押し出す仕上がりになっていたと思う。

 EXは、「妖精」という言葉のイメージに、とても近いプログラム。明るい光を受けて降り注ぐ天使の歌声に、指先から溶けて透き通っていくような、何とも言えない繊細さと可憐さがあって、滑りの軽やかさとあわせて、このシーズンの彼女を集約するのに相応しいプログラムだったようにも思えます。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=vg1aGFbxvyI&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=cNcXM5s1NcQ&feature=player_detailpage

EXhttps://www.youtube.com/watch?v=0uoS9vGNaV4

 

 

0304シーズン

SP「ペイント・イット・ブラック」、FS「モーツァルトの交響曲第41番・42番」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、EX「浜辺の歌」

 SPには、イメージチェンジを期してローリング・ストーンズを選曲。これまで繊細さとして表現していたものを、どんどん研ぎ澄ましていき、無駄の無い滑りが全体を更にシャープにしていく…そんな印象です。終盤にかけてのスピードアップは、やはり圧巻。トゥを一度も使わない込み入ったサーキュラーステップは既に職人技とも思えました。FSは、途中で曲と構成を大幅に変えていますが、テーマは同じ。SPの時は、畳み掛けるようにしてこれでもか、と見せていたすべてを、じっくり味わわせてくれます。切々と語りかけるような動きで、ゆっくりと光の方向へ向かっていく、というか…そして終盤は、自らが光を放つような、素晴らしい明るさでリンクを照らすような。その原動力は、トレードマークとなった速いステップであり、タイトなスピンだったんですね。

 ある意味では緊張感に満ちていた競技用の作品とは違い、EXナンバーはとても穏やかな作品。何、と言うことは無い振付ですが、観ているだけで自然と目をひきつけられ、リラックスして、深呼吸が出来るような、不思議な優しさに満ちています。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=pFCxC2bBDik&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=eo7_cLG8oCI&feature=player_detailpage(GPF

http://www.youtube.com/watch?v=d_T91XIiB7w&feature=player_detailpage(世界選手権)

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=RFY-RRw09HY&feature=player_detailpage

 

 

0405シーズン

SP「ピンクパンサー」、FS「タンゴ・パラ・パーカッション/カルメン」、EX「アダージョ」

 彼女とローリー・ニコルのコラボレーションの精度を知ったシーズンかもしれない。ニコルにこういう作品が創れるとも、章枝さんにこういう滑りが出来るとも思ってもみなかったけれど、結果的には彼女の作品の中で、限り無くベストに近いものが出来上がったと思う。「ペイント・イット・ブラック」で広げられた世界が、ここで結実したようにも思えました。

 SPは、クールでキュートで遊び心がいっぱい。フィニッシュの悪戯も可愛いですが、一癖あるスパイラルも素敵。そして、更に更に細かくなったステップを、敢えてスローな音楽にあわせてじっくり魅せてくれるのは、流石という感じです。FSは、一本芯の通った、凛とした強さを感じさせる作品。黒一色のパンツスタイル、ビートで始まるメロディの無い前半、挑戦的な要素も色々あったけれど、モダンで気丈な現代のカルメンとして、とても魅力的だったと思います。

 そしてEXは、いつの間にかベテランの風格。情感豊かな中にパッションを秘めた歌声もよく似合いますが、跳びも踊りもしない動きのしなやかな美しさで、十分に観る者を惹きつける、その存在感に感動しました。強くて繊細で、滑りそのもので人の心に訴える、ただ一握りのスケーター。その中に、今は彼女も居るんだ、と思って。

(振付 SPFS:ローリー・ニコル、EX:佐藤紀子)

 

SP: http://www.youtube.com/watch?v=iXnEPXy-2lE

FShttp://www.youtube.com/watch?v=TX21Vo5LTKE&feature=player_detailpage

EX: http://www.youtube.com/watch?v=MZ3K-aLuaAo&feature=player_detailpage

 

 

0506シーズン

SP「悲歌/トスカ・オリージャ」、FS「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」、EX「キダム」「オブリヴィオン」

 彼女の表現力の頂点だったシーズンでしょう。SPでは、スパイラルの圧倒的な伸びに目を奪われました。翳りのある叙情性は、章枝さんならではの細やかさ。そして、花が咲いたようなレイバックスピンは、この技がビールマンに変化する過程として存在しているんじゃなく、純粋にこの形で美しいから存在しているんだ、とさえ思わせてくれました。彼女に出来る最高のものを選び抜いて、丁寧に組み上げた趣がある作品です。FSも然り。磨きぬかれた技のクオリティと、観客を飲み込む気迫と集中力は、まるでリンクをくまなく照らす光のよう。EXは、幻想的な中に無邪気さとサービス精神を潜ませた「キダム」もエンタテイメントとして素晴らしかったですが、NHK杯での「オブリヴィオン」が何よりも素晴らしかった。哀愁漂うゆったりした曲調なんですが、それを語るのに、動きだけは素早くて、時に鋭い。でもそれが、ミスマッチではなくて、説得力を持って現れ、観る者を吸い込んでしまう力を持つ。そんな不思議な吸引力に満ちた作品でした。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=xy55CL_XVtY&feature=player_detailpage

FShttps://www.youtube.com/watch?v=fEKG8CaT8vY

EXhttps://www.youtube.com/watch?v=7VJSoWkDdVo(キダム)

http://www.youtube.com/watch?v=hFmiNf8I6AY&feature=player_detailpage(オブリヴィオン)

 

 

0607シーズン

SP「ボレロ」、FS「魂の歌/ファンタジア」、EX「イパネマの娘」「カルメン」

 SPの「ボレロ」は音楽としては既に定番で、「こういう表現も出来る」というヴァリエーションのひとつに過ぎなかったけれど、一定の強さを表すことには成功していたと思う。それよりも彼女が丹精を込めたと思われるのはFS。まるで魔法にかけられた時間が流れているような、魅力的なプログラムでした。ヒロインは、とてもキュートだけど一筋縄ではいかない、現代のシンデレラ。魔法使いを待つよりも、自ら妖精になって夜に飛び出して行きそうな、謎めいた瞳と悪戯っぽい表情をしていた。過渡期にありがちな不安定さもあって、完成の域を見なかったのが残念なプログラムです。

 EXは、ボサノヴァの名曲「イパネマの娘」もそれなりに可愛かったけど、扇子を使った「カルメン」の華やかさが、やはり印象的でした。かつてのやや地味だった面影はどこにも無く、「セギディーリャ」に合わせた、踊るようなステップが楽しくて、自信に満ちた強い女性像がビシッと決まっていて。

(振付 SP:ローリー・ニコル、FSEX1:アレクサンドル・ズーリン、EX-2:佐藤紀子)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=GyXOuooSJ7E&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=IOTgdkCbcW0&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=u738i7QgY1o&feature=player_detailpage(イパネマの娘)

http://www.youtube.com/watch?v=RHTjaw6zr_4&feature=player_detailpage(カルメン)

 

 

0708シーズン

SP「テイク・ファイブ」、FS「オブリヴィオン」、EX「月の光」「セルブロック・タンゴ」

 過去最も、観ていて辛かったシーズン。小粋な味付けのSPも、強靭で艶やかなFSも、大人の味を出すには良かったけれど、安定には程遠かった。そしてFSは、数ある彼女の作品の中で、唯一「ハズレ」と言い切れる。スローパートのエレガントさが、ビートの強いパートとまったく合わないし、繋ぎも不自然で。そして、だからこそ、EXで何の飾りも無いキャメルスピンを回りながら、その存在感で氷を埋め尽くしていく彼女を観た時、時代が凄い速さで彼女を追い越して言ったことと、彼女が随分、色々なものを切り売りしながら、どうにかその時代に喰らいつこうとしているのを思って、また辛かった。因みに「セルブロック・タンゴ」は、一見彼女らしいシャープさを前面に押し出した作品かとも思いましたが、意外にドスの効いた挑発的な滑りです。

(振付:アレクサンドル・ズーリン)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=P30AgLo4l0g&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=cD3Eqa-A_iM&feature=player_detailpage(セルブロック・タンゴ)

 

 

0809シーズン

SP「恋人たちのアパルトマン」、FS「秋によせて」、EX「ワルツ・オブ・スピリッツ」

 SPFSも、シンプルで地味だ、という言い方も出来ます。いつか誰かが滑ったかも知れず、また誰かが滑るかもしれない作品。彼女にならもっと別の音楽が、表現があったのではないか、と。確かに、大人の女性の存在感を演じるには、ややありきたりな音楽。でも逆説的に、小細工無しの正攻法で、彼女の世界観の深さを堪能出来るプログラムでもあった。どちらの作品も、全身をくまなく使った終盤のステップシークエンスがハイライト。スパイラルのスムーズさは是非、多くの若い選手にお手本にして貰いたいと思うし、何よりも、隅々まで心がこもったラインが美しかった。EXは一転して、くるくる表情を変えながらピエロを演じる姿が可愛らしい。このプログラムは、絶対あそこで終る、というところを肩透かしして、ふわりと空に解き放つ、フィニッシュの味付けがとても好きです。

(振付 SP&FS:ニコライ・モロゾフ、EX:アレクサンドル・ズーリン)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=y6_ZbVTFvzA&feature=player_detailpage

FShttps://www.youtube.com/watch?v=Em-ua_Xi-_0

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=gK1i9oT050w&feature=player_detailpage

 

 

0910シーズン

SPG線上のアリア/トッカータトフーガ」、FS「スパルタクス」、EX「パダン・パダン」

 SP9899シーズンにもローリー・ニコルの振付で滑っていますが、彼女に最もよく似合う曲のひとつだと思う。そして、ただ優雅なだけでなく、時に先鋭的でコンテンポラリーな味付けと、細やかで緩急自在のステップシークエンスは、まさしく彼女の真骨頂でした。全体の大きな流れも美しかった。余すところ無く心が込められて、彼女の存在感で氷を埋め尽くしていくような広がりも感じました。それに比べるとFSはやや地味な気もしましたし、今、このタイミングでこの方向へ行くんだ?という印象も持ちましたが、悪いプログラムではないし、気丈なエギナは彼女のキャラクターにはよく合っていたと思います。意外と前半のエキゾチックでアップテンポなパートが美味しい、というのはけっこう面白いんじゃないかと。それを思えば、完成しなかったのが心残りです。唯一完成形が観られたのは、一癖ある大人の女を演じたEXで、これだけはベテランの味だったなと思います。

(振付 SP&FS:ヴァフタング・ムルワニゼ、EX:ニコライ・モロゾフ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=oPL9o1KyZfM&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=VBcC2EMaKFw&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=dqLkeZrj0gk&feature=player_detailpage

 

 

10-11シーズン

SP「アルビノーニのアダージョ」、FS「シェヘラザードの夢」

 彼女がこのシーズンまでに持ち得たものを凝縮すると、このSPになるのかな、と思います。深く静かで、祈るような音楽。正直「旧採点にしか対応していない身体でどうにか現採点に対応しようとするとこうなる」的な面は色濃く出ています。ただ、何気無いようなところで、何度もハッとさせられる美しさは持っている。ゆっくり、じっくり、込められるだけのすべてを込めて――そして、最大限の集中力を発揮した時には、やはり素晴らしい吸引力を持っていました。それに比べれば、リムスキー=コルサコフではなくもっと露骨にエキゾチック系の曲を使ったFSは、やや散漫な印象もありました。ただ、長めに取られたコレオスパイラルはやはり綺麗でした。

(振付 SP:ローリー・ニコル、FS:ヴァフタング・ムルワニゼ)

 

SP: http://www.youtube.com/watch?v=ymZbzI_xw28&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=oCZF1xv769Q&feature=player_detailpage

 

inserted by FC2 system