エカテリーナ・ゴルデーワ&セルゲイ・グリンコフ(ソ連/ロシア)

【主な成績】

88カルガリー五輪・94リレハンメル五輪金メダル、86878990世界チャンピオン

 

 これほど美しく調和したものが、かつて氷の上には存在し、今は喪われてしまった――初めて彼らの演技を観た時、この思いで涙が溢れて、最後まで観られませんでした。正確以上に正確そのもののユニゾン、アイスダンサー並の滑らかな滑りとステップ、豊かな表現力、教科書的な通り一遍さではなくて、イデアのラインを描く、理想的なポジション。80年代の半ばにサイドバイサイドのトリプルサルコウや4回転のツイストリフトに成功していた、その技術力だけでも驚くけれど、それを包み込んで余りあるほど、纏った空気までが優しかった。初恋を成就させて愛し合う夫婦になり、親になり、誰よりもお互いを信じて向かい合ってきた、プライヴェートの関係性が、何の嫌味も無く氷の上まで続いていたというか。そんな、普通は在り得ないドラマを許容してしまうほど、彼らの演技が深かったというか。

 

 

8687シーズン

SP「ジャズピアノ」、FS「ビッグ・バンド・メドレー」

 一言で言うと、唖然。当時まだ15歳と19歳の、文句なく子供が滑っていた演技の筈です。が、素晴らしくスピード感があって、シャープで、正確無比。とりあえず彼らの演技でユニゾンが乱れたところを観たことが無いんですが、それはこの時既にそうでした。言ってしまえば、まだとても若かったから、彼らにしか無い味や情感は乏しい。だけど、これほどまでに技の完成度が高いと、もう誰にもついていけないかな、と思います。ポジションがとても綺麗で、動きに隙が無いですし。完成されすぎていてロボットっぽいくらいの演技でした。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

 

8788シーズン

SP「カルメン」、FS「イタリア/ロマンツェ/革命」、EX「愛の夢」「カチューシャ」

 女子シングルのカルメン対決が話題だったこの五輪ですが、彼らは「闘牛士の歌」をメインに、とても華やかな演技を披露。陽性のエネルギーを燦々と振りまきながら滑っていました。滑りは殆ど一気ですが、それもかえって豪快で良かった。FSは、時代的なもので、音楽の切り貼りがあまりと言えばあまり、な印象。ただ、冒頭の「イタリア」部分は、明るく軽やかな音楽が、彼らの若さに絶妙に合っていて、とても爽快な演技でした。それにしても彼らは、一見シンプルそうに凄いことをやる。この時のFSでは、リフトを下ろしたその足で、もう1回踏み切って連続でリフトを上げていました。そしてEXでは、夢見る少女そのままの可憐さで、お馴染みのロシア民謡やら、甘すぎて意外と誰も使わないピアノ曲やらを披露。EXだけがロボットじゃなくて、少年と少女の感じだったかな…何をやっても文句なしの最強だけど、まだ若いんですよ、確かに。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=ObXthZ7UECc&feature=player_detailpage

FDhttp://www.youtube.com/watch?v=0B0tSnQKzwo&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=M70Js-WAE8I&feature=player_detailpage

 

 

8889シーズン

SP「セヴィリヤの理髪師」、FS「こうもり」

 彼らの、というか、マリナ・ズエワの振付には、思いっきり派手で斬新な動きなんかはありません。ただ、シンプルな動きが絶妙に音楽にハマったり、さり気ないところで心憎い動きをしたりする。SPはまさしくその典型。ロジーナを演じるカーチャの仕草がとにかく可愛くて、すこしフォークロア調の味付けがしてあります。FSのテーマはデビュッタントの少女で、頂点を極めたペアである筈の2人が、テーマそのままに、初々しくて愛らしい。雰囲気としては、「愛の夢」に近いかもしれないですね。やっと、完全無欠の綺麗さの中に血が通うようになったというか。そして、血が通ってみたら、まだまだ可愛らしいお年頃だったというか。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=mv2JV8gA9PA&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=JSSfZlJNkGE&feature=player_detailpage

 

 

8990シーズン

SP「マンボ」、FS「幻想序曲 ロミオとジュリエット」

 SPは、とにかく驚きます。シンプルな振付が多かった2人が、突然、凄く凝ったことを始めた。まるでアイスダンスのように入り組んだステップを踏み、軽快に踊り、それこそ下手なアイスダンサーよりずっとずっとマンボだった、という。そしてFSでは、ドラマティックな旋律美を見事に滑りきっていた。相変わらず振付の上で説明的なところは何もありませんが、曲に乗って滑っていれば、それだけで文句無く美しかった。少女から大人になる年齢だと言えばそれまでなのかもしれないけど、実際には多くのスケーターが躓くところ。それを、鮮やかに飛び越えて、美しく咲いてしまったシーズンだったのかなと思います。

もうひとつ大きかったのは、このプログラムには「動」があったら「静」もあって、「押し」たら「引き」、起承転結する作品だったということ。これまでの彼らのプログラムって、シンプルに一本調子ながら、流れが綺麗で飽きない、というタイプが多かったんですよ。そこが若さだったとも言えるし、それであんなに無敵だったのは凄すぎるとも言える。そしてここでやっと、複雑な表現の仕方を身につけたんじゃないかと。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=vzEq-m-xIq8&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=gSL-hpsFAtw&feature=player_detailpage

 

 

SP「フラメンコ」、FS「月光」、EX「夢」

 1度、現役を引退した後の復帰作。敢えて言うと、G&Gの世界として完成したのはこの頃だと思う。シャープで、この上なく無駄の無い滑りだったSPも良かったけれど、出色はやはり、「母性への祝福」をテーマに滑ったFSでしょう。冒頭に書いた状態になったのは、この演技を観て、です。氷の上にあったすべてが、あまりにもエレガントで、優しかった。彼らの動きには、一切の無駄が無いんですが、それが決して冷たさにならない。この技は理想的にはこうありたい、という、奇跡のような一線を、素晴らしい流れで描き続けるんですよ。ただ重なるだけのデュオスパイラルに、どうしようもなく惹き付けられる。動きのひとつひとつから、2人がお互いに向けた豊かな愛情が滲んでいるようで、あの美しさ、あの完成度、あの雰囲気は、誰かが演じようと思って真似出来るものじゃないな、と思えました。

カーチャ曰く、「月光」は、人生をともに歩んで、愛よりも深い何かをその間に築いた男女の物語。そして、中盤のリフトひとつを除くと、すべてが自然で、たやすく心地良い動きばかりだった、と言います。振付けたマリナ・ズエワは、まるで2人がそれまでのスケーター人生をかけて、この演技のための準備をしてきたようだ、と語ったといいます。デビュー前のジュニア選手と振付を学ぶ大学生だった頃から始めて、10年以上。スケーターと振付家という3人の表現者が向かい合い、積み重ねて築き上げてきた長い時間と、掲げてきた理想の集大成的なもの、でもあったのでしょうか。

EXは、2人を包む愛情や幸せを形にしたという、うっとりするような優しい演技。元々ショーナンバーだったとのことですが、手抜きはまったくなく、ペアのエレメントはすべて入っています。完成度は競技同様。そしてその上を、競技よりも更に一段増した柔らかさが包んでいく。タイトルそのままですが、まさしく夢のような演技でした。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=nxEVWDSDBeU&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=pY7HFPSmx8M&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=FiUuTLHrGFg&feature=player_detailpage

 

 

「くるみ割り人形」

 これが、「くるみ」の「金平糖の踊り」。観終わって最初に湧き上がったのは、そんな納得感でした。「くるみ」を使った演技はフィギュアの世界には多々ありますが、実はこういう風におさまり良く観られる演技は数少ない。ロシア・ペアというよりは、ペアの理想を体現してしまった2人、という見方をすることが多いですが、これを観ていると、やはり、至上のロシア・ペアでもあるんだな、ということを痛感します。

(振付:タチアナ・タラソワ)

 

http://www.youtube.com/watch?v=zxSR9IgM75I&feature=player_detailpage

 

 

「タイスの瞑想曲」

 繊細な曲線を、ずーっと途切れさせずに描いているようなプログラム。この曲にも表現の仕方が色々あるけれど、彼らは旋律美だけを汲み取って、それを完璧に体現していたと思う。細やかで静かで、綺麗すぎるくらい綺麗な曲だけに、下手にやると無残なだけのプログラムに堕してしまうと思うんですが、流石の美しさでした。

 

http://www.youtube.com/watch?v=JKJYhweun0A&feature=player_detailpage

 

 

The Man I Love

 彼らの演技の中で、甘さの度合いはbPだと思う。観ているこっちが少々気恥ずかしくなるくらい、ロマンチックで大甘い。だけど、そこに嫌味は無いんですよね。オールディーズ風の懐かしい女性ヴォーカルもよく合っていたし(そういえば彼らの演技でヴォーカル入りは珍しい)、相変わらず何をやっていても溜息が出るように綺麗で。そう、この演技は、観ていると色んな風に溜息が出てきます。

(振付:サンドラ・ベゼック)

 

http://www.youtube.com/watch?v=hDBVXEz17HE&feature=player_detailpage

 

 

「ヴォカリーズ」

 通称「ロダンのプログラム」または「接吻」。ロダンの彫刻をモチーフにした美しい動きが随所に見られますが、すべて静止しないで、流れてゆく。それはちょうど、彼らの演技にいつもある、たゆみなく美しい流れと同じ調子です。どこをどう切り取っても美しいプログラム。でも、ロダンの彫刻をきちんと真似ることも大変なら、それをスケートと同じ速さで流していくことも、相当大変だと思う。振付のアイデアを出したズエワも偉いけど、この2人でもなければ出来ない、実は凄く荒技なプログラムでもあった、ような気がします。

(振付:マリナ・ズエワ)

 

http://www.youtube.com/watch?v=5RKu_2pjK2Q&feature=player_detailpage

 

 

Once Upon a December

 カーチャがシングルとして滑ったプログラムで、小道具として新体操のリボンを使います。素晴らしいのは、そのリボンを、一瞬を除いてずっと持ち続け、使い続けていることがひとつ。そして、いつ見てもリボンのラインが美しい。なおかつ、カーチャ自身のラインも美しいし、リボンを回している時でも、足元は丁寧なステップを踏んでいたり、ただ滑っているだけのパートが短い。小道具を使うと上半身の動きに注意がいきがちで、足元が意外と雑だったりするものですが、これにはそういうところが無いんですね。リボンを組み合わせてのスピン(レイバックとシット)が一応ハイライトかな。因みにジャンプはシングルアクセルとダブルルッツですが、これもちゃんとリボンを持ったままやっています。メランコリックな音楽で、見た目に華やかな演技ですが、観れば観るほど濃密な演技と言えるでしょう。

 

http://www.youtube.com/watch?v=yxkxT763eTA&feature=player_detailpage

 

 

「アダージョ」

 アイスダンサー並と言われたスケーティングがベースにあるので、流れがとても美しく、ターンの前後やジャンプの着氷の柔らかさは特筆すべき。それに乗せて、柔らかいラインの美しいポーズを、次々とつないでゆく様子が見られます。ジャンプに関しては、トリプルトゥでぎりぎり、子供の頃から苦手だというダブルアクセルは並、という感じですが、流れがいいのでダブルジャンプでも十分、綺麗。強いというほど太くは無く、儚いというほど細くは無いけど、手折れないしなやかさを感じるナンバーです。

 

 

Awakening

 しっとりした大人の女性の艶やかさと落ち着きが光るナンバーです。同性の私の目から観ても、思わずどきどきしてしまうような美しさは、カーチャ&セルゲイの引き出しにはなかったもの。間違いなく彼女が1人の女性として築き上げた魅力なんでしょうね。タフで、クールで、色気も歯切れも兼ね備えた、自立した女性像を演じている、と言えるかな。昔、最高のペアスケーターだった、と言ったら知らない人は驚くでしょうね。強いて言うなら同年代のシングルスケーターよりジャンプが簡単であることしか、もう証拠は無いから。それと彼女は少女時代から、決して複雑な振付を滑ったり、踊ったりということは多くなかったので、たまにそういうものを滑っていると「こなれていない」感が出ることもあったんですが、これはそこそこ踊る冒頭を、無難にこなしていると思う。

 

http://www.youtube.com/watch?v=m3dVY_0if6M&feature=player_detailpage

 

 

Feelin’ Good

 何と言うハイライトはありませんが、すーっと惹きつけられて、じっと見入ってしまう、不思議な味わいがあるプログラムです。ジャジーでスローな女声ヴォーカルに合わせた、まあ曲の雰囲気通りの作品とも言えます。丁寧なステップが魅力的でもあります。でも、何もしていない背中からでも、匂い立つような艶やかさがあるんですよ。で、ありながら、凛とした気品もある。見ていて溜息がつきません。

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