カラム山脈の中に、古い不思議な城があるそうですよ、と教えてくれたのは、吟遊詩人だった。残り二つのデステニィストーンにまつわる情報も手に入らないし、何をしていいか分らないからそこへ行こうか、という話になったのは、ほんの弾みだった。

 

 カラム山脈は、大陸を南北に駆け抜ける山並みだ。吟遊詩人が城の影を見たというのは、ガレサステップからすこし北に行った辺りのことで、周辺の村人から噂を集めて、山に入った。途中で霧にまかれて道を見失ったのが却って幸いし、城は案外簡単に見つかった。問題は、中に入ってからだ。城の中にモンスターが居ることは予想済みだったが、そこに居たモンスターはどれも、誰も見たことの無い、未知のものばかりだった。しかもこれが、強い。数はそれほど多くはなかったが、術法で一気に消し去るといった戦法が通じない。予想以上に手間がかかった。

 ジャミルが囮になって惑わせたモンスターを、シフとラファエルが連携して斬り伏せる。アルベルトの術法で弱らせた敵を、ホークが仕留める。クローディアの矢で牽制した敵に、グレイが斬りかかり、生まれた虚にアイシャが攻撃を仕掛ける。コンビネーションはお手の物だが、雑魚を相手にするのとは微妙に感覚が狂って、いつもより疲れた。

「ああ、面倒臭え面倒臭え!いい加減にしてくれよな」

やっとワンフロア片付けたところで、辟易した様子のジャミルが大声を上げた。囮という役割もあり、気持ちの方が疲れているようだ。

「おや、もう疲れたのかい?あたしはまだ物足りないね」

それを見透かしたように、シフが豪快に笑った。ジャミルにはっぱをかける積りもあるのだろうが、何割かは本音に違いない。

「くっそー、姐さんに負けてられないか」

「愚痴っても仕方ないだろ。まだ先はあるんだしさ」

渋い顔をしたジャミルからは、ふっと力が抜けた様子だ。しかし、苦笑して肩を竦めたアルベルトには、まだ気張った様子も残っている。するとその金髪を、後ろから忍び寄ったホークが引っ掻き回した。

「そういうオメエは、真面目過ぎだっ!たまには息も抜きやがれってんだ」

目を白黒させるアルベルトに、今度はジャミルが寄りかかる。横でアイシャが、無責任にそれを囃し立てた。

 「何をやっているんだ、あいつらは」

半ば呆れ返りながら呟くグレイに、いつものように傍らに立つクローディアが、柔らかく微笑みかけた。

「でも、良かったわ、アルベルトが元気そうで。無理をしている様子が無いみたいで、安心しているの」

それは確かにそうだ。あの性格だから、一人で思い詰めて、周囲に心配をかけまいと無理をするのではないかと、随分気をもんだのだが。

 そんな和やかな雰囲気の中で、最初に緊張を取り戻したのがラファエルだった。汚れを拭っただけで、鞘に納めず持っていた剣を、構えなおす。

「第二陣、来ますよ!」

剣気を扱う人間は、他の生き物が発するオーラに敏感で、気配を読むのに聡い。敵が視界に入るより先に、流星剣の準備が整った。出現と攻撃が、ほぼ同時。負けてはいられないと、今度はグレイが最初に飛び出し、先頭のモンスターを斬る。追いついて来たホークとアルベルトが更に一匹ずつ倒し、シフの投げた戦斧が鋭く弧を描いてモンスターを薙ぎ、ぴたりとまた持ち主の手に戻る。

「こんなの全部相手にしてたら疲れるばっかだぜ!先行くぞ、先!」

グレイが指示を出す前に、ジャミルが駆け出した。今言おうとしていたものを、と苦笑して、グレイもそれを追いかける。最後尾に立ったアイシャが、大地の剣を床に突き立てた。フロアの大理石を突き破って隆起した岩が、モンスターの行く手を阻む。

「今のうちだよ!」

正面奥の扉に向って突き進み、それを押し開けて中に入ると、大急ぎで扉を閉めた。これでしばらく、後続は絶つことが出来る。

 目の前に開けた部屋には、モンスターの気配は無かった。ラファエルに確認を取るが、黙ってかぶりを振られる。広い部屋の奥に祭壇があり、その上にある天窓から、陽光が降り注いでいた。そして祭壇の傍らに、かぼそい人影。

「あなたは…?」

最初に声をかけたのは、アルベルトだった。その人影――長い黒髪の女性は、ゆっくりと振り向いた。その容姿が、皆を圧倒した。肌が、白い。クローディアも色白だし、シフの肌も北国特有の白さを持ってはいるのだが、女性のそれは、些か作りものめいて見えるほどだ。それと対照的に、闇のように黒い髪が足元まで流れている。そして、闇よりなお深く黒い色の瞳。長い袖から零れる手や、首の辺りは、触れれば折れそうなほどかぼそい。

「シェリルといいます。ここで、皆さんをお待ちしていました」

その瞬間、澄んだ共鳴音が響き渡り、光がフロアを染め抜いた。シェリルと名乗った女性が、左手の薬指に嵌めた、ブラックダイヤの指輪。九つ目のデステニィストーンだ。

「大神エロールの命により、巨人族の秘宝を、預かって参りました」

指し示された祭壇の上には、幾つかのものが置かれていた。

 恐る恐る近寄ってみると、祭壇の上にあるのは、大型の楯、防具にもなりそうな、頑強な拵えの腕輪、繊細な細工の杖、宝玉のように光り輝く刃の戦斧だった。

「これは、あたしんだね」

まじまじとそれを見つめた挙句、満足そうな顔をして、シフが戦斧を取った。確かにそれは、彼女でないと扱えない代物だ。が、その瞬間。残りの三つがひとりでに動き出した。楯はラファエル、腕輪はホーク、杖はシェリルの手に、すんなりと収まる。

「楯は、古き神々の長、創造神マルダーのものと伝えられます。腕輪は、ミルザに力を貸した竜の宝、水の力を宿すものです。この杖と、ジルコンの斧と、グレイ、貴方の持つアイスソードは、巨人族の鍛冶が鍛えたもの。どれもサルーインと戦うのに、強力な武器になりましょう」

淡々と表情を変えることなく、シェリルは語った。

「貴女は何者なんですか?何故、教えられもしない名前を知っているんです?」

問い掛けるアルベルトに、シェリルは初めて笑いかけた。

「私はエロールの命に従い、己の罪を償うためにここに居ます。それで、良いでしょうか」

聞きたいことは、当然まだあった。だが、その笑みの滲むような色が、アルベルトにそれ以上を言わせなかった。

 その瞬間、扉の辺りに異変が起きた。閉ざされた石造りの面に、亀裂が走っている。破られるのは、時間の問題だろう。そうと分れば話が早い。ラファエル、ジャミル、アルベルトが、術法の用意を始めた。グレイはアイスソードの準備をする。残りのメンバーは、いつでも駆け出せるように身構えた。

 扉が砕け散る、その瞬間。最初に炸裂したのは、ラファエルの「火の鳥」だった。それからほぼ連続して「エナジーストーム」「スターライトウォール」、最後に、炎がすべて消えたことを確認してから、アイスソードの冬の嵐。そして冷気がまだ渦巻いている間に、皆が駆け出した。先陣を切ったシフが、ジルコンの斧を振り下ろす。モンスターは、面白いほど綺麗に真っ二つになった。負けじと厚刃のサーベルを振り回すホークに、背後から火の精霊が踊りかかる。しかしこれは、近寄っただけで水のエネルギーにあてられ、消滅してしまった。ラファエルの楯は、巨大なオーガのフレイルを難なく受け止め、跳ね返して反撃の機を生み出す。

「すっごーい…あたしも何か欲しい!」

大きな碧の瞳を丸くみひらくアイシャに、シェリルはかぶりを振って見せた。

「何を言うのです、アイシャ。貴女にはもう、大地母神ニーサの剣があるでしょう?貴女はそれを、あのくらい上手に使いこなしていますよ」

「そうだけど、本当にあたし、これを使えているの?」

「使えているさ。さっきもお前が、モンスターを防いでくれただろう?」

一旦後退していたグレイは、アイシャの複雑に結い上げられた赤毛を軽く叩いた。ジャミルやアルベルトと並んで、愛弟子と呼んでいい存在だ。実際三人とも、本当に強くなった。

 

 そんな具合で、モンスターは最初よりずっと容易に片付けることが出来た。そこで一同の視線は、再びシェリルに集まる。これほど思わせぶりに振舞う女が、まさか物を渡すためだけに、ここに居たとは考えづらい。

 誰が問い掛けるよりも早く、シェリルは皆の気持ちを汲んだらしくて、深く頷いた。

「それでは、天空へ参りましょう。大神エロールの待つ、最後の試練の場へ」

言い放つシェリルの背後で、天窓から注ぐ日の光が、眩く輝いていた。
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