618日・陣中見舞い〜恭平

 蒸し暑い日だったので、差し入れは喉越しのいいものがいいだろう、と思い、結局とらやでわらび餅を買って行った。あのくらい人数が居ると、大抵1人か2人は甘いものが苦手だったりするんだけど(うちの場合は黎がそうだ)、いちいちリクエストを聞いていたら、選ぶのが大騒動だから、何も聞かない。というか、唯一個人的な連絡先を知っている智之に、こういうことを訊いたとしても「何でもいい」か「気を使うな」しか言わないんだから。

 スタジオの扉を開けると、真っ先に挨拶をしてくれるのは、必ず忍ちゃんだ。彼女はいつも、びっくりするくらいよく周りを見ているので、絶対に人が入ってきたことを見逃さない。

「あー、恭平さんだ!いらっしゃい」

そして、そんなもの無制限にばら撒いちゃっていいの、と不安になるくらい、嬉しそうに笑う。薫ちゃんの妹で、まあ似ている姉妹ではあるんだけど、こういうところは全然違うなぁ。

「お疲れ様です。差し入れ持ってきたよ」

「あら、嬉しい。わざわざすみません」

そう言いながら、とらやの紙袋を受け取った瞬間に、顔色が明るくなる。これだけ喜ばれるなら、食べられる方もきっと本望だろう。

「何しに来た」

「何って、今日うちは休みだから、陣中見舞いに来ただけだよ」

そうしたら智之が、思いっきりぶっきらぼうにそんなことを言ったから、これはこれで笑えた。そういえばこいつ、わらび餅は好きだったな。

「あ、美味そう。智之、休憩にしよう。絶対そうしよう」

と言い出したのは総一郎で、多分、これは本当に休んでいいタイミングなんだ。というか、そうじゃなきゃ俺は中に入れない筈だし。

「お疲れ様です」

そう言ったのは孝史で、大体この人は、第一声は常識的なところから入る。でも、俺が何持ってきたかとかは、ちゃんと見てるんだよな。そういうところは、案外抜け目無いというか。

「気を使っていただいてすみません」

最後に悠太が頭を下げたけど、表情が冴えないのは、どうやらこいつが、1人や2人は居る、甘いもの嫌いだったからのようだ。苦手なら無理しなくてもいいから、お構いなくと言ったら、本当に嬉しそうな顔をして、助かります、と返した。正直だなあ。

 休憩の間の話と言えば、お互いのツアーのことばかりだった。まあそれは、仕事柄ということもあるし、大体ツアー前に最後のミーティングをしてから、誰とも会っていなかったし、連絡も取っていなかったから。あと、行った場所が被っているし、会う人も似通っているし、ネタはどれだけでもある。

「あっちこっちで、色んな人が目を剥くんですよ。本当にD.M.C.と対バンやるの、何でって」

可笑しくて仕方ない、という感じで、忍ちゃんが言う。だって、まあ、そりゃそうでしょう。RACHESISは結局、地方には碌に行かなかったから、関東以外では知名度が無い。だから、俺と敦司が智之と一緒にやってたってことは、東京を出ると、けっこう知られていない。

「で、何て答えたの?」

「何だって?」

訊き返したら、忍ちゃんは、これまた人前でやっちゃっていいの、というくらい柔らかい表情をして、隣に座る相棒君の顔を覗き込んだ。まあいいか。敦司と佐恵子さんがこれをやると、もっと空気が濃くなる。この2人はそうでもなくて、もっとさらっとしてて健康的だ。

「面白いでしょう、同世代のバンドで、まったく違う音楽性だけど、日本語でロックをやっているところだけは共通していて、通じるものはある筈なんです。集客力は同程度だから、一方に偏ることは無いし、不思議と客層が重ならないから、それを混ぜ合わせても面白いリアクションがあると思うし」

うはは。この通りに言ったとしたら、誰が相手か知らないけど、嫌な奴だ。正論だけど理詰めすぎる。誰だ、こいつと敦司に一緒に仕事をさせようって言った奴は。あ、薫ちゃんか。

 それにしても、面白いツインギターだ。第一に、きちんとそれで生きてるメジャーのバンドで、しかもロックというジャンルの中で、ツインギターが夫婦ってまず無い設定だ。敵ばっかり急ピッチで増産しかねない上手と、敵なんかどこにも居なさそうな下手(んな筈は絶対無いにしても)。このキャラだけでも面白いのに、音の個性がまた素晴らしいことになってるから、この2人は。

 そう思ったら、とんだ出来心が沸き起こった。

「忍ちゃん、ギター1本貸してよ。どうせ俺仕様になってないんだから、どれでもいい。あとアンプ片方。ちゅうわけで、智之、ちょっと時間頂戴」

遊びに来ただけならともかく、人様の楽器に自分のヘンな癖つけて、お時間まで拝借しようって、一体どういう根性だろうねと自分でも思うんだけど、思ったらとっとと口をついてしまったから仕方ないでしょう。リハが順調以上に順調そのものなのは、見れば分ったから勘弁してね。

「邪魔しに来たのかよ、てめーは」

智之が、いつもの「しゃーねーな」っていう苦笑を浮かべて、そう言った。

 このツインギターが好対照なのは、機材的にもそうで、上手側のラックはエライことになっているのに対して、下手には「これで大丈夫なの」っていうくらいの機材しか無い。昔っからそうなんだけど、この子はそういうのが嫌いなんだな。それでまた、嫌いなもの使うくらいなら手先の技術でどうにかする、っていう発想が出来るのが怖いし、アンプ直結であれだけ楽器を歌わせることが出来るなら、こういうスタイルもアリかなあと思うわけだ。

 まあ、俺は明確に音響機材命で、自分のラックが無いと基本的に「らしい」音は出せない人間だから、ここでは自分の本領の半分も出せない。それでも出来ることって何だろうと思ったら、凄くシンプルな結論に達した。

「『LUCIFER』のバッキング、ひたすらシンプルに流してるから、あとは2人で適当に弾いててよ。原曲の方じゃ無くてヴァージョンSIVAの方ね」

原曲の方だと、全編俺と俊二がやりたい放題やるアレンジになっているんだけど、ヴァージョンSIVAだと、サビに行くまでのリフは凄くシンプルだから、特に何も無くても、俺にもまあ、様になるくらいには弾ける。

「…恐ろしくアバウトな指示ですね」

孝史が、多分、彼にしては芸が無いであろう台詞を吐いた。

「うん、俺もそう思うんだけど、思いつきの出来心だから」

なんて言いながら、借り物のギターをどんどん自分に使いやすいようにいじってしまう。忍ちゃんはそれを見ながら

「気にしなくていいですよ。今日はそれ使わないだけだから」

なんて言って笑った。彼女に言わせると、ギターが複数本あるのは衣装の色に合わせるためで、別にどれじゃないとどの曲は弾けない、とかいうことは無いんだそうだ。まったく、羨ましい話だと思う。

 そうしたら智之が、ベースを手に取った。今回のツアーのメインで使ったというKillerの新作だ。

「あれ、智之もやってくれるんだ」

「俺だけじゃねえよ。悠太、総、お前らもだ!」

おお、SIVAフルメンバーと音を出させてくれるって。わらび餅の数箱で、凄いもん釣っちゃったな。

「大事なお客さんだからな。それなりのおもてなしってヤツが、要るだろうが」

智之はそう言って、浅く笑った。渋くていい表情をするよ。俺とタメなのにね。

 そんな風で、なし崩し的にセッションが始まった。内部に入り込むと、全身で感じる。SIVAは文句無しにいいバンドだ。技術がしっかりしているとか、個性があるとか、コンビネーションがいいとか。そういう小手先の言葉が吹っ飛んでしまうくらい、「世界」として完成している。俺みたいな異物を適当に受け止めるくらいの「幅」を持ちながら、すべきことを確実にものに出来る「余裕」がある。自然体でこれだけ強く存在出来て、なおかつ消耗してないって、奇跡的なことだと、俺は思う。特に、かつて消耗して消えてしまった星を覚えている人間だから。

 そしてまた、その世界の真ん中に座って味わう「LUCIFER」は格別だった。消えた星の名残の一曲。あのバンドの中でも恐らく、最強にして最高の一曲。この曲にもまた、カヴァーを許容するだけの「深さ」があった。たかが189の子供が書いた曲なのに。

 懐かしい、と思うと、喉の奥が熱くなる。だけど、今居るここが気持ち良いな、と思うと、口元に笑みがこみ上げる。

 ま、一言で言っちゃえば、今居るここって、そういう場所なんだ。

 あっという間に曲が終り、伏せていた瞼を開けると、開ける世界がある。その中で、智之が言った。

「勝手に押しかけて勝手に引っ掻き回して、勝手に浸ってんじゃねえよ」

それを聞いたら、笑うしかなくなってしまった。

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