最初に「その場所」の光景を垣間見たのは、私が中学2年生になったばかりで、彼がまだ高校を辞めていなくて、という、時期だった。

 その日私は、初めて彼のライヴに呼んで貰い、見聞きしたすべてに驚いていた。

 耳を聾する音の大きさ、爆発するような歓声、何よりも、私がよく知っていた筈の彼が、その空間を支配していたこと――音楽についてはまったくの無知だったけれど、それが何か凄いものだ、ということは、皮膚に突き刺さるような鋭さで、痛感した。

 が、それが終わった後の俊二は、別人の様にかぼそく頼りなく、真っ黒な影を背負って、廊下の隅に立っていた。

 その瞳には、私はもちろん、目の前にあるコンクリートの壁さえも映っていなかったように思う。ただ、抉るように深く容赦無く、そこには無い何かを――多分、何処にも無い何かを、睨みつけていた。

 ライトの下で歓声を浴び、思う様に奏でていたかに見えた彼は、その実、まったくの不幸だったのだ。何はなくとも、その時、その瞬間は、間違いなく。

 とても話しかける言葉を見つけられなくて、私はそのまま後ずさると、足音をたてないように気をつけて、表の方へ戻っていった。

 多分、足音なんかたてたところで聞こえなかったと思うのだけど、その時、廊下の片隅を支配していた、凍てつくように硬くて重い空気を、乱してはいけないような気がしたのだ。

 

 

 それが――私が生まれて初めて見た、夜の果ての光景だったと思う。

 

 

 鈍い頭痛がするのは、もう随分長い間、パソコンに向かってカウンセリング記録をつけていたからだと思う。軽く溜息をついて瞼を伏せ、左手の指で眉間を押さえると、ほんのすこしだけ、痛みがマシになったような気がする。

 目を開けて、視線を窓の外に巡らすと、透き通った陽光を浴びて、初夏の緑が綺麗だった。かすかに子供の声が聞こえるのは、面会人でも来ているのだろう。いつものことだ。

 のんびりと晴れた空、上空も風が無いのか、ほとんど動かずに浮かんでいる白い雲、中庭の木々と笑い声と――この場所では「当たり前」とされている光景を見ると、一見の来訪者は必ず、「都内じゃないみたいですね」と言う。歴とした23区内なのだが、確かに塀の内側には、時間を堰き止めた感じがあるのかもしれない。

 ここには、さあ早く早く、と急かされるような慌しさや、追い詰められたギリギリの緊張感というものは無い。あるのはもっと別の、厳かで動かし難いものだ。だから、こんなに浮き世離れした、一見平和そのものの空間で毎日働いていても「素敵な職場ですね」などと言われることは、間違っても無い。聖アンナホスピスのグリーフカウンセラー――それが私、藤原光の肩書きだ。

 「後ろから失礼しますが、それは、菅沼晴美さんのお母さんの記録ですか?」

肩越しに、ごく穏やかな声がして振り返ると、同僚である吉井医師が立っていた。彼は、余命僅かな入院患者が人間らしく時間を過ごせるようにケアをする(主として疼痛管理をする)ホスピス医だ。

1人娘さんでしたから…どうしてあの子だけ、という不当感が、どうしても強いらしくて」

私は吉井医師の質問には直接答えずに、その先の事実を言った。溢れかえるほど患者が居るわけでもないし、終末期医療という性質上、1人1人に丁寧に向き合わねばならないから、スタッフの立場なら、分らない筈は無いからだ。

「それにまだ、1ヶ月、ですっけ…お母さんとしては、そこから先へ進みたくない状況、じゃないですか?」

そして吉井医師は、当然のように話を受けて、続けてくれた。

「進みたくない、か――そうですね、そうだと思います」

私は頷き、カウンセリング記録にその一言を書き加える。現実なら、突き刺さるよりも、抉り取られるよりも深い痛みでそこに在り、否定することなんて出来っこない。だけどもし、その現実を受け入れてしまったら、昨日まで確かにあったものが過去になってしまう、それが怖くて、一歩も前に進み出せない――そんな状況なら、私も知っている。

 「外にいらしているのは、林さんのご家族だそうですよ」

吉井医師は、そこでさらりと話題を変えた。確かに記録は一区切りがつくので、重い思案にも一緒に切りをつける、いいタイミングではある。彼は、そうやってさりげなく気を配るのが、とても上手かった。

 グリーフカウンセラーとは、その名が示す通り、悲嘆する人の話を聞く仕事だ。ホスピスという場所柄、入院患者の家族はすべて、「遺族予備軍」である。近い将来必ず、愛する家族を亡くし、覚悟していたこととはいえ、癒し難い悲しみに明け暮れることになるのだ。それでなくても、家族の病に、時には本人以上に悩み苦しんで消耗している人も少なくない。そんな彼らのケアをするのが、私の仕事だ。

 というよりも――17歳の夏から続いてきた、旅路の続きなのかもしれない。

 

 

 「ごめん」

突然、降って湧いたように、俊二はそう言った。びっくりした私がきょとんとした表情を浮かべると、今度は寂しそうに目を細める。

「俺さ、光を、無視しなかったかな。した、よな?」

ライヴの帰り道だった。私の脳裏には、小一時間前、廊下の突き当たりで見た、あの何とも言えず辛い光景が浮かんだけれど、でもそれは無視されたわけではない。

「してないよ」

「…そう?」

即答で答えても、俊二はまだ自信なさげに問い返す。

「私が、そっとしておきたかったの。だから、あれで良かったのよ」

半分は言いたくなくて、半分は伝えたくてどうしようもなかったその言葉を、私が示すと、俊二はやっぱり、と力なく微笑んだ。

 歩数にしたら三歩ぶんくらいの、ごく短い沈黙の間、俊二は一生懸命、言葉を探していた風だった。

「演奏が終ると、大体いつも、1回はああいう状態になっちゃうんだ」

ああいう状態とは、あの、廊下の突き当たりの光景を示していたのだろう。確認はしなかったけれど、それ以外に思い当たるものも無かった

「何であそこはああいう風にしか出来なかったのか、とか、もっとこういう音を出したかったとか――凄い後悔が、襲ってくる。出したい音は、いつも遠くにあって、手が届かなくて…遠すぎて、苦しくなる」

半ば独り言のように、俊二は続けた。

「出来るわけ無いんだよ、そんなに手っ取り早く、今すぐになんて――それは分ってるんだけど、じゃあ一体いつ、俺はあそこに辿り着けるのかなって…考えても仕方ないことを、どうしても考えるんだ。終った後は、いつも」

私の目に映った、ステージ上の彼は、圧倒的な光を放って見えた。輝いている、という表現こそが相応しい存在感で、思う様に奏でているようだった。初めてだったから驚いただけかもしれないが、俊二と仲間たちが生み出す音に、客席は熱狂し、悲鳴に近い叫びを迸らせ、その熱さが音楽とひとつに融けて、こちらも殆ど発光しそうだった――ライヴハウス全体が、光の海に感じられた。さもなければ、ひとつひとつの細胞が光を放ちながら息づく、一個の生物にでも。

が、その中心に居て、間違いなく最も強く輝いていた1人が、こうなのだ。

あれほどの光でも、不十分だ、と断罪した。もっと欲しい、まだ足りないと足掻いていた。何て貪欲な人だろう――そして、ある意味では、何て不幸な。私は思った。

「気にしてない。全然、気にしてないよ」

気づいてしまったことの大きさに愕然としながら、辛うじて言うことが出来たのは、それだけだった。それだけは、紛れも無く本当のこと、だったから。

「…光、俺、もっと強くなりたい――」

けれども、寂しく微笑んで彼が返したのは、これ以上無いくらい、辛く厳しい言葉だった。多分彼は、恥じていたのだと思う。望んだ高みに遥かに遠い自分を。そして、そのことに苦しむ、柔らかくて繊細なハートを。

それは決して、彼に被害妄想の傾向があったとか、自己評価が不当に低かったからではない。自分で言ったように、ただ、強くなりたかったのだ。自分の目指す姿、音に辿り着けるくらいに。そして、その夜の彼は、現在地と目的地の恐ろしいほどの隔たりを、肌で感じて苛立っていた。

 私と彼の間には、決して超えることの出来ない、深い隔絶があったと思う。その夜、私は、初めてその深みを覗いてしまったのだ。

 

 

 吉井医師はゴッドハンドの持ち主だ。医療の世界でこの言葉を使う場合、手術の名手を指すことが多く、実際彼も、以前はそうだったようだ。都内の大学病院で、臓器移植に携わっていた、エリート外科医だったと聞いている。だが、思うところあってホスピス医に転身した今は、

ただ触れるだけで患者の痛みを和らげてしまう、謎の能力の持ち主として、こう呼ばれている。

 ホスピス患者の多くは末期の癌を患っていて、激痛を抱えている。それを緩和しコントロールしていくのが、吉井医師を始めとする医療チームの大事な仕事で、やり方は色々だが、医療用のモルヒネなどもよく使う。

 だが吉井医師は、それ以前の段階で、例えば背中が痛むという患者が居ると、そうですか、お辛いでしょうねなどと言いながら、まずその背に――大概は病み衰えて骨が数えられるような背中に――触れて、その痛みを感じ取ろうとする。痛みに共感する、とでも言えばいいのかもしれない。

 医学的には、その行為は何をもたらすものでも無いのだけれど、でも、そうやって共感を得た患者からは、確かに痛みが抜けてゆく。そして、それ以上に、信頼してすべてを預けられる医療者に出会えたという事実に安堵し、任せてくれる。その安堵感こそが、残された僅かな時間の質を左右する。

 つまり吉井医師は、極めて優秀なホスピス医と言えた。

 「いつも、何を考えながら、患者さんに触るんですか?」

私がそう問いかけたのは、ほんの出来心だった、と言っていい。その時、吉井医師は、患者の1人――林さんという、40代半ばの癌患者――の回診から戻ってきたところだった。

「はい?」

吉井医師は、眼鏡の向こうで微笑みながら、私の方を見返す。

「例えば、林さんは、奥さんとお子さんを遺して逝かなければいけないでしょう?それでなくても、働き盛りのあの年で――恐怖も不安もあるでしょうけれど、運命に対する怒りも、大分あるなと思って、いつも見ているんです」

私は一応、専門はグリーフカウンセラーだけど、実際のところ半分くらいは、患者本人の話を聞いている。林さんは、1週間前にここに来るまでは、とある大病院で最先端の治療を受けて、どうにかして病を打ち負かそうと必死だったらしい。かなり副作用の大きい薬なども使ったようだ。その原動力は、まだ小学生の子供を置いて逝けない、支えてくれた奥さんに何も返していないという想いであり、それなのに何故こんなことにという不当感とそれに対する怒り、病に対する憎しみ、といったものだと、私は見ていた。そして、それらがすべて報われなかった結果、林さんはここに転院してきたのだが、すべてを赦せたわけでは、当然無さそうだ。

 吉井医師は、誰に対してもそうなのだけれど、黙って、静かに微笑みながら、一通り私の言うことを聞いた後、ゆっくりと頷いた。

「そうなんですよ、あの人、怒ってるんですよねぇ…カウンセリングの常識から言うと、多分、そこから解き放たれた方が、楽になれるんでしょうけど」

「でも、林さんの場合は、それを気力に変えてません?治療手段が無いからこそここに来たのに、相変わらず凄い精神力だと思います。とにかく1日でも長くこの世に留まって、人間として、家族のために出来ることをするんだ、という気力――あの人の場合は、すべてを天に委ねて穏やかにしているよりも、そういう生き方の方が合っているような気がします」

林さんは、某超一流企業に勤める営業マンで、所謂仕事人間だったらしい。と同時に、その仕事と、それで以って家族を支えていることに、強い自負を抱いてきた人らしい。これは奥さんから聞いた。克服し達成することを専らにしてきた人にとっては、病気もそうだったと思うし、今は多分、苦痛や恐怖に負けないで、1日でも長く、強い父親であろうとしている。

 苦しい時には、我慢しないで泣いたらいいと、言うことも出来るだろう。そしてまた、殆どの場合、それは正しいことだ。でも林さんのような人の場合には、最後の最後まで格好をつけて、意地を張って、悔いの無いように闘い抜くことが、最もその人らしいと思う。逆に言ったら、あの人が力を抜いてしまったら、多分その瞬間に、あの命は終わりになる気がする。

「安らかに受け入れることだけが、命の終え方では無いと、私は思うんです――」

最後まで悪足掻きし、抵抗し、闘い抜いてこそ満ちて終わる命は、必ずある。私は知っている。

 吉井医師は、ふっと目を細めると、患者に向けるものよりワントーンだけ含みのある、印象的な笑みを浮かべた。ただ優しいだけではなくて、何でも知っていそうな、見抜いてしまいそうな、底知れない印象を受ける。

「珍しいことを言うカウンセラーさんですね――でも、私もそう思います」

けれども、そこから紡ぎ出される言葉は、飽くまでも穏やかだ。

「そうですね、患者さんに触れながら考えることがあるとしたら、この人は何者なんだろうなぁ、ということを、考える、かもしれないですね。大抵は、頭で考えるというよりも、関わり合いがなら知る、という感じですけど」

そして話の結論は、医者とも思えないほど、理論的ではなかった。

 

 

辿り着きたいところは、はっきりと知っていて、そこまで真っ直ぐ歩いている積りなのに、気がつけば色んなものを蹴飛ばしたりぶつけたりする。何故なら目的地だけを見すぎて、足元や目の前が見えていないからだ。俊二の生き方を集約すると、そうなるんじゃないかと思う。

 それを、十代の少年にありがちな、暴走だと捉えることは容易い。だけど、そう言って切り捨ててしまうには、彼はあまりにも潔癖だったし、事情は複雑だった。

 中学の時でさえ、授業には殆ど顔を出さなかった俊二が、それでも一応高校に進学したのは、両親への気兼ねから、だったらしい。彼は両親が比較的、年を取ってからの子供だったそうで、家風は堅いものだったようだ。そうでなくても、中学のうちから「音楽でやっていきたい」と言い出して学校に行かなくなった息子を、許しておく親は滅多に居ないだろう。椎名家の場合は、そこに頑固と口下手が重なって、状況は絶望的にこじれていた。

 結局、俊二は半年ほどで高校を中退してしまうのだが、その頃、殆ど口癖のように言っていたことがある。

「親父に食わせて貰ってる分際で、生意気言うべきじゃないと思うんだけどさ」

でも、ここだけは絶対に譲れないからと。大体そんな意味のことを続けていた。

 思えばあれは、彼なりの、父親に対する愛情だったのかもしれない。でも、その愛情を、思いのままに伝えることは出来ないから。当面、裏切るしか出来ないから。払った犠牲に見合うだけのものを、自分は成し遂げなければ。一刻も早くあの高みに辿り着かなければ。そう思っていたんだろう。そしてそこには、もしもそこまで辿り着いたなら、裏切ったものたちから赦されるのではないかという、一縷の望みもあったような気がする。

 彼は時々、親子喧嘩の末に痣の出来た顔で、私を待っていた。場所は、神社の境内とか、公園の隅っことか、要するに、行き場もお金も無い少年少女が、仕方なく行き着くような所。そんな場所で風に吹き晒された二人は、笑ってしまうくらい、無力で幼かったんだけれど、手を携えて、どうにか生きていけるだろうと、混じり気無しの本気で、信じていた。

 夏の夕暮れ時だったと思う。場所は、あるアパートの屋上だった。そこは、入居者の人が洗濯物を干せるように、出入りが自由になっていたんだけど、実際にはあまり人気が無いので、時折そこに座り込むことがあった。その日も、ゆっくりと、薄紫に滲んでいく夕暮れを見ながら、私たちはそこに居た。よく晴れて蒸し暑い、典型的な夏の日が、やっとのことで終わろうとしていた。

 泣いてしまえば楽になるのに、と私はいつも思っていたが、そういうことで痛みを和らげるのは、徹底的に苦手な人だった。というか、意地っ張りだったんだろうな、と思う。紛らわせることも出来ないままに、傷口を直視して、乱暴に血だけを拭い、それを癒すことなんか思いもよらないままに…また駆け出そうとしては、よろけて倒れた。俊二はいつも、傷だらけだった。

 道なき道で遭難している俊二と、進学校に通う女子高生になっていた私と。二人の立ち位置は、時を経るほどに隔たっていった。でも、元々大きすぎるほどの隔絶を間に挟んでいたんだから、それが何だっていうんだろう。

 私は何も知らない。あの時も、そして今も。父と母と息子の間にあった、愛憎の葛藤とか。道無き道を切り拓く苦闘とか。創造の産みの苦しみ、ライバル同士の競い合いと潰し合い、もっと下世話にお金の苦労とか、同じフィールドに立つ者同士の嫉妬や足の引っ張り合い、とにかく何もかも――彼は語らず、私は訊かず、ただ見つめていたものすべてを信じていた。

 見上げた空には、くっきりと白く月が浮かんで、照らすというほど強くも無く、世界を見ていた。その存在感があまりに身近に思えて、私がすこし身震いをしたら、俊二はいきなり腕を伸ばして、乱暴なくらい強い力で、抱き締めてくれた。

「急に、どうしたの」

でも、私の口をつくのは、そんな言葉ばかりで。

「寒いんじゃないかと思って」

と、俊二は大真面目に、仕様のないことを言った。

「真夏なのに」

そう言いながら、私は腕を伸ばして、彼を抱き締め返した。

 気が変になりそうなくらい、あの時のすべてが愛しかった。茶色く染めた長い髪、痩せた肩、血塗れのハートと傷だらけの鎧と、天の頂だけを見据えている、闇色の瞳と。抱き締めていたものの全部。今となってはもう思い出せない、何もかも。

 長い長いキスをして、吐息が途切れるように身体を離して、そうして私たちは、何一つ解決していない、現実に戻っていった。

「帰れよ。暗くなるから」

頷きながら、それでも、まだ繋いでいた手を、叶うなら離したくないと、本気で思っていた。

 引き剥がすように指をほどいて、立ち上がった上には、すっかり暗くなった空が広がり、月が清かな光を投げかけ始めていた。これでいいと、私は思った。この月の存在感で。

「ねえ、俊二。強くなろうね」

一瞬、彼は分らないという表情をしたけれど、ややあって、淡く淡く微笑むと、頷いてくれた。いつまでも、例え分らなくても、その姿を見つめ続ける強さが、その頃の私のどうしても欲しいものだった。

 明るい月が、二人を照らしていた。

 隔絶の上に光るもっと大事な何かを――絶対的に信じていた。


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