イリヤ・クーリック(ロシア)

【主な成績】

98長野五輪金メダル、96世界選手権2

 

 天性のダンサー。一見、無造作に広がった腕が、ぽんと投げ出された脚が、誰よりも何よりも美しい弧を描いて舞い降りる。そんなスケーターです。軽やかで、流麗。身のこなしはもとより高いジャンプを着氷した時でさえ、まったく重さを感じさせず、風のように流れてゆく。軽いからこそ、澱みなく、留まることなく、ただ記憶の中にだけ、夢のように美しい残像が残るような――観る者に幻想を抱かせ、夢見心地にさせるという意味では、最後の正統派貴公子スケーターかもしれない。

 

 

9596シーズン

SP「アダムス・ファミリー」、FS「アラジン」、EX「愛の夢」

 SPは、今でもみんなが覚えている、あまりにキャッチーでコミカルで何処と無く胡散臭い、印象の強すぎる曲ですが、まるで止まるところなく、さらさら滑ってしまうから恐れ入ります。ちゃんと曲には乗っているのに、良い意味で、そのメロディに捕まりすぎていない、というか。FSも、その気になればうんとオリエンタルに出来るところを、まるで空を飛ぶように、若さそのもののスピードと軽やかさで、4分半を滑りきってしまう。総じて、プログラムの中に強いインパクトを作りすぎなかったことが、逆に強い印象を生み出したと言えるでしょう。

 EXの「愛の夢」は、長らく彼の代名詞になったプログラム。よく観ると、ジャンプもスピンもちゃんと入っているのですが、後になって思い出せるのは、美しい弧を描いて舞っていた腕や脚、エッジのカーブ…そういうものばかりです。甘すぎて意外と使いにくい曲に、何の不自然も無く融けて、タイトルそのままの、美しい夢になっていたプログラム。そんな気がします。

(振付:タチアナ・タラソワ)

 

SP: http://www.youtube.com/watch?v=D9KjmsDW4BA&feature=player_detailpage

FS: http://www.youtube.com/watch?v=jdLur3qHUGE&feature=player_detailpage

EX: http://www.youtube.com/watch?v=uOJYWm0fNNg&feature=player_detailpage

 

 

9697シーズン

SP「ファウスト」、FS「ロミオとジュリエット」

 狙ったようにベタベタの王子様系で揃えた選曲ですが、特筆すべきはFS。何しろ雰囲気がロミオそのものですから。若く美しく、無謀で一途で夢見がちな――かつてこれほど、このキャラクターがハマってしまったスケーターは居ないでしょう。その雰囲気のまま、自然体で音楽に乗ると、それだけでもう観もの。あとは彼独特の軽やかさで、音楽と一体になってしまえば、それだけでドラマになる。あまりにもずるいと言えばそれまでなんですが、選ばれた者だけが滑れるプログラムだったなぁ…

(振付:タチアナ・タラソワ)

 

SP: http://www.youtube.com/watch?v=KQI2Uqgc5KI&feature=player_detailpage

FS: http://www.youtube.com/watch?v=MKJt9Rh28Xs&feature=player_detailpage

 

 

9798シーズン

SPRevolutions」、FS「ラプソディ・イン・ブルー」、EX「モータル・コンバット」

 飛ぶように軽くて、どこまでも澱み無く流れてゆく――シニアに上がっての2シーズンで定着したそんなイメージに対して、良い意味でアンチテーゼを呈した、何気にアマチュアラストシーズン。SPは、確かに留まるところの無い動きなんだけれど、その中でも迫力のある、男らしい雰囲気を残していく作品。そしてFSでは、敢えて「止まる」ことも交えながら、冒頭に挙げた最大の美質と、それだけではない部分を、余すところ無く披露していった。甘い、でもシャープで尖鋭的なところもある。若くて新鮮、だけどダイナミックなところもある。やんちゃ坊主の顔、優雅さ、クラシカルな美しさとモダニズムの大胆さ。けっこう色々なものが複雑に組み込まれています。で、オリンピック・チャンピオンのプログラムはいつもそうだけれど、クーリックの美質をすべて見せながら、クーリックという個性で、1本の筋を通してしまう。この場合は、何をしていても、何を組み込んでも、軽やかに続いてゆく、流麗さで。

 EXは、小道具の日本刀がセキュリティ・チェックで引っかかったりして、オフアイスが地味に大変だったそうです(苦笑) 彼なりに忍者のフリなんだろうと思わせる黒い衣装と小道具、日本人の目から観ると稚拙なごっこ遊びですが、まあこれは、ご愛嬌ということで。

(振付:タチアナ・タラソワ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=k60LKfekIqs&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=bxLRBysvu5g

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=Ei87CZ8PsF8&feature=player_detailpage

 

 

「悪魔のトリル」

 プロ転向後、オープン戦用のSPです。系統としては「Revolutions」の更に発展形。風のように駆け抜ける、そのスピードが鋭くて、頬を叩く風圧にぴりっとした緊張感が漂うような――そんな感じですね。彼の常で、振付的に珍しいこと、際立つことっていうのは、そう無いんですけれども。

 

http://www.youtube.com/watch?v=I__C47tl8Vg&feature=player_detailpage

 

 

DRIVEDRIVEN

 スローな動きでじっくり見せるプログラムですが、どこまでゆっくりにしても破綻の無い美しいラインは、現代ものになってもそこはかとなく、ロシアの香り。関節の柔らかさが驚異的で、一瞬にして無理なく開いてはポーズを取り、何事もなかったかのように戻っていきます。

(振付:ロビン・カズンズ)

 

http://www.youtube.com/watch?v=lN_uFjxeL8E&feature=player_detailpage

 

 

Rock it

 クレイジーなロボットマイムで、これもさりげなく「あ、人体ってそういう風に動いたんだ」的な動きが散りばめてあります。振付そのものは、細切れでけっこう角ばった動きなのですが、軽やかで流れのある動きも何故か健在。ただ器用に身体が使えるから、だけじゃなく、一連のものをすべてひと綴りのプログラムとして纏められる、そんな彼だからこそのプログラムです。

(振付:クリストファー・ディーン)

 

http://www.youtube.com/watch?v=s6LQVYcStYA&feature=player_detailpage

 

 

All I Know

 あらゆるものが、流れるような曲線で描かれた、流麗この上ないプログラム。エッジが氷に描く軌跡、上半身の動き、そして一大ハイライトと言える、脚を大きく翻すバタフライ――たったあれだけで、あんなに観る者の心を掴むとは。すべてが、息を呑むような美しさで描かれたプログラムです。

 

 

 

「緑のトマト」

 ノリが良くて、腕白坊主の雰囲気で出来た作品。全体に相当な量のステップが散りばめられていますが、殆どエッジだけでタップの感覚を再現してみせるのは見事。イリヤにあまりステップというイメージは無かっただけに、嬉しい驚きでした。考えてみれば、これだけ踊れる人なんだから、ジャンルが違おうが、観ていて楽しいのは当たり前なんですけどね。

 

 

「16t

 パントマイム調の動きがとってもコミカル。そこまで言うのは褒めすぎでしょうが、ちょこっとだけ、チャップリンの「モダン・タイムス」に通じるようなユーモアを感じます。それにしても、どんなコメディをやっていても、ラインが隅々まで気持ち良く伸びているのは、流石にイリヤですね。

 

 

Song for a King

 どんな設定の楽曲か知らないけれど、これを捧げられたら、どんな残酷な王の心も揺らぐでしょう。「All I Know」の完成形とも言える、穏やかで美しい世界。特別なことは何もありませんが(敢えて言うならあの大きなバタフライくらい)、ただ彼がそこに居て、いつものように滑っているだけで、リンクを包む空気が柔らかくなっていくような――優雅だけど、決して近寄り難いものではなくて、思わず観る者を微笑ませてしまうような、優しい夢を見せてしまうような。観終わった後に熱い溜息をついて、イリヤ・クーリックは美しいスケーターだった、と改めて噛みしめてしまえるような。流麗さの中に円熟を加えていったら、こういう境地に至れるんでしょうかね。

 

http://www.youtube.com/watch?v=BUy8SuxUxdY&feature=player_detailpage

 

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