「ゼハート!味方を犠牲にしてまで、お前は何をしているんだ!」

 アセム、煩いな。本当は分かっている。何を捨ててしまったのか。

「必ずやり遂げねばならないのだ…人の感情など、疾うに捨てている!」

 強がりだ。本当にすべて捨ててしまえたのなら、この胸を貫く、残酷な痛みは何だろう。どす黒く心を占める、この後悔は何だろう。

「エデンに…エデンにすべてを捧げたのだ!悔いなど無い!」

 だから、悔いなど無いと言い切ってみせる。ここで悔いてしまったなら、自分を送り出してくれた者に、合わせる顔すら無い。エデンという言葉が、どんなに空虚に響くとしても。

「ゼハート、お前――そうか…なら、俺が、お前を止める!」

 止めるとは、面白いことを言うじゃないか。本当は、この心臓の鼓動など、もう止まっている気がする。自分は亡者になっていて、ただ目的のためだけに突き進んでいるのではないか、と。それを止められるというなら、止めてみせるといい。

「いつもいつも、俺の邪魔ばかりする!」

 そうだ、だからもう、いい加減にしてくれないか。

「いつも俺の感情を掻き乱す…いつも!」

いいや違う、アセム、お前こそ私の感情を掻き乱している。

「貴様はいつもそうだ!消えて無くなれ!アセム!!」

 アセムが消えたら――後には、何が残るのだろうか。一番喪いたくなかったものは、もう消えている。

「人であることを捨ててまでやる大義に何の価値がある」

 価値は――ある。喪ってしまった命の重さだけ。

「貴様に何が分かる!」

 喪いたくなどなかった。けれど、喪わざるを得なかった。

「人が人であるためのエデンじゃなかったのか?!」

 確かにそうあって欲しいと思っていた。人でありたいと、切に願った。だが、人としての感情を向けたい相手は、今はもう亡い。

「俺は前に進むしか無いのだ!」

 そうとも、歩みを止めることは赦されない。止まってしまえば、何もかも無駄になる。進み続けることでだけ、喪われた者と繋がれる。

「この莫迦野郎がァーッ!!」

 何かが砕ける音がした。血の様に赤い、レギルスの機体。ゼハート・ガレットという肉体。握りしめて離さなかった覚悟と、それを支えていたすべて。

 フラム、すまない、私はお前の願いを叶えられなかった――

 

「…アセム――お前の、勝ちだ」

 そして自分は、本当に屍になるのだろう。どうせ心はもう死んでいる。

「今ならまだ間に合う。来い、ゼハート」

 間に合うとは、何のことだろう。アセムは何を分かってそんなことを言うのだろう。

「いいんだ。もう、分かっている……変わらないな、お前は」

 自分を見つめてくれていた、蒼い瞳の少女が居た。思えば自分は、きっと彼女を愛したかったのだと思う。愛していたとは言うまい。そんな風に言えるほどの何も、彼女のためには出来なかった。

「お前は変わってしまったんだな。どうしてなんだ。コールドスリープまでして時の流れに逆らい…何故イゼルカントの計画にそこまで執着する」

 ヴェイガンの戦士なら、ましてXラウンダーなら、そのくらいは当たり前だ。自分だって、フラムだって、同じようにしてきた。

「プロジェクト・エデンの真の目的は、私だって知っている。それが、私の望まぬ未来であったことも」

 そして恐らく、フラムも望んではいなかっただろう。

「ならば何故…!」

 何故――?フラムはただ、自分が望みを叶えることを願っていた。その内容の如何を問わずに。

「イゼルカント様の望んだエデンは、確かに私の願った世界ではなかった…だが、それを認めてしまったら、今までの戦いで死んでいった者たちはどうなる…!彼らが、命を懸けてエデンを求めた思いはどうなる…それを無為にすることは出来ない――!」

 だから、止まれなかった。イゼルカントが背負わないなら、自分が背負わなければならない。メデル、ダズ、ドール・フロストを始めとするマジシャンズ8の面々……この戦いに勝っても、負けても、彼らの想いは無駄になる。ならばせめて、誰かが最後まで彼らの想いを背負って進み、彼らに殉じてやらなければ。

「それが偽りの未来であってもか」

 本当は未来など要らなかったのだと思う。恐らく自分は、イゼルカントのエデンに相応しいと見なされただろう。だが、そんなことが一体何になると言うのか。

「そうだ。二百年もの間、紡がれ積み重ねられてきた人々の思いを、私は負わなければならない。例え、イゼルカント様の真意と違えていたとしても、彼らの、歴史の中にただ消えていくばかりの命の痕跡を…ただ僅かばかりの願いを、私は、刻み、叶えたかったのだ――」

 背負い続けることは苦しかった。その苦しみを、恐らくフラムは見ていた。何が苦しいのか分からなくても、ただ受け止めて、支えようとしてくれた。

「それは、人の負い切れる重さじゃない」

 そうかもしれない。だからこそ独りで立ってはいられなくなり、支えてくれたフラムを犠牲にした――この手で、殺めた。

「それが…私が望んだエデン――」

 エデンという言葉が、果てしないほど遠い。どんなに目を凝らしても、そこには血の色しか見えないのだ。これまでに流された、無数の同胞、そしてフラムの血で。

「死んでいった者たちのために更に命を払って、それで何の未来が得られる?!」

 ああ、本当にそうだ。自分の命ひとつなら払いもしようが、自分を愛してくれた者、最愛の存在になり得たであろう者の命すら犠牲にした。そうして今、この結末がある。

「……私は、命を代償にしてしか、未来を望めなかった――だがもし、お前たちのように、命と命の繋がりから、命を――未来を紡げたら、違っていたのかもしれないな――お前たちと、友達で居られたのかもしれない」

 きっと自分は、そこに行きたかったのだと思う。命を払うのではなく、繋げられる場所。そこをエデンと呼ぶことが出来ていたら――望んだ相手と、未来を紡げていたら。今更気がついてもどうしようもないけれど、彼女が与えてくれたものを、正しく受け止めることが出来たかもしれない。

「それは違う、ゼハート――俺たちは確かに道を違えたかもしれない。でも、俺たちが過ごした時間は、色褪せて消え去ったりはしない。傷つけ合ったことも、分かり合えずすれ違ったことも、共に泣き、そして笑い合ったことも――俺たちはずっと友達だ。そうだろう、ゼハート」

 アセムが居て、ロマリーが居て、屈託無く笑っていた頃。ヴェイガンだとかXラウンダーだとか、一瞬だけでも忘れていられた、あの時代。

 それこそがエデンだとするならば、フラムに見せてやりたかった。連れて行きたかった。

 もし、来世でそれが赦されるなら、彼女の手を取り、あの場所に行こう。そして、伝えられなかったすべてを伝えよう。今度こそ、人として、人の心で。

 瞼を落とすと、闇の向こうで、何よりも愛しい蒼い瞳が、静かに微笑んでいた。

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