616日・リハーサル初日〜総一郎

 我ながら、まったく狂気の沙汰だよな、と思う。誰が好き好んで、ツアーの後すぐに、別のリハに突入するかね。1月シングル、2月アルバム、3月が武道館で、4月と5月はツアー、全国20箇所。8月からは同じ本数のアンコールツアーもあって、それも2ヶ月。その後、今年3度目(SIVA単体では2度目)の武道館もある。これは2DAYSだ。で、その合間に10周年記念の企画もありーの、まだ表沙汰には出来ない来年以降の準備もありーの…間違いなく、デビュー以来最高に忙しい1年だ。

 って、つべこべ言っている暇もなく、ツアー後の1週間休みが終ったので、来月の武道館のリハが始まった。ま、俺はSIVAの分だけやればいいから、智之や忍よりは楽だし、いいとしよう。今回はアルバム丸ごと再現だから、MCもしなくていいし。苦あれば楽あり、だ。

 で、何のアルバムを演りますか、となったら、ほぼ即決で「暁の神話」になった。まあ、そりゃそうだろう。このライヴ自体が俊二さんへのトリビュートなんだから。因みにD.M.C.はこの年初にリリースしたアルバムを演るらしい。リハの兼ね合いもあるから、あんまり古いアルバムを出すのも何だし、そういう展開もアリだろう。

 それにしても、どっちのバンドも都合よく、同じような時期にアルバムリリースして、ツアー回ってるよな、と思う。アルバムの発売は1ヶ月あっちが早かったけど、ツアーは1ヶ月長く回っていたので、結局同じような時期にリハに取り掛かることになる。っつっても、あちらさんはアルバムツアーの後だから、ウチほど入念にやらなくていいんだろうけど。

 で、ふと思ったので、薫さんに訊いてみたことがある。

「まさか、D.M.C.のスケジュールまで、薫さんが糸引いてないよね?」

「冗談でしょー。何であたしがよその会社まで仕切らないといけないのよ。あんたたちで手一杯」

当たり前っちゃ当たり前なんだけど、あの人はいつも、何処にそんなに仕事があるんだってくらい働いてるから、つい疑いたくなる。

 いずれにしても、何を調整したわけでなくっても、こういう風に揃ってしまったのは、何かのお導きなんでしょう。そう思ってもいいんじゃないかな。ていうかその方が楽しいから、そういうことにしておこう。そうしよう。

 てなことを考えながら、リハの第一声を出して、思った。キビシイ。やっぱり、このアルバムは、純技術的に、難しい。

 ぶっちゃけ、ヴォーカルは消耗を避けるために、リハも終盤になるまではフルヴォイスは使わない。なんだけど、曲がりなりにもプロだから、このまま調子を上げていったら、フルヴォイスの段階でどういうことになるかは、見当がつくわけだ。駄目だこりゃ。いや、俺だけじゃなくて、楽器隊の面子も、似たりよったりの顔で、とりあえず手を止めてしまった。ツアーが終ったばかりで、バンドとしての状態は、決して悪くないと思っていただけに…ちょっと全員がショックを受けたようだった。

 「…やり直し」

智之が、滅茶苦茶不機嫌そうに、言った。言われるまでもなく、既に全員が、三々五々演奏をやめてしまっている。自分の音に、嫌気が差したに違いない。

「大将、ウォーミングアップに、何か一曲。何でもいいから、楽で楽しいヤツ」

「適当なこと言うんじゃねえよ。そんな都合のいい曲が、簡単にあるか」

仕方が無いので声を出したら、怒られてしまった。っつっても、あれはお決まりのリアクションみたいなもんで、振っておけば大抵は、誰かが何か見繕ってくれるんだけどさ。

 大将は、大きな手で頭を掻きながら、何か考え込んでいる。その姿勢は親父臭いからやめた方がいいんだけどな。

 裏番はというと、サングラスの向こうの鋭い目で、静かに周りの様子を見ている。おー怖え。なんだけど、案外自分の足元が見えてなかったりすんだな、こいつは、些細なことでは。

 その一方でお母ちゃんは、手持ち無沙汰そうに弦を弾いて、あんまり意味の無い音を出している。多分この人だけは、放っておけば勝手にどうにかなるんだろうけど、それじゃ解決しない。

 んで末っ子は、生真面目にドラムを叩き続けている。いや、ここは休まないと息切れるから、普通に。ちったあ緩めるとこを知っとけってば。

 そうこうするうちに、忍の出していた音が、聞き覚えのあるイントロに変わっていく。

「あ、忍、それいい。それにしよう!」

それはもう殆ど、目の前で猫じゃらしを振られた猫みたいな勢いで、俺はそこに飛びついた。かえって忍の方が、びっくりしたみたいだった。どうやら自分の手遊びが、音楽に変わり始めていたことにも、無自覚だったっぽい。だから使えねーんだって。

 因みにその曲とは「The Hellion ~ Electric Eye」。このバンドの最初の1ページに、デカデカと載っていることは疑いもない、ジューダス・プリーストの名曲だ。

「フツーに、1番と2番でギター入れ替えたりしなくていいから」

そう言ったら、裏番が笑った。他意は…無い、無いよな。いや、普通無いんだけど、つい深読みしたくなる、悪い癖がついている。

 そこでどうやら、一気に肩の力が抜けた。一応発声はしてあるので、ここだけはと、声のボリュームを上げる。フルヴォイスまではいかない、8割くらい。それでも、音は気持ち良く迸り、ぶつかり合って、光になる。

 1曲終ったところで、裏番に訊いてみた。

「んで、何がまずった?」

「智之と悠太と俺は力みすぎ。忍とお前は逆だ。緊張感が足りない」

こういう時、昔こいつの生徒だった奴らに同情したくなる。絶対、居眠りとか内職とか、完全把握してたんだろうな。ていうか、まさか、教壇の上から目線で、理解度まで分ってなかっただろうな。んな筈無いとは思いつつ、こいつの場合は疑わしい気がする。

 やれやれ、本当にねぇ…と、思わず肩を竦めてしまう。こいつら一体、どれだけのものを、10年前に死んだ人間に、届けたいんだろう。欲張り過ぎだ。

 って、まあ、実は音楽の綺麗な部分って、案外その「欲」だったりもするから、それでいいんだけど。でも、そこで俺が必死に足掻くのは違うだろう。まずはこいつらに、上手い具合に上がって貰わないと。俺は自分では上昇気流になれない。

「予定外に大声出しちまった。ちょっと休みたいから、もう一曲どうぞ。一番難しいやつ」

SIVAの最難関曲と言えば、問答無用で「未来形の伝説」だ。で、今度のライヴでやらなければならない。NHKホール以来やっていないので、入念なリハが要るのは、絶対に間違いない。

 大将が、やれやれという感じで、肩を竦めた。それはそうだろう。「未来形の伝説」は、忍が作曲した10分を超える大曲で、SIVAの楽曲の中でも最も複雑で難しい…その上オール・インストだったりするから、俺の出番は無いわけだ。。

「莫迦野郎。1人だけ楽しやがって」

「聴いててやるから、存分にどーぞ」

自分で言うのも何だけど、今居るここは、つくづく最高のポジションだと思う。この曲を、一番近い位置で聴けるんだから。

 さあ、頑張って貰おうじゃねーか。その後、俺も俺なりに、いいもん聞かせてやるからさ。

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