何で、彼なんだろうなぁ――と、何度も考えた。

 答えは、今のところ特にない。

 ただひとつわかっているのは、彼がそこにいてくれないと、とても困る、ということ。

 

 初対面は、忘れもしない、高校3年生の真冬だった。SIVAのメンバー募集広告を見たという、何人目のギタリストだったかは覚えていない。智之と総一郎が、えっ、という顔をしたのを、私と悠太は、何が何だかよくわからずに、ポカンと見ていた。

 やってきたのは、20歳くらいで、そこそこ背の高い男の子だった。額から鼻筋、あごの線――要するに顔の輪郭――がとても綺麗で、目元が涼しげで、全体的にキリッと引き締まった印象。だから、「格好良い」と言うこともできたんだけど、それよりも、服装や態度まで含めて隙がなくて、とっつきにくそうな感じの方が強かった。宮島孝史という、字面も響きも四角ばった名前が、裏でこっそり笑いたくなる程度には、サマになっていた。

 ひとまず音でも合わせましょうか、という展開に、当然のことながらなって、選んだ曲は、ジューダス・プリーストの「The Hellion 〜 electric eye」。全員が、一応でも演奏できる曲がそれしかなかったって、どういうラインナップなんでしょうね。まあいいけど。

 そして、この即興セッションで、彼の印象は「ろくでもない奴」には早変わりする。

 技術は、ないわけではないけど、自慢するほどのこともない。問題は、その個性。この音で本当にアンプ直結か?こっそりエフェクター隠してるんじゃないか?そんなことあるはずないのに、思わず疑った。とにかく、ものすごく狂った感じの、とんでもない音が響き渡った。ていうかこれ、本当に「The Hellion」だっけ、という疑問さえ湧いてくるような音だった。何よりもコイツ、曲わかって弾いてるかなぁ、わかってたらこんなに崩さないんじゃないかなぁ…という、うすら寒い余韻さえ残るような、怖いセッションだった。

 「絶対、反対。こんなアクの強い音出す奴、いるだけで曲を壊すもん」

彼が帰った後、メンバー4人でミーティングをした時、確かまっ先に、そう言ったはずだ。それに対してほかの3人は、本人もいないことだし、まあそうムキになりなさんな、という具合で、なだめてくれたような気がする。

 確かに、それも一理あるよな、と言ったのは智之だった。でも、印象的なプレイをする人でしたよね、と悠太が言った。ああそうだねと、誰からともなく頷いて、話は堂々巡る。

 だけど、じゃあ、どんなギタリストならいいのかという問いかけに対して、あの時、はっきりと答えられるメンバーはいなかった。私たちはまだみんな、俊兄という、大きすぎる喪失にどう対処していいか、迷いを残していた。

 やりたい音楽は、多分、見えかけていた。問題は最後のひと削りで、それを落とせば、はっきりした形が浮かびあがるだろうと思えたんだけど――多分、それをするのは、怖いことでもあった。それと同時に私たちは、俊兄のいない、まったく新しい現実に、立ち向かわなければならなくなる。そんなことあの夏の日から何度も繰り返してきたにも関わらず、最後の、多分一番大きなものを前にして、全員が二の足を踏みたがっていた。

 しばらく、大して意味も無いようなやり取りが続いた後で、ふいに総一郎が言った。結論出ないなら、追試にしようか、と。智之、課題考え直しな、と、総一郎は続けた。迷ってるってことは、悪くなかったってことじゃん。やり方変えてみたら、案外いけるかもしれないし、それでもダメならやっぱり没だろうと。

 すごく常識的なことを言われたので、その日の結論はそこに落ちた。

 数日後、智之が用意した「追試」の課題は、なかなか意地悪くてステキだった。曲は前と同じ「The Hellion」。ただし、アレンジは自由、事前の打ち合わせはなし。まあセッションってそんなものだって言われてしまえば一言も無いんだけど、あれを相手にどうしろと、という気分の方が強かった。で、トドメの一言は

「ソロはあいつを先に走らせろ」。

意図はわかる、というか、相手の力量見るのに、私が先に走ってどうする、という問題だから。

「…でもこれって、結局あの人に好き放題やらせるための課題だよね?」

最後の抵抗じゃないけど、素直に二つ返事で受けたくはなかったので、智之に訊いてみた。そうしたら智之は、やれやれという顔をして、こう返した。

「それもあるけど、そんなに暇じゃないだろ、俺らも。お前はちょっと外の世界を見た方がいし、俺は久しぶりに遠慮なく暴れたいし」

はい、そうでした。そんな風に言われると、反論の余地がもう、どこにもない。何しろ智之は、都内のインディーズ・シーンではそれなりの存在で、メジャーに片手かけてたバンドのベーシストだった。他の4人がボロボロの演奏をしようが、ツインギターがケンカしてとんでもない惨事が起きようが、どうにかボトムを支え続けるくらいの腕はあったんだから。一方私はといえば、ギターを弾き始めてからは決して短くはないけど、高校の軽音部以外に人と演奏をしたことがほとんどないから、純技術以外の部分で、確かに、そして大いに、揉まれる必要があった。

「やりゃ出来んだろ、とりあえず、お前は」

そして智之は最後に、そんな必殺の台詞を残していった。それを言われて躊躇するなら、ミュージシャンになんかならない方がいい。結局智之は、その一言で、私を乗せてしまった。

 

 そうして、その更に1週間後にやってきた「追試」は、後日私たちだけの間で「SIVAの伝説」になった、とんでもないセッションになった。

 アレンジは自由だなんて言っても、全員が打ち合わせもせずに勝手なことをしたら、曲として成立するわけがない。だから結局のところ、私たち4人は何もしなかった。ただ、彼の音を聴いて、合わせるだけだ。

 そうしようと思うと、普段は使っていない神経まで研ぎ澄まして、彼の音を聴かなければならない。大体無茶なんだよ、事前の練習も何もなしで、本番一発だなんて。クラシック出身の私にしてみたら、そんなグチのひとつも出てきた。

 だけど、そのおかげで、わかったことがある。まずひとつは、やっぱりコイツは、技術が足りないということだ。有り余る個性で補っている、というフォローもできるとはいえ、シンプルなものをシンプルに弾きこなすだけのテクニックはないと見た。

 そして、その個性はといえば、とんでもないものだった。聴いた音を、寸分違わずその通りにコピー…なんてことは、頭の片隅にさえ無いんだろう。指が弦に触れた、その瞬間に、曲が変わる。耳慣れたはずのジューダス・プリーストが、恐ろしい勢いで破壊されてゆく。醜く歪んでうねりを上げ、まるで悪魔の叫びのように――ほとばしる。断固として綺麗ではない。このアレンジを認めない人は、きっと多い。でも――プレイとしては、面白い。そう感じた。

 もうひとつ。こんなめちゃくちゃな音に負けてたまるか。普通に弾いていたら、かき消されてしまう。何しろこの音にはまるで協調性がない。その旋律を、どう支えればいいのか。どうしたらバンドの中に引きずり込んで、そこから高みへ翔ばせてやれるのか。頭で考えている暇はない。心で感じて、その反射で指を動かすしか。何て厄介。でも、確かにそれは、セッションの醍醐味だ。

 どうにか相手を取り込んだところで、ギターソロに入る。どうせこいつには、綺麗にハモる気なんかないだろう。だったら自由に突っ走らせればいい。私はその横で、自分の出すべき音を出すだけだ。和するのではなく響きあうように。融合しなくても調和するように。そういう走り方が、できると思った。

 ぶつかり合う2つの音は、次第に熱を帯びて、ヴォルテージを上げていった。それを後ろで支えてくれたリズム隊は、本当に大変だったと思う。特に悠太。あの頃はまだ、素直にこの曲をカヴァーするだけでも必死だったから。それなのによくついてきた。もちろん、すべては智之の支えがあってのことだし、最後は総一郎の声が、すべてをまとめてくれたんだけど。

 最後の最後、あっという間に燃え上がった5つの音は、華やかな爆炎を描いて、曲を終えた。嘘のような5分が終って――勝手に息を切らしていた5人は、誰からともなく、顔を見合わせていた。今のはすでに「The Hellion」ではないだろう。でも、きっと別の何か、もっと面白いものだ。全員の顔に、実にわかりやすい字で、そう書いてあった。彼の、長い前髪の向こうの、ちょっとスカした顔にも、確かに。

「あなたさ」

最初に私は、確かにこう言った。

「技術が足りない。そこはもっと磨いてよ。じゃないと私が、ずっと後ろで支えてなきゃいけない。だけど――翔びたい時には、遠慮は要らないから。一番高いところまで行かせてあげる。さっきので、わかったでしょ?」

「それはそれは、どうも」

腹立たしいくらい余裕たっぷりに、彼はそう返したけど――その時一瞬、したり顔が崩れて微笑んだのを、私は忘れない。

 

 怒涛の季節はそこから始まった。というか、初日から一筋縄ではいかなかった。第一印象に違わず、彼は、とてもとても、とっつきにくくて厄介な人だったのだ。

 額をつき合わせて決めようとしたのは、練習の日程とか、スタジオ代の集金方法とか、当座の現実的な話、のはずだった。

「それより先に、見通しを知りたい」

そうしたら彼が、そんなことを言った。

「どうせやるなら、テーマでも力量でもいい、当面の目標を定めて、期限を切って、どうしたらそこに辿り着けるか逆算して、冷静に運んだ方がいい。気合一発でがむしゃらにやれば、とりあえずどうにかなるっていうのは、俺は嫌だからな」

大人になった今ならわかる、確かに物事はそうだ。漫然とやったものは、決して効率良くは身につかない。それに、出口が見えない努力はけっこう辛い。だから、目的地を定めて、きちんと計算して物事を進めていくのは、絶対に必要なこと。だけど、まだほとんどお互いのことを知りもしないのに、ド正論で正面突破を図られると、面食らう。

「…形にするのに3ヶ月」

渋い顔をしながらも、智之がそうやって答えたのは、さすがに彼の言い分の正しさを、頭では理解していたからだと思う。が、彼はそれでは逃がしてくれなかった。

「根拠は?」

「悠太の音を落ち着かせるのに、最低それだけは欲しい」

2ヶ月で何とかならないか。飽くまで昨日聴いただけの印象なんだが」

「無茶言うな」

「順番に訊くが、まずあんたは、その3ヶ月でこいつに何をさせたいんだ?」

そんな具合に、目の前でどんどん話が進んでいくのを、私と総一郎と悠太は呆然として眺めていた。特に悠太は、自分のことなのに完全に仲間はずれにされていて、怒ってもいいはずなのに、圧倒されてその気力が出ないみたいだった。

「だから、そう何でも理詰めで話が進むわけがねーだろーが!」

「無軌道と臨機応変は違うと言っているだろう。いい加減にしてくれ!」

そして、激論はすごい勢いで勝手に進行し、あっという間に1時間が経過した。完全に取り残されたほかの3人には、すでに途中から、話の展開さえ見えなくなっていた。

 で、案の定、最初に堪忍袋の緒を切らしたのは、私だった。

「ちょっと!」

思いっきり議論をぶった切ったのは、それから更に15分以上が経った後だ。

「いつまでも2人だけで盛り上がるつもりなら、そろそろ帰りたいんですけど」

正直、これは「脅し」だったんだけど、こうなったら徹底抗戦する気になっていた2人には、むしろ渡りに船だったらしい。

「そうだな、じゃ帰っていい」

と、よりによって智之に言われてしまったので、私は思いきり肩透かしを食らって、よろけそうになった。一体いつまで、どこまでやりあう気なんだ、この2人は。

 それで、腹も立ったけど、別の意味では心配にもなった。

「総一郎と悠太は帰っていいよ。私はもうしばらくここにいる」

「ってお前今、どの口で『帰りたい』っつったんだよ」

さすがに智之には呆れられたし、まあそれはそうなんだけど、でも、放っておいたらこの2人、周囲が無人の荒野になるまでやり合っちゃうんじゃないか、という不安もあったから。

「殴り合いのケンカになりそうだったら、止める役が要るでしょう」

つまりはそういうことだ。

 が、しかしこの提案は、今度は彼によって、丁寧に却下されてしまった。

「気持ちはありがたいんだが、どうせならここは外してくれると助かる。途中で下手に止められると、妥協して妙な結論を出しそうだ。第三者が居ると思うと、集中出来ないしな」

ちょっと待って、確かに、おっしゃることはいちいちその通りだけど、今の今までメンバー3人無視して、ものすごいバトルを展開してたのはどこの誰なの?! なんて言うことも、もしかしたらできたのかもしれないけど、それは話の本筋じゃない。そう思ったら、一気に何を言う気も失せてしまって、結局私はすごすごと家に帰った。

 

 それで、何に拍子抜けたって、昨日あれだけものすごい量の火花を散らしていた2人が、一晩明けたらすっかり意気投合していたっていうこと。で、徹夜仕事になったらしいけど、一応この先1年の企画書も出来ていた。向こう3ヶ月で全体のコンビネーションを確立して、半年をめどにライヴをやろうっていう話とか。1年後の目標は、地元三鷹でのワンマンで、そこに至るまでの計画が、細かく書き込んであった。練習の日程やお金の絡みは、一応彼らの意見だけでまとめたものが用意してあって、私たち3人の意見は今日聞くから、と言われた。

「…ちゅうわけだから、質問があったら今日中に頼む」

ひととおり説明を終えて、いつもの落ち着いた顔を下げている智之が、すごくすごく、恨めしかった。

 何だよこの、少年漫画みたいな展開は、と言ったのは、総一郎だったと思う。

「ねえ、それってどういうこと?」

少年漫画なんか読んだことがない私には、それが何の例えだかわからなかった。

「ほらさ、あれだよ、強敵と書いて『とも』と読むってヤツ。本気でバトルした相手だけが、心から認められる相手です、みたいなさ」

「…そんなことって、現実にあるの?」

「うーん…無いとは言わねーけど、俺は初めて見たかも」

どうにもこうにも理解しづらい理屈だった。後になって、この世界にはたまにそういうこともある、とわかってくるんだけど、当時の気分としては「昨日のあれは一体何だったの!」と叫びたい感じだった。

 気持ちがおさまらない私は、その日の練習の帰りに、彼をとっ捕まえて噛み付いた。

「ひとつだけ、お願いがあるんですけど」

彼は、その日1日崩れることが無かった、落ち着き払った表情のまま振り向いた。

「あんまり、男の意地の張り合いをしないでくれる。それ、私には全然、理解できないことなの」

「それは失礼」

あまり反省の色が無い口調で、彼は言った。

「要らないことで揉めた積りは無いんだけどな」

「だから!それじゃ私、目の前で何が起きているか全然わからないの。自分にも関係あることなのに。せめて説明くらいしてって言ってるんだけど」

腹が立ったので、思いっきり噛み付き直した。すると彼は、ようやく、鉄壁だった表情を、すこしだけ和らげる。

「それじゃ訊くけど、あんたここで、何をやりたいんだ?」

だけど、返ってきた言葉は、決してわかりやすくも優しくもない。

「何って…」

「何で音楽をやってるんだ?」

そして、私が返事に詰まるとすぐに、次の言葉を繰り出してくる。気まずい沈黙が流れないのはありがたいけど、これはこれで、かなり厳しい。

「…いきなりそんなこと言われても困る。物心ついた時からやってたから。うち、両親が音楽関係だから、空気と一緒なの」

黙っていたら絶対に負ける。そう思って、必死に探し出した言葉が、それだった。父は音大の教授、母はピアノ教師という、文句のつけどころがない音楽一家なので、私も3歳くらいからピアノを弾いていた。それからこういうジャンルに引っ越してきたのは姉の影響だけど、両親は、それが音楽であるなら何でもいいみたいだったし、別に音楽家になれと言われたことも無い。

 今度は、彼は黙っていた。明らかに、私が続きを言うのを待っている。

「何も言えないからって、こういう切り返しをするのは卑怯かもしれないけど、それじゃ孝史さんにとっては、音楽って何なの?」

なんて、予防線張るのもけっこう卑怯だ、と言いながら思ったけど、彼は淡い苦笑を浮かべただけで、いいよというリアクションをしてくれた。

「ちょっと抽象的になるけど…自分で何かが出来そうだ、と思った、初めてのもの、だな」

ゆっくりと、言葉を選んでいる感じの答えだった。

「俺の場合は、最初にどうしても、やりたくないことがあったんだ、実は。それで最初は、代わりに何をしたらいいかと思って、色々なものに触れてみた。文学とか美術とか舞台芸術とか、色々な。その中で何故か音楽が、一番肌に合ったというか、唯一自分でやってみようと思えたことで…だから今は、それを使って何処まで行けそうなのか、確かめたい」

それは…よくわかんないけど、音楽をやる動機としては、かなり珍しい気がする。

「ちなみに、孝史さんて、本職は何をしてる人?20歳だよね」

「学生だよ」

それは素朴な疑問というか、野次馬根性でしかなかったんだけど、それで聞き出した大学名が、全国どこに出しても恥ずかしくない、都内の一流大学だったので、恐れ入った。

「…音楽なんかやらなくても、他にも出来ること、いっぱいあるんじゃない?」

思わず私はそう訊いてしまった。

「たかが大学名で食っていけたら、誰も苦労はしないよ」

そういうリアクションには慣れているんだろう、彼の浮かべた苦笑が、ちょっと苦味を増す。

「ただ…音楽莫迦になるのは嫌なんだ。それだけで渡っていけるほど、世の中甘くは無いだろうし、視野は広く持ちたい。学びたいことも考えたいことも、色々あるからな」

偉いなぁ…と思ってしまったのが運のツキで、相手が自分よりすごく見えたら勝負は負けだ。でもつい凹んでしまう。どうせ私は、成績が悪くて普通科に進学できなかった。音楽だって、きちんと勉強したわけじゃないから、専門用語とか、知らないことがたくさんあって…要するに、視野が狭いどころの騒ぎじゃない。

「結論から言うと、無駄な努力が嫌いなんだ、俺は。駄目なら駄目で見切りをつけるのは早い方がいいし、こういう性格を受け入れられない相手に、無理に合わせても仕方ない。それもそれで、絶対どこかで破綻するしな。せっかくやると決めたことは、確実にものにしたいし、そのための努力は惜しまない。納得出来ない妥協もしない」

そこまで聞いたら、ますます落ち込んできた。感覚的に生きているせいで、理知的で意志の強い人には弱いんだから。

 そうして、滲んできた悔しさが、顔に出る寸前のところだった。浅く、本当に浅くだけど、彼が微笑った。

「因みに、3歳からやってたって、幾ら何でもこのジャンルの音楽じゃないだろう。それをこっちに切り替えたのには、それなりに理由があるんじゃないか。それがあんたの、音楽をする理由だと思うんだけどな」

どうやら彼は、見かねてヒントをくれたらしい。もしかして私、てのひらの上で転がされてた?

「…今週中に、答えを用意するから、ちょっと待って。それと、あんたじゃなくて、忍です」

期限を切ったのは、下手に「近いうち」とか言うと、絶対に向こうから「いつまでに」と言われる気がして、それでは癪だったから。ついでに後半部分は、意地以外の何者でもなかったけど、彼はそれについては何も言わなかった。

「けっこう頑張るな」

「大事なことだから」

とっつきにくい人の印象は、噛み付いて食い下がったところで「すごい人、手強い人」に変わった。この時にしてもまだ、決して彼の心に触っていたわけじゃなかったんだけど。

つぎへ

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