トッド・エルドリッジ(アメリカ)

【主な成績】

98長野五輪4位、96世界チャンピオン

 

 10年以上の長きに渡って、4回転を跳ばない最後の世界チャンピオンであった人、そしてその4回転に挑んだことで、新たな価値を得た不屈の挑戦者。彼の演技は、その高潔な精神に似て、磨きたてられた機能美の世界でした。余計なものの何一つとて無く、すべてが極限までシンプルで、削ぎ落とされ、磨きぬかれた――清らかな水の流れのような演技。それなのに、何をいつ、どこをどう観ても味わい深く、決して飽きのこない、普遍の美しさを持った演技。彼のスケーティングはいつも、混じり物無しの、フィギュアスケートそのものの美しさを教えてくれます。

 

 

9596シーズン

FS「ファーストナイト」

 彼曰く、生涯最高の演技をしたのは、世界チャンピオンに輝いた、このシーズンの世界選手権のFS。彼には最もよくあるタイプのプログラムです。ミディアム調の音楽は、アメリカ映画のサントラで、静かな中にもドラマ性があり、そこそこ感動的。その音楽を、この上ない的確さで身に取り込み、最もシンプルな方法で語る。彼の滑りの澱み無い流れそのままに、感動が観る者の心に流れてくる。そんな演技なら幾つも観ました。でも、どれひとつとして余計なものは無かった。それも、彼のプログラムの、極限のシンプルさと同じことです。

 

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=kFurTW8OHxM

 

 

9798シーズン

SP「レ・ミゼラブル」、FS「ゲティスバーグ」、EX「クローズ・エヴリ・ドア」

 メダル寸前までいった、痛恨の五輪の演技。SPは威風堂々とした明るめの曲調で、動きそのものも行進風。FSは、テーマもそうですが、アメリカン・スタイルのフィギュアスケートの、1番美しい形をしたピュアな演技。EXもシンプルそのものでした。でも、何は無くても彼の演技は心に響きます。まず、選曲がいつも凄くいいのと、ポイントではなく流れの中で人の心を掴んでいくスケーターだから。

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=88-GiGBIimA&feature=player_detailpage

FShttp://www.youtube.com/watch?v=aPZnwfVFhuw&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=06bD7Xhb1ik&feature=player_detailpage

 

 

0001シーズン

SPXotika-Journey to the heart」、FS1492コロンブス Conquest of Paradise

 翌年の五輪に向けて、2シーズンぶりにフルタイムでの現役復帰を果たしたシーズン。当時、必修科目と言われていた4回転を降りることなく、世界選手権で3位の表彰台に上がるなど、見事なカムバックショーでした。SPは、てらいは無いけれど空間を切り裂くような鋭さが印象的で、技術の正確さ・端整さが一目で分るプログラム。FSでは、流れるようなスケーティングで何度もリンクを回りながら人の心を攫い続け、最後にリンクの中央に纏めて昇華させる。その直前のスプリットとか、最後のこの上なくタイトなアップライトスピンとか、何の変哲も無いものが、憎らしいくらいいい位置で決まっています。

 

FShttp://www.youtube.com/watch?v=OEZyj0DM_5o&feature=player_detailpage

 

 

01-02シーズン

SP「カルミナ・ブラーナ」、FS「ロード・オブ・ザ・リング」、EX「夕べの静かな海」

 さて、トッドはアマチュアの国際競技会で、完全な4回転を着氷したことがありませんでした(唯一の着氷はオープン戦でのものだったので、ISUの認定はされましたが)。だから、跳ばない、という選択肢もあった筈。実際、それでもそれなりの位置を狙えることは、昨シーズンの成績が照明していました。でも彼は逃げることなく挑み続け、決して諦めなかった。

 SPは、彼にはちょっと珍しいゴージャスな選曲で、最後の五輪に懸けた意気込みが伝わる、重々しくシリアスな作品。そして、五輪本番のこの作品で、トッドはぎりぎり、4回転を着氷しました。FSは――スピンが最も美しいプログラムが「1492」なら、流れが最も美しいのは、この作品だと言えます。スケーティングのみならず、ジャンプの流れ、プログラム全体の流れもそう。4回転は転等してしまいましたが、ソルトレイクシティの男子で唯一涙したのは、誰あろう、トッドのFSでした。

 私が観たトッドのプログラムの中では、恐らく最も静かな作品です。でも、音楽が強くなる一瞬、拳を握った時に湧き上がる静かな力が、スローパートで上半身をさっと翻した時、氷の上に広がった凪のように穏やかな空気が、彼の辿り着いた境地を物語っていました。静かに胸を打つ、燻し銀の輝き。長い年月をかけて磨きたてた最高の基礎技術と表現力と精神のすべてを、万感の想いを込めて氷の上に描くような演技。4年前、FSを終えて愕然と頭を抱えていた彼が、今度は感無量としか言いようの無い表情でフィニッシュを迎えた、そのことだけでも、胸が詰まりそうになります。

 フィギュアスケートの世界で、20歳を超えた選手がまったく新しい技術を習得するのは、至難の技です。にも関わらず、彼は30歳にして4回転に挑み、打ち勝ち、速すぎる時代の流れの中で、彼にしか出せない輝きを放った――最後にEXを見ながら、しみじみとそう思いました。青空に吸い込まれていくようなヴォーカルとトッドのスケーティングが絶妙に溶け合って、彼でしかありえない、深い深い味わいを出していて――目頭が熱くなりました。

(振付:オリガ・ヴォロジンスカヤ)

 

SPhttp://www.youtube.com/watch?v=kY-0lN8VnF8&feature=player_detailpage

FS: http://www.youtube.com/watch?v=-NWQmpaw6TU&feature=player_detailpage

EXhttp://www.youtube.com/watch?v=wWU37LSwpIA&feature=player_detailpage

 

 

「愛の賛歌」

 エディット・ピアフの名曲を男性ヴォーカルでカヴァーしたものですが、彼は実にいい年齢の重ね方をしているスケーターだと思う。ベーシックな技術の美しさが際立つ動き、そして円熟味が増していく雰囲気。相変わらず派手さは無い、というかハッキリ言って相当地味なんだけど、穏やかな中にもグッとくるものがあります。

 

 

「ラ・ローサ」

 彼にとっては新境地でしょう。ハスキーな男性ヴォーカルとスパニッシュ調の情熱的な音楽に合わせて、かつて無いほど劇的に、パッションを感じさせる滑りを見せてくれました。でも、その盛り上げの一切を担っているのは、衰えることなく加速を続ける、素のスケーティングなんですね。流石はトッド。大人の男性ならではの渋みとヴィンテージ感を漂わせる、あらゆる意味で彼ならではの作品です。

 

http://www.youtube.com/watch?v=hGESteOCEsc&feature=player_detailpage

 

 

Is Nothing Sacred

 とても良い意味で「枯れた」雰囲気の作品。恬淡としている、と言うか。余計なものを極限まで削ぎ落とした、その静けさの中に、まだ余裕があると言うか。そういう雰囲気から始まって、ゆっくりとゆっくりと盛り上げていって、気がついたら客席全体を攫ってしまっている。やっていることは、あまりにもいつもの彼で、当然の如く目新しいものは何も無い、でも、ずっとずっと観たかったものがここにある、と思わせてくれる演技。いや、そういうところも含めて、彼はいつも彼、なんですけどね。

 

http://www.youtube.com/watch?v=aCQcHVQRAM8&feature=player_detailpage

 

 

「ウェイターズ・ギャロップ」

 お客さんを翻弄するダメ・ウェイターを熱演!何だかかつての姿からは想像しにくいのですが、チャンプリン風の、バタバタしているけれど煩すぎない演技が凄くサマになっています。そして、小道具を多用するコミカルな動きの殆どを、実は見事なステップで構成してくれています。あらゆる角度から「流石!」と言わせてくれる、実に見事な逸品です。

 

http://www.youtube.com/watch?v=7uspsGsn4lU&feature=player_detailpage

 

 

「パーティ・イン・ザ・パーク」

 カート、サーシャ・コーエンとのグループナンバー。達者なパントマイムでピエロを演じますが、何よりも見事なのは、後半のカイトランナー姿でしょう。深いカーブを描くスケーティングに乗せて、鳥のように凧を操る姿はとても綺麗で、小道具とか演出を超えたものがありました。

 

http://www.youtube.com/watch?v=vLugYWp9HgI&feature=player_detailpage

 

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