ミシェル・クワン(アメリカ)

【主な成績】

98長野五輪銀メダル、9698000103世界チャンピオン

 

 歴代のフィギュアスケーターの中で、「女王」の2文字が最も相応しいスケーターを選ぶとしたら、彼女だと思う。基礎技術を徹底的に磨いて美の領域まで昇華させた滑り、でもそれ以上に華のある滑り。知性と気品、強靭な精神力と、長いキャリアを滑り抜いた安定感。少女の頃から既に完成されたスケーターであったにも関わらず、向上し続けたこと。色々な切り口があるけれど、どこを切ってもやはり、彼女は「女王」だった、と思います。

 

 

9596シーズン

SP「ロマンサ」、FS「サロメ」

 これが15歳の子供のすることか――と思うと、鳥肌が立つプログラムです。SPは艶やかなフラメンコ。スパイラルから始めるのは「さあ、これが私だから、よく観て!」という、強い自己主張でもあるのかな。そして、初期の傑作と名高いFSは、確かに恐ろしい作品だと思いました。あざとくない程度にオリエンタルな雰囲気、アクセントの利いた振付、何よりも15歳という実年齢が持つ危うさと、サロメというテーマが持つ妖しさが、絶妙にマッチしていた。R.シュトラウスの音楽が持つ緊張感と、少女の生硬さ、その二つを突き抜けてくる、ゾクゾクするような恐怖感。タイトルを聞いて俗人が連想するほど、エロティックな表現はありません。それよりも、もっと危険で血が出そうな美しさがある。これを滑れる15歳には、もう当分の間、会わないと思う。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=1imuQWeIi4Q&feature=player_detailpage

FShttps://www.youtube.com/watch?v=fJwtHxPifjo

 

 

9697シーズン

SP「デズデモーナの夢」、FS「タージマハール」

 あまりにも出来すぎた昨季のプログラムに、食われてしまった感のあるシーズンです。それにしても、サロメの次はデズデモーナとは、随分背伸びしたテーマを選ぶものですね。それはさておき、落ち着いた雰囲気のSPも、前作よりもオリエンタル・ビューティを強調したFSも、公平に観てとてもよく出来た作品だと思う。だけど、例えばヤグディンが「仮面の男」で以って「グラディエーター」を超えたような、在り得ないミラクルは起こらなかった。或いは順序が逆で、「タージマハール」の次に「サロメ」が来ていたら、まったく別の評価になったと思うんですよ。でも、そうはならない巡り合わせだったんですね。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=AemrYsof0Mw&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=tE0Blj2A0x4&feature=player_detailpage

 

 

9798シーズン

SP「ラフマニノフのピアノ協奏曲セレクション」、FS「ライラ・アンジェリカ」、EXOn My Own

 オリエンタル路線からは一旦決別しての初オリンピックシーズン。SPは彼女の代表作、とはよく言われることですが、確かに、これを滑っている彼女が1番、気品に満ちて女王然としているかもしれない。240秒という短い時間の中に、たおやかで妖艶な女の魔性と、凛として気丈なアスリートが同居しているような、何とも言えないプログラム。これを表現している時でさえ、彼女はまだ17歳なんですけどね…

 ところが彼女は、FSでいきなり、年齢相応の素直で澄み切った表現にギアチェンジします。キラキラした幸福感が漂い、タイトルそのままに軽やかな表現。正回転+逆回転+正回転のスピン3連発とか、地味に凝ったこともしていますが、特定の何かが印象に残るようには創ってありません。聖書の悪女でもなく、インドの王女でもない、等身大のミシェル・クワンと言えばいいのかな。五輪で勝負を懸けるには、少々かぼそくて、あざとさが足りなかったかもしれない。でも、彼女のキャリアの一里塚として考えれば、すべてをリセットするためには必要だったのかも、とも思います。そして、すべて終った後のEXは、何だか必要以上に幼く、あどけなく見えたりもしたのでした。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=OdvkXcvFFXU&feature=player_detailpage

FS: http://www.youtube.com/watch?v=XObfIoPbFf8&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=fyLYSS8GtSk&feature=player_detailpage

 

 

9899シーズン

SP「カルメン」、FS「ラ・シネマ」、EX「レッド・ヴァイオリン」「One More Time

 SPは、彼女には珍しいパンチの効いた選曲で、アロンソ版とプティ版両方のバレエ「カルメン」から適宜取り入れた動きがアクセントを加えます。普通これをやると、バレエファンの目から観て小賢しく映るんだけど、上手く纏めているのは、振付ける方も滑る方もなかなかのセンス。ただFSに関して言うと、最後まで散漫な印象を拭いきれなかったなと思います。最もそれは、彼女が最後まで、このプログラムで会心の滑りが出来なかったからかもしれないけど。何はなくともこのシーズン最大の収穫は、「レッド・ヴァイオリン」の音楽に出会えたことでしょう。これは次のシーズンに続きます。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=IvQp_cV3xBI&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=NgyBuhfzpVI&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=7FehcN5tiuo&feature=player_detailpage (One More Time

 

 

9900シーズン

SP「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」、FS「レッド・ヴァイオリン」、EX「ハンズ」

 ミシェル・クワンの「ミシェル」はビートルズの同名曲からですが、SPはそのビートルズのナンバー。彼女らしいゆったりした滑りですが、今までよりも一回り線が太く、パワフルになった印象。そして、発散系の明るいオーラを振りまきながらの滑りでした。一転してFSは、あまりにも静かでシリアスなプログラム。音楽に明確な起承転結が無く、集中して滑りきらないと観る者をダレさせてしまう危険性も高い。これという大きな見せ場は無く、フィニッシュもステップシークエンスの後シャーロット、バタフライと、エレメンツにならない技を連ねてのもの。地味に斬新で格好良かったですが、他人がやってもさまにはならない。クワンだからこその集中力であり迫力だったと痛感します。EXはどこと無くオリエンタルなニュアンスのスローバラードで、ここでやっと肩の力が抜ける感じかな。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=rX1RbjiLorc&feature=player_detailpage

FShttps://www.youtube.com/watch?v=uFfqhm_Pmp4

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=9kdBkO8tGO0&feature=player_detailpage

 

 

0001シーズン

SP「エデンの東」、FS「ソング・オブ・ザ・ブラックスワン」、EX「ビューティフル・ワールド」

 芸術と言われるスパイラルを、最も美しく見せてくれるのが、このシーズンのSP。ゆったりと穏やかで幸福感の漂う音楽に合わせて、徐々に徐々に全体を盛り上げていき、最後に得意のサーペンタインスパイラルでフィニッシュを飾るという、心憎いばかりの構成です。それ以外にも、全体的に彼女の滑りの質の高さと磨きぬかれた動きを堪能出来るつくりで、個人的には1番のお気に入り。

 FSは昨季以上に地味な振付。でも、彼女は自分自身の「質」でもって、このプログラムを傑作の地位にまで高めました。世界選手権の演技は素晴らしかったです。決して高くも速くも無いけど安定感抜群で流れのあるジャンプ、ベーシックなようでどこにも隙の無いスピン――彼女がやると何もかもが、シンプルさを超えて輝き出すようでした。ベーシックだけど華やかで、磨きたてられた美しさ。それでいて、随所に気高さと誇り高さが香る表現。それは彼女の二つ名「ミス・パーフェクト」に最も相応しいものでした。

 EXナンバーはソプラノの歌声に合わせた、例によってシンプルな作品ですが、このタイトルをさらっと使って様になる、その貫禄が素敵。

(振付:ローリー・ニコル)

 

SPhttps://www.youtube.com/watch?v=dYG8Y7SvDA8

FShttps://www.youtube.com/watch?v=lsQbrwqNE0A

 

 

01-02シーズン

SP「ラフマニノフのピアノ協奏曲セレクション」、FS「シェヘラザード」、EXFields of Gold

 2度目のオリンピック・シーズン――本来であれば、4年前と同じSPは、今度こそ本物の女王の輝きを放つ筈でした。そして、イメージチェンジを期したFSは、滑り切れていたら、今までに無い迫力を持っていたと思う。特に終盤の流れは美しいプログラムでしたが、残念ながら彼女はこのシーズン、女王の輝きを放つこと無く終わりました。

 そのことを痛感したのは、EXを観ていて。私は基本的に、ミシェルのシンプルすぎるEXはそう好きではありません。でも、このプログラムは、涙が出るほど美しかった。流れるようなスケーティング、スパイラルの数々、豊かな気品と情感を、余すところ無く表現しきる構成。本当に上手いスケーターは、ただ滑っているだけで何よりも美しい。そのことを教えてくれるプログラムであり、それだけに、オリンピック・チャンピオンとして滑って欲しかったプログラムです。

(振付 SP:ローリー・ニコル、FS:サラ・カワハラ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=6r5Tw5fMw8w&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=XoWrWD8M_cU&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=wazOhkRuySI&feature=player_detailpage

 

 

0203シーズン

SPThe feeling begins」、FS「アランフェス協奏曲」、EXFields of Gold

 女王復活のシーズン。SPはこれまで何度も滑ってきたオリエンタル系ですが、底流に野性味も流れる音楽の中で、彼女はまるで鋭い眼差しの獣のようでした。笑顔を消して凄みを灯した表情は、まさしく挑みかかる者のそれで、素晴らしい迫力でした。そしてFSは川井郁子によるヴァイオリン・アレンジの「アランフェス」。今までに無く、瞬間のインパクトを大切にした振付ですが、相変わらずの豊かな叙情性です。彼女ほど、全身隅々にまで心を込めて滑るスケーターもそう居ないな、ということを、観ていて痛感します。それから、終盤のイーグル――これは、大概の選手にとっては、ただの「綺麗なポーズ」なんですよ。でも、稀にそこに、自分の全存在を輝き渡らせることの出来る選手が居る。かつてヴィットやボイタノがそうであり、クワンもそうだった。そして、それが出来る選手のことを、王であり女王と呼びます。

(振付:ニコライ・モロゾフ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=YDTYqmcDFpM&feature=player_detailpage

FShttps://www.youtube.com/watch?v=sAsK2B9cBeA

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=dr01qTQ1_FI&feature=player_detailpage

 

 

03-04シーズン

SPThe feeling begins」、FS「トスカ」

 プログラムでコケた感がある。「トスカ」があまりにも似合わないんですよ。彼女はパワーを持ち味にするタイプのスケーターではないので、まず、この曲のあざといまでのドラマチックさについていけない。それではあの強烈なアリアを表現しきれず、爆発力が無いというか…プラス、もっと言うと、例えば昨季目覚しかったような、新しい「何か」の無いシーズンでもあったかな。

(振付:ニコライ・モロゾフ)

 

FShttp://www.youtube.com/watch?v=zir_Bj7Dw8E&feature=player_detailpage

 

 

0405シーズン

SP「スパルタクス」、FS「ボレロ」、EXYou Rise Me Up

 事実上のアマチュアラストシーズン。新採点への対応が遅れたせいで、実に10年ぶりに表彰台落ちも経験しましたが、彼女の、いつの間にかオールドファッションになってしまった滑りが、私にとってはとても美しいものに見えました。ミシェルの美しさは、技術的にも芸術的にも、磨きぬかれたシンプルさの中にある。それは、当時幅をきかせていた、新採点対応と称したゴテゴテして、画一的な動きの対極にあるものです。SPの大きなスパイラルが象徴的かな。そして、何とクリストファー・ディーン振付の「ボレロ」は、神話が解体されて久しい時が流れ、今となっては特別な意味も無いのかもしれませんが、彼女の滑りのテンポに素晴らしくよく合う音楽だったと思います。

 EXは、この次の年に荒川静香が使うケルティック・ウーマンのナンバーではなくて、柔らかな男性ヴォーカル。穏やかでスケール感のある曲調が、ミシェルの滑りによく似合いますが、歌詞の意味だけ拾っていっても深いなぁ…としみじみしてしまいます。

(振付:クリストファー・ディーン)

 

SPhttps://www.youtube.com/watch?v=WB_kIcqqP28

FShttps://www.youtube.com/watch?v=m2kR_l28RyI

EXhttps://www.youtube.com/watch?v=hQP38OWpiJk

 

 

Primitive

 トリノ五輪のシーズンから、実に6年近くもご無沙汰した末に、彼女と再会を果たしたのはこの作品で、でした。ミディアムテンポでゆったりした雰囲気の音楽に合わせた、とてもナチュラルな滑り――でも、思えば彼女の滑りに、取って付けたような何かがあったことは無いんですよね。さりげない動きが絶妙にインパクトを捉え、全身がくまなく音楽に融けて奏でる。そんないつものミシェルが、変わらぬ姿でそこに居たことを、心から嬉しく思いました。

 

http://www.youtube.com/watch?v=Bq50n4TXe9g&feature=player_detailpage

 

 

No One

 弾むようなガールズ・ポップに合わせたプログラムです。何をどう観ても、彼女は弾むような動きはしていません。彼女を知る者には「クワンらしい」の一言で通じる、伸びやかで丁寧な身のこなし、以上。でも不思議に、弾んでいるように感じられるんですよ。何かが。それがミシェル超一流の音楽表現なのだと思う。

 

http://www.youtube.com/watch?v=3253L4DFfr0&feature=player_detailpage

 

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