619日・衣装合わせ〜佐藤

 いやはやまったく、面白いこともあるものだ。まさかこんなところで、元部下と再会するとは思わなかった。

「佐藤先生!」

中原忍は、私の顔を見るなり、あの頃と変わらない満面笑顔で、頭を下げた。いまや日本を代表するロックバンドの、隠れもしない名ギタリストが、昔私の事務所でバイトをしていたなんて、誰も信じないだろう。

 ことの発端は単純で、D.M.C.のスタイリストをしている小椋君から連絡があった。曰く、今度SIVAとジョイントライヴをやることになって、2バンドがあまりもかけ離れた衣装を使っているとまずいので、先方のスタイリストと打ち合わせをした。そうしたら、あちらでもうちの衣装に興味がある、という展開になった、という話だ。

 D.M.C.とは、デビュー前後からの長い付き合いで、今までの衣装をすべてうちで調達してくれている、上得意様だ。ついでにメインのモデルである、河村あすかのパートナーがやっているバンドでもあるが、これは野暮な余談ということにしてこう。ともかく、他ならぬD.M.C.の頼みなら、多少の無理は聞いてもいいし、そもそもこれは無理なんてものじゃない。

 とりあえず私は音楽には不案内なので、SIVAというバンドの資料を用意して貰うことにした。それで、最初に写真を見て、笑ってしまった。どうも、どこかで見た顔が居るな、と。

 中原忍――たかがアルバイトの雑用係だったのに、オフィスの誰からも愛されて、その真ん中に居た少女。正規のアシスタントにならないか、と誘ったら、一生この業界に居る積りは無いと笑い、子供が出来たから結婚する、と言って辞めていった。

 まさか、こんなことをしているとは思わなかった。

 私の信頼を裏切ってくれた代償くらいは、払って貰ってもいいだろう。最初に思い浮かんだのは、そんな言葉だ。というわけで、アシスタント任せにしないで、私が現場に赴くことにした。

 彼らにしてみれば、たかが、とは言わないまでも、いつもの衣装合わせだ。新顔の衣装屋が来たからと言って、誰も何も反応しない。淡々とプロの仕事をするだけだ――1人を除いて。

 「忍はこっちの方がラインが綺麗に出ると思うよ」

SIVAのスタイリストである内藤女史が手に取ったのは、弊社ブランドである「CODE AMETHYST」のパンツだった。確かに、今回取り揃えた中では唯一のレディース物なので、女性の体型を綺麗に見せることが出来るとしたら、一番だろう。

 それに対して、一瞬にも満たない短い時間、嫌そうな顔をした人間が居たのを、私は見逃さなかった。それはほかでもない、中原忍の夫である、宮島孝史だ。ついでに言うと、彼がさっきから、弊社の衣装を故意に避けているのも知っている。

「宮島君」

ある意味私は、この瞬間を待っていたのかもしれない。

「君にはこっちのジャケットの方が似合うと思いますよ」

手に取ったのは、「beauty : stupid」のジャケットだった。

「…そうですか」

「そうです。君は、日本人にしては肩幅も胸板もある方だから、細く作り過ぎない方がいい」

逆に言うと、リーダーの佐野智之は、背は高いが日本人並みの体型なので、細いシルエットで纏めた方が決まるのだが、そんなことは私が言わなくても当人が分っているらしい。

 ここで渋るのは不自然なので、自然さを装ってジャケットを手に取る動作が、子供っぽいと言うか、何というか。現場を見ている限り、この中で一番「プロの仕事」が出来そうな男なのに、女性が絡むとすぐこれだ。

 そして助け舟は、期待通りの位置から期待通りに入った。

「あ、それ凄くいい。絶対似合うと思う。ちょっと着てみて」

それは無論、彼の最大の弱点である、愛妻・中原忍だった。そこを突かれると一も二も無く従ってしまうのが彼という人間の特徴で、一見無造作に手にしたジャケットを羽織ると、面白くも無さそうに鏡を覗き込んだ。

「…よく見ていらっしゃる」

そしてそれが、最大限譲歩した積りらしい、彼の同意表明だった。

「プロの仕事、ですからね」

よしよし、上手くいった。仕事をひとつ余計に引き受けた甲斐が、まずはあったというものだ。 
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