RACHESISというバンドがあった。本人たちがどう心得ていたか知ったこっちゃないが、結成は多分、私たちが15歳だった、94年の真冬だと思う。解散は、それから4年ちょっと後、99年の初夏。決して長い活動期間ではなかったが、都内のインディーズ・シーンでは、それなりの存在だったという自負がある。

 あたしの手元には、そんなRACHESISの、唯一となったライヴ映像が残っている。ホームビデオで撮影されているので、正直言って、音質も画質も最悪で、視聴に耐えるレベルに無い。ただ、メンバーが後からチェックに使うためにと、依頼されてあたしが撮った。

 凶暴なグルーヴで暴れ回りながらも、的確にバンド・サウンドの柱を成すベース。一打一打にかけがえのない重みを秘めつつも、決して目立ちすぎない、職人気質のドラム。一見華麗な超絶技巧に、凄絶なほど魂を入れてしまっている上手ギター。少ない音数で幻想的な彩りを加える、個性的な下手ギター。そしてセンターで、強烈な暗黒オーラを放っている、ヴォーカル。

 色々な要素があった――そして、それらすべてが傑出した存在だったと、今でもあたしは信じている。

 ただ、その中でもやはり、抜きんでていたのは、上手のギターでありヴォーカルであり、あの2人の関係性の中に、RACHESISというバンドは存在していた。極論かもしれないが。

 だから思う。RACHESISの結成は、智之と俊二のところに、ヴォーカルの敦司が来た日。そして解散は、敦司が去っていった日なんだ、と。

 

 人ごみの中に居るうちから、そんな風に他人を威嚇しなくていいんだよ、と思ったのは、随分久しぶりだった。

「あっちゃん」

懐かしくて懐かしくて、声を掛けるのを止められなかった。5年ぶりか、ひょっとしたらもっと――とにかく、あの子がRACHESISを辞めてからは、片手の指の数ほども会っていない。

「薫?」

あの子は振り向いて、あの頃からすると変わり果ててしまったあたしの顔をまじまじと見ると、ポカンと口を開けて、名前を呼んだ。

「そうだよー。こんな所で何してんの」

「ん?ちょっと野暮用。お前は?」

「仕事の帰り。会社、このへんなんだ」

「会社ぁ?!そっか、まともに就職してんだ。そうだよな、薫って、しっかりしてたもんな」

あの頃、髪を金色と茶色のツートンに染め分けていた私は、茶色の髪をアップにして、スーツを着込んだキャリアウーマンになっていた。一方の敦司は、相変わらず真っ黒な長髪で、どこから見てもカタギの人ではない感じだった。

「ねえ、あっちゃん、もしかして、これから帰り?この後何か予定はある?」

「いや、帰ったら寝るだけ」

「ねえねえ、せっかく久しぶりなんだし、どっかそのへんで、ご飯食べて行こうよ。話したいこと、たくさんあるんだけど」

理屈も理由も何も無い。ただ、十代後半の日々、苦楽を共にした戦友の1人として、彼とまた会えたのが嬉しかった。敦司は、そのアクションにすくなからず驚いたようだったが、すぐに眼を細めて、頷いてくれた。

「それ、いいな」って。

 

 桐山敦司という男は、あたしにとってはただの「あっちゃん」なのだが、世間的には、ヴィジュアル系バンドDevil May Care(通称D.M.C.)のヴォーカリスト・SINとして通っているのかもしれない。ギターでリーダーだった俊二と大喧嘩の末、バンドを出て行った敦司は、RACHESISのもう一人のギターだった恭平を連れて、夏までにはD.M.C.を始めていた。元々その辺りでは名の通ったミュージシャンだったこと、ぼちぼちメジャーからも声がかかり始めていたRACHESISのメンバーだったことなど、色々な条件が重なって、早くも01年の夏にはメジャーデビューを果たした。ちょうど前の年末にLUNA SEAが終幕して、ヴィジュアル系ブームの終りをひたひたと感じていた頃だった。敦司の暗黒オーラと端整な顔立ちと、今となっては流行の先取りだったとも思える洗練されたゴス・ファッションは、当時としては目新しくて、「戦慄の暗黒ヴィジュアリズム」とか何とかどうしようもないキャッチコピーをつけられて、ヴィジュアル系最後の大型新人みたいな扱いで、鳴り物入りのデビューだった。そして、何がそんなに世間に受けたか知らないが、1年間ほどオリコン・チャートの一桁に居座り、野音や渋公や、バンドマンたちが憧れるようなハコを、次々と制覇した。そして――2年目の後半には、すっかり影が薄くなった。

売り出しの上手さに乗せられた、一種の熱病だったんだろうな、と思う。彼らの持っている暗黒性とか攻撃性は半端なものではなくて、とても世間の一般大衆に広く受け入れられるものではなかった。ただ、それでも世間はまだ、MALICE MIZERのお耽美ゴシック・ワールドや、Xの極彩色ネガティヴィティを覚えていて、うっかりそれの類似品として、D.M.C.を扱ったらしかった。結果、彼らはいいように消費され、その熱がひいて正体がバレた途端に、使い捨てられた。

個人的な感想を言うと、その売り出し方にそもそも無理があったんだ、と思う。敦司がああいう格好をしていたのは、暗黒ワールドの演出にすぎない。ヴィジュアル系のオリジネイターたちがそうであるように、格好には意味があり、それは音楽と密接に繋がっていて、単に見てくれで分類されることを極度に嫌がっていた。だから私は驚いたのだ。D.M.C.についていた、そのキャッチコピーに。一瞬、とうとう魂を売ったのかと思ったのだけど、曲を聴いたらRACHESIS時代より断然黒くて、混じりけ無しに敦司の世界だったから、また驚いた。察するに彼は、音楽ビジネスというものを上手く利用してのし上がろうとして、失敗したんだろうな、と思う。

その後D.M.C.はメンバーの脱退があったりして、確か、かれこれ1年は開店休業状態が続いている筈だ。

 

 とりあえず入った適当な居酒屋で、さしあたってビールを飲みながら、あたしたちは近況を報告しあった。あたしが勤めている外資系企業の名前を言うと、敦司はまた目を丸くした。

「筋金入りのバンギャルも、更生する日が来るんだな。エリートじゃねぇか」

「だって、あたし、仕事しないと生きていけないもん。お蔭で行けるライヴの本数は減ったさ。ていうか、行きたいと思えるバンドも減ったけど。でも、何だかんだで毎月何かは行ってるよ」

そうやって返すと、それは確かにそうだよなーと、敦司は乾いた声で笑った。

「で、あっちゃんは、相変わらず開店休業なの?それとも曲くらいは創ってんのかな?」

正直、それは敦司にとって、発作的に死にたくなるくらい、痛い質問だったと思う。あたしだって、可能なら聞きたくはなかった。だけど、それを避けて通るわけにはいかないじゃないか。ただの友達ならともかく、あたしはRACHESISのスタッフでもあった。楽器が出来なくても、一緒に音楽を生きている、同志の積りで居たから。

「…曲は、書いてる。問題は、どうやって録ってどこから出すかってことだな」

「契約を、切られたの?」

「薫、お前さ、ちょっとは遠慮しろよ。さっきから、人の痛いところばっかり、ズバズバ斬りやがって。そうだよ、まだ辛うじて事務所の契約だけは残ってるけど、レコード会社の方はぽしゃったよ」

さっきと同じ乾いた笑顔で――あたしには一目でそれと分る嘘の笑顔で、敦司は返した。あたしは、きっぱりと言ってやった。

「嘘ついて、穏当に済ませたいなら、いつでも言いなさいよ。そうしてあげるよ。けど、あっちゃんとあたしは、そういう関係じゃないよね?それとも、あたしがまだそう思ってるだけかな?」

一瞬、鋭利な線で描いた端整な顔が、崩れる。泣いているような、笑っているような、ヘンな顔。だけど、さっきまでの嘘笑顔よりは、ずっと自然な顔。

「あっちゃん。あっちゃんが、何を思ってRACHESISを出て行ったか、半分か三分の一くらいは、分ってる積りだよ。その後、RACHESISがどうなったかは、完璧に知ってるし、俊二と智之の考えてたことは、あっちゃんのアタマの中よりは、理解している積り。だけど、あたしはまだ、仲間の積りだ。俊二とも、智之とも、恭やあっちゃんとも。もちろん和馬とも」

それが、トドメの一撃だと思った。敦司は一言、うるせー、と言って、グラスの中のビールを干した。長い髪に半分隠れた双眸は、この子の酒量からいったら全然そんなとこじゃないのに、既に赤くなっていた。

 

 インディーズとはいってもRACESISはけっこう人気バンドで、都内のインディーズ・シーンでは有名だった。唯一のアルバムとなった「LUCIFER」をリリースしたのは、解散の1年前くらいだったが、それだってとある大手のインディーズ・レーベルからだったし、活動後半は下手なメジャーのバンドよりも集客が良くて、日程が良ければ、200人、300人クラスのハコを普通に使えていた。

 というわけで、早晩、メンバーだけでは事務方がおっつかなくなり、白羽の矢を立てられたのが、その頃大学に入ったばかりだった私だった。中学生の頃から、勝手にファンクラブの会長を自認して雑用の手伝いをしていたのだから、当然の人選だ。本当にファンクラブを作ってしまって、1人事務局をしていたのは最後の1年。チケットのブッキング、アルバムやデモテープの在庫管理、物販、広報。見よう見まねで手当たり次第、何もかもをやっていた毎日だった。大学もあったし、バンドの仕事は手弁当なので、バイトもした。その合間にライヴにも頻繁に行っていたし、我ながらよく、身が持ったと思う――半分だけ。この生活を通して、私は、泥のように眠れるまでは働きたいという、自分の本性を知った気がする。

 リーダーの俊二は、メンバーの中では一番そういうことに疎くて、お礼はしてくれるんだけど、具体的な助けになったことは無い。その相棒の智之はというと、こいつはスケジュールの管理や機材のことやスタジオの手配や、そういうことに気を配っていて、それどころではなかった。そういう時に、よく仕事を手伝ってくれたのが敦司で、だから私は、中学からの腐れ縁である俊二や智之よりも、敦司と仲が良かった。

 その、メンバーの次に近い場所から、バンドの最初から最後までを見通した人間として言うと――RACHESISは、最初からかなり危険なバンドではあった。

 まず、リーダーの俊二には、強烈なカリスマ性はあるが、言葉でコミニュケーションを取り、団体を上手くまとめていくという手腕が無かった。そこを補っていたのは智之で、これは上手いコンビだと思ったのだが、このバンドの中には、もうひとつのコンビがあった。敦司と恭平だ。俊二と智之が中学の同級生であるように、この2人も、別の中学の同級生だった。が、俊二と智之があくまでも対等の親友であったのに対して、敦司と恭平の間には、親分子分に近い感情が存在していたと思う。それは、恭平に作詞作曲の能力が無かったことにも由来しているかもしれない。俊二と智之は一緒に音楽をやりたかったのだけど、恭平は敦司の音楽をやりたかったのだ。それから、1人だけひとつ年上で、ドラムをやっていた和馬は、どちらのコンビからも等しく距離を取ってニュートラルな存在でもあったけど、たまに所在無さそうにしていた。

 メンバーの誰もが若くて、そういう微妙な人間関係の機微を、調整していく術を知らなかった。

 そのくせ、このバンドには、俊二、智之、敦司という、3人のソングライターが存在していて、殆ど三分の一ずつ、曲を書いていた。若さから来る自己顕示欲なのか、3人とも頑なに、自分の曲は自分で作詞をして、下手をするとアレンジまで殆ど決めていた。

 多彩な音楽を奏でることが出来る、という美点も確かにそこにはあったのだが、人間関係が上記のような具合だったので、三分の一ずつのパワーバランスなど危ういものだった。

 更に、敢えて言うと――俊二は誰かの下風に立つということが本当に苦手で、だから、バンドをやっていく上でも、いやおうなしに降りかかってくる上下関係という面で、物凄い苦労をしたし失敗もした。それがあって、彼はリーダーだったんだけど、本当にリーダーをやりたかったのは、実は敦司だったんだから。

 敦司の頭の中には、ヴィジュアル・コンセプトとかアートワークとか、音楽以外の部分まで含めた、かなり精密なヴィジョンがいつもあった。俊二と智之のコンビは、音楽以外のところには、ある程度無頓着だった。多分、半分以上は意図的に。

まずは音楽で勝負したいという2人と、トータルでプロデュースしていきたいという敦司と。加えてコイツらは、音楽性もちょっと違っていたのだ。俊二と智之はヘヴィメタル寄り。敦司はハードコア寄り。互いに尊敬はしていたけど、譲歩するのは嫌だったみたいだ。

 だからあたしは、いつも不安だった。いつか、火山が爆発する日が来るんじゃないかと思って。

爆発寸前の鍔迫り合いが魅力のバンドでもあった。確かにそうだ。妙に仲良しで狎れ合っているRACHESISなんて見たくない。だけど――それでも怖かったんだ。

目の前にある、爆発寸前のエネルギーが、本当に四散してしまうことが。

だから本当は、現実逃避をしていたのかもしれない。すべての破局に繋がったあの大喧嘩だって、あたしは発端に近いところから、わりと近い位置で見ていた。ただ、あの2人の主導権争いなんて今に始まったことじゃなかったし、2人とも生傷が絶えないタチだったから、殴り合いになって血を見ようが、やれやれと思う程度で済ませていた。

だけど、実際には血が流れてから、恐ろしく深くて暗い話し合いに突入し、ぎりぎりの神経戦の末に消耗しきった2人は、解散という結論を導き出した。実際には、敦司が脱退を申し出たらしいのだが、そうなれば恭平もついていくし、バンドは二分裂という格好になる。潔癖な性分の俊二が、そんな状態でメンバーを追加募集するとは思えなかったし、第一俊二は、油断すると喰われると、全身全霊で警戒しながら、ヴォーカリストとして、フロントマンとして、誰よりも敦司のことを信頼していた。

音だけで、繋がる2人だった。多分、誰にも理解出来ない強さと深さで。そこには、現世を共有する智之や恭平にさえ、入り込めない何かがあった。

 

「智之は、今何してるか知ってるか?ていうか、まだ連絡取ってるのか?和馬は?」

痛みしか無い現実から、僅かに目を逸らそうとしたのか、敦司は急に話題を変えた。

2人とも、自分のバンドで頑張ってるよ。智之は、とうとう腹を括って、自分でリーダーやってるし。和馬は別のバンドだけど、たまに対バンをやる」

RACHESISが解散した後、敦司は都心のライヴハウスに拠点を移してしまったので、その後壱番館の辺りで起こったことを、殆ど知らないらしい。俊二の葬儀以外では、三鷹に戻ったという話さえ聞かないくらいだった。

「和馬のバンドって、どんな。想像出来ない」

U2とか、ああいう感じ。とても男くさいロックだね。和馬らしいでしょ」

そう、和馬は、ドラマーらしい大柄な体躯で、太い声をしていて、古き良き日本の男、みたいな気性の持ち主だから。

「そうか…みんな元気に戦ってるな」

痛々しいくらい嬉しそうに、悲しいくらいに寂しそうに、敦司は呟いた。

 けれども、自分がどういう顔をしていたかは、自覚していたらしい。そこでまた話題を変える。

「そういや、忍は?」

確かにあの子は、あっちゃんにとっても「妹」には違いない。でも、もう何年もほったらかしだったのに、何で今更それを気にするのか。その突っ込みを、私は敢えて飲み込んだ。でもそれは、明らかに逃げ口上だったから、わざと事実の半分だけを口にした。

「それがさ、早々に結婚しちゃって、子供産んじゃってさ。あたし、伯母さんなんだよね」

「マジ?!」

目を丸くする敦司に、携帯のメモリを見せてやった。紅い髪の忍が、満面笑顔で姪っ子を抱いている、可愛い写真が一枚入っているのだ。

「気合入ったママだな」

「うん、実はこの子も、あの後バンドを始めて。今のダンナは、同じバンドの人間なんだよね」

言いながら、自分の根性の悪さを、ちらりと考えた。

「みんな、大人になるよな」

敦司がそう言った言葉尻を、私は逃がさなかった。

「そう、大人になったね。あたしも、あっちゃんも。それでみんな戦ってる。でも、あっちゃんだけが、元気じゃない」

一瞬、敦司の淡い色の虹彩を持つ瞳から、涙が零れるんじゃないかと思った。けれども、潤んだ双眸は乱暴に手で覆われて、くぐもった声だけが返ってくる。

「うるせぇよ、相変わらず。本当にうるせえ」

そう言って、敦司は焼酎のグラスを呷ると、真っ直ぐにこっちを睨み返した。

「これで満足なのかよ」

この子が何を言っているのか――カケラほども分らなかった。

 ただ、ここでその言葉の意味を問い返しても、きっと適切な答えは返ってこない。そう思ったので、あたしは別の話をすることにした。D.M.C.が今までにリリースしてきた音源のこと。ライヴの感想。インタビュー記事。テレビに出た時のこと。思いつく限りを、出来るだけ整然と。伝えたかったのはただひとつ、お前のやった音楽は、間違っていない、ということ。

 敦司は最初から、あたしが何を言っているのか分らない、という顔で聞いていた。そして、あたしが言葉を切った合間に、問いかけてきた。

「何で、薫がそんなこと知ってるんだ?」

「莫迦。あんたがどこ行って何してたか、気にしてたからだよ。何時ごろ、どこでD.M.C.を始めたのかも知ってるし、ライヴにも行ったよ。50人くらいの小さなハコでやってた時も、Zepも野音も渋公も。一番最後に恵比寿で演った時も行ってる。気がつけよ」

だけど、その行き違いは、2人の間に時間が流れたからじゃなくて、物理的な距離が開いてしまったからじゃなくて――敦司が苦しいからだ。

「見縊るんじゃないよ。例えRASHESISの敦司じゃなくても、あたしはあんたのファンなんだから。いつでもとは言えないけど、可能な限り見てる。あんたが戦ってるって、ちゃんと分ってるよ」

敦司は、何も、答えようとしない。

「ついでだから教えてあげる。Zepと恵比寿と…あと確か一本は、和馬と一緒に行った。智之は、ああいう性格だから自分じゃ行きたがらないけど、魂胆はミエミエ。だって『ライヴ行く』なんて言わないのに、その夜のうちに、『今日どうだった』って電話してくるし。こっちは叫びすぎて声が出ないっちゅうの」

呆けたような顔で、敦司はあたしの言うことを聞き続けた。莫迦な奴。本当に莫迦だ。相変わらず――いつまで経っても。

「何でだって?」

とにかく、目の前のこの愚か者を、現実に引きずり戻す必要があった。そこで一旦言葉を切る。

「仲間だから。もう一緒のバンドで、運命共同体はやれないけどさ。でも、戦ってる間は仲間だから。ずっと。それだけ」

それが、裏方としてのあたしの信念だった。音楽を創る才能は全部妹に譲ってしまったので、メンバーにはなれない。だけど、音楽の世界を、別の方法で「生きる」ことは出来るんだから。その信念で、あたしは、仲間たちと繋がってきた。幸いなことに、自分の方からその縁を「切ろう」と思ったことは、一度も無い。もちろん、RACHESISが解散したことは、今でも残念に思うし、一緒にメジャーに行けたら最高だった。だけど、そのことで誰を恨んでも居ないし、その後メンバーそれぞれが選んだ道には、たくさん光が降るように祈っている。

 敦司は、しばらく黙っていたけれど、やがて何か言いたそうな顔をして、目線を背けた。

「…嘘じゃないよな」

言った声が、震えていた。

「莫迦。あんた本当に莫迦だね。こんなことで嘘ついたって仕方ないし、会いたくない奴を呼び止めて、わざわざ飲みに行くほど、エリートは暇じゃないんだよ」

一瞬、ぶん殴ってやろうかと思ったけど、勘弁してやろう。この後次第で。

「……俺のことは、赦してくれないかと思ってた」

「赦す?何を」

RACHESISを、ぶっ壊したこと」

「あんた1人でやったわけじゃないでしょ」

「もし、あの時、俺が退いてRACHESISを続けてたら、俊二の奴、死ななかったかな」

血の塊を、吐き出したみたいだった。その瞬間、内側が激しく痛む。でも、それが出来ればもう大丈夫だ。奥に澱んで苛んでいたものは、無くなるのだから。

 あたしは、深く息をついてから、手を伸ばして、敦司の痩せた頬を叩いた。

「ぶっ飛ばしていい?妥協したRACHESISなんて、あたしは金輪際、観たくも無い。それと俊二は、バンド取り上げたくらいじゃ死なない。のた打ち回って苦しんではいたよ?それは本当だから否定しない。だけど、大体あいつ、死ぬ前に何話してたっていうと、新しいバンドの企画だよ?あいつだって、まだまだ戦う気で居たよ」

これという場所を見つけるまで、傷つきながら斬り結んで彷徨うのは、若いミュージシャンなら誰しもがすることだ。そのこと自体に、是も非も無い。ただ、彼らがそこから得たものにだけ、意味がある。

「だから、D.M.C.の音楽性を認めるかどうかはまた別として…俊二は喜んでるよ。あんたが戦ってることについては。それはあたしが保証する」

「じゃあ何で、あいつ、死んだんだろう」

気がつけば敦司は、涙に濡れた顔でこちらを見ていた。

「バイクで自爆したからでしょ。フロントロックで、道に投げ出されたところを車に跳ねられた。全身打撲で即死。それだけのこと」

我ながら、残酷なことを言っているなと思った。でも、敦司は知らなければならない。もしも、バイクの事故、という以外に何も聞いていないなら。

 それから随分長い間、敦司は何も言わなかった。あたしも、何も言わずに待った。

 水菜のサラダを取り分けて、鶏の唐揚をつつき、飲みかけで放置していたジンライムを空けて、手持ち無沙汰にたこわさをつまんでいたら…やっとのことで、敦司が口をきいた。

「お前、相変わらずよく食うな」

聞こえた声が、明らかに生気を取り戻していたのが嬉しくて、あたしは思わず答えてしまった。

「元気に生きてるんで」

だから、お前も生き返れと、精一杯の願いを込めて。

 顔を上げた敦司は、思いっきりの真顔で、言い切った。

「薫、また一緒にやらないか。俺、お前に居て貰ったら、何か出来そうな気がする」

それは、あたしにとっては最上級の褒め言葉で、とても嬉しかったのだけど、残念ながら遅い。

「そういうさ、女を口説くみたいな台詞を吐いちゃいかんだろ」

だけど、その僅かなタイムラグが寂しくもあったので、一言クッションを置いた。

「ごめん、あっちゃん。そのオファー、3ヶ月前なら乗れた。だけどあたし、年度一杯で会社を辞めるんで…次に、することがあって」

でも、ここから続く部分は、今のあたしにとっては、世界中で一番、誇らしいこと。

「見縊らないでいただきたいね。社会人やってるからって、あっちから足を洗ったわけじゃないんだよ。バンドの裏方は、今でも続けてる。で、来年そいつらと一緒に、メジャーに行くから」

あたしはそう言って、鞄を開けると、テーブルの上にCDを一枚出した。つい先日リリースされたばかりの、SIVA2枚目。

「これ、そのバンド。聴いてみな。あんたには負けないから」

誰にも負ける気がしなかったから、誰にだって言ってきた台詞だ。でも、こんなに誇らしい気持ちで、言い放ったことは無い。

「…智之のバンドか?」

ややあって、恐る恐るという具合で、敦司が尋ねる。すかさず、あたしは頷き返す。

「うん、そう。俊二が死ぬ前に、智之とやってた企画の続き。で、あると同時にうちの妹のバンド」

一瞬。敦司は口に含んでいたウォッカトマトを飲み込んでから、拳で数回、胸を叩いた。どうやら咽たらしい。

「…マジ?」

最初に言った同じ台詞よりは、幾分間の抜けた響きだった。多分、まだ半分信じていない。仕方が無いので、あたしはCDをひっくり返して、ジャケ裏を見せてやることにした。メンバーの写真はそこに入っている。

「ね?」

敦司は、まじまじとそこに見入り――しばらくしてから、頭を下げた。

「悪い。確かに忍は、俊二の一番弟子だったもんな。智之のバンドに居ても、おかしくは無いよな」

生真面目な奴だ、意外と。そういうところは、俊二によく似ている。あの頃から、そう言うと2人とも、むきになって怒って否定したけどね。

 

 結局、あたしたちが、莫迦みたいな数の空グラスを置いて店を出たのは、11時頃だった。久しぶりに、美味しいお酒だった。

「じゃあ、残りの音源はあたしの名前で事務所に送るから。ちゃんと受け取りなさいよ」

別れ際に、あたしはそう、もう一度念を押した。敦司は、うっせーなと言って笑った。

 そして、改札の前まで来て――もう一度、振り返る。

「あっちゃん。最後にひとつだけ。あたしのこと、また誘ってくれたのは、凄く嬉しい。だけど、誘うなら、こんな、忘れた頃に顔出す奴じゃなくて、一番最初から一緒に居る奴にしときなよ」

そうだ、敦司には、恭平という相棒が居る。やり直す時も、すべてをぶっ壊す時も、奴らは一緒に違いない。

「お前ホントにお節介だな」

照れ隠しの積りなのか、酷くぶっきらぼうな調子で、敦司は返した。

 その口調が生意気だったので、ひとつだけと言っておきながら、もう一言言ってやった。

「で、あっちゃんさ、河村あすかとは、まだ付き合ってんの?」

河村あすかは、「永遠の美女」と呼ばれて、各種メディアに引っ張りだこの人気モデルだ。D.M.C.の影が薄くなる直前くらいに、週刊誌にそのネタをすっぱ抜かれていた。当時、えーっと思いはしたものの、今になって思うと、俊二と敦司には、妙な共通点がもうひとつあった。女の趣味は、非常に良いのだ。

 敦司はしばらく、物凄く困った顔をして黙っていたが、その表情自体が回答みたいなもんだ。

「…んだよ。悪いかよ」

「ううん。あんた、女運は良かったなと思って」

「そういうお前が、さっさと男見つけろよ!」

締め括りは、そんな、どうしようもない一言だった。

 

 「先にZeppに帰ります。あ、お前らは行ったこと無いのか。悪かったな」――そんなメールが届いたのは、1年後のことだ。

「あいつ、インディーズなのに。生意気言ってるよ」

あたしは思わず、車の後ろに居た智之を振り返った。

「相変わらず、ガキみてーなことを」

智之はそう言って鼻で笑ったが、絶対に、表ヅラほど平静じゃない筈だ。他人がZepp Tokyoでライヴをやる、と言ってもカケラほども羨ましくは無いだろうけど、今度だけは話が別だ。

「ねえ、智之。この日空いてるよ。何ならチケ取ってあげようか。一緒に行こうよ」

返事は無い。智之は、窓を開けて煙草を吸っていた。

 どいつもこいつも手がかかる――それだけは、どうやら間違いないらしい。

 Devil May Care――無鉄砲。禍々しい響きの成句だが、実はこんな意味である。その名に相応しく、奴らはどうやら、見た目は黒く音楽はもっと黒く、何よりも無謀に心の赴くままに、突っ走っているらしかった。

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