あれが、凍結湖の城だよ。ここら一帯で何か隠してありそうな場所って言ったら、あそこしか無いからね」

淡い金色の蓬髪を寒風に晒しながら、女戦士は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 フラーマに言われた通り、一行は騎士団領を出たその足で、その更に南、世界の果ての極寒の大地バルハラントにやってきた。そこに住む狩猟民族バルハル族の村を訪れた時、長から案内役として紹介されたのが、シフという女戦士だ。バルハル族特有のプラチナブロンドを腰の下まで伸ばしているが、その美貌は生命力に溢れて力強い。グレイやホーク、ラファエルにもおさおさ劣らない長身と、丁寧に鍛え上げられたことが見て取れる全身の筋肉が、女性というよりも先に、戦士の血を窺わせる。そのシフが、デステニィストーンだと知りながら、主も分らずに持ちつづけていた、ムーンストーンに反応した。これで、手元にある七つの石すべてに、持ち主が出来たわけだ。そして、凍結湖の城にあるもので八つ目。グレイは心密かに、自分がその主だったらいいと、願っていた。

 「油断すんじゃないよ、あんたらけっこうやるようだけど、この湖は普段、モンスターが多いってんで、誰も近付きやしないんだ。腹括ってかかんな!」

「分ってるぜ、姐さん」

愛想良く、ジャミルが目配せする。アイシャとアルベルトも頷いたが、シフの反応は手厳しい。

「図に乗るんじゃ無いよ、ボーヤ。そういう口はせめて、この兄さんくらいになってから叩きな」

突然グレイを指差したりする。予想していなかったので、少々慌てた。脇からホークにつつかれる。

「良かったじゃねえか、認めて貰えたぜ」

他人事だと思って、気楽なものだ。その実、自分がグレイに劣るとは思っていないくせに。

「光栄だが、そいつらもけっこうやるぞ。追々分ると思うが」

「そうですね。このパーティの凄さは多分、あの城に入った瞬間に分りますよ。モンスターの気配で充満していますからね」

笑顔でさらりと話題を流すと、ラファエルが歩き出した。その胸元には、出掛けにコンスタンツが持たせたお守りのペンダントが光っている。

「アルベルト!ジャミル!頑張ろうね。莫迦にされたままじゃ悔しいから」

アイシャがそれに続き、ジャミルとアルベルトも追いかける。

「ったく、お子様なんだから」

呆れたように肩を竦めるシフに、クローディアが微笑みかけた。

「でも、とってもいい子たちなのは、貴女にも分って貰えると思うの。そうでしょう?」

毒気を抜かれたように、シフは苦笑し、黙って歩き出す。クローディアは、ごく自然にグレイの側を歩き始めた。結局のところ、実力と相応の自負を持った戦士は、実力で黙らせるしか無い。

そのことが分っているので、グレイはまだ、シフの好きにさせておくことにした。

 扉を開けると、案の定そこは、モンスターの海だった。まずはラファエルの流星剣と、アルベルトの光の術法で突破口を開く。そこに、シフが飛び込んだ。

「よく見ておいで、ボーヤ!強いってのはね、こういうののことを言うのさ!」

その手の戦斧が、さながら嵐のように荒れ狂い、あっという間にモンスターを薙ぎ倒して行く。それほど素早い動きではないが、すべてが必殺の一撃で、破壊力だけならグレイやホークをも上回るだろう。

「見縊ってもらっちゃ困るぜ、姐さん。それじゃ効率が悪いだろうが!」

負けず嫌いを呼び起こされたジャミルが、シフの近くに飛び込む。そこまでは、アルベルトとアイシャが完全に援護していた。ジャミルが軽やかな身のこなしで囮を務め、モンスターを引っ掻き回したところへ、残りの顔ぶれが攻撃する。アルベルトの光の術法を織り交ぜた剣技、アイシャの大地の剣と土の術法のコンビネーションが絶妙で、見事に二人でお互いを守りながらジャミルを援護している。

「へぇ、なるほど、生意気言うだけあるじゃないか」

不敵に微笑むシフに、アイシャが天真爛漫な笑顔で応じる。

「ありがとう、やっと認めてくれたね。頑張ってるのよ。ね、アルベルト」

「そういうことです」

二人とも、口と同時にちゃんと体も動かして、間合いを測っている。

「な、言ったろうが。こいつらガキだが、立派な戦力なんだぜ」

風の術法が走りぬけたと思ったら、ホークが口を挟んだ。こちらは喋りながらモンスターを撫で斬りにする余裕がある。そこへ今度は、グレイのアイスソードが冬の嵐を吹き荒れさせた。

「無駄口を叩いて、余計な体力を消耗するな」

そんな固いことを言わなくても、と不平を言いかけた一瞬の隙に、モンスターが踊りかかる。それを、クローディアの矢が射止めた。攻撃の術法は使えないし、破壊力では間違いなく劣るのに、狙うべきところをしっかり心得ているのが、彼女の凄いところだ。確かにふざけすぎたかと、皆が口をつぐみ、動き出すという効果まで、生み出した。それが彼女のもうひとつの凄さだ。

「アルベルト!ジャミル!一気に片付けたい、手伝ってください!」

ある程度数が減ってきたところで、ラファエルが声をあげた。呼ばれなかった顔ぶれが、さっと退避し、二人は身構える。この三人は、全体攻撃の強力な術法を使える顔ぶれだ。グレイの冬の嵐も同等の効果を持っているが、ラファエルが炎使いなので、ここには混じらない。ラファエルの「火の鳥」、アルベルトの「スターライトウォール」、ジャミルの「エナジーストーム」、三つの力の目くるめく光芒が、嵐になってモンスターを消し去る。フロアがすっきりと片付いた。

 戦斧の汚れを拭うシフに、クローディアが微笑みかけた。

「ね、とってもいい子たちでしょう?」

「そうみたいだね。本当に、よく鍛えてある。戦術を決めたのはグレイかい?」

頷いてから、グレイはちょっと人の悪い表情をして見せた。

「というわけで、連中の実力は分っただろう。ボスに遭ったら、今度は是非あんたの『真骨頂』を見せてくれ」

それを聞いたシフは、淡い金色の蓬髪を翻して、豪快に笑い飛ばした。

「わかってるよ、大口叩いたのはあたしだ。それでいいだろ、ジャミル、アイシャ、アルベルト」

呼称が、ボーヤでなくなった。そのことに満足してか、三人とも大人しく頷く。和やかムードはこのくらいにして、そろそろ奥へ足を進めたほうが良さそうだ。

 ボスが居る場所というのは、大体気配で分る。気を読むのに鋭いラファエルが仲間に入ってからは、尚更正確に読めるようになった。城という建物は、基本的に分り易い構造をしていて、道順も読みやすい。そこまで辿り着くのには、モンスターを片付ける手間を除けば、それほど大きな苦労は無かった。

 ここがそうだと思われるフロアに入った瞬間、猛烈な吹雪が、一同に襲い掛かった。咄嗟に前に出たラファエルが、術法を放つ。優雅な翼を広げる炎の鳥が、一旦は冷気を吹き飛ばした。

「フルフルですね。術法以外は大したことの無いモンスターです。吹雪は僕が抑えますから、手早く仕留めてください…シフにお願いしていいんですよね」

大人しそうな顔をして、案外きついことを言う。だがシフは、お安い御用と戦斧を構える。

「クローディア、ラファエルを手伝ってやってくれ。この間の要領で、出来るな」

「攻撃範囲だけ、狭めればいいかしら」

グレイの言葉に軽く頷くと、クローディアはラファエルに視線を流した。ラファエルが、それでいいと合図を出す。

「それじゃ姐さん、今度はあんたの本気を見せて貰うぜ!」

ジャミルの掛け声に、シフは短く答えた。

「百年早い。そういうとこが、ボーヤだって言ってんだよ」

 吹雪の第二陣は、最初よりずっと大きなものだった。クローディアの額でアクアマリンが光る。フロア全体を覆い尽くしそうだった吹雪が、どうにか火の鳥の翼と同程度に収まったところで、ラファエルが相殺した。そこに生まれた虚に向かって、シフが走り出す。しかし、フルフルの戻りの方が早い。今度は咄嗟に、グレイが動いた。幻系最高位術法、雷幻術で一撃を加える。これでとどめを刺すほどの力は無いが、三発目の攻撃を防ぐことには成功した。

「ありがとうよ、グレイ!」

戦斧が、振り上げられる。品の無い言い方をすれば、滅多斬りとでも評するのだろうか。一瞬の間に、無数の軌跡が刻み込まれ、フルフルを木っ端微塵にしてしまった。

「すげぇな、あの姐ちゃん。馬鹿力ってなぁ、ああいうののことを言うんだぜ」

これまた他人事のように、ホークが述懐する。本当はもうすこし何か話をしたいところだが、今はデステニィストーンの確認が先だ。フルフルの立っていた向こうに、それらしき祭壇がある。

 その刹那。何か、異質な気配がフロア全体を支配した。ひどく重苦しくて、威圧感に満ちた…一言で言えば禍々しい気配。

「御苦労だった。わざわざ守護者を倒してくれるとはな」

その場に居たうち何人か――グレイ、クローディア、ジャミル、アイシャ、そしてアルベルトには、確かにその声に、聞き覚えがあった。

「ナイトハルト様……」

祭壇の上に立つ、黒衣黒甲の人物。威風堂々という言葉がよく似合うその人の名を、アルベルトは呆然と呟いた。憧れ求めて、力になれたらと追いかけた、姉の婚約者。しかしその端正な面には、昔日の暖かみは無い。アイスブルーの双眸には、見る者の魂まで痛めつけようかという、極寒の鋭さだけが宿っている。

 呆然と立ち竦む皆の間で、ジャミルが駆け出した。が、一瞬遅い。ナイトハルトは、祭壇の上から漆黒の刃を持つ長剣を取り上げた。その瞬間、澄んだ共鳴音が響き渡り、フロア全体を光が染め抜いた。

「これは私のデステニィストーン、『邪』のオブシダン……貴様ら如きにくれてはやらんぞ」

そして振り下ろされた一撃。衝撃波が、床の大理石を剥がし、皆を打ち倒す。立ち上がれない。

「その程度のものか!その程度でサルーイン様に刃向かうなど、笑止!」

高笑いだけを残して、ナイトハルトの姿は掻き消えた。

 

 クローディアが、順に傷の治療をしているが、アルベルトだけが、途方に暮れた表情で、まだ祭壇の上を見つめている。

「アルベルト。お前の傷も、浅くないだろう。いつまで呆けているんだ」

グレイに声をかけられて、アルベルトは、流れかけていた涙を乱暴に拭った。

「ごめん、もう大丈夫だから」

明らかに虚勢を張った感じだった。そこに、ジャミルとアイシャが立ちふさがる。

「お前本当に真面目だよな〜。無理出来ない時は、笑わなくていいんだぜ」

おどけた顔をするジャミルの横で、アイシャが珍しく、落ち着いた笑顔を見せている。

「ねえ、アルベルト。あの人は、あたしにとっては黒い悪魔だけど、アルベルトには、優しいお兄さんだったよね。クリスタルレイクに行く時さ、『戻らなくていい』って言ってくれたのは、あれはきっと、こうなってしまうことが、分っていたんだよね。テオドールさんと一緒なんだよね。きっとあの人は、今も戦っていると思う。だからきっと、アルベルトとお姉さんのところへ帰ってきてくれるよ」

その一言が、アルベルトの肩の力を抜いた。意地と一緒に張り詰めていた姿勢が、ふっと柔らかくなり、涙混じりの笑みが浮かんだ。

「……ありがとう」

 グレイはそんな様子を、傍らで黙ってみていた。気がつくと、クローディアがすぐ側に居て、大丈夫だったでしょう、とでも言うかのように、微笑みかけてくれた。そしてアルベルトの治療をするために、小走りに駆けて行く。時間はひとまず、落ち着きを取り戻したようだ。

 残されたデステニィストーンはあと二つ。サルーインとの対決が近いことは、誰の目にも明らかだった。
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