ああ、何て莫迦な人。光の中に「その人」を見止めた瞬間に、フラムはそう思った。

何をしているのです、貴方が今すべきなのは、私などにかかずらうことではない。ディグマゼノン砲の発射命令を下すことです。そう言うことも出来ただろう。でも、言えなかった。

そういう、莫迦な人なのだ。そして、同じくらい、優しい――ゼハート・ガレットはそういう男で、そういう男を、フラムは愛した。

そんなフラムの内心を、ゼハートはどのくらい知っているのだろう。最後の瞬間に、居ても立ってもいられなくて、「心」をここまで飛ばしてしまった、この男は。

ゼハートの金色の瞳には、まず逡巡があり、後ろめたさの翳りがあって、やがてそれがひとつに融け合う。最後にその暗い影が澄み切って、真っ直ぐにフラムを見つめる。差し伸べられた掌が、あの日は触れてくれなかった、フラムの頬を覆った。

「すまなかった――詫びても赦されないことは、分かっている。しかし…」

「ゼハート様、私は…!」

 理性で考えれば、すぐにもゼハートを追い返すべきだった。フラムが命を懸けて作りだしたタイミングを、無駄にするな、と。けれども、言い募ろうとした言葉は形をなさない。この金色の瞳に、ずっと映っていたいと強く願う。大きな掌に、触れていて欲しいと切に祈る。

「私は、この計画を成功させ、お前の兄、ドールの魂にも報いてみせる…!」

 けれどもゼハートが口にしたのは、そんなことで。その不器用さも、真摯さも、やはり彼女が愛した男のものだった。

 フラムはその柔らかな両手で、ゼハートの掌を包み込む。

「兄のことはもう――私は、貴方の下で戦えたことを、誇りに思います」

 本当はもっと、出来たらと思うことがあった。何かがゼハートを酷く追いつめている、その真実を突き止められたら。そうして苦しむゼハートを支える、特別な何かになれたら。そんな風に夢見たけれど、今はもう、それが叶うことも無い。であれば、伝えるべきことはただひとつ。私は幸せだったのだから、せめてこの女のためには、苦しまないで欲しいということ。

「…フラム、私は――」

 その先の言葉を聞きたくて、けれどどうしても、聞くわけにはいかない。聞いてしまったら最後、逝けなくなるに決まっている。

 一瞬、頭が真っ白になり、両手を伸ばしてゼハートの頬を挟み込むと、その唇を、塞いでいた。

 重なり合う温もりが、戸惑いを伝える。そうだろうとも。こんなことをする女だとは、夢にも思わなかったに違いない。

 それでいいと思った。この温もりだけを、今生の思い出にすればいいと。だが、ほどなくして温もりはひとつに融け合い、ゼハートの唇が、フラムを捕える。その細い背を抱きしめようと、戸惑いがちな指先が伸ばされる。

 その瞬間に、フラムはゼハートを突き放した。金色の瞳が、呆然とこちらを見ている。でも、そんなことをしてしまったら、離れられなくなりそうだから。本当に、命を捨てて作りだしたすべてを、無駄にしてしまうから。一思いに、ゼハートを解き放たなければいけない。最後の決断を、下させるために。

 地球種なら、せめて生きている間になどと言うのだろう。だが、フラムに悔いは無い。

ヴェイガンの戦士、とりわけXラウンダーに生まれた者にとっては、己の情など無いのが普通だ。命じられるままに全体の一部になり、戦力として最も有用な機を狙うべく、コールドスリープさえ平然と受け入れる。家族や恋人や友人や、すべての愛する人から切り離されたとしても。

そんな風に生きてきた女が、かけがえの無い人を見つけた。そして愛した。人として、人の心で。その想いを全うした。ヴェイガンの戦士として、赦されないほどの幸福だと思う。

だからもういい。あとはただ、ゼハートに本来の役割を思い出して貰わなければ。その結果として、存在の痕跡も残さず消えることなど、何だと言うのだろう。

「ゼハート様――エデンを、どうかその手に――」

 最後に祈る言葉は、それしか無い。どうか苦しまないで、貴方の望みを叶えて。

 ディグマゼノン砲が火を噴き、金色の光に包まれた瞬間――フラムはただその向こうに、最愛の瞳だけを見ていた。

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