手をのばせば、多分すぐにだって、会うことは可能だった。それなのになぜ、ためらいつづけたんだろう。考えても考えても、その答えはでてこない。

 姉が、敦司兄と再会したのは、SIVAがメジャーデビューする直前のことだったらしい。そして、私が実際に敦司兄に会うのは、それから3年以上も後のこと。しかも、仕事を通じてだった。

 D.M.C.の音源は、もちろんすべてチェックしていたし、姉と2人でこっそりライヴに行ったこともある。

 姉が敦司兄と、たまに連絡を取り合っているのも知っていた。だから、たったひとこと、言いさえすればよかったはずだ。

「敦司兄、元気?」と。

 そのひとことが、どうしても喉をふさいでいた。

 ひとりでぼんやりと、妄想してみることはあった。ひさしぶりに再会したら、敦司兄はどんなだろう。きっと変わらないんだろうな。そして、変わってしまった私を、どう思い、何を言ってくれるんだろう、なんて――答えは出なかったけれど。

 

 桐山敦司、29歳。カリスマバンド、D.M.C.のヴォーカリストにしてリーダー、プロデューサーであり、レーベルのオーナーであり、事務所の社長も兼ねている、絶対的司令塔。プライヴェートでは、国民的人気モデル・河村あすかの恋人。

 中原忍、27歳。ロックバンド、SIVAのギタリストでありソングライター、代表曲はいくつも手がけているのに、プロデューサーとしての腕はない。プライヴェートでは、人の奥さんであり、幼稚園に通う女の子のママでもある。

 かつて東京の郊外で音楽のそばにいた2人は、そんなふうに、近いのか、遠いのか、よくわからない立場に立っていた。

 

 ことの起こりは08年の暮れのこと、姉が、俊兄の10回目の命日である、翌09年の77日に、追悼ライヴをやろう、ついてはかつてのRACHESISメンバーは全員参加させよう、と言いだしたことだった。

 当のメンバーのうち1人は、うちの大将、智之だ。ドラムの和さんは、プロのセッション・ミュージシャンとして、引く手あまたの活躍をしている。そして、敦司兄と恭さんは、D.M.C.の一員だ。

 どうやって、という問いに、姉は、基本的にはSIVAD.M.C.の対バンになるんじゃないの、と返した。そして、うちの一存で決まることじゃないから、そんなに細かくは固めてないよ、と。

 でも、とにかくそれは、私の師匠の名のもとに、あの時代を一緒に過ごした兄貴分たちを、もう一度呼び集めるということだった。恭さんだって、和さんだって、それは同じだ。

 でも、その時真っ先に敦司兄の顔が思い浮かび、そのまま消えなかったのには、色々な理由がある。俊兄と敦司兄の、言いがたい関係であり、私自身が河村あすかと関わりあった記憶であり、一人っ子の敦司兄が、俊兄とはまた別の意味で、私を特別可愛がってくれた思い出であり…とにかくあの人は、私にとってはやっぱり特別だということ。

 私のすっきりしない顔は、あたりまえのことだけど、孝史の目にはすぐに留まった。

「気になるのか?」

彼がそう切りだしたのは、帰りの車のハンドルを握りながらだ。助手席に座る私は、膝の上で軽く握った手の甲に視線を落として、軽くうなずいた。

「何が、どうって、うまく言えないんだけどね。何かひっかかってるものがあるの」

軽い、やわらかいため息の音が、車内にこぼれる。

「相変わらずの、お兄ちゃん子だな、お前は」

上目づかいに見ると、孝史は、おだやかな苦笑を浮かべて、やはり横目でこちらを見ていた。

「気になるんだったら、会ってくればいい。お前が、頭で考えて上手くことを運べるとは思わないし、会えば分るものが、色々あるだろう。それでいいんじゃないのか」

「…それ、私がばかって言ってるみたいじゃない」

「ある意味、才能だと思ってるんだけどな。相対している人間に対して、働きかける力に関しては」

もの言いが素直じゃないのは、彼の性格もあるんだけど、もとからしてこの人は、やきもち焼きだから。自分の知らない、私の大好きな人の影が見え隠れすると、どうしても居ごこちが悪いらしい。口に出しては、決して言わないけれど。

 そして、内心ではけっこう、勝手にいろんなことを考えて、やきもきしたりもするくせに、自分から「好きにしていい」と手をはなしてくれるところに、この人の優しさがあったりする。

 

 そんなことがあってから、たっぷり10か月もあとの夏の日、私は、敦司兄が住む、参宮橋のマンションのベランダで、星の見えない夜空を眺めていた。

 敦司兄が住む、というか、敦司兄のパートナーである、河村あすかさんの自宅である、と言った方が正しいかもしれない。

 結局、ライヴが実現するまでは、SIVAにもD.M.C.にもそれぞれアルバムのリリースやツアーの予定があり、会えばどうしても仕事がらみの話になってしまって、プライヴェートでは時間がとれなかった。とうとうその約束をとりつけたのが、77日のライヴの打ち上げの席でだったりするから、笑えるというか、何というか。

 もうひとつ笑えるといえば、この日私は敦司兄とあすかさんに招かれて、この家で食事をしたのだけれど、結局、あすかさんと私がしゃべって、敦司兄はほとんど何もしていない気がする。

 というか、やっとのことで敦司兄と、個人的な話をする段になった時、最初に何を言ったっていえば、「あすかさん元気?」の一言だったから。

 そして、私の予想して期待したとおり、あすかさんはちゃんと、私のことを覚えていてくれた。そこから、敦司兄よりもむしろあすかさんと話がはずんで、今日ここにお招きいただいた、というのが、ここまでの流れだったりする。

 ふつうなら、この物語は、ただの女子会として終わってしまうんだろう。

 でも、相手はあすかさんだった。

 あすかさんは、いかにも彼女らしい、超一流の察しのよさで、私と敦司兄の間にある、「色恋ざたではない、訳あり感」をくみとってくれた。

 「片付けは、私がやっておくわね。ちょっと時間がかかるけど、その間に、積もる話でもしたらいいわ」

そう、思わず聞き流してしまうくらいの自然さで言うと、あすかさんはかろやかな足どりで、そのままキッチンの方へ行ってしまった。

 そして、この状況になる。ベランダの反対側では、敦司兄が手すりに背中を凭せかけて、所在なげにたたずんでいる。

 記憶にあるよりは、ひとまわり体つきがしっかりして、トレードマークだった腰までの黒髪は短く切られてしまっている。でも、すっと鼻筋がとおったほりの深い顔だちや、愁いのある切れ長の目元、もっと言えば、すごくきれいだけど、じっくり見ると左右の目のかたちが微妙に違っているところなんかは、間違いなく、敦司兄その人だ。

 「なんていうか…」

そして、私が言葉を選びかねているあいだに、敦司兄のほうで口火を切ってくれた。

「変な感じ、だな。こうやって、改まってお前に会うのって」

「そうだね。お姉ちゃんや、俊兄もいないしね」

「だな」

薄暗い場所だったけれど、やっぱり「その名前」を聞いた瞬間、敦司兄の瞳に痛みの影がよぎったのを、私は見のがせなかった。そのしょい込み具合が、本当に本当に、私の大好きな敦司兄らしかった。

 だけど、そこから先を、澄みきった想いでつきつめてしまうのも、敦司兄だ。そういうところは、俊兄ともよく似ている。

「光にさ、アポ取って欲しい。あいつ今、何やってるんだ?」

そう、この人は、誰にどれだけ、貴方を裁く人などいないと言われても、受け入れないだろう。すくなくとも、光ちゃんに赦されるまでは。

「光ちゃんは、カウンセラーの卵だよ。その筋の病院で働きながら、勉強も続けてる。前に、新しい彼氏ができたとか言ってたけど、その人とは別れて、今フリー、かな、たぶん」

涙に変わる寸前の表情をずっとキープしたままで、敦司兄は私の、その言葉を聞いていた。

「そうか、元気か…良かった、な」

そして、同じ表情のままほほ笑んだ。それができてしまう強さと優しさを思うと、私はやりきれなくなってしまう。俊兄もそうだったけど、そんなに自分を痛めつけることだけが、生きる方法じゃないんだから、と思ってしまう。

 「やっぱり、敦司兄だよね。そういうとこ、俊兄と今でもそっくりだよ」

そう、私は言いきれる。一枚の紙の裏表、あるいは魂のかたわれのように。どちらが光で影かは一定していなかったし、真反対のところもたくさんあったけれど、根っこの部分で、2人は兄弟のようだった。

 そうかなと、敦司兄は、もうすこしだけ笑みの色を濃くする。その臆病さも敦司兄だと、私はほほ笑みかえす。

「だからね、敦司兄、俊兄は喜んでるよ、きっと。敦司兄が、今まで必死で音楽を生きてきたことを。生意気かもしれないけど、私はそう思う」

まっすぐに見つめた敦司兄の瞳は、やはり涙で揺れていた。

「私じゃなくて、光ちゃんに会って、洗いざらい話してくるといいよ。たぶん、それが一番、敦司兄の伝えたいところに、気持ちが届くと思う」

敦司兄の優しい泣き笑いを、俊兄が消えた夏の夜空が包んでいる。今、2人の居場所はとてもとても遠くへだたっているけれど、片方の手は、音楽を通してつながっている。そしてもう片方の手は、光ちゃんの手を介してつながるだろう。

 私はそう思った。おだやかだけど、確信と言えるだけの強さで。

 部屋の中から、あすかさんの声がする。お茶が入ったようだった。その声に導かれて、私たちはもといた場所に戻っていった。

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