「お願いだよグレイ、手伝っておくれよ…どうしようもないんだ、あたし独りじゃ…」

勝気さに彩られていた筈の表情が、泣き濡れて目の前にあった。

 

 魔の島から戻った一行は、オービルからエスタミルに移動して、船で別の場所へ移動する積りだった。しかし、そこでグレイは、かつての冒険仲間、魔術師のミリアムと再会した。そのミリアムの口から出たのが、こんな言葉だった。おきゃんで明るい性格の彼女からは想像しがたいことだったが、鳶色の瞳が、涙の中で凄絶に光っていた。

 グレイがクローディアの護衛を始めた頃、ミリアムとガラハドは、ともに故郷に帰っていたのだが、一ヶ月ほど前、ガラハドの方からの誘いで、二人で冒険を始めたのだという。その時向かったのが、エスタミルの向こうに広がるフロンティアの大地だった。しかし、その道中で、二人は謎の一団に襲われ、ガラハドが連れ去られたのだそうだ。

「…あいつさ、どうしても手に入れたい名剣があるって言ってたじゃない。それ、見つけたんだって。腕試しがしたかったのさ。なのに、何であんな……」

口にする側から、ミリアムはまた泣き出した。口惜しさが、今にも溢れ出しそうに見える。

「犯人の見当はついているのか」

「…アサシンギルドの連中じゃないかって。あいつら、腕の立つ人間を捕まえて、洗脳して使うって聞いたよ」

アサシンギルドというのは、クジャラートからフロンティアにかけて裏社会に名をはせる、闇の秘密結社である。名前だけはグレイも聞いていたし、最近とみに力をつけているとも聞く。

「連中の本拠地は、突き止めたんだ。でも、とてもあたし一人で殴りこめるような規模じゃ無くてさ…お願いだよグレイ、昔の誼でさ」

ミリアムもガラハドも、気の合う仲間だった。グレイ自身に否やは無い。仲間たちの様子を顧みると、ジャミルとアルベルトが頷いた。

「そこにあんたの仲間が居なくても、ギルドを潰せるなら、俺は賛成だ。あれは本当にやばいからな」

「仲間の仲間はやっぱり仲間…じゃないのかな」

ホークとアイシャも、似たり寄ったりの表情でこっちを見ている。

「行きましょう。これは、貴方にとって必要なことだわ」

最後にクローディアが言ったその言葉が、結局すべてを物語っていた。

 

 ミリアムが突き止めたアサシンギルドのアジトは、エスタミルとフロンティアの、ちょうど真ん中辺りに位置する。とりあえずその日は、ミリアムと出会った北エスタミルから、ジャミルの故郷南エスタミルへ移動して、翌日から行動を始めることになった。

 ジャミルの家は、掘っ立て小屋のようなところで、とても大勢が寝泊り出来る広さではなかったから、まとめて宿を取ることになった。ジャミルは、夕方のうちは知り合いの所に顔を出してくると言って出歩いていたが、夕食の後には戻ってきた。何だか浮かない顔をしているので、アルベルトが声をかけると、釈然としない面持ちで答えた。

「ダウドがさ…俺の幼馴染の仲間が、ちょっと前から行方不明だって言うんだよな」

グレイとクローディアも、その青年とは面識がある。ジャミルと知り合ったハーレム事件の時、彼と一緒に行動していた人物で、少々おっちょこちょいだが人の良い、愛敬のある顔立ちをしていた。ジャミルはてっきりその時助けた幼馴染の少女――恋人ではないかと踏んでいるファラ――に会いに行ったと思っていたので、上機嫌で帰ってくることを予想していたのだが。

「あいつ、要領が悪いから、何か妙な事に巻き込まれてないといいけどな……」

ジャミルはぼんやりと、そんなことを呟いた。

 しかしその夜、ジャミルの願いを木っ端微塵に打ち砕く事件が起こった。真夜中のことである。最初に異質な気配に気付き、目を覚ましたのはグレイとホーク、ほぼ同時だった。剣を取り、グレイがジャミルとアルベルトを起こす。ホークが明りを点けた。するとそこに浮かび上がったのは、グレイの記憶にも残る、ダウドの姿だったのだ。

 しかしダウドは、以前の明るい表情など微塵も無く、空ろな眼でこちらを睨んでいる。手には抜き身の剣が握られていた。

「…ダウド?お前、何してるんだよ、こんな所で……」

問いかけるジャミルの声に答えもせず、ダウドはふらりと身を翻すと、ジャミルに襲い掛かった。

「何すんだよ!俺だ、ジャミルだ!!」

危ういところで攻撃を躱し、猶も斬りかかろうとするその腕を掴んで、必死に声をかける。しかし、ダウドの褐色の双眸は、同じ色をしたジャミルの瞳など、映してはいなかった。乱暴にジャミルを振り払い、態勢を崩したところで一撃を加える。これも辛うじて躱したものの、横腹に浅く血が弾けた。とどめを刺そうと再び剣を翳すダウド。しかしこれは、ホークが風の術法を仕掛けたために、ダウドの方がダメージを受けて、一度飛びのいた。

「やめてくれよオッサン、こいつは俺の仲間なんだ!」

叫んで、立ち上がろうとしたジャミルだが、脚に力が入らず、そのまま床につんのめってしまった。アルベルトが助け起こしに走るが、近寄った瞬間に、表情が変わった。

「ジャミル、脂汗が凄いよ。息、苦しいだろう?」

問われるまでもない。ジャミルの顔は、僅かな間に土気色になり、呼吸も乱れている。

「坊主、あいつの剣にはな、毒が塗ってあるんだ。残酷な海賊でも滅多に使わねえような、タチの悪い奴がな…」

そう言いながらも、ホークは間合いを測ることをやめていない。それだけの注意を、ダウドに向けているのだ。

「アルベルト、クローディアを起こしてきてくれ。解毒をしないと命に関わる…ダウドは俺がどうにかする!」

グレイもホークと同様に、ジャミルの受けた毒の恐ろしさを知っている。だが、ジャミルの友人でもある、あの気のいい青年を死なせる気には、どうしてもなれなかった。数ヶ月前の自分なら、それが例え人間でも、背後に事情があろうとも、自分の命を脅かす存在なら、容赦無く斬り捨てていたのだが。今となっては、到底そんなことは出来なかった。

「分った、任せたよグレイ。ジャミル、ちょっとだけ待っててくれ!」

アルベルトが、駆け出し際に光の術法を使う。簡単な目晦ましだ。背中を襲われてはたまらない、という咄嗟の判断だろう。そして光が消えたところで、今度はグレイとホークが、ダウドを相手することになる。

「で、グレイさんよ、一体どうする積りだ?完璧に洗脳されてるよなぁ、あいつ」

「意識だけ奪えばいい」

最初に試したのは、催眠効果のある幻術だが、予想通りこれは失敗した。元々意識の危ういダウドには、通じなかったのだ。では、多少手荒になっても、殺さない程度に痛めつけるしか無いだろう。その一線は、非常に微妙で難しい。こちらにある程度余裕がないと出来ない、絶妙の手加減なのだ。恐らくダウドは今、実力以上の力を出していると思うが、この線でぎりぎりだ。限界まで引き付けて、狙いを澄ます。鳩尾に、柄尻の一撃。肋骨の砕ける、嫌な音がした。焦点の定まらなかった褐色の瞳が、一瞬冴え渡って周囲を見回したが、次の瞬間には、見事に意識を失った。

「おいおい、大丈夫なのかよ、その坊主」

半ば呆れたように尋ねるホークに、グレイは緊張で噴き出した汗を拭いながら、頷いた。

「殺した手ごたえは無かった。それにあの位置なら、折れた骨が余計な内臓を傷付けることも無い。治療さえすれば死にはせん」

と、半殺しにはなっているダウドを見下ろした。もうすこし腕の立つ相手だったら、あのタイミングで攻撃は仕掛けられなかった。殺すしかなかった。しかし、助けられたのは一体どちらなのだか…安堵の息は、とてつもなく重かった。

 

 その後すぐにクローディアが駆けつけて、ジャミルの解毒とダウドの治療をしたが、ダウドの怪我は相当な重傷で、洗脳されていた精神的なダメージも併せると、しばらく寝込む事になりそうだった。

「畜生、ギルドの連中、絶対に許さねぇ!」

こちらはあっという間に元気に戻ったジャミルは、夜が明けるのも待てない風情で居た。

「怖いこと言わないでおくれよ。ねえジャミル、無茶しないでおくれね」

後ろから縋りつくように言ったのは、ジャミルが呼んだ幼馴染の少女ファラだ。ダウドの身柄を誰かに預けざるを得ないということで、彼女を選んだわけだ。

「…分ってるよ」

明らかに不承不承ながら、一応答えてやるのが、ジャミルなりの優しさなのだろう。これだけのことをしてくる相手に、無理をしない戦い方など通用しない。相手が今までに無い強敵であることを、誰もが噛み締めながら、夜明けを待っていた。

 

 ミリアムの放った炎の雨が、モンスターを焼き払う。グレイと行動していた時よりずっと強烈だ。元々優れた炎使いだったが、数ヶ月の間に随分強くなった。そんなことを、グレイは思った。

 ギルドのアジトは、モンスターで溢れ返っていて、人の気配は微塵も無い。そのことに不審を抱きはしたが、とりあえず進むしかないと、モンスターを処理しにかかった。まずはミリアムが先制攻撃を仕掛け、続いてグレイとジャミルが斬り込む。ホークとアルベルト、アイシャで中衛を固め、クローディアとミリアムが援護する。そんな形が出来上がった。ここで戦果を上げたのは、ミリアムももちろんだったが、ジャミルとアルベルトだった。ジャミルは、デステニィストーンの力で使えるようになった魔術「エナジーボルト」を上手く織り交ぜて、相変わらず軽い身のこなしで敵を翻弄する。アルベルトは、決して素早い方ではないし、攻撃も重くはないが、狙いと判断の的確さでそれを補っている。何よりも、隼斬りと鎌鼬、剣圧で風を斬る二種類の遠距離攻撃と、多くの敵と一度に攻撃できる光の術法は、大いに戦果を上げた。自分も、うかうかしていると追い越されるな。苦笑交じりにグレイは、教え子にも等しい二人の成長に感心していた。

 そんな具合に進んでいったアジトは、モンスターの数は信じられないほど多かったが、奥行きはそれほどでもなかった。地下のフロアに下り、その最深部まで突き抜けてもやはり、人の気配はしなかったが。

 と、その瞬間。

「何か居るわ!」

クローディアが、甲高い叫びとともに、矢を放った。薄闇の中からうめき声が響き、溶け出すように浮かび上がったのは、アンデッドの巨人だった。醜悪な顔をこちらに向け、不格好に長い腕をこちらへ伸ばす。

「気持ち悪いんだよっ!」

ミリアムが炎の術法で牽制したところへ、グレイが斬りかかる。しかし、朽ちている筈の肉体は思った以上に硬く、すこし弱らせてからでもないと、到底斬れそうに無い。離脱ついでに、火幻術で攻撃してみる。これはすこし、効果があった。

「先に術法で攻めてみてくれ!まだ刃が立ちそうにない」

言い終わるより早く、ジャミルが動き出して、エナジーボルトの蒼白い光が、巨人の腕にぶつかった。

「ついでに視線も散らしとくな!」

言わなくても、わかっている。こういったモンスターは、動きも遅く読み易いのだが、一撃喰らうと洒落にならない破壊力を持っている。自分も抑えに回る積りだったが、ジャミルも手伝ってくれるというなら心強い。大切な幼馴染の仲間を利用されたこともあって、今回のジャミルは、いつも以上に体の切れがいい。気迫が満ちている感じだ。頼りになる。

「さて、俺たちは、余計な邪魔を入れさせないように動くとするかね」

ふてぶてしいまでの落ち着きで巨人に背を向け、追ってきたモンスターを斬り伏せたのはホークだ。さりげなく、クローディアとアイシャに視線を流している。確かに、クローディアは攻撃の術法が使えない。アイシャは場合によって一撃でモンスターを無力化出来るから、数を減らすにはいい。的確な人選だ。

「わかった、手伝うね!」

駆け出すアイシャに、モンスターが殺到する。ホークが助けに向かうが、それより先にクローディアの矢が援護した。追いついたホークが、厚刃のサーベルでモンスターを撫で斬りにする。態勢を整えたアイシャが、土の術法を織り交ぜながら攻撃を始める。指揮官は特に居ないが、いいコンビネーションだ。

 そして前衛、巨人の相手は、ジャミルが術法と身のこなしで、グレイが地走りで牽制したところに、ミリアムとアルベルトが大きな攻撃術法を仕掛ける。ミリアムの炎の嵐、アルベルトの光の壁、そのどちらもが、アンデッドモンスターの苦手とするところで、ダメージは速やかに蓄積された。

「ジャミル、とどめは譲ってやる!」

叫んで、巨人の足元に、もう一度だけ地走りを放つ。ジャミルは悪戯っぽく片目を瞑ってみせながら、壁をけって飛び上がり、巨人の肩に飛び乗って、スピアで喉を突いた。深々と抉り、首を刎ねる。そして、巨人が倒れる前に、身軽く床に飛び降りた。鮮やかな連携である。

 本当なら、そこですこしは喜びに沸き立ちたいところだ。しかし、ミリアムが鋭い視線を投げかけた先に、まだふたつ、人影がある。そのことが、皆の気持ちを引き締めたまま緩めなかった。 

 が、しかし。闇の中から溶け出でたその姿に、グレイとミリアムは、同時にうめいた。ガラハドだったのである。ただし、ダウドと同じく洗脳されていることが一目で分る、空ろな眼と、表情とで。その後ろには、赤黒い色のローブを纏った者が居た。人間ではない。袖からはみ出した手は鱗で覆われ、背中には蝙蝠に似た翼が生えている。

「あんたがギルドの頭だね!」

グレイの制止も間に合わず、ミリアムが飛び出して術法で攻撃を仕掛けるが、それはローブには届かず、間に入ったガラハドが、振り下ろした剣で両断した。蒼く輝く氷の刃は、間違いなく、彼が追い求めていた伝説の名剣アイスソードに違いない。ローブの中から、くぐもった笑い声が聞こえた。

「仲間を救いに来たか…遅かったなぁ。この男は今や、完全なサルーイン様の人形。魂も心も無く、ただ剣を振り回すだけの化け物よ」

「サルーインだ?!じゃあてめえが、ギルドを乗っ取って、ダウドや、この人を洗脳して、俺たちを潰そうとしてるってのか?!」

ジャミルの言葉は、鋭く正しく、本質を突いていた。ローブの中から聞こえてきた、勝ち誇った哄笑が、そのことを証明している。

「ジャミル、怒ってるだけじゃ駄目だ!」

光の術法が、辺りを明るく照らし出し、ガラハドと、ローブとを右往左往させる。激昂しかけたジャミルを、アルベルトが制したのだ。

「今僕たちがすべきは、まず、あの男を倒す事、だろう?」

正論を言わせたら、アルベルト以上に似合う人間は居ない。それだけ清廉潔白な少年なのだ。二歳違いの少年と青年の瞳が、きらりと光って見交わされた。アルベルトが光の術法を放つと同時に、ジャミルが駆け出す。光に追いつき、ぴったりと付いて行って、同時に攻撃。狙いは正しく、また、二人が出来る最高の攻撃方法でもあった。しかし、ローブの男は微動だにせず、光を打ち払い、素手でジャミルのスピアを止めた。愕然とする二人に、闇の術法を浴びせかけて、声高に嘲笑した。

「口ほどにも無い…貴様らの相手など、そこの男で充分だ。闇の底で、のた打ち回って死ぬがいい!」

その声とともに、赤黒いローブは、掻き消えるように居なくなってしまった。

 誰もが愕然として、その場に立ち尽くさざるを得なかった。ローブの男の圧倒的な力と、その背後に聳えるサルーインという名の影に。そして何よりも、これでガラハドを救う術が消え果た、という冷酷な事実に。ガラハドは、グレイと肩を並べて戦っていた剣士だ。ダウドのようにはいかない。あんな、ぎりぎりの一線を渡る余裕など無い。蒼白になったグレイの見守る中で、ガラハドは、これだけは以前とまったく変わらない、隙の無い動きでアイスソードを構え、一気に振り下ろした。吹き荒んだ冬の嵐が、皆を薙ぎ倒す。魂まで凍てついてしまいそうに鋭い氷の刃が、容赦無く斬りかかってきた。

 「ガラハド!」

その中で唯一立ちつづけたのが、ミリアムだった。炎の精霊を全身に纏いつかせているのか、彼女だけはダメージを受けていない。

「ねえ、あたしたち、これでお終いなの?あんたもう、帰ってこないの?」

痛々しい叫びが、鳴り止まない嵐の中に、力無く響く。しかし既に、ガラハドの耳には、どんな言葉も届かないようだった。空ろな表情のまま、黙ってミリアムに斬りかかる。慌てて間に入ったグレイが、一度はその刃を受け止めたが、躊躇いがあるせいか、力任せに引き倒された。そして蒼い刃の切先は、態勢を崩したグレイに向けられた。間に合わない。

 一撃を覚悟したその瞬間、しかし、凍てつく刃は、別の血を吸った。視界に広がった、柔らかな茶色の髪。クローディア。ミリアムが横合いから術法でガラハドの注意を逸らす。ホークがガラハドを抑えにかかった。抱きとめる、血塗れの体の温かさが、奇妙に生々しく手に染みた。

「怪我は無い?」

口許にも、鮮血が散っている。しかしクローディアは、大丈夫よと微笑んだ。傷口に手を当て、水の術法を使うが、かなり深々と斬られているので、そう簡単には治らない。

「クローディア…」

どうすればいい、と問いかけようとして、やめた。答えはとうに、自分の中にある。今はただ、それを見たくない一心で、逃げている。それだけだ。そんな気持ちの揺れが、瞳に映ったのだろうか、クローディアは、静かに微笑んで、頷いた。その口元の、血飛沫を指先で拭うと、グレイはアイシャにクローディアを託して、立ち上がった。

 結局ホークにも、ジャミルやアルベルトの手にも、ガラハドは負えなかった。ミリアムがまだ頑張っているのは、炎の精霊の加護ではなくて、ガラハドを知り尽くしているから、それに、個人的な想いがあるからだ。

「ミリアム、いいな」

鋭く心を抉る問いかけに、ミリアムは、固い表情で頷いた。

「あいつを、お願い」

その一言が、グレイの退路を断ち切った。

 地走りで冬の嵐を吹き飛ばし、懐に飛び込む。予想通りの反応で、ガラハドは一撃を受け止めた。いい腕だ。この腕を、グレイは信頼し、背中を預けて旅をした。ガラハドもそうだっただろう。しかし今、グレイだけが思い出せることがある。相手の弱点が、一体何だったか。ガラハドは、相手の変化に弱い。一瞬、刃に込める力を緩め、鎬を削っていた二本の剣を、滑らせる。悲しいまでに予測したまま、ガラハドは態勢を崩した。勢いに乗って床に達したバスタードソードの切先を、鋭く上に向けて斬り上げる。地擦り残月。三日月の形が甲冑を破り、夥しい真紅で、二人を染めた。その向こうに一瞬、ガラハドの笑みが、見えたような気がした。

 

 その晩、泥のように疲れた体を引きずって、最寄の開拓村まで戻る間中、誰もが何も喋れずに居た。人生でこんなに後味の悪い思いをしたことは、無かったに違いない。ミリアムだけが、アイスソードを抱えて、辺りも憚らずに泣きじゃくっていた。グレイはそんなミリアムを、心の何処かで羨ましく思いながら、歩いていた。

 村に宿屋は無く、小屋をひとつ借りて泊まることになったが、気遣った積りだろう、グレイとミリアムには、一人で部屋を使わせてくれた。確かにありがたかったが、その一方で、無性に人恋しい思いを抱えて、グレイは部屋の片隅に座り込んでいた。やむをえないことだった。あれで正しかった。そんな的確な状況判断とはまったく別のものが、心を苛んでやまない。返り血の熱さが、まだ肌に残っていた。

 どれほど時間が経ったことだろう。気付けば眠りに落ちていたが、悪夢を見て、目が覚めた。そしてふと顔を上げた時、そこには、クローディアの姿があった。

「悲しい夢を、見たのね」

何と言えばいいだろう。口篭るグレイに向けて、クローディアは、そっと腕を伸ばした。柔らかく抱きしめるその腕は、労るような優しさで、全身に、魂にまで食い込んだかのような痛みを包んだ。

「ごめんなさい、私には、こんなことしか出来ないの」

それは、数ヶ月前のあの時と同じだった。オウルの死を目の当たりにして、泣きじゃくるクローディアを抱きしめていた時と。あの時は、立場が逆だった。今は、自分の中にある、滾々と湧いて尽きない涙の泉が、クローディアの中の恐れと溶け合って、透明になっていくのが分る。グレイは黙って、華奢な体を抱きしめた。そのほかにもう、どうしようも無かった。
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