大貴族の若様というものは、それなりに大したものであるらしい。ローザリア王国の首都クリスタルシティの、王城の一室で脚を伸ばしながら、グレイはそんなことを思った。何しろ、得体の知れない同行者を何人も連れていたのに、名前と顔だけで城に入れたのだ。本人の功績では無いにせよ、凄いことに変わりは無い。

 ジャミルが矢鱈ときょろきょろしているが、あれは調度品の値踏みでもしているに違いない。心配しなくても持ち出せないぞと、言ってやろうとしてやめた。計算するだけでも楽しいに違いないのだから。アルベルトは、矢張り落ち着かない様子で座り込んでいる。アイシャは部屋の隅で、複雑な面持ちで外を眺めている。タラール族のことを考えれば、当然だ。そしてクローディアだが、とくに何をしているとか、考え込んでいる様子も無く、ごく当たり前に椅子に掛けているのだが、顔立ちに気品があるせいだろう、この豪奢な背景と、しっくり溶け合っている。流石はバファル皇帝の娘といったところか。

 扉を叩く音がした。クローディアが出て行って、用件を聞く。

「ナイトハルト殿下がいらっしゃいます」

廊下に立っていた侍女の言葉が、アイシャの表情を強張らせ、アルベルトの青い瞳に、期待と不安と恐れと、様々な感情が入り混じった複雑な光をちらつかせた。ジャミルが大人しく椅子に戻る。グレイも、思わず姿勢を正した。例え相手が王侯貴族でも、見ず知らずの人間に敬意を払う必要は無い、というのがグレイの持論だ。今回もそれを翻すわけでは無いのだが、相手が天才と呼ばれる当代一の政治家、野心家なだけに、思わず緊張が走ったのだ。

 そして現れた黒太子ナイトハルトは、誰の期待をも裏切らない、堂々たる美丈夫だった。均整の取れた長身を黒衣に包み、アイスブルーの瞳に強い光を浮かべ、威厳に溢れている。内面の充実が、面構えから見て取れた。

「…お久しゅうございます、ナイトハルト様」

震える声で、アルベルトは言い、膝を折ろうとした。しかし、その瞬間、美貌の黒太子は、予想外の行動に出た。アルベルトの手を取り、立たせて肩に手を置いたのである。先程まで摂政王太子として厳しく引き締めていた表情が、驚くほど和らいでいた。

「よく生きていてくれた、アルベルト」

「そんな、勿体無いお言葉です。城も、両親も…姉上も守れませんでした。お叱りを受けて当然です…!」

自分でもそんな対応を予想していなかったらしく、アルベルトは早口にまくしたてた。しかしナイトハルトは、かぶりを振ってそれを制する。

「そんなことを言うものではない。イスマスへは既に援軍を送ったが、戦果は捗々しくないという。仕方が無かったのだ。自分を責めるな」

目つきは鋭いが、たたえられた光はとても優しい。

「それから、アルベルト。お前の父上と母上は、残念ながら戦死された。ご遺体だけはどうにか埋葬することが出来たから、後で神殿の墓所に行ってくるといい」

固く強張った表情で、アルベルトは頷いた。この結末は、随分前から予想していたのだろう、涙は流さなかった。

「…それと、ディアナについてだが、現在行方不明だ。ただし、死んだという証拠は何も無い。あれのことだ、何処かで元気にやっているだろう」

ディアナというのは、アルベルトの姉、ナイトハルトの婚約者のことだ。ナイトハルトの表情には、事態を楽観する様子は無いが、過度に悲嘆する様子も無い。ディアナという女性への、ごく自然な信頼感が浮かんでいる。

 それからナイトハルトは、グレイたちに向き直った。

「私の義弟が世話になった。礼を言おう」

態度の威厳はそのままに、謝意は表せている。表情が真摯なせいだろうが、なかなか、凡庸の人間のなせる技ではない。グレイはこの時、ナイトハルトの価値を見定めた、と思った。

 「デステニィストーンか…そうだな、クリスタルレイクの神殿に、古くから伝わるアクアマリンが安置してあると言うが」

部屋の雰囲気が落ち着いたところで、アルベルトの口から、これまでのいきさつが説明された。それに対する、ナイトハルトの答えがこれだ。クリスタルレイクは、ここクリスタルシティの南に広がる湖で、浅いが透明度の驚くほど高い、風光明媚な地として知られてる。

「ほかに手がかりも無いことですし、そこに行ってみます。ご教授感謝する」

いくら価値を認めた王族でも、莫迦丁寧には振舞えないのが、権力を嫌うグレイらしいところだ。ナイトハルトは、それを分っているらしく、苦笑で返した。

「私は何もしていない。気にするな」

 それからナイトハルトは、急に表情を引き締めると、アルベルトに向き直った。

「では、アルベルト、達者でな。ディアナの捜索は、私に任せておけ。それと、アクアマリンを手に入れたら、挨拶に戻る…などという気遣いは要らんぞ。無駄な時間を使わずに、次の目的地へ行け。いいな」

その言葉は、主旨は分るが言い回しが大袈裟で、敢えて言うことも無いだろうに、という不自然さを残したが、王族相手に、深く突っ込んで会話をするわけにもいかない。常識的な挨拶だけを交わして、一行は城を出た。

 クリスタルレイクの神殿は、定石通りというべきか、モンスターで溢れていた。

「ジャミルは俺と一緒に前に出ろ。クローディアは援護。アイシャとアルベルトは中衛!」

鋭く指示を出す一方で、素早く術法を使い、前衛の敵を牽制する。クローディアの矢が、それに続いた。

「それとアイシャ、出来るだけ術法は使うな。でないと何時まで経っても剣は使えんぞ」

「分った!」

大きく頷くアイシャ。アルベルトは、緊張した面持ちで身構えていた。

 クリスタルシティまでの道中、グレイはずっとアルベルトの様子を見ていたが、予想よりはましだった。剣術は正式に、かなりしっかりと学んでいたらしく、基礎は申し分ない。それは、ジャミルやアイシャには無いものだ。ただし、実戦経験があまり無いらしい。それに、真面目な性格からへこたれずについてくるが、体力の絶対値もほかの面々に比べて低い。鍛えてやりさえずれば、かなりのものになるとは思うが。

 などと考え事をしているうちに、モンスターが襲い掛かってきた。植物系が多いようだ。バスタードソードを横に薙ぎ、目の前に伸びてきた蔓を斬り払う。横でジャミルが快調にスピアを振り回しているのを確かめながら、今度は後ろの様子を伺った。

「アイシャ、突きがまだ弱い!アルベルト、怖がるな。お前が教わった通りに動け!」

せめて後ろにあと一人、指示を出せる人間が居ると助かるのだが。横を向いたまま、人食い花を一刀両断する。まったく、せわしない話だ。

 ひとしきり敵を片付けたところで、ジャミルに肩を叩かれてしまった。

「あんたも大変だよなぁ。子守りご苦労さん」

「だと思うなら、さっさとお前が指示を出せるようになってくれ」

「冗談!俺に何が出来るって言うんだよ」

あっさり躱されてしまったが、ジャミルは前線の遊兵が出来る、グレイとはまったく違った戦力だ。もし、簡単な指揮が取れる程度の頭を養ってくれれば、戦術の幅が広がるとは思うのだが。

 「グレイ、さっきの、どうだでした?」

肩を竦めたところで、今度はアルベルトが詰め寄ってくる。生真面目で向上心の強いのが取り柄だ。毎回こうして、良かったところと悪かったところを訊きに来る。しかし、そこが限界だとも言える。強さなどというものは、所詮は基礎を積み上げて、その上に自信を築くしか無いが、自信というのは自覚するものである。そこまでは、他人が教えられないのだ。

「心配しなくても、狙いは的確だし、悪くない攻撃をしている。成果が上がらないのは、躊躇いがあるからだ。自信を持て」

などと言ってみるが、躊躇うのは自信が無いからなのだ。結局、励ましながら様子を見るしか無いのだろうか。やれやれと内心溜め息をついたグレイに、クローディアが微笑みかける。

「ご苦労様。怪我は無い?」

そのひとことが、すぅっと心に染みて、疲れを忘れさせる。自分も世話の無い人間になったものだと、自嘲気味に、グレイは思った。

 

 宝箱は最深部にある、という、これまた定石通り、神殿の一番奥に祭壇があって、ナルシッサと呼ばれる巨大な薔薇の花に似たモンスターが、その前に立ちはだかっていた。指示を出す前に、こちらに反応して、毒の花粉を吐き出す。クローディアが、慌てて解毒にあたった。ナルシッサは蔓が長く、守備範囲が広いので、なかなか近付きにくい。となれば、無理に近付かないで、術法で攻めるのが得策か。そう思った時にはもう、アイシャが動き始めていた。土の術法・ダイヤモンドスピアがナルシッサに突き刺さる。流石に、頭がいい。剣の稽古をしているからといっても、本当の強敵に会ったら一番得意で有効な攻め方をすればいいのだ。それを、教えなくても済んだ。

 毒花粉が絶え間ないので、クローディアは解毒だけで精一杯、アイシャは援護と見るのが妥当なら、戦術は決まってくる。

「ジャミルとアルベルトは蔓の始末。クローディアとアイシャを守れ」

「ちぇっ、またあんたの引き立て役かよ」

軽く嘯きながら、ジャミルがスピアを構えた。アルベルトは、強張った顔で頷く。敵の強さは、分っているようだ。

 しかし、ナルシッサの蔓は斬っても斬ってもきりが無く、到底グレイが奥まで斬りこめるような状況には持ち込めない。攻めてはいるが、決定打を欠くままに、泥仕合の気配がしだした。

 しかし、とグレイは考える。このまま攻めていけば、無駄は大きく疲労の蓄積も莫迦にならないが、そのうちに必ず勝てる。ナルシッサは殆どこちらにダメージを与えられていないからだ。となればすこし、人の動かし方に工夫をしてみるのもいい。そう思わせたのは、ジャミルとアルベルトの動き方だった。アルベルトは、ジャミルとアイシャの中間にあたる十八歳だそうで、クリスタルシティまでの道中、二人にからかわれながらも、それなりに親しくなったようだ。そしてジャミルは、アイシャと一緒にアルベルトの面倒を見ることも、自分の役割だと思っているらしい。下町気質なのか、口調ほどすることが手荒くなく、人情には篤いタチなのだろう。しかし、この場ではそれが、却ってアルベルトの成長を妨げているように見えてならない。確かにジャミルは、力はそれほどでもないが、身のこなしが驚異的に素早く、パーティの誰にも先駆けて攻撃することが出来る。狙いも正確だ。だから、アルベルトの周りの敵を、先回りして倒してしまう。後方援護に回ることもあるアイシャやクローディアの側では、それもひとつの動き方だが、アルベルトは中衛から前衛を守る戦力だ。そんなことでは、何時まで経っても彼に足りない経験を積むことが出来ない。

「ジャミル、一旦下がれ。それ以上アルベルトを甘やかすんじゃない」

その指示に、二人とも驚いたようだった。

「大丈夫なのかよ、グレイ、こいつ一人で」

「……何とかして見せる」

大声を上げるジャミルに、アルベルトは決然とした表情で頷いて見せた。任せて貰えたのが、嬉しいのだろう。青い瞳が、きっとナルシッサを見据えた。そうだ、とグレイは頷く。プライドはそうやって、有効に使うべきだ。持っているだけでは何の役にも立たないのだから。

「それで、アルベルト、どうする?」

「弱点は、花弁の奥の目玉ですよね」

その通りだ。このモンスターと戦うのは初めてでも、予備知識は入っているらしい。

「ここからどうにか攻めてみます。これ以上蔓ばかり斬っても仕方ない!」

言うが早いか、ダイヤモンドの指輪に光を灯した。光の初歩的な攻撃術法・スターファイアが炸裂する。目が眩んだナルシッサの蔓が、混乱したように蠢いた。

「とどめは刺してみろ!」

声よりも、動きの方が速かったかもしれない。グレイは勢い良く、バスタードソードを地面に叩きつけた。剣圧が地を割り、ナルシッサの足場を崩す。アルベルトの反応も速かった。狙いを定められないといっても、依然として大量の蔓がナルシッサ本体との間に立ちはだかっている。近寄れない。ならばここから攻めるまでと、下から捲し上げた刃が風を突き抜ける。鋭く斬り裂かれた空気は、刃そのものの切れ味で、ナルシッサ本体を両断した。隼斬りという、初歩的な剣技で、グレイがやった地走りに比べれば簡単なものだ。しかし、技術的なことはどうあれ、大事なのは、迷わずその場で最適な行動を選ぶ事。

「なんだ、アル、お前、やれば出来るじゃないか」

心配そうに後ろから見ていたジャミルが駆け寄ってきて、アルベルトの頭を叩く。

「何するんだよ!」

手荒い祝福に反撃の手を上げようとしたアルベルトだが、はたと思い立ったように、グレイに向かって姿勢を正した。

「ありがとう、グレイ、任せてくれて嬉しかった。今日は、あれで良かったんだよね」

アルベルトのその顔には、今までの彼に欠けていたもの――自信が、ようやくすこし芽生えた様子が見て取れる。グレイは、深く頷いた。そうやって、成長していけばいい。

 一方アイシャとクローディアは、既に祭壇の方へ向かっていた。白い石造りのその上に、アクアマリンを嵌め込んだサークレットが置かれている。

「綺麗ね」

呟いて、クローディアが手を伸ばした瞬間。澄んだ音とともに、大量の光が溢れて、神殿の中を染めた。アクアマリンはクローディアを選んだのだ。

 光が治まり、やっと目が現実の景色を映すようになる。クローディアは、石畳の上に座り込んでいた。膝の上に、サークレットが落ちている。

「私の、石…私のデステニィストーン」

白い顔が、いつもより更に白くなっていた。唇から血の気が退いて、細かく震えている。クローディアは、緩慢な動作で腕を持ち上げ、自分自身を抱きしめた。心配して顔を覗き込むグレイに、抑揚の無い声をかける。

「大丈夫よ、大丈夫…怖いけれど、頑張れるから」

明らかな、強がりだった。

 グレイは黙って腕を伸ばし、細い肩を抱いてやった。途端に、クローディアの表情が柔らかくなる。赤みを取り戻した唇が、ゆるやかに笑みのかたちを描き、最後に深く頷いて見せた。

「頑張るわ」

クローディアの白い手が、サークレットを取り、ぎゅっと握って、額に着ける。中央に輝くアクアマリンの色が、清らかな笑顔に映えた。

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