バファルとローザリアを繋ぐ内海の何処かに、魔の島と呼ばれる島があり、そこには謎の魔道士が住んでいて、不思議な宝石を使い、不老不死の研究をしているという…そんな話をしてくれたのは、ホークだった。魔の島と呼ばれるそもそもの所以は、ずばりその島を見た者が生きて帰れないことだが、昔、たった一人だけ生還した人物が居て、今もローザリアの港町オービルに住んでいるという。それで、ひょっとしたらその魔道士の持っている宝石というのがデステニィストーンかもしれない、というのが話の主旨だった。

 オービルに行ってみると、件の人物というのは既にかなりの高齢ではあったが、街ではちょっとした有名人で、簡単に見つけることが出来た。そして、何と驚いたことに、島までの航路は自分が分っているから、そこまで連れて行ってやろう、と申し出てくれた。

「その代わりに、魔道士に会ったら儂の仲間たちのことを聞いてみてくれんか。儂はあの時、自分一人だけ逃げてきてしまった…」

深い皺の刻まれた顔に、暗い影が落ちる。我が身可愛さに逃げてきた罪悪感の重さが、伝わるようだ。命の危険以上のものがあった、特殊な状況下でのことを、誰も責めはしないにしても、本人だけはどうしても自分を赦せないでいるらしい。

「分りました。ご協力をお願いする」

話を聞き終えて、グレイは軽く頭を下げた。得体の知れない王侯貴族への敬意は持ち合わせていないが、協力者への礼儀はわきまえているのだ。

「なあグレイ」

準備の最中に、ジャミルが声をかけてきた。船のことはホークが切り回している。

「その島にある石ってさ、俺かあんたのデステニィストーンだといいよな」

いつもの軽口調子ではない、重い響きの言葉に、グレイも思わず考えた。聖戦士であるか否かに関わらず、自分は戦力としてこのパーティに欠かせない人間だという自負はある。しかし、デステニィストーンを持たないままに、サルーインに挑めるのだろうか。果たして十の宝石が集まった時、選外の十一人目として自分が残ってしまった場合、どうするのか。考えないようにしていた暗澹たる想像が、ふっと浮かんできた。しかし、それを面に出しても仕方ない。

「そうだな。ここまでやって無駄足というのは困る」

軽く嘯いて、ジャミルへの答えにした。

 

 魔の島への航路は、海で生まれ育ち、船に関しては熟練しているホークでも思わず音を上げる、過酷なものだった。渦潮や嵐を幾つも乗り越え、数日がかりでやっと辿り着いた島には、木も草もなく、ただ塔が聳えている。

「ホークとアルベルトは、万が一に備えてここで船を守っていてくれ」

それでなくても老人は残るのだし、留守をモンスターに襲われたら、帰れなくなってしまう。だからグレイは、術も剣も使えて、総合力のある二人を選んで残すことにした。

 

 恐る恐る踏んだタイルが滑り、落とし穴がぱっくりと口を開ける。滑り落ちかけたアイシャの手を、咄嗟にグレイが支える。そこに飛び掛ったモンスターを、クローディアの矢が射抜いた。前線では、ジャミルがスピアを振り回している。助け上げられたところで、アイシャがジャミルの横へ駆け寄り、大地の剣を抜いた。最近はだいぶ扱いに慣れてきて、砂に出来ない時でも相応のダメージを与えられるようになった。しかし、モンスターの数が多い。

「ジャミル!アイシャ!上手く避けろよ!」

態勢を整えるなり、グレイは鋭く叫んで、バスタードソードを床に叩きつけた。剣圧が地走りになり、一気にモンスターを吹き飛ばす。

「…どうやら片付いたな」

頷く一同の顔には、等しく疲れが滲んでいる。塔をここまで駆け上がってきたこともだが、それよりもこの塔は、至る所罠だらけで、一歩歩くにも気が抜けないのだ。精神面の疲労が莫迦にならない。

「ねぇ、あと何階上がればいいの?」

幼いぶん、精神的な圧迫に弱いアイシャが、そろそろ音をあげ始めている。天候が悪く、窓も無い塔なので高さの目算は正確ではないが、もうかなり上まできている筈だ。しかし、未確認情報は言いたくない。グレイがそんなことを考えていると、クローディアが、すっとその階の奥の扉を指差した。

「あの部屋だと思うわ。何だかとても嫌な感じがするの」

白い頬に、冷や汗が流れる。人一倍細やかなクローディアの感性が、何かを捕えたのかもしれない。グレイがジャミルの方を伺うと、ジャミルも頷いた。

 扉を開け放つ。異臭がわっと広がった。乾燥した植物や、何かを煮詰めたような薬品の臭い。その中央に、小柄な老人が居て、邪悪な目つきでこちらを睨んだ。

「何じゃ、お前たちは」

「三十年前、ただ一人この島から逃げ出した男を覚えているか?」

まずは探りを入れなくてはならない。いきなりデステニィストーンのことを切り出しても警戒されるだけだと、グレイはまず、魔道士が答えそうなことから問うた。するとその、歯も殆ど残らない口に、残忍な笑みが浮かぶ。

「おお、あの男が、まだ生きておったか…最も、奴の仲間たちも生きておるがな…それそこに」

骨と皮だけの指が示す先には、三十代くらいの男が数人、投げ出されたような格好で眠っている。その光景の異様さに、思わずアイシャが、小さな悲鳴をあげた。

「…貴様、一体何をした」

「儂はここで、不老不死の研究をしておるのさ。その連中には、開発途中の薬を呉れてやった…お蔭でそ奴らは、永遠に年も取らず、眠ったまま…失敗じゃ」

吐き捨てるような口調には、傲慢さが滲み出ている。胸の奥から、滾るように怒りが込み上げてきた。

「てめえ、人の命を何だと思ってやがる…!!」

最初に激昂したのはジャミルだった。大股に一歩、前に出る。その瞬間。眩い光と、澄んだ共鳴音が部屋を染め上げた。魔道士が、慌てて懐に手をやる。痩せた手の上に、エメラルドの髪飾りが載っていた。そのエメラルドが、宙に浮かびあがる。

 その時だった。部屋の隅に転がっていた男たちが、次々と起き上がったのである。何が起こったか分らない、といった表情で、辺りを見回す。魔道士の顔に、驚愕が浮かんだ。

「何故…何故じゃ」

一方ジャミルは、中空のエメラルドをきっと見据えている。褐色の瞳の輝きが、確信に近い強さに変わっていくのが見えた。

「返して貰うぜ!それは俺の石だ」

叫ぶと同時に駆け出し、髪飾りを掴む。我に返った魔道士が、杖を振りかざした。その先端に、術法の力が宿る。至近距離。咄嗟に逃げようも、躱しようも無い。が、その魔道士の背中を、いつのまにか駆け出していたアイシャの、大地の剣が突き刺した。枯れ木のように痩せ細った体が見る間に砂に変わり、崩れて行く。

「間に合った…ジャミル、大丈夫?」

問い掛けるアイシャの、複雑に結い上げられた赤毛を、ジャミルはぐしゃぐしゃと撫で回した。

「アーイシャ!お前、すげえじゃねえか。まさかお前の剣に助けられるなんてな!すげえよ、強くなったよ!」

「いつまでも子供じゃないもん。莫迦にしないで」

得意げに微笑むアイシャの襟元と、ジャミルの手の中とで、デステニィストーンは静かな輝きを放っていた。

 

 帰りの船の中で、目覚めた船員たちは、老人と様々な話をしていた。老人が逃亡したあの日のことに始まり、彼らが眠っていた三十余年の間の様々な出来事。これですべてがめでたしめでたし、というわけではない。彼らはこれから、空白になった時間を埋めるべく、果てしない努力をせねばならないだろう。だがそのことが、老人にとって何よりの贖罪になり、船員たちの人生が回復される日も来るだろう。

「何、海の男は強いもんさ。あとは連中の問題だ。ほっとけ」

気遣うような様子を見せていたアルベルトに、軽い調子でホークが言った。そういう彼も、船と部下を失い、海を追われた身だが、すくなくとも表面上、暗さは無い。そのことに思い至ったのか、アルベルトは頷き、それ以上何も言わずにホークの仕事を手伝い始めた。

 しかしグレイには、晴れやかとはいかない気持ちが残っている。これでジャミルが、自分のデステニィストーンを手に入れた。聖戦士であることにこだわりはしない、と自分に言い聞かせてはいるものの、もし十のデステニィストーンが揃ったとき、自分が選外の十一人目として残ってしまったら、その時どんな道を選ぶのだろう。それを思うとき、暗澹たる気持ちがこみ上げてくる。まだ見つからないデステニィストーンは、あと四つ。

「どうしたの?」

柔らかな声。クローディアだ。

「…何でも無い」

答えてはみたものの、こんな程度の誤魔化しは通じない。クローディアに問い返される前に、かぶりを振って前言を翻し、言い直した。

「まだ、まとまっていないんだ。言えるようになったら、まず最初に、必ずお前に言う」

クローディアは、それでもまだ釈然としない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 逃げをうった。それは分っている。けれどこればかりは、誰に何を言っても仕方ない。グレイは黙って、空を仰いだ。
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